挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
メデューサ、彼氏を作る 作者:松屋大好 練習中
1/12

第1話 メデューサ、人間を探す

石にして、突き落としてやろうかしら。

メデューサのセシルは、カツラの下で蠢く蛇たちをなでた。42匹の髪は、彼女に共感し、道を塞ぐ二人の男に激しい敵意を抱いている。

男たちは、ともに上級種だ。

山のような体格の方は人狼だろう。髭をきっちりと剃り上げ、ジェームスランドのスーツで決めてはいるが、整髪料もかなわない癖っ毛が暴れまわっている。

もう一人はダークエルフ。嫌味なほど整った顔立ちに、浅黒い肌。ナルシストな種族らしく、やたらと露出がおおい。上半身は半透明のショール一枚きりだ。

ダークエルフが大階段の無骨な手すりに足を乗せた。ハーフパンツから滑らかな太ももがのぞく。こういう状況でなければ、そそるポーズだが、いまはイライラが加速しただけだ。

大階段は日に何千人もが行き来する都市の要だ。上級種が住む塔の上層と、下級種が暮らす広大な基部をつなぐ数少ない道の一つ。とてつもなく巨大な筒状の空間が、雲の漂う高さから地の底まで伸びており、その内径を辿るように張り付いている。

足腰の弱そうな高齢の人間が、手すりを助けに下から登ってきた。地味な灰色トーガを着ているところからみて、徴税官だろう。背中には帳簿の詰まった籠を背負っている。

彼は、立ちふさがる二人を疎ましそうに見上げたが、上級種と気づき、あわてて迂回した。

ダークエルフが黒髪をかきあげた。
「聞こえなかったかな? 俺たちと来るんだ」

「いったでしょ。わたしは下に行きたいの。また今度にしてもらえないかしら」

迂回して上がっていった徴税官が、ぎょっとしたように振り向いた。

驚いたのはダークエルフと人狼も同じだったようだ。顔を見合わせてから、人狼がいった。

「なんだ、いまの口調は? まるで上級種にでもなったかのようだな。お前、ただの人間だろう? 身の程を知らねえのか?」

ダークエルフが頷く。
「いや、待て。わかった。こいつは上級種の愛人なんだ。年寄りどもは顔のいい下等を飼うのが好きだからな」

「おお」と人狼。

ダークエルフが首を横に振る。
「上級種の寵愛を受けて、自分もその一員になったと勘違いしたというところか。愚かなことだ」

「愚かで悪かったわね。それじゃ」
彼女は彼らの脇をすり抜けかけたが、人狼の手が服のそでを掴んだ。
「ふざけんな」

彼女はその手を叩いた。
「なに? さっきから何なのよ、ほんと」

いつの間にか、階段に人や上級種が集まり始めていた。塔内のオフィスから出てきたのだろう。それぞれ上下の手すりから顔を突き出しことを見守っている。

ダークエルフがいった。
「鈍い女だな。お情けをくれてやろうっていうんだ」

「お情け?」

ダークエルフが天を仰いだ。
「おいおい、なんなんだお前は? 人間の女からすりゃ、俺たちの子供を宿せるのは望外の喜びだろう? ハーフの子供だ。国の庇護が受けられて、食うには困らない生活になるんだぞ?」

「ああ、そういうこと。あんたら、同じ上級種の女に相手にされないから、ここで人間を引っ掛けてたわけか」

人狼が、丸太のような腕を伸ばした。

彼女は素早く身をかわす。

人狼な手は鋼鉄の手すりをつかみ、平然と握りつぶした。

ここまでか。彼女は思った。人間のふりを楽しみたかったけど、さっさと蹴りをつけよう。

彼女はカツラに手をかけた。

ーーーーーーーー

淫魔のブリジットが、白鳥羽のクッションに沈みながら、金貨20枚の価値がある古ワインを優雅に煽った。

一息ついていう。
「セシル、あんたにいわれたくないよ」

セシルはクッションから身を起こした。

親友ブリジットの屋敷は完璧だった。

空調に混ざった薔薇の香り、彼女好みの強い酒、一級のお抱え料理人の手がけた肉中心のツマミ。天井まで届く窓からは、遥か地平まで続く都市の基礎部が見渡せる。入り組んだ無数の建物、洗濯紐からぶらさがるカラフルな衣類、立ち上る給仕の煙。それらの上に、彼女らの住む〝塔〟の影が、何マイルも先まで落ちていた。

ブリジットとの会話もはずみ、文句のつけようもない午後だった。

いまのいままでは。

セシルが急に起き上がったせいか、蛇たちがついてこない。リーダー格で、もっとも太いエリカはどうにか鎌首をもたげたものの、まだ細い蛇たちは、まだ眠りこけている。

彼女はいった。
「なにがよ。わたしはただ、男の子を出自だけで判断するなんて可愛そうっていっただけじゃない。あんたにコクったオークの子、誠実そうだったし。あんなに邪険にすることなかったんじゃないの?」

「やめてよ。オークだよ、オーク! あんなの大戦争で、たまたまこっち側についてから上級種にカウントされただけの種族じゃない。あれの下は、もう下級種族なんだよ? わたしみたいな淫魔と釣り合いがとれないじゃない。だいたい、なに? セシル。そんな博愛主義のあんたが付き合ってる相手は、どんな種族だったっけ?」

セシルもワインを煽った。
「あいつとは別れたわ」

「とかなんとかいって。それっていつものことじゃない。あいつの浮気性に嫌気がさして、別れるって騒いで、結局元サヤに戻るの。分かるよ、あんたの気持ち。たしかにあいつはサイテーだけど、血筋はサイコーだもんね。あいつと付き合ってれば、ねえ?」

「勘違いしないで。わたしはただ、あいつが好きだったから付き合ってただけ。例え、あいつが下級種だったとしても付き合ったわ」

「はいはい、ほんとあんたって、口だけは良い子ちゃんだよね。じっさいの行動は大違いだけど。下級種と? 天下のセシル様が? あんたは、ぜーーーったい、そんなことしないわ」

「するわよ」

ブリジットが微笑んだ。
「なら賭けよっか? あんたが下級種と付き合ったらあんたの勝ち。わたしも、あのチビ助オークと付き合う。でも、できなけりゃ、あんたは〝彼〟をわたしに譲る」

「あいつとは、もう付き合ってないってば」

「なら、決まり!」

はめられた? セシルは思ったが、もう後には引けなかった。

ーーーーーーーー

「で、わたくしに人間の男の子を紹介しろと?」
召使いのザラが、オーブンからミートパイを取り出しながらいった。羊肉のかぐわしい香りがキッチンに広がる。

「そう。あなたなら、人間の知り合いもいるでしょ?」

「そりゃあ、おりますとも。人間は、わたしたちノーム族ほどじゃないですが料理の才能がありますからね。種としては少々下でも、食に対する情熱は同じです。市場で知り合った人が幾人かおりますよ。ただ、お嬢様にご紹介するのはゴメン被りますが」

「なんで!?」

ザラが素手でパイ皿の取っ手を掴んだ。ノーム族は手足の皮が分厚い。この程度では火傷しない。ぐいと持ち上げて、セシルが腰掛けていたテーブルにドン!と置いた。
金串をパイに刺して、火の通り具合を見ると、満足そうに頷いた。

セシルの髪の蛇の一匹が、パイに食らいつこうとするのを、金串ではたく。

セシルは蛇の頭を感じ取り、わずかに眉をあげた。
「なんで?」質問を繰り返す。

「だって、お嬢様はブリジット様との賭けのために人間と付き合おうというのでしょう? 勝ったあとはどうなさるおつもりです? その子と付き合い続けるんですか?」

「それはーー」

彼女が口ごもると、ザラはそれみたことかというように首を振った。

「いくら人間相手とはいえ、わたしの友達やその知り合いを、わざと傷つけるような行為には協力しかねます」

「でも、それじゃ、アイツを取られちゃう!」

ザラが顔をあげた。
「別れたんじゃなかったんですか?」

「別れたわよ。だからって、わたしの親友と付き合うなんて我慢できないわ。学校での立場を考えてよ。別れて一週間もしないうちにブリジットと付き合うなんて! わたしの面目丸つぶれだよ。ねえ、ザラ、お願い。助けて」
髪の蛇たちが、一斉に頭を下げた。

ザラが腰に手を当てる。
「ダメです」
彼女がこのポーズをとったときは、本気という意味だ。望みはない。
「お嬢様はたいへんにお美しい方です。それにお優しく、賢い。ゲームみたいなことはいい加減になさって、本物の相手を探されてはいかがですか?」

「探す、か」
セシルはテーブルから飛び降りた。
「わかったわよザラ。いまの話は忘れて」
いいながら、蛇に許可を出す。
さきほどの一匹が素早く頭を伸ばし、パイにかぶりついた。

「ちょっと!」ザラが手で叩こうとしたが、蛇は俊敏にかわした。

「おいしーって、さすがザラだね!」
彼女は踵を返すと、勝手口へ向かった。

「お嬢様! どこへ行くんです? このあと、学校の方が聞き取り調査にいらっしゃるんですよ。重要な定款の変更があるから、生徒一人一人の意見を確認なさるって」

「わたしの方も大事な用があるの!」

勝手口から塔の外壁側ベランダに出る。
日光が照りつけ、蛇たちが目を細めた。

人一人通るのがやっとの幅の階段が、真っ白な塔の外壁を這うようにして、下に伸び、メインタワーと支塔を結ぶ共用の空中通路につながっていた。

セシルは、そこからメインタワー内に戻り、ブランドショップが軒を連ねる七百番街に足を向けた。馴染みの店で、黒髪のカツラを購入すると、そのまま塔中央部の大円形階段を駆け下りた。

塔の内壁は、おおまかにだが色分けされている。
最上層、メデューサや淫魔、エルフ、悪魔などアッパークラスの種族が住まう領域は白。そこから二十フロア分ほど下ると、レンガは黒に変わる。ここは人狼やミノタウロスなどの領域。さらに行くと、鬼の類が住まう赤の領域、ノームやドワーフの茶の領域、半人半魔のハーフたちが住む青の領域があって、そこから下は人間たちの住まう空間だ。

ーーーーーーーー

階段の上方から声がした。

「しゃがんで!」

思わず声に従うと、何かがカツラを掠め、人狼の顔に当たった。布袋だ。袋のくちから銀色の粉が溢れ出す。

「銀だ!」

誰かが叫び、人狼が「わあ!」と悲鳴をあげて着ていた衣服を引きちぎった。ダークエルフが、飛び散り、髪の毛についた粉を必死に払いおとす。

上位種は、ほとんどの面で下等種より優れているが、強力な免疫力ゆえにアレルギー反応も激しい、とくに銀に対する金属アレルギーは命を左右するほどの症状をもたらす。

銀粉は、セシルの顔にも容赦なく降り注いだ。

あまりの恐怖に、カツラの下で蛇たちが硬直した。銀が皮膚から吸収されてしまえば、たたちどころに蕁麻疹が全身を覆い尽くし、さらには口内、気道をも塞いでしまう。窒息死は免れない。

蛇2匹が、カツラの前髪部分を加えて、顔にかかった粉を、大慌てではたき落とす。

「こっち!」さきほどの誰かが彼女の手首を掴み、階段を駆け下りた。パニックに陥りかけていた彼女の足は、バタつきながらも、勝手に回り続けた。

十フロア分は下り、頭上からの光が弱まり始めた頃、前を行く誰かが歩みを止めた。

笑顔で振り返る。

人間の男だ。黒髪に黒い目、歳は十四、五歳といったところか。人間にしては整った顔立ちだが、彼女やさきほどのダークエルフとは比べようもない。
「大丈夫?」と、彼。

彼女は怒鳴った。
「あなた、なに考えてるのよ!」

「ああ、バカだと思うだろうな。あれだけの銀があれば、三ヶ月は食うに困らなかったろうから。でも安心して、あれは銀じゃない。俺が錫と鉄を組み合わせて作った合金の粉だ。食費三日分の値打ちもないさ」

「銀じゃ、ない?」
蛇たちが緊張を緩めた。

青年が笑った。
「いくらレディのためとはいえ、俺はそこまで太っ腹じゃないさ。いや、君の顔を正面から見ていたら使ったかな。びっくりするほど美人だな」

「ありがと」
彼女は怒りを感じていた。
目の前の男を石にしてやりたくてたまらない。

いや、まさか。この子はわたしを助けてくれたのだ。か弱い人間の少女を、いけすかない上級種から救ったナイト。

彼女はカツラの下の蛇たちをなでた。この気持ちは蛇たちの感情だ。蛇1匹1匹の脳は小さいが、みなが同じ思いを抱けば、彼女の心理を引っ張るほどになる。

蛇は彼女に危害を加えるものを許さない。
さきほど彼女が感じた激しい恐怖は、目の前の青年がもたらしたものだ。銀もどきを撒き散らした行為は、彼女を救うためだったが、蛇たちに、そんな理屈を理解できるほどの賢さはない。

「ずいぶん怖い目で睨むんだな」青年が肩をすくめた。「ひょっとして、連中の言うようにお情けとやらを手に入れたかった? だとしたら悪いことしたね。駆け引きを邪魔しただけかな?」

「冗談でしょ。ダークエルフと駆け引きだなんて。わたしの目つきが悪いのは生まれつきなだけ。睨んでるように見えたなら謝るわ」

「こりゃ失礼。生まれつき皮肉屋なもんでね」青年が片手を差し出した。「ダニエル・ヘルムートだ」

セシルは恐る恐る握った。
人間族の手を握るのは初めてだが、驚くほど熱い。
「その、わたしはザラ。人間よ」

「あー、人間?」
ダニエルが目を細めた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ