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脳内迷路駄文。
作:森本エリ


 僕は、時々考える。

善いとか悪いとか。
答えは人それぞれだけど、それだっていい。
僕はとにかく答えを探している。


 正直、ブラウン管の中に溢れ返っている情報なんてどうだっていい。
殺人だとか暴力だとか犯罪だとか、そんなニュース、全然新しいなんて思わない。
世界平和だとか、反戦とか、動物愛護だとか、みんな躍起になっているけれど、僕はきっと戦えない。地球を守ることもできない。
 六十年前に戦った人たちを、批判なんてできない。
森林伐採を止めることも、飢餓に死んでいく子供たちを、絶滅していく動物を、街角や行ったこともない国同士の争いを、どうすることもできない。
どうにかできる人なんてどこにもいない。


 僕はただの傍観者。


傷つき、悲しみ、泣いている友人に慰めの言葉をかけ、励ます仕草をしても、僕はただの役立たず。空気を吸って生きていることを忘れ、水を飲んで生きていることを忘れ、命を奪って生きていることを忘れ、
自分こそが何かに到達する高尚な生き物だと思い込んでいる。
悲しき動物。それが、僕。
単純で、わかりやすく、愚かな、存在。
歴史だとか、その時々の時代背景など解っちゃいない。
いろんな本を読んだわけでもないし、何かに精通しているわけでもない。
そんな愚かな僕だけど、愛してくれる人がいる。
優しくしてくれる人がいる。
それだけでも生きている実感だと思う。


 たとえば、誰にも愛されてなくて、必要ともされず、日々を垂れ流していたとき。
一人で歩いた街を、憎んでいたとき。
見上げた空が美しいと心は震える。
青空も、夕暮れも、曇り空も、星空も、美しいと思える。それが幸せ。
きれいだと素直に心を震わせることができるなら、僕は生きている実感を知る。
瞬間 瞬間に移り行く景色の、一瞬一瞬に出会えたこと、すぐに消え行く儚い瞬間を目撃できたことに感謝する。


 夕暮れの空を、ただ眺めていた。


僕はただ眺めているだけなのに、空の色彩は少しずつ少しずつ確実に変化していく。
そんな風に僕の悲しみや淋しさも、少しずつ少しずつ確実に薄れていく。
きんいろやうすむらさきが濃いあおやぐんじょうに変わっていくのを息を潜めて眺めていた。
だんだん夜が来て、辺りは暗くなる。
けれど、月が、星が、僕の目を楽しませてくれる。
ただ見えているだけだとしても。僕は幸せな気持ちになれる。


見飽きた街に苛立ちながら、愛していると告げる。
 世界と思っているものが、世の中と思っているものが憎くて、愛していた人を憎いと思うようになったとしても。
友人だと思っていた人に憎まれたときも、いつか、見えない時の流れというものによって夕暮れのように緩やかに薄れていく。


 愛していた人がいた。


僕は幼くて、その人を思いやることができなかった。
憎まれているか、忘れられているか、笑われているか、今、その人がどこでどうしているかさえわからない。
同じ空を見ているなんて思わない。
けれど、やはり忘れられない。
忘れようとしてもできないから、僕は思い出に綺麗な布をかけた。



身近な人が死んだことはまだない。


でも、死に触れたことはある。
店の前で野良の子猫が死んでいると、中年女性が僕に言った。
僕は店員。そこはドラッグストア。
どうして僕に言ったんだろう。店内を歩いていただけなのに。
仕方がないので、僕はその野良の子猫が死んでいるところに行った。
ダンボールの中で近所の子供たちが世話をしていたらしい。
中年女性が教えてくれた。
私は猫が好きだから、悲しい。こんな姿を見ると辛い。
そんな風なことを彼女は涙混じりに僕に言った。
だったら、あなたがどこかに埋めてあげればいいじゃないかと思った。
僕はどうしていいのかわからなかったが、異臭と蝿が集った死体なんか、
ドラッグストアの入り口にあるものじゃないし、子猫だって可哀想だ。
 やはり、どこかへ埋めるかして始末しなきゃならない。
僕は悪臭に耐え、子猫を覗いてみた。
自分が生きていたか、生まれてきたかなんて考えにまったく無縁のような死に顔をしていた。
勝手に保護されて、死んだらほったらかしにされて、あげくわけのわからないままダンボールに入れられ
オレンジ色のタイルに置き去り。
せめて土の上ならよかったのにね。
僕はかってにそんな同情をして、店内に戻り、レジ袋を二枚もって行った。
中年女性があまりにも子猫を哀れみ、嘆き悲しむものだから、彼女に子猫を持ち上げてもらうように頼もうとした。
が、瞬時に彼女はひどく嫌がった。
あんた、猫好きじゃなかったのか。
僕はあまりの拒絶ぶりに驚いた。

結局、始末は僕の役割になってしまった。

ビニルを手にはめて、いざ掴もうとしたが、すこし躊躇した。
蝿が集っていて、臭いもするし、汚いなぁと思った。
少し前までは愛くるしい保護の対象だったのに。
僕は子猫を哀れみながら掴んだ。
その子猫は、硬かった。
冷たくなって、硬くなっていたのだ。
猫というのは柔らかくて暖かいというのが僕の常識だったのに。
そういえば前後の足がきつく伸びきっている。
冷たくて硬い肉の塊は、間違いなく死体と呼ぶほかなかった。
僕の頭の中は急に冷えて、隣にいる中年女性のような人を『偽善者』あるいは『嘘吐き』と呼ぶことを知った。
僕の心の中は子猫の死体よりの冷たくなった。

ごめんな。お前を土に連れて行く時間がないよ。

僕は何度も心の中で子猫に謝り、袋に包んでゴミ捨て場に捨てた。
冷たい人間ばかりでお前も不幸だな。なんて自分のことも含め、代表して何度も謝った。
死ぬということは行き場がなくなるんだな。なんて思いながら、死に場所がゴミ捨て場になってしまった子猫を想い泣いてしまった。
職場を抜け出してどこかに埋めにいってやればよかった。
でも、僕はやはり冷たい人間なのだ。
子猫は次の日大量のごみと一緒に消えていた。

もう二度とないかもしれないけれど、もしまたこんなことがあったら抜け出してでも埋めに行こうと思う。


 ある日の休日。


百貨店の近隣の公園で煙草を吸っていると浮浪者のお婆さんが何かを叫んでいた。
なにやら“百貨店”や“トーキョー”を相手に言葉による孤独なテロ活動をしているようだ。
叫び声がまるで壊れかけのラジオのようにノイズみたいで聞き取れなかったが、しきりに百貨店の名前と“トーキョー”という単語を繰り返し、明らかに怒っていた。
時折、目が合ったが、僕にさえ憎しみの籠もった目を向けてきた。

彼女の目は鋭く、カラスを従えて、ひたすら怒鳴っていた。
合間に“今日はもうあんたたちのご飯は終わり!終わりだからね!”と言っていたのでカラスに餌付けしているのがわかった。
道行く人々が遠巻きにお婆さんを見ていた。
ただの気違い婆さんにしか見えない。けれど、彼女は、公園のゴミを拾っていた。
この人は自分の住んでいる場所を大切にしている。

僕は積極的に彼女と仲良くなりたいとは思わなかったけれど、彼女のことをちょっと好きになったので、吸い殻を髪に包んでポケットに隠した。



街が嫌いだ。好きだけど、嫌いなのかもしれない。

人が多すぎるし、なんでもありそうな顔をして何にもない。
お金がないと楽しめないし空気は悪い。
苛立ちが充満しているし、小規模の冷戦が至る所で勃発している。
一瞬の快楽、刹那の幻、脱け殻の夢、大量生産の美。切り取られた青空、強制連行の木々。人工授精と完全英才教育の草花。


“町をきれいにしよう”
“煙草のポイ捨て禁止”
“歩き煙草禁止区域”
ゴミの分別をせずに捨てたり、歩き煙草とポイ捨てをよくやってしまう自分としては耳に痛い。
世の中にはどれぐらい正しい人たちがいるのだろうか?

僕はポイ捨てをよくする悪い市民だ。

正しい市民の人たち、ごめんなさい。少しは反省します。



悲しき無言の者達。



楽しげに行き交う人々の群れ。
すみっこには、檻に入れられた野良犬や野良猫、捨てられたウサギなんかがいる。楽しげに行き交う人々の群れ。
すみっこには、檻に入れられた野良犬や野良猫、捨てられたウサギなんかがいる。
保健所にいく前の最後の命乞い。
保健所の人の書いた本があるらしい。僕は読んだことはないが、聞いた話でひどく落ち込んだ。
子供ができて、今まで買っていた犬を持ってきた若夫婦やペットブームが済むと大量に送られてくる犬や猫の話。始末した動物を焼却するときの近隣の住人の苦情のこと。
ペットブームって何なんだ?
ペットではなく家族だったんじゃないのか。
僕はあの子猫を思い出した。
話してくれた人は死んだ飼い犬のことを思い出して泣いた。
僕はそんなに犬や猫が好きなほうじゃないし、好んで動物を飼いたいとは思っていない。
だから、ペットブームに乗り遅れる類の人間だ。
自分の口も満足に養えないので他の命を飼育する余裕もないが、将来、余裕ができたら、死の悲しみを全うする覚悟で、飼育させていただこう。

僕はそう決心して檻から目を逸らした。



僕はときどき考える。
善い事と悪い事。
僕はときどきそれを探しに行く。
美しいものや醜いもの。僕はときどき見かける。
いい人間や悪い人間。
そして、その中に見つける。
自分を。


日常に埋もれそうな欠片をひとつひとつ拾い集めては自分にはめていく。
合うもの合わないもの。
ジグソーパズルのような人間が出来ていく。
でも、まだ完成には程遠い。
完成したものを見たことがないので、僕は繰り返す。

確かに僕にはまるピースは愛と優しさ。いろんな形があるから、僕はまだ上手くはめられずに持て余したりしている。


だから僕は考える。
思考の錬金術を使い、自分に還元するために。

僕にとって、まだまだ世界は広すぎる。
いったいこれからどのくらい人生の貴金属を見つけられるのだろうか。
いったいどのくらい人生のパズルを見つけられるのだろうか。


足の裏から疲労感がはい上がってくる。
街はきんいろ。
鉄クズの繁華街に金粉をまぶしてくれる太陽に心を震わせながら、本日の捜索を終了しようと思う。僕は立ち止まり、帰路を探した。


お疲れさまでした。
最後まで読んでいただけるとは思いませんでした。
ありがとうございます。













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