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STG/I 作者:ジュゲ
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第二十四話 竜頭巾

 病室。
 個室を満たす泣き声。
 泣いているのは女の子。
 顔を覆うことも無く、声を押し殺す事もなく。
「ノンちゃん・・・何か・・・」
 若い母親。
 彼女もまた泣いていた。
「出て行け!」
 枕元の吸飲器を投げつける。
 届かない。
 背一杯の声も蚊が鳴くようにか弱く、掠れていた。
「出て、いけーっ!」
 母は拾い上げると、黙って病室を後にする。
 つい今しがたまでは父や看護師、担当医もいたが、これ以上暴れないようにと母親に委ねられた。父は今まさに手術の段取りを聞いている頃だろう。

「行かなくちゃいけなかったのに・・・行かなくちゃ・・・いけ」 

 胸を抑え、苦悶の表情を浮かべる。
 全員招集は彼女の元にも届いた。
 応えられなかった。
 病院へ連れて行かれるのを背一杯拒んだが父親に取り押さえられ母親に連れられる。
 手術が近い。
 自宅と違い、個室でもパソコンやルーターの持ち込みは出来ない。
 せいぜいタブレットやノートパソコンは許されたがネットは禁止された。
 許されているのはラジオや再生プレイヤーをイヤフォンで聞くぐらい。
 暫くは入院生活が続くだろう。
 彼女はSTG28で”竜頭巾”と自らを呼称していた。

「なんで私ばっかり、なんで、なんで私ばっかりこんな目に・・」

 涙は止まることを知らない。
 それも無理からぬことかもしれない。
 元から病弱だった彼女は学校をいつも出席単位ギリギリで卒業。
 高校は卒業も半ば諦めている。
 難治難病である。
 異常は幼児の頃から現れた。
 怪我が治らない。
 直っても治りきらない。
 些細な傷が劇症化。
 いつもマスクをし青白い顔。
 直射日光を浴びると、僅か数分で火傷をする。
 走ることもろくに出来ない。
 風邪をもらうと直ぐに肺炎になった。
 親戚の叔母達が泣きはらす母を尻目にこう言うのを聞いたこともある。
「美人薄命って本当ね」
(死ぬんだ)
 そう思った。
 親戚の無神経さに腹を立てたが、身体が動かない。声が出ない。精一杯の声で「え?」と聞き返された。
 泣くしかない人生。
 小学五年で首を吊ろうとと試みたが足が届かなかった。
 あと一歩の所で母親に見つかる。
 母が泣くのが一番嫌いだ。
「苦しいのはオレなんだ!お前が泣くな!」
 母はそれを聞いて尚のこと泣いた。
 男になりたかった。
 強い男に。
(そして・・・)

 中学一年。

 風呂場でリストカット。予めどの程度出血すれば死に至るかネットで調べた。万が一出血量が足りず発見されても死ねると考えた。簡単な怪我でもすぐ化膿になる。
 風呂桶を赤々と染めたが、またしても母親に救い出される。
 ある意味では彼女の目論見通り重度の肺炎で昏睡状態に陥るが一命を取り留める。母親の血と努力が少なからずの再生を後押しする。

 彼女は救った母を恨んだ。

 二言目には「私のせいなんだ」と母を自らを責めて泣く。
 それがたまらなく嫌だった。
 生まれたことを否定されたように感じた。
「泣きたいのはこっちなんだ、苦しいのはオレなのに、それなのに悦に浸って悲劇のヒロインぶりやがって」そう思った。
 それでも彼女にとって母は父よりましな存在だ。父は恨む以前の存在である。「金を稼ぐゾンビ」と彼女は思っている。いるかいないかわからない存在。

 友達もなく楽しみもない中、彼女の唯一の癒やしがオンラインゲームとなる。

 ゲーム機やパソコンは母に与えられ、ネット環境も母が自ら勉強しながら設置。身体を幾らも動かせない娘に何か少しでも、楽しみ、喜びを与えられれば。彼女もまた必死だった。それが幸いしたのか、彼女はゲームの虜になっていく。

 そんな最中に一通のメールが届く。

 STG28の招待状である。
 ゲーム内での彼女は敵なしと言えるほど強かった。
 才能があったらしい。
 彼女が有頂天になった頃、ある男が現れる。
 サイトウである。
 唯一の生きがい、己が唯一感じられた才能。
 その自信を完膚なきまでに打ち砕かれた。
 サイトウは竜頭巾の暴言や素行をけして攻めることはなく、嫌がらせのつもりでついてまわっていた彼女はいつしか彼に夢中になっていく。彼女と違ってサイトウは自由人。何を言われてもどうされても彼は笑っていた。そして彼女が怒り狂う中「人は色々いるから」とか「皆言うだけは言うから」と寧ろ慰められる。彼は隠し事のない人間だと感じ、彼の力になりたいと思うように。彼を守る矛になりたい。
 彼女がドラゴンヘッズに入隊できたのも彼の計らいであり、ドラゴンリーダーを紹介したのも彼だった。ありとあらゆる人を紹介してくれた。いつの間にか知り合いが増えた。にも関わらず皆が彼の悪口を裏で言う。それを伝えても「へ~そんなこと言ってたんだ」と楽しそうに聞く。「なんで笑っている!」と怒鳴ると「自分ってのはわからないもんだからね、外からはそういう風に見えているんだって気付かされたら。面白いじゃない」と応えた。やせ我慢ではないことは付き合いと通しして気づく。
 その渦中でブラックドラゴンを失う。しかもこの世で唯一自分を受け入れてくれたサイトウの流言飛語の元凶を自分が生み出すことになる。彼女にとっては身が裂けるように辛かった。

(泣くのに疲れた)

 ぼんやりする頭で引退宣言をした日のことが思い出される。
 サイトウは全てを静かに聞き入れ、言った。
「一つだけお願い、アカウントを削除しないで」
 彼女はこの後、飛び降りるつもりだった。
 今度こそ終わりにする。
 そんな彼女にとってアカウントを残す意味は無い。

「消す」
「頼む・・・」
 サイトウは何も言わず頭を下げた。
 彼は何も悪くない。
 悪いのは自分なのに。どうして。
「もう二度と戻らないのに残す意味ある?」
「ある」
 真っ直ぐに見つめた。
 多分、彼は気づいていたんだ。
「・・・わかったよ」
 彼の真摯な目を見たら、断れなかった。

 不意に自分のことが口をつく。

 誰にも言ったことがない自分のリアル。
 ネットのフレンドが楽しかったし好きだったけどリアルを言ったことは無かった。
 STG28で個人情報を言うのが危ないとか、そういう以前の心持ちとして彼女は言わなかった。自分が嫌いだった。現実の自分を誰かに知られたくない。同情されたりしたら気が狂いそうだ。
「私、女なんだ」
「そうなんだ」
「知ってた?」
「知らなかった」
「驚かないんだね」
「だって、実際どうかわからないじゃない」
「本当に女だって!しかもJKだから。(・・・通えてないけど)」
「おっと~事案になっちゃうな」
「サイトウさんは?」
「オレは単なるオッサンだよ。このまんま」
「・・・結婚してるの?」
「独身」
「そうなんだ・・・。いいお父さんになると思ったのに・・・」
「自分でもそう思う」
「うっそ、自分で言う」
 笑った。
「だってそう思うんだもん」
「だも~ん、だって。・・・家のお父さんとは全然違う。サイトウ・・さんが、お父さんなら良かったのに」
「お父さんだよ」
「え?」
「俺は日本のお父さんだ。そう思っている。そう思って行動しているつもり。だからお父さんだよ・・タッチャン」

 彼女は自分でもわからなかった。

 涙がたまらなく出てくる。

 サイトウが彼女の腕に触れると彼女は尚のこと泣いた。
 オカシイやら嬉しいやら心が暖かいやら。
 彼女は泣きながら笑う。

 そこで自らのリアルを初めて吐露する。

 自分は病弱でほとんど寝たきりなこと。
 オンラインゲームが、このSTG28が生きがいであり癒やしであること。
 今度の手術の前に死のうと思ったこと。
 今まで何度か自殺を試みたこと。

 サイトウは「うん、うん」と言い静かに聞き入っていた。

 親ですらこんなに静かには聞いてくれなかったのに。
 そして「辛かったね・・・辛いね」と彼は言った。

 沢山喋った。
 母のこと父のこと。
 学校でのこと。
 高校に入学以来いくらも行けていないこと。
 自分にとっての世界が家とSTG28だけしかないこと。
 彼女が疲れて口が止まると、今度は彼がとつとつと語りだす。

 自分も似たようなものだと。

「実はなんかそんか気がしてたんだ。タッチャンは何か身体が悪いんだろうなって」
「・・・そうなの?」
「ああ。人間って不思議なものでね、自分が体験した道を歩んでいる人はわかるもんだよ。それと同じで病弱な人間は相手が病弱かすぐわかる。その逆もね。わからない人もいるだろうけど、少なくとも私はわかる方だ。見ず知らず人から声かけられたこともあるよ。だから、ひょっとしたらってね」
「そうなんだ・・・」
「だからいつも君と会う時は少しでも、少しでも何か・・・そんなことを思っていた」
「何かって?」
「生きていて良かったって・・・思えるようなことかな」
 思い当たる。
 彼は何を言っても怒鳴らなかった。
 生意気を絵に描いたようなプレイヤー。
 成績を盾にエリアチャットやワールドチャットでは公言しなかったけど、ウマイと思うプレイヤーを見つけると絡んだ。
 サイトウだけは暖かい目で見守ってくれる。
 大きな何かで包んでくれるような感じだった。
「タッチャンは手術すればよく可能性があるの?」
「馬鹿親はそう言うけど。わかんない・・・」
「僕のは無いんだよ」
「え・・・」
「現代医学ではそもそも病とすら認定されていない。ただ確実にわかることがある。誰も、医者すらも信じてくれないんだけど。少しずつ、少しずつ蝕まれている。体力の切れ目が命の切れ目だろう。誰にも見守られることなく、誰に怒ることも出来ず、他人からは怠け者と罵られ、根性なしとそしられる。そんな人生だ」
「わかる・・・本当に許せない。・・・そいつら許せない!」
「残酷だよな。不公平だ。こんないい時代に、このご時世になんでベリーハードモードで生まれたんだと。俺ね、ゲームではベリハはやらないよ。余程気に入らない限り。どうして自分が・・・どうして、どうして・・長いこと思った」
「私も・・・」
「結論はしゃーなしだよ」
「どういうこと?」
「在るが儘、そのまんまを受け入れるしかない。泣いても怒っても悪くはなっても良くはならない。わかるでしょ」
 過去の自分が思い出される。
「せいぜい可能な範囲で楽しむが勝ちだなと思ったよ。さんざん駄々こねたから俺も・・気づいたらオッサンだよ。単なる穀潰し。出来ることは手をつくし、あとは寿命を待つ、それしか手はない。でも、考えてみると健康な人間も大差ないんだよね。限られた範囲内で出来ることをする・・・。それにようやく気づいた」
「・・・」
「このゲーム楽しいでしょ」
「うん!これがあるから生きてこれた!」
「俺もだ。ま~色々な連中がいるけどさ。小さな社会そのものだよ。外はもっと面倒くさいぞ~」
「そうなんだ・・・」
「でも、色々いるから面白いんだよ。あっちも好き勝手なら、こっちも好き勝手にやってやろうじゃん!ってね。好き勝手競争だよ」
「それにしてもサイトウは自由過ぎ~!たまには手伝ってよぉ~!」
 彼は笑った。
 彼女も。
「病気は誰かが治してくれるものじゃないよ」
 神妙な顔をする。
「自分で向き合わないと。腹をくくって、自分で治しにかかる。自分で調べて、自分の身体を使って反応をみて。医者はその手助けをするだけだ。なんだかなんだ言って外からはわからないからね。他人は悪意なく毒を盛ることもあるし。自分で防がないと。自分を最終的に守れるのは自分だ。どうにか出来るのも自分しかいない」
「・・・そっか」
「薬って毒だよ。でも、強い症状には強い効果で臨まないといけないこともあるからね。時には必要な毒だ。ただし不必要に盛ることも無い。油田火災は水では消えない。爆発させるんだ。消し飛ばす。それと同じことが必要な時がある。ただし日常ではいらない。必要なら、その線引は自分で覚悟して慎重にやらないといけない。自分じゃないとわからないからね。病と向き合わない限りそれは無理だ。知らぬ間にどんどん毒を盛られる」
「・・・じゃあ、薬はいらない」
「いや、言ったように必要な時はあるんだ。手術もね。いよいよを越したら肉体ではどうにも出来ない状態ってあるから。タッチャンは手術で可能性があるんでしょ?」
「・・・わからない。考えてみると自分の病気のことよく知らない・・・」
「でも提案されるってことは可能性があることもある。それなら俺の方が厄介で打つ手がない。何せ病気かどうかもわからないレベルだからね。医者は個別対応出来ない人も多いから時期を見誤ることが多い気がするけど、お母さんは違うんじゃない?今聞いた範囲でしかわからないけどお母さんはいい人だよ。俺も君みたいなお母さんだったら結婚したいよ」
「結婚しよ!」
「お父さんがいるでしょ~」
「あんなヤツいらない!」
「お父さん辛いなぁ・・・。じゃあ、離婚したら知らせてよ。いい男がいるよ~って」
「うん!今から言っておく。あんな白状なヤツとは離婚しろって」
「でも、間違いなくお母さんよりずっと上だよ俺は」
「いいじゃない!愛は年齢を超えるって何かで見たよ!」
「それもそうだな」
「私、手術受ける。死ぬかもしれないけど。生きてたらまた戻ってくる!待っててサイトウさん。絶対に貴方の役に立つ!最後まで味方でいる!私だけは絶対に味方でいる!」
「俺もだ。少しでもいい結果になることを願っているよ」
「ありがとう・・・それまで地球を守って!」
「・・・頑張るよ」
「頑張るじゃダメ!」
「でもね・・・」
 STGIの乗れるかどうかは、彼に選択権は無い。

「絶対に守って!」

 出来ないことは約束したくない。

「約束して!」

 でも言った。

「わかったよ」

 入院前日の夜に”総員出撃命令”がくだされる。
 入院前にブラックドラゴンの再建造の進捗具合を見ようとログインすると。
 修繕中のSTG以外は全て出払っていた。
 ロビーに掲示されているSTG残機はゼロ。
 それは地球滅亡を実質意味すると聞いてきた。
 閑散とするロビーは赤く染まり中央のホログラムモニターには絶望以外の光景は見られなかった。
 第五防衛線を突破されると太陽系。
 煽るようにデカデカと地球滅亡のカウントダウンが表示されている。
 十二時間をきっていた。

 そのタイミングで両親に引っ張り出される。

 父はパソコンの前から暴れる娘を引きが剥がし、それでもしがみつこうとする娘に応援で駆けつけた叔母や母が彼女をパジャマのまま彼女を連れ出した。父はパソコンの電源を消した。
 狂っていうるようにしか見えないことは承知していた。
「地球が!サイトウが!」
 必死の形相で泣き叫ぶ痩せぎすの娘。

 取り押さえられた際に出来た痣がまだ彼方此方に残っている。
 自分にこれほどの力がどこに残されていたのだろうと思うほど暴れた。
 それも尽きた。
 全力を使い果たした。

「守って、お願い・・・」

 時計を横目に見る。
 Xデーは彼女が手術中に訪れる予定であることを知る。

「サイトウ・・・」

 いつの間にか眠りに落ちた。
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