ハーレム、抜けさせていただきます
サラサラとした銀色の髪、ルビーのような瞳。
10人中10人が振り返るほどに整った顔、一見細身に見えて実は脱いだら凄いんですな体。
身長も高いし、運動神経は見た目以上に抜群。特に剣術を扱う際には感嘆の息しか出ない。
二年前、魔王を倒すために異世界から呼び出された勇者様はそのような人間だった。
まさにイケメン。一目惚れをさせた数は3桁以上だとか言われているし、実際私も勇者に一目惚れをした女性を数え切れないほど見てきた。
そのことについては、まあ仕方ないことだろうとは思う。
それくらい勇者様は魅力的であったから。
けれども、だ。
私が治癒も使える魔法使いだからか、一目惚れした結果勇者様を取り合った大喧嘩が発生した際、それで怪我をした人間も診ることになった。
特に、勇者様に同行している女性たちを。
それについては不満しかない。
治癒魔法が一番得意とはいえ、私だって戦闘要員の魔法使いとして勇者様に同行しているのだ。
こんな怪我のために魔力を使った後に、強力な魔物と戦闘をすることになったらどうするのか。
治癒は段階にもよるけれど、魔法の中でも特に魔力を消費するものが多いというのに。
勇者様を取り合っての大喧嘩の間に入り仲裁する方を治癒するのは仕方ないにしても、当人に関しての怪我は正直自業自得としか思えない。
しかも仲裁しなければしないでどんどんと被害を増やしていく人もいるし。
可哀想なのは仲裁に回らなければならない男の人だ。
心底、いい加減にしてほしいと思う。
何の力も持たない女性の喧嘩ならまだかわいげがあるかもしれないが、仮にも勇者と同行出来る程の実力がある人間が喧嘩をして周りに迷惑をかけないとでも思っているのだろうか。
まったくもって、有り得ない。
お父様もお母様も王様からの信頼の厚い「貴族」であり、その二人の子供であり歴とした「貴族」である私がどうしてそんな考えなしの人間を診なければならないのか。
いえ、別に貴族や王族以外を見たくないと言うつもりはない。
ただ勇者様を取り合って勝手に怪我をした人たちを、まるで便利屋のように治すことが気に入らないだけ。
私は魔物との戦いで傷ついた人間や被害を受けた人間を治したいと思って勇者様の旅に同行したのに。
これなら国で傷ついた兵士たちを治している方がずっと役に立っていた。何せ治癒魔法を使える人間は数少ないのだから。
その数少ない人間を、こんなどうでもいい事例で何度も何度も働かせるなんて。
治癒魔法がいかに魔力を使うか、それが戦闘に響くかを教えても喧嘩を繰り返されるし。
かといって治さなければ魔物に襲われたときに、足手まといがいる状態で戦闘を開始しなければいけなくなるし。
だから私はやりたくもない治療を続けるしかない。
国を出て勇者様と同行したその結果がこれなんて、笑えない。
これならばいっそあの勇者様のモテっぷりで、他の治癒魔法使い(女)をパーティーに勧誘させた方が色々とマシだっただろう。
話題が逸れた。今は私の不満話は関係なかった、勇者様のモテっぷりのことだった。
というわけで話を戻そう。
一目惚れや修羅場の多さから分かる通り、とにかく勇者様はモテる。
半年前に魔王を倒して以来、更におモテになっている。
このモテ期はいつになったら終わるのだろうか、老人になってもこの調子でいきそうだから怖い。少子化怖い。
そしてこんな女性という女性を惚れさせているモテ勇者様の影で涙している男性は、どれほどの数になるのだろう。
勇者様さえいなければ恋人同士になれたり、結婚出来たりした人はかなりいると思うんだけど。
もっと言えば、これからも増えると思うんだけど。
でもさ、それは勇者をふかーくまで知らないから出来ることなんだよね。
一目惚れするのも、恋愛感情を持つのも、勇者の影で泣くのも。
だって実際に勇者のことを深く知ってしまうと、そんな余裕はなくなるから。
私の朝はかなり早い。
なにしろ朝日が遠くの山から顔を出す頃に目を覚まして、身だしなみから朝食までを一時間で終わらせるのだから。
シェフとメイドには申し訳ないと思っているけれど、その分お給料はもちろん上乗せなので我慢して欲しい。
その後は魔法の練習や勉学を午前中の内に終わらせる。
これを決して午後には回してはいけない、回したら大切な午後の時間が使えなくなってしまう。
午後の時間を自由に使うためならば早起きなんていくらでもやるし、机にかじり付く勢いで勉学だってしてみせる。
仕事はないのかと聞かれるかもしれないが、残念なことに私に仕事は回ってこない。
そもそもこの国では、貴族の女性は公の場で働くこと事態が少ないのだ。
勇者様と同行し初めてこの国の独特さに気づいたのだが、この国では貴族の女性が働けば、とたんに夫の甲斐性のない貧乏貴族という見方をされてしまう。
それは家の名に泥を塗ることになり、だから本当に困っていない限り貴族の女性が仕事をすることはない。
私のお母様は働いているが、アレは仕事狂いだからだ。
人間の三大欲求に仕事をプラスさせたような人で、仕事がないと死にそうになってしまう人。
そんな人だということは周りにも知れ渡っているから貧乏貴族だとは言われない。
けれど、周りは私を第二の仕事狂いにはさせまいと仕事を回すことは絶対にしてこない。
だから、午前中にやることを終わらせてしまえば、午後は自由な時間になる。
そしてその時間を、私は何より大切にしている。
だけどそんな、私が大切にしている午後も、その日になってみないと使えるかどうかは分からない。
それは私が午前中にやることを終えられなかった、とかいう自分の力不足からくる問題ではない。
もっと別の問題だから困っているんだ。
たとえば、今この瞬間。
「ハル、顔を見に来たよ」
「勇者様! 来てくださったんですね!」
遊びになんて来るな、そう思いながらも私はにっこりと笑って連絡も無しに来た勇者様を歓迎する。
そう、こいつだよこいつ、勇者様だよ。
私の午後を天国から地獄に一瞬で変える極悪非道人間は。
せっかく軽い昼食をとった後に天国の時間を過ごそうと思ったのに台無しじゃないか。
こちらにゆっくりと近づいてくる勇者様に対し、私も駆け足で近寄る。
傍になんて行きたくはないが、ここは我慢。
「来て下さって嬉しいです」
「俺もハルに会えて嬉しいよ」
そう言って、私の笑顔に負けずにっこりと笑う勇者は確かにイケメンだ。
まったく、この笑顔でどれだけの女性を虜にしたのだろうか。メイドが床掃除に使っている雑巾を投げたくなる。
しかしこの時間に来るということは……いつものことから考えて、昼食を済ませてないんだろう。
勇者様の昼食に付き合うなんて勘弁してほしい、と考えながらもメイドを呼んで昼食の準備を言いつけるために壁にかけてるベルをちりん、と鳴らす。
これには魔法がかかってあり、たとえ遠くても担当のメイドに聞こえるという優れものだ。
勿論、優れものだけあってお値段は貴族から見てもそれなりにする。
「この時間でしたらお昼はまだですよね。今、昼食の準備を」
「あ、気にしないでくれ。この後すぐに他の場所に行かなきゃいけないから」
「そう、ですか……」
本当ですか、嬉しい!!
なんて感情はもちろん出さず、私は勇者様の言葉に笑顔を消して目を伏せた。
なんとまあ珍しい。いつもなら夕食まで召し上がっていくというのに。
これがこれからも続いてくれるといいのだけれど。
「どちらへ行かれるか、聞いてもよろしいですか?」
「あー、リリィのところへ行こうと思ってさ」
「まあ、そうなのですか」
ちょっと困ったように言う勇者様の表情が神経に障る。
それを隠すため、そして落ち込んでいる風に装うため、私は下を向いた。
神に祈るように両手を胸の前で握れば、勇者様から見る私は気落ちしている恋する女性に見えるのだろう。
しかし、勇者様の口からリリィの名前が出てくるとは。
リリィ、と聞いて私が思いつくのは一人だけだ。
金色の髪をした、女性から見てもかわいらしい女の人。
勇者様が国に帰ってきてからは他の男性としていた婚約を破棄して、今は勇者様の傍にいる姿をよく見られると聞く。
勇者様に嫁ぐ可能性が一番高いのは、彼女だとも。
なるほどリリィ様ですか。ということは、噂はそれなりに信憑性のあるものかもしれない、と。
そこまで考えてから、私は再び顔を上げる。
けれど今度は勇者様から少し視線を反らして。笑顔は作るけど、作ったことを悟らせるようにぎこちなく。
「リリィ様は素敵な方ですものね」
「ハルだってかわいいじゃん」
「そ、んな、勇者様ったら……」
そんな言葉はまったく心に響いてこないんですけどね、という毒は胸の奥底に秘めて、私は顔を赤くした。
もちろん、瞳を潤ませるのも忘れずに。
治癒魔法の初歩的な魔法には、目を潤わせて乾きを潤す効果のものがある。
最初は意味の無さ過ぎる魔法だと思ったけれど、今はそうは思わない。
特にこんな時には、魔力の量も少量で済んで感情の揺れと誤魔化せるこの魔法は大活躍だ。
頬を染めるのも、一時的に体温を上げる治癒魔法を使っただけ。
これも発熱させることによって汗を流させる初歩的な魔法で、やっぱり魔力の量も微々たるもの。
大きな感情は揺れは多少の魔力に影響が出る、という当たり前がこんなにありがたいものだったとは。
発見してくれた偉大なる学者様には感謝するしかない。
「も、もう、勇者様! 私をからかう前に、リリィ様の元にお急ぎにならないと!」
「別にからかってないんだけど」
「勇者様!!」
「あはは、ごめんって。それじゃあ、顔を出すだけになってごめん。また会いに来るよ、かわいいハル」
「うぅ……! お待ちして、おちます……」
わざわざ顔を見せにきたと思ったら、すぐさま他の女性のところにいく。
こんなことをやられたら、普通の女性ならば怒るだろう。
恋人でなくても、何しにきたと言いたいところだ。
けれど私は怒らない。
なぜなら勇者様から見た「俺に恋しているハル」がそれに対して怒ることはないのだろうから。
「ハルが元気そうでよかった。じゃあまたね」
「勇者様……」
また来てくださいね、と呟いた言葉は勇者様に届いただろうか。
聞こえたら上々だが、聞こえなくともまあ問題はない。
手を振った勇者様がバタンとドアを閉じて、その足音が遠のいていく。
そして完全に消えたことを確認すると……私は近くにあるソファに身を投げた。
「…………」
悪態をつきたい気持ちを必死で静める。もうすぐベルで呼んだメイドが来るのに、そんなことは出来ない。
メイドが来る前には、この感情にしっかりと蓋をしなければならない。
そして、勇者様に恋をするハルにならなければならない。それをメイドに見せなければならない。
それがどんなに辛くても、私はやってみせる。
そもそも、私だって最初は勇者様に恋愛感情を持っていたのだ。
召喚魔法で呼び出された時の衝撃で気絶した勇者様の治癒を担当したのは私であったし、その後も接する機会が多かった。
元々王様や両親から「勇者様は右も左も分からない状態なのだから誰よりも親身になれ」と命じられていたこともあり、私も勇者様には特別優しくしてきたつもりだ。
勇者様が困っている時には出来るだけ力になれるように努力したし、話し相手にもなった。
そんなことを続けていると勇者様も私を信頼してくれるようになったのか、困りごとがあると真っ先に私に相談をしてきてくれるようになった。
つまりは勇者様に「特別扱い」をされるようになったのだ。
元々の美貌に加え、この特別扱い……それに抗えず、私は簡単に恋に落ちた。
勇者様に内心同情していたことも大きかったかもしれない。
いきなり異世界に飛ばされ、それまでの常識を覆され、恋人や友人とは引き離され……さぞ辛いだろうと思った。
だから力になってあげたいと思った。それがいつの間にか恋に落ちる要因へと変わった。
勇者様の旅に同行したのも、恋心が少なからず影響していた。
……だが、今ならば言いたい。それはやめろと。
私は国に残ったほうが、よほど王様の役に立てたのだと。貴族は貴族らしく国を、民を守っていればいいのだと。
旅の最初の方は、確かに私は自分が望んだ通りの治癒魔法の使い手だった。
自分が貴族だと名乗れば、平民の治癒なんぞ受けられるかという一昔前の思考を持つ貴族の治療もすんなりと行えたし、魔物によって傷ついた勇者様や仲間たち、そして国の民たちを治すことが出来た。
町を訪れる度勇者様を好きになる女性が増えて、嫉妬したことが無いとは言えないけれど。
私は勇者様の恋人ではないのだからと、お門違いな感情にはなんとか蓋ができたし、表面上にも出てこなかったと思う。
それがおかしくなったのは、旅に出てから3つ目の街に訪れた時だっただろうか。
今まで女性は私しかいなかった勇者様のパーティーに、突如女性が二人追加することになったのだ。
今までのパーティーは勇者様のと私のほかに、国でも有数の使い手と言われる剣士の男と、私のお師匠様であったので、その時は本当に嬉しかった。
女性二人ともが勇者様に恋をしていたのは、他の街で何度も勇者様に心惹かれて行く女性を見ていたからすぐに分かったけれど、それでも嬉しかった。
やはり私一人が女性で後は男性というのは、結構つらかったのだ。
ところが。
その後すぐに私はその嬉しさを撤回することになる。
何せこの二人、勇者様をめぐってすぐに喧嘩を始めるのだ。
しかも勇者様のパーティーに参加出来るくらいなのだから、高レベルな喧嘩を。
その結果、軽くない怪我を喧嘩をする度されることになる。
それを治癒するのは私だ。
ちなみに彼女達も私が勇者様に恋愛感情を持っていると知っているから、治癒に関して感謝のかの字もない。
そしてそれよりも最悪なのは勇者様だ。
彼女達が喧嘩をしているのは自分をめぐってのことだと知っているのに、何の手も打たなかった。
それどころかそんな取り合いを楽しんでいる節も見えた。
それを何度も感じて……私の恋愛感情は、少しずつ薄れていった。
それからは周りを客観的に見られるようになり、よくよく観察してみればこの男、女性を一目惚れさせることを楽しんでいるようでもあったのだ。
しかも一目惚れさせた女性に「もしかして勇者様は気があるのでは?」と思わせる行為を意識的に何度も行う始末。
その癖女性からの告白には「え?」「ごめん、よく聞こえなかった」などとのたまう有様。
聞こえなかったとかどんだけ耳が悪いのこの人。
勝手に告白大会が始まってちょっと遠くにいた私に聞こえて、勇者様に聞こえないとか有り得ないでしょ。
そこで私は完全に冷めた。と同時にこのパーティーも抜けたいと思った。
その頃には勇者様に同行する人間は女性が何人もいて、しょっちゅう喧嘩を繰り返す彼女達を治すよりも国で治癒魔法を使った方がよほど世界のためになると思ったからだ。
のだが……それはどうしても出来なかった。
なぜならば、その頃になると勇者の違う一面も見えてしまっていたから。
勇者様の一面、というのは可笑しいかもしれない。
だが勇者様が関わっているからこうなっているとしか思えない出来事が何度も起きた。
それは、勇者様を主に恋愛方面で騙した女性は、必ず悲惨な目にあう、というものである。
私たちが旅をする中、勇者様を恋愛面で裏切る人は何人かいた。
そして勇者を騙したことが発覚したその瞬間から、人生を転がり落ちてしまう。
たとえば勇者様と旅先の国の騎士の二人に心を揺らした女性の場合。
勇者様に恋心を持っていながら曖昧な態度をとり続ける彼の態度に疲れてしまい、それを慰めてくれた騎士にも恋をしてしまった。
その後どういう流れかは知らないけれど一夜を騎士と共にしてしまい、それが勇者様にバレた。
するとどうだろう、その数日後に騎士が魔物に襲われ無残に殺され、また共にいた女性もひどい殺され方をされた。
また勇者様パーティーに入っていた一人で、一度は勇者様に恋をしたもののそれを諦め、他の男性に恋をした女性の場合。
そのことを勇者様に告げ彼女はパーティーを離れ男性のいる町に残り、私たちは町を後にした。
その数日後、突如その町は謎の疫病に襲われ、私たちがそれを知って引き返した頃には町は全滅していた。
そういったことが何度も起き、私は気が気ではなくなった。
勇者様は特別な力を持つ人間だと昔から伝えられてきたが、このような「力」は聞いていない。
二股をかけていたならまだしも、勇者様から他の人へと恋愛対象が変わっただけでも不幸になるなんて。
これに気づいたときには目の前が真っ暗になった。
なぜならその時にはもう勇者様への恋は完全に冷めていて、私の頭はいかにして治癒魔法の力を修羅場の怪我以外に使えるかにシフトしていたからだ。
これでは、私も彼女達と同じになってしまう。
私は過去に、勇者様に「恋」をしてしまった。それを告げてはいないがあの男のことだ、気づいているはず。
このままではマズイ。不幸になりたくない一身で勇者様をチヤホヤしながら、私は必死で頭を回転させた。
そうして気づいた。
違う事例もあったのだということを。
それは、勇者様に恋をしたとある貴族の女性が、勇者様のために別の男性に嫁ぐことになった場合だ。
勇者様に泣く泣く恋心を告げながらも、それでも勇者様の幸せのために他の男性と結婚した女性がいた。
私が見たところ相手の方はとても誠実そうだし、その後何度か彼女の元を訪れたけれど彼女はそれなりに幸せそうだった。
そして私の勘違いでなければ、彼女は結婚生活を送る内に情が芽生えたのか、男性のことを好いているように見えた。
勇者様もそのことに気づいている節があった。
それでも彼女に可笑しな不幸が起こったとは聞かない。
つまり、彼女は勇者様の役に立った結婚をしたことで人生の転落を免れているのだ。
たしかに恋をした人以外の男に嫁ぐなんて不幸だと言えばそうだけれど、貴族として生まれたならば好きでも何でもない男に嫁ぐことはさして珍しい行為ではない。
貴族として生まれたからには、そういう覚悟は誰もが当然に持っている。
それは私にも言えること。私だって、国のためというのならば好きでもない男に嫁ぐ覚悟はある。
そこで、目をつけた。
私の勇者の役に立つために嫁げば、勇者を好きだけど仕方なくという演技をすれば、人生を転落しないのではないかと。
それどころか、好きでもなんでもない男ではなく、諦めていた初恋の人に嫁げるのではないか、と。
それに望みをかけて以来、私は勇者様へ精一杯「勇者様が好きだけど他の女性の方が勇者様に相応しいから、一歩引いて勇者様と女性を見守る健気な私」をアピールした。
勇者様に恋をする女性には平等に手助けし、「私より貴方達の方が勇者様にお似合い」アピール。
国のことを話す時には「いかに私が他の貴族に嫁げば勇者様に得があるのか」アピール。
本当に大変だった。特に嫌悪の対象にすらなっていた勇者様に好き好きアピールをすることが辛かった。
だけど希望があるから、今までもやってこれたしこれからもやっていく自信がある。
今日だって、しっかりと出来たわけだし。
だから大丈夫なのよ、と自分を奮い立たせてソファから起き上がる。
鏡で少し乱れた髪を直し笑顔を作り直せば、コンコンと控えめなノックな音が部屋に響いた。
いいタイミング。
「入ってください」
「はい。お呼びでしょうか、ハルお嬢様」
「その件なのですが、不要になりました。ごめんなさい」
「いいえ」
それだけでメイドは、勇者様が来てすぐに去ったことを知ったのだろう。
彼女もまた勇者様に恋をしているが、私が安牌だと思っているからかそれに対して優越感を感じている節はない。
ここで私が積極的に勇者様を狙いに言っていたらまた別の反応をされたのだろうけれど……まあこればかりは仕方が無いと割り切ろう。
メイドとはいえ、感情を消せというのは無理な話。仕事をまじめにこなし、裏切らないのならばそれで良しとしよう。
「私はこれから少し外に出てきます」
「分かりました。お気をつけていっていらっしゃいませ」
私が寂しそうにしながらそう言えば。メイドは分かっているといわんばかりに頷いた。
これでメイドは勝手に私が落ち込んでいると勘違いしてくれて、後で他の人間たちとその勘違いを話のタネにしてくれるだろう。
勇者様が来てすぐに去っていったという、私が安牌だと思わせる行動も付け加えて。
それが勇者様の耳に入ってくれれば万々歳。
私が惚れていると勘違いをし続けていてください。
今までの女性達は勇者様に裏切りがバレたことで不幸になった、ならば私はそれをしないように細心の注意を払う。
大丈夫、しっかりとやれるはずだ。
「さて、行きましょうか」
お気に入りの真っ白な帽子を被り、バスケットに軽食を詰め込んで。
そうして向かう先は、私の「天国」だ。
そう思えば足取りも軽くなるが、誰に見られるか分からないので慎重に行かなければならない。
ああ、ここから天国までは時間がかかるというのに。
それでもここでバレては台無しなのだ、と私はメイドが開けた扉から外へ出る。
今日も外は快晴、私の心もこれから快晴だ。
他人の目を気にしつつ、いつもより少し遅いペースで歩く。走りたい気持ちは抑えて。
あくまで少し落ち込んだように、そしてそれを隠しているように。
そんなように歩いたものだから、その場所にたどり着いたときにはいつもより遅い時間となってしまった。
普段なら訓練中に到着できたのに、今日はもう休憩時間が始まってしまったらしい。
地面に倒れるようにして体力を回復している人、友人との雑談をしている人など自由な形がとられている。
今日も訓練が大変だったのだろう、何しろここは国で一番厳しいと言われている騎士の訓練場所だ。
怪我人がいなければいいのだけれど、と周りを見渡していれば、騎士の中でも特に目立つ凛とした背中を発見して、私はその人の傍へと近づく。
怪我人のことを聞くにも、そして私のためにも、この人に話しかけることが一番なのだ。
「お疲れ様です、ユウト様」
「ん? ああ、ハル」
私の声に振り向くその人……ユウト様は、私の初恋の人。
銀色の髪に、赤い瞳。私より一つ上という年齢で、すでに国ではトップクラスの騎士という素晴らしい人。
けれど、勇者様の旅には同行していない。
なぜかは至極明快。国有数の実力者を何人も勇者様に同行させては、この国が魔物に攻められた時に守りきれないから。
だから勇者様のパーティーには彼と実力が拮抗している剣士が同行し、ユウト様は残りこの国を守ってくださった。
「来てくれたのかか。いつも悪いな」
「いいえ、私がやりたいだけですから。それに国を守る人を治癒出来るなんて、素晴らしいことではありませんか」
「そう言われると嬉しいものだな。俺たちもお前のような魔法使いがいてくれるから傷を恐れる必要がないんだ、いつも感謝しているし頼りにもしているよ。特にハルにはな」
「そんな……褒めすぎですよ」
「そうか? これでも足りないと思うが」
そう言うユウト様に、私は「本当に褒めすぎです」と首を横に振る。
実際、私はユウト様にそう言われることは何もしていないのだ。
私と同じ貴族であるユウト様は、今も昔も変わらずに国のために尽くしている。民を守っている。
一方で勇者様と同行して私がやったことといえば…………国に尽くす貴族としても、治癒を扱う魔法使いとしても失格のものだ。
だから私には、ユウト様に感謝される資格なんて存在しない。
「軽食をお持ちいたしましたので、後で皆さんでお召し上がりください。それで、怪我人は」
「今日はいないな。だからハルも一緒に食べていかないか?」
「皆さんがよろしければ、是非」
「普段男しかいない場所だぞここは。このチャンスあいつらが拒否すると思うのか?」
結果は見えてるだろ、というユウト様に私は笑う。
ユウト様にはかつて婚約者がいた。私より立場が上の、やっぱり貴族の人。
だから私はユウト様を諦めて、そして次の恋をした。
銀色の髪をした、赤い瞳の勇者様に。
ユウト様と一緒で剣術が得意で私を頼ってくれる勇者様に。
思えばそれは、叶わない初恋からの逃げだったのかもしれない。
なんだかんだで私はこの人の影を追っていたのだろう。吹っ切ったつもりで、似た人を探していただけ。
それに気づけたから、私は勇者様への恋心を完全に捨てることが出来た。
そして浅ましくも、ユウト様を想い続けた。
けれども今はその必要もない。
なぜならばユウト様の婚約者は当たり前のように勇者様に恋をし、その結果ユウト様は婚約破棄をされたからだ。
つまり今、ユウト様は完全なるフリー。
本来ならばその状態を狙う私以外の貴族の女性は、勇者様にゾッコン。
彼女たちの親もまた、自分の娘が魔王と倒した勇者の伴侶となれるなら、とそれぞれ策を練っている状態だ。
こんなチャンス、もうきっと二度とない。
だから私は、幸せになってみせる。
勇者から離れて、だけど自分の恋を成就させてみせる。
「それでは、ご一緒させてくださいな」
ユウト様に私が嫁ぐことで勇者様のメリットになることはいくつもある。
それをさりげなくメイドに伝えているから、勇者様の耳にもいつか届くだろう。もうすでに届いているかもしれない。
後は私が勇者様を好きだと演技をするだけ。
本当に好きな人が誰かを気づいた状態でそれをするのはキツイものがあるけれど、大丈夫。
勇者様を騙して、ユウト様さえも騙して……私は、やってみせる。
「ハルと一緒だと飯がいつもより上手く感じるからな、いつでも同席してくれると嬉しいんだが」
「も、もう、ユウト様ったら!」
魔法をかけていないのに、勝手に顔が熱くなる。動悸が早くなる。
それは私がユウト様に恋をしている、何よりの証拠。
そしてそれが、私を奮い立たせてくれる。強くしてくれる。
貴族として、好きな人と一緒にいられないのは当たり前のことだけれど。それでも。
チャンスがある以上、私は貴族としてこの恋をモノにしてみせる。
主人公は「逆ハーレムから抜けようとする男」にしようかとも思っていたんですが、男同士のファンタジーの修羅場シーンとかやばすぎて(喧嘩的な意味で)女性になりました。
ついでに、貴族の女性であるハルの視点だったため入れられなかった勇者の裏設定をここでネタ晴らし。
勇者は異世界トリップの際にチート能力を貰ってます。そこらへんの流れはテンプレ。
ハーレムについても無論チート能力のひとつですが、その能力の詳細というものが、「(勝手につけられた)前提」を条件に勇者を(本人のそれまでの意思を無視して)恋愛面で好きになってしまうというもの。
よく言われるニコポだとかナデポに関しても前提条件に当然入り「笑ってくれたから惚れた」「頭を撫でてくれたから好きになった」とかはザラ。
だってチートだもの。
街一つ助けると「(街を助けてくれたことで)私を助けてくれたから」勝手に勇者を好きになる人が一気に増えたりするし、その前提を崩さなければいくらハーレムを作っても離れていかないという親切設定。
ニコポナデポに関しては「勇者が私に笑ってくれた」「勇者が頭を撫でてくれた」という前提を崩しようが無いのでいつまでもハーレム要員。
ちなみに主人公は本文にもあった通り「初恋の人に似ていたから」という前提の元で勇者を好きになりました。
ニコポナデポの可能性も当然ありましたが、最初に勇者が気絶したせいでそれは起こらず、気絶した勇者に初恋の人の面影をみたことを前提とされました。
(ちなみに初恋の人が勇者に似ていなければ「勇者だから」好きになったこととなり(これはいきなり異世界から召喚された勇者に同情心を覚えたため)、この勇者が悪として他の勇者に倒されなければ永遠にハーレム要員でした。)
そして旅に同行しているうちに「あれ、初恋の人ならこんなことしないのに……実は似てない?」と本人も気づかないところでひっかかりを覚え、「初恋の人に似ている」という前提が崩れていったため、勇者に対して恋愛感情が無くなっていったこととなります。
ハル視点では気づきようもない話なので、ここでネタ晴らし。
文章にすると分かりにくい上に、本文で治癒がゲシュタルトすぎてなんとも言えません。そんな短編リハビリ作品です。