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桜とお月さま

作者:コメタニ
 ある春の夜のことでした。満月となったお月さまが目を覚ますと、町外れの小高い丘の上に一本だけぽつんと立っている桜の木が満開に花を咲かせていました。お月さまは桜の木と古くからの知り合いでしたから、さっそくあいさつの声をかけました。
「こんばんは、桜さん。今年もきれいに花を咲かせたね。うっとりと見とれてしまうほど見事だよ」
 桜の木も応えます。
「こんばんは、お月さま。今年もお会い出来てうれしいです。それに、今年はお月さまがお目覚めになるのと同じ日に満開に咲かせることが出来ました。どうぞこの姿をじっくりとご覧になって楽しんでくださいな」
「そうだね、そうさせてもらうよ。それに今夜は雲ひとつ浮かんでいないいい夜だ。私も精一杯輝いて、君が夜空に美しく映えるよう照らすとしよう」
「ありがとうございます。私が美しい姿を披露できるのもあとわずかですから、こんなに嬉しいことはありません」
「あとわずかだなんて、そんな寂しいことを言わないでおくれ。たとえ花を散らしても、また来年があるじゃないか」
「いいえ、お月さま。私もそうしたいところですけれど、どうやらそうもいかないみたいなのです。私はずいぶんと歳を重ねてしまいました。体中のあちらこちらに穴も開いてしまっています。来年お会い出来るかどうかも分からないのです」
「そんな悲しいことを言わないでおくれ。私が見たところ君はとても元気そうに見えるし、今だってこんなにきれいな花をたくさん咲かせることが出来ているじゃないか。まだまだ大丈夫だよ。来年だって、その先だってきっと変わらず咲き続けられるさ」
「ありがとう、お月さま。少し弱気になってしまっていました。どうか今の話は忘れてください」
「そうだね、君も悲しい考えは忘れるがいいよ。この素敵な夜を楽しもう」
 そうして、ふたりはお月さまが西の空へ姿を沈めてしまうまで、おしゃべりをして楽しいひと時を過ごしました。

 次の満月の夜になりました。お月さまが目を覚ますと桜の木は鮮やかな緑色をした葉を枝中に茂らせて、くうくうと気持ちよさそうに眠りについていました。お月さまは起こしてしまわないように気をつけながら、優しい月明かりで桜を照らしました。そして、その元気そうな姿を見てほっと安堵の表情を浮かべていました。

 何度目かの満月の夜でした。分厚い雲が夜空一面を覆っています。お月さまはやっとの思いで雲の隙間を見つけ、そこから下を覗きました。ところが桜の木がありません。驚いたお月さまは、そこを通りかかった黒猫に呼びかけました。
「おおい、猫さん。おおい。ちょっといいかな。猫さん、猫さん」
 黒猫は、呼んでいるのは誰だろうときょろきょろ辺りを伺っていましたが、声の主がお月さまと知り、少し驚きながら空に向かって答えました。
「これはこれはお月さま。わたしなんぞにお声をかけていただけるとは光栄の至り。ご機嫌は麗しゅうございますかな?」
「こんばんは、猫さん。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど、構わないかな?」
「もちろんですとも。お月さまのご要望とあればなんなりとも」
 黒猫は姿勢を正してちょこんと座ると、肉球をぺろりと舐めて自慢のヒゲをしごきました。お月さまを真っすぐに見つめたので、まん丸だった瞳が少し細くなりました。
「そこに居た桜の木のことなんだけど、猫さんは知っているかな」
「はいはい、もちろん存じておりますとも。春には綺麗な花を咲かせ、夏には日陰を、冬には木枯らし除けを提供してくれたりと、ずいぶん世話になったものです」
「では、どうして姿を消してしまったのか、知っているならば聞かせてもらえないだろうか」
「ご存知ありませんでしたか。あれは二週間ほど前のことでした。大きな台風がここを通過して、なにもかもが飛ばされてしまいました。風がごうごうと凄い音をたててあちらこちらを引っ掻きまわし、草木はもちろん、獣だろうが魚だろうが、あげくに大きな岩までもがあっちへ飛んだかと思うとこちらへ飛んできたりと、それは酷い有り様でした。桜の木も全身に風を受けて、引き絞った弓のようにその身を反らしながら必死で耐えていましたが、それまでとは比べ物にならない勢いの突風がぐおうと丘の上を襲い、ついには根を地面から剥き出しにしてどさりとその場に倒れてしまいました。残念なことです」
 お月さまは言葉を失っていましたが、務めて平静に黒猫に礼を言いました。
「ありがとう猫さん。そんなことがあったとは知らなかったよ。引き留めてしまって悪かったね」
「どうかお気を落としになりませんよう」
 お月さまは、にこりとほほ笑むと再び分厚い雲の向こうに隠れてしまいました。黒猫は頭を振るとふうとため息をつき、ゆっくりとした足取りで丘を下りて行きました。

 また春になり、満月の夜になりました。目覚めたお月さまは丘を照らしました。しかしそこには桜の姿はありません。丘の上の桜の木が立っていた辺りに、うっすらと地面の色が違う場所があり、それだけが桜の名残を留めていました。その夜、一晩中お月さまは丘を静かに照らし続けていました。

 いくつかの季節が過ぎ去り、また何度目かの春がやってきました。満月となったお月さまが目を覚まし、いつものように丘を見てみると、そこには桜の木が立っていました。小柄だけれど若々しく、幹の表面もつやつやと輝いて生き生きとした若木です。四方にぴんと張った枝全体には、咲き始めたばかりという花でいっぱいでした。お月さまを見つけた桜は、嬉しくて仕方がないといった様子で挨拶をしました。
「初めまして、お月さま。こちらで暮らすことになりました。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく、桜くん」
「のっぺらぼうのこの丘では、いままでさぞや寂しい思いをされていたのでしょう。でも、これからは大丈夫、僕にお任せください。美しく咲かせたこの花で、きっとお楽しみいただけることと思います」
「そうだね、とても美しい花だね。これからもさぞや楽しいことだろう」
 お月さまはにこにこと温かな笑顔を浮かべ、輝きを増した光で桜の若木を照らしました。ですが、その笑顔はどこか悲しそうに見えるような気がして、桜の若木は不思議に思いました。

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