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瑞穂の日常

瑞穂の日常『おじいちゃん』 

作者:九条 樹
「失礼するよ」
 そう言って私は室内を見渡す。
 3つのベッドにそれぞれ3人の男性が寝ている。
 お年寄りの男性が1名、中年の小太りの男性が1名、まだ20代と若い男性が1名。
「それでは……」
 そう言いながらおもむろにお年寄りの男性の傍らに立ち顔を覗き込む。
「ご気分はどうですか?」
 私に声をかけられた年寄りは顔をしかめながらも一言「大丈夫です」と答える。
「それは良かった、何かありましたら遠慮なく連絡してください。そこのボタンを押して頂ければすぐに看護師がまいりますので」
 お年寄りはまだ怪訝そうな顔のまま「はい」と返事をした。
 こう言ってはなんだが、せっかく診に来てやってるのに感謝のかけらも感じさせない態度だ。
 まぁ年寄りというものはこんなものか。そう思いなおし、今度は若い20代の男性の前に立つ。
「どうですか?なにか不便はありませんか?」
 若い男性は私の問いかけに反応せず、ベッドの頭元にある棚からトランプを出していきなり1人でババ抜きを始める。
「1人でトランプをして楽しいですか?」
 その問いにやっと私を見たかと思うとにやぁ~っと笑って小さな奇声を発する。
 これだからここは嫌なんだよ。
 隣を見ると中年の小太りの男は携帯電話で話をしている。
 病院内ではもちろん携帯電話の使用は禁止だが、その男の持っている携帯電話はおもちゃである。
 先ほどからそのおもちゃの携帯電話が、さも繋がっているかのように話をしている。
 話の内容は自分の名前に始まり、年齢、職業、家族構成、そしてどうして今ここで入院しているかということを話している。
 そして一通り話し終えると一旦電話を切る。はじめから繋がっていないので切るというのはおかしいが、本人は切ったつもりでいる。
 そしてまたおもちゃのボタンを押し、コール音もないのだがしばらくして「もしもし、俺だ、俺は……」と自己紹介から始まる。そしてそれをエンドレスに続けている。
 こういう人達を集めた病棟なので仕方ないが、いい加減うんざりしてきて病室を出ようとした時、先ほどのトランプ男が私の腕を掴む。
 私はその手を振りほどこうとしたがさすがに若いだけあって力が強い。
「離しなさい」
 そう言っても全く離そうとせず、わけのわからない言葉を発しながらお年寄りを指さす。
 私には若者が何を言ってるのか分からないが、お年寄りは若者に反応してナースコールを押した。
「まったくなんなんだお前たちは」
 私は怒気を込めて言い放つ。
 しかし若者の手はしっかり私の腕を掴んだままだ。
 しばらくして看護師と一緒に高校生くらいの若い女性がやってきた。
 制服を着ているので女子高生で間違いないだろう。
 そういえば見覚えのある女性だ。
「おじいちゃん!こんなところで何をしてるの!」
 女子高生が私に向かって叫んでる。
 そうだ、この女性は私の娘だ。
「いや、私はここの患者を診ようと思ってだな……」
「中原さん、患者さんの診察はお医者様がちゃんとしますから、中原さんは病室に戻ってください」
「私の病室?なんで私が?」
「もう、おじいちゃんったら…… 看護師さん、ご迷惑かけてごめんなさい」
 どうして娘が看護師に謝っている?
「いえいえ、どこに行っちゃったか心配してましたけど見つかってよかったです」
「おじいちゃん、病室から出ちゃダメって何度言えば分かるのよ」
 これは確かに私の娘だ。だが娘は私を病人の誰かと勘違いしてるんだろう。
「私は医者だ!仕事のじゃまをするな」
「何言ってるのよ、おじいちゃんは患者でしょ。あんまりみんなに迷惑かけないの」
 そう言って私の腕を引っ張り病室の外に出て廊下を歩く。
「まて、私は診察が残ってるんだ」
「まだ言ってる。じゃ、おじいちゃん名前は何ていうの?ちゃんと言える?」
 何を馬鹿な質問を…… 自分の名前を答えられないやつがいるのか?
「私の名前は…… 私は…… 誰だ?」
「あんまり徘徊ばかりするようだと病室に鍵を掛けなくちゃいけなくなるよ」
「美佐子まってくれ、鍵を掛けるのはやめてくれ」
「私は瑞穂。美佐子は私のお母さんで、おじいちゃんの娘でしょ」
「そうか!お前は中原瑞穂。ワシの孫じゃ」
「そうよ。やっと思いだしてくれた?」
 中原はお母さんの旧姓で、私は桜井瑞穂なんだけど、面倒なんでそのまま流すことにした。
「思いだすも何も初めからちゃんと分ってたわ」
「そうね。じゃ、とにかくそのベッドに横になって……」


「瑞穂。今日お父さんのところ行ってくれたんでしょ?」
「うん」
「ほんと呆けちゃって嫌ね~」
 嫌ねぇ~って…… あんたの父親でしょ!
 とりあえず私は今日の病院での出来事を話す。
「そう、そんな楽しい事があったんだ。私も行けばよかった」
 何が行けばよかったよ。
 おじいちゃんの呆けが酷くなってからは、全然見舞いに行こうとしないくせに。
「瑞穂がマメに見舞いに行ってくれて助かるわ~」
 助かるって…… お母さんが全然行こうとしないからでしょ!
 どうしたらそんな自分の都合の良い思考にばっかりなるのよ。まったくもう!

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