太陽の消えた国、君の額の赤い花(41/51)PDFで表示縦書き表示RDF


太陽の消えた国、君の額の赤い花
作:青柳朔



40:キャラバン


 合流したキャラバンの人にはノーアはそれなりに裕福な家のお嬢様ということにしてあるらしい。嫁ぐ前にお忍びでオアシスまで行くという理由まで作られていた。
 名前も用心して本名ではなく、ラトヴィアの名前を借りている。ノーアというのは珍しい名前ではないが、多くある名でもない。
「嫁入り前だっていうのに怪我をするなんてついてないねぇ、痕にならなきゃいいけど」 
 ノーアの頭に巻かれた包帯を撫でながら、キャラバンの女性――アドナが心配そうにそう呟く。
「そんなに大したものじゃないんです。一応念を入れてるだけで」
 あんまり心配させるもの申し訳ないのでノーアは笑顔でそう言った。もとは怪我などしていないので、心苦しい。
 アドナは銀髪だが、肌はノーアよりもずっと濃かった。砂漠で生活することが多いので焼けてしまったんだという。
「未来の旦那も心配してるんじゃないかい? こんなときに遠出して」
 アドナはひやかしのつもりだったんだろうが、ノーアは曖昧に微笑むしか出来なかった。未来の旦那なんて――そう言える存在かどうかノーアでは判断出来ないので何とも言えない。
 その表情を見てアドナは誤解したのか、
「良い人じゃないのかい?」
 と真剣な顔で聞いてきた。
 慌ててノーアは首を横に振る。
「そ、そんなことないです」
「でも良いとこのお嬢さんなら、ほら――商売の為とかで好きでもない奴のところに嫁がされたり」
 政略結婚といえばそうなるのだろうが――。
「ちゃんと、優しい人です。私の考えを尊重してくれてるし……少し過保護なくらいで」
 そう説明している人はもちろん形だけの婚約をしているが、結婚すると決まったわけではない。勝手にこんなところに使ってごめんなさいと心の中で謝りつつ、思い出す。
「良い人なら、いいけどね」
 とアドナは安堵したようにノーアの頭を撫でる。
 でも、とノーアは続けた。
 どうせなら少し愚痴ってもいいだろうか。
「少し自分勝手なんです。私の為にやってくれてることも、全然見当違いで。あと全部自分一人で背負い込んじゃうし……だから今少し喧嘩中です」
 あはは、と何故かアドナは笑い出した。
 どうして笑うのか、と首を傾げるノーアを見てなおさら笑う。
「痴話喧嘩は犬も食わないってね。まぁ、そういう時は横っ面殴ってやりゃいいのさ。目ぇ覚ますと思うよ」
 ノーアはにっこりと笑い、そして――

「だから、これから殴りに行くんです」


 一国の国王を。





 砂漠を渡るということを、少し甘く考えすぎていたのかもしれない。
 マント越しにも照りつける太陽の光が肌を焼くような気がする。携帯する水は温くなってしまっているのに、天の雫と思えるほどにその一滴は喉を潤してくれた。
 昼は地獄の業火のごとく熱く、夜は雪山にいるかのように寒い。落差が激しいぶん、余計にその差は強く感じた。
 ノーアが少しキャラバンの進行を遅らせていることもひしひしと伝わってきた。
 キャラバンの人は皆気にするな、と笑ってくれる。遅れても一日、二日のことだからそう笑えるのだろう。これがもっと長い行程ならば、笑ってなどいられない。



「大丈夫かい、ラトヴィア。もうすぐオアシスだからね」
 慣れない旅に疲れを溜める一方のノーアを気遣いながらアドナが言う。

 ごめんなさい、それは本当の名前じゃないんです――。

 心配してくれるアドナに何度そう言いたくなっただろう。


「ああ、ほら、見えてきたよ――」
 つられてマントを少しずらして、目線を上げる。
 その先に見えるのは――。

「なんだいありゃあ!」

 アドナが声を上げる。
 赤い旗。
 黒い群れ――人の、塊だ。
 緑溢れるオアシスの手前、そんな物騒な集団が陣取っていた。
「オルヴィス兵だろ。最近物騒な噂があったじゃねえか。イシュヴィリアナの王子が生きててオアシスにいるとか」
「ああ、だからってオアシスを攻撃しようってか? 無謀だろう、そりゃ」
 キャラバンの男達の声が耳を掠める。

 ああ、どうにか間に合った――。


「これじゃあオアシスに入れるかどうか……まったく迷惑なもんだ」
 ノーアの隣でアドナが不満を呟く。
 マントのフードを取り、ノーアは目の前に見える集団に目を凝らした。熱い太陽の日差しも気になんてならない。
「ラトヴィア?」
 フードを被らないと駄目だよ、というアドナの言葉が届く。
「――――――ごめんなさい」
 呟きながらノーアは頭に巻かれた包帯に手を伸ばす。
「それ、本当の名前じゃないんです」
 切なげな、悲しげな、そんな表情でノーアはアドナを見る。包帯に触れていた手がそれを毟り取った。
「――――え、それ……」

 額に咲く、赤い花。

「それと、ここまででいいです。今までありがとうございました」
 キャラバンの先頭まで進み、そう言ってノーアはお辞儀をした。
 その額にある痣を見て、動揺が漣のように伝わっていく。
「アドナさん」
 呆然とするアドナに最後、ノーアが声をかける。
 反応が遅れて返事が出来なかったアドナに微笑みかけながら、ノーアは拳を見せる。
「横っ面、殴りに行ってきます」
 想定外のセリフだったのだろうか――アドナは堪りかねたように笑う。
 その豪快な笑顔が心地よくて、ノーアも笑う。
 目の前の、何百――何千の兵を前に怖気づいてなんていられない。
「いっといで!! 思いっきり殴ってやりな!!」
「はい!!」
 そう答えながらノーアは駱駝を急がせる。
 いつもはゆっくりと歩を進める彼らも、急かせばかなり早く走ってくれるのだ。


 軍へと近づくノーアに気づいたのか、幾人かの兵が武器を構えた。
 ノーアは髪を結んでいた布を解く。長い銀の髪が風に舞い上がった。
 その美しさに、誰もが一瞬見惚れた。
 そうして、導かれるように額の痣に気がつく。


 ノーアは息を吸い、高らかに、そして凛とした声で叫んだ。







「私はイシュヴィリアナの聖女、ノーア・ルティスです! どきなさい!」
















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