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STG/I 作者:ジュゲ
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第二十三話 再起動

 眠い。

 眠いのに意識が勝手に覚醒しようとしている。

 どうしてそうなんだ。

 どうして意識の指示を聞かない。

 横たわっている自分。
 この質感からすると床の上に寝ているようだ。
 そういう時期は過ぎたと思ったのだけど。

 胸が重い。

 デカイな。

 形のいいオッパイだ。

 少し大きすぎたか?

 今度、調整しよう。これでも充分いいけど。

 もう少し小さくてもいい。

 女はこんな重いものをツケているのか。

 煩わしいもんだな。

 こんなことなら小さい方がいい。

「起きたね」

 誰だ?

 黒い影のような人型が覗き込んでいる。

「まあ、座りなよ」

 あれ?勝手に身体が動き出したぞ。

 でも意識は横たわったままだ。

 起き上がると影が用意したテーブルの方へ歩き、椅子に座った。

 おいおい肉体よ。意識を置いてけぼりかよ。気づけよ。

 これが幽体離脱?それとも肉体の反逆か? 

「シューニャだったかな?サイトウかと思ったよ」
「サイトウだけど」
「だってシューニャって言うんだろ?」

 肉体が勝手に喋っている。
 俺はココにいるのに。

「そうだけど、同じ名前は幾らでもいる」
「そうなのか。地球人というのはややこしいな」
「そうかな?ところで何のよう」
「サイトウってヤツに会いに来たんだけど、人違いだったようだ。すまない」
「サイトウだけど、別なサイトウかな。どうして?」
「私の伴侶がサイトウって地球人に入れ込んでいるようで帰ってこないものだから、どんなヤツか会いに来たんだ」
「痴情のもつれか。君らも割りと普通だね」
「君かと思ったんだけど違うようだな」
「ところで、あなた達は地球に何しに来たんだい?」
「地球?とは何かな」
「君が目指していた星だよ」
「僕は目指していない。僕が目指したのはサイトウだよ」
「そうなんだ。じゃあ、どうしてこの近くまで来たんだい?」
「わからないね。食べ歩いていたらココまで来たんだ」
「地球で言う食通なのかな?グルメなんだね」
「どうだろ。この辺りは美味しいものが多くて飽きが来ない。すっかり太ってしまった」

 シューニャが乾いた声で笑った。

「地球人もよく言うよ。やれ太いだなんだと、ダイエットだなんだと」

 影は豪快に笑った。

「わかるなぁ。気が合いそうだな地球人とやらとは」
「そうかも」
「ところでサイトウか彼女を探すのを手伝ってくれないかな」
「宿主次第かな」
「どうして?」
「最近でこそ少しは耳を傾けてくれるようになったけど、地球の宿主はほとんど言うことを聞かないから」
「宿主はどこに?」
「そこ」

 彼女はそう言うと俺のいる方を指差した。

(まずい!)

 影がこちらを見ると歩み寄る。

 覗き込んだ。

「宿主君はなんで寝ているんだい?」
「無理だよ。今の彼は応えられない」

 俺の肉体が言った。
 俺の?・・・いや、あれはシューニャだ。
 俺がデザインしたアバター。
 褐色の肌。
 ボン・キュッ・ボンな身体。
 長身。
 柔らかい笑顔に強い目線。
 どうしてか何も考えずにデザインしていた。

「どうして?」
「消えかけているから」
「なんで?」
「君が食べてる」
「そうだったんだ。最近食べ過ぎなせいか、知らず食べることがある」
「彼もそういう時期があった。私はヤメロと言っているのに聴かないんだ」

 二人して笑っている。

(笑い事か!食べるのを止めさせろ!)

 シューニャが俺を見る。

「ほら、怒った。最近の彼は直ぐ腹を立てる」
「ごめんね。すぐもどすから」
 影が言った。
「彼は寛容だから多分平気。自分でも経験あるしね」
 彼女が勝手に代弁する。
「色々混じっちゃうけど、いいよね」
「よくはないけど仕方ないかな。どのみち彼のソレは色々と壊れているから、以前より良くなるなら文句ないんじゃない?彼、可哀想でもあるんだ。地球人のせいで色々と壊されてしまってね。恨んでいる」
「そうなんだ。酷いヤツだな地球人ってのは。どうりで彼はマズイわけだ」

 またしても二人で笑った。

「そろそろ帰らないと」
「彼女もサイトウもこの辺にいるはずなんだけど、今度手伝ってよ」
「ふ~ん。でも私にはどうすることも出来ないかな。私には身体はあっても自由に出来ないから。あ、もう時間がない。後は彼に言って、目覚めるよ」
「わかった。そうする」
「じゃあね」
「また」
「またね」
 シューニャはそう言うと立ち上がり俺の方に近づく。
 俺を覗き込み、唇を尖らせると微笑した。
「ただいま」
 笑みを浮かべ、最初そうだったように横たわった。
 同時に重さが復活する。

「宿主のシューニャ、暇な時に彼女かサイトウを探すの手伝ってくれないか?」

「・・・」

「まだ応えられないか・・・まあいい。時間はあるし」

「・・・」

「じゃあ、また」

「・・・」

 彼がぶつくさを言っている。

「それにしても地球人は美味しくないねぇ」

 彼が歩き去ると次第に眠くなる。

 意識が。

 戻ってくる。
*
「イタタタ・・・」

 床で眠っていたようだ。
 たまにあるんだ。十年前はよくあった。
 トイレから戻る最中に力尽きてとか。
 最近は無いと思っていたんだけど。
 少し横になるつもりでたまらずといったところだろうか。
 突発性催眠の部類だと思う。
 ナルコレプシーも疑ったけど典型的な症状が全く該当しなかった。
 ポリソムノグラフィー検査は受けたんだけど。

「パソコンの目の前・・・寝落ちかな」

 電源は入ったまま。
 横になったまま眠っていたようだ。

(椅子の上で寝落ちして、滑り落ちたか?まさか・・・)

 記憶が全くない。
 身体は軽いようだ。起きた瞬間にわかる。
 何時もならこういう寝方をした場合は最悪なのだけど幸いした。
 そうじゃないと一日が無駄になる。
 寝ることも出来ず、起きていても辛く、そうした状態になる。

 ゆっくりと起き上がる。

「あ~、なんだこの爽やかさは。あの日か!」

 一年のうち一日ぐらい「今日は何でも出来そうだ!」という普通の日がある。
 肉体に力が充足しており、疲労感もなく、頭も冴えていて、何でも出来そうな感覚。疲れもなく、身体が軽い。
(無い年もあるが)
 こういう日のなんたる気分のいいことか。この普通の日が今日なんだ。

「あ~~~久しぶりだなぁ、この感覚。健康。健康と思わせる」

 不思議なもので、何をどう過ごそうと、この翌日以後は最悪な一週間になる。
 長い時で数週間。更に一ヶ月、数ヶ月の時も。
 嵐の前の静けさというか、最高であり最悪の幕開け。

 伸びをし、肉体反応がやはりいいことを感じる。

 窓を開け外の空気を吸う。
 やっぱりこの日だけは肉体の感覚が違う。
 空気の臭いがしっかりする。
 東京の空気が感じられる。
 うまいもんではないが。

 あくまでも普通の日。

 本来健康な人間なら誰しも味わっているに過ぎない。
 俺にとっては数年に一度だから珍しい。

「あ~気持ちいぃ~」

 久しぶりに朝食をとろう。
 というか今は何時なんだ。
(十時か、久しぶりだ。自然に昼前に起きたのは)
 恒例の食事。
 色々と自分なりに食を考えた結果、行き着いたのは昔ながらの食卓だった。
 高野豆腐に、切り干し大根、ワカメの味噌汁に、納豆、黒豆と小豆入りの玄米ご飯。
 漬物もあれが自前で漬けた大根や人参を添える。
 これで腹一杯になってしまう。
(今日は何しよう。二年ぶりに映画でも行くか)
 肉体が期待感に踊っているのがわかる。 
 外へ出よう、身体を動かそうよ、そういう声が聞こえてきそうだ。
(わかったわかった。じゃあ、まずは散歩か)
 それでもいいよ、だから早く行こう。
 そう言っているかのような肉体反応だ。
 ここ三年ぐらい、出来るだけ自分の身体を無視しない努力を続けている。
 何せここまで悪くなったツケは結局のところ自分のせいなのだ。
 子犬をあやすように自分の肉体へ「よしよし、よしよし」と応える。
 誰だって身体を無視してメリットなんて無いことを御年にして今更知る。
(時既に遅しだけど・・・ま、遅いということは無いか)
 食事を終え、PCの電源を落とそうと画面に目をやると見慣れないものが映っている。

「なんだこれ?・・・コックピットっぽいけど」

 STG28で初めて見た光景。
 しかも、何時もならプリンからのコールがログを埋め尽くすぐらい入っているのに。
「ログがない・・・」
 椅子に座り、ヘッドセットを装着。
「ビーナス、ちょっといいかな」

 反応がない。 

「ビーナス、どうした?」

 ヘソ曲げたかな。
 そう言えば昨日は何をしたっけ。
(思い出せない)
 もっとも元から思い出せない方だったが、肉体感覚にすら今日は昨日がない。
(おかしいな)
 記憶はなくとも肉体感覚で「昨日はこうだった」というのはあるもの、それがない。
 脳に何かトラブルがあるのか、ここ五年ほど記憶が完全に途絶えることがあった。歳をとると海馬の老朽化により一時記憶が劣ることは知っていたが、それにしてもそれほどの年齢とも思えない。交通事故で損傷したのならいざしらず。
 余りに酷いので去年は脳腫瘍の可能性を疑い、脳MRIも受けたのだが、これといって目立ったトラブルは無かったのだ。脳腫瘍が原因で睡眠障害が起きる可能性があると知って一縷の望みを託したのだが、希望はまたしても打ち砕かれた。
 最近は記憶が欠損することも慣れ、余り気にしなくもなる。元より記憶力はいい方ではない。小学校の頃より明らかだった。メモをとる習慣は結果身についた。仕事では常にメモを絶やせない。そしてメモを見ることを習慣づけている。ここから一歩進むとメモをとったことを忘れるのは伯父や伯母を見ていても明らかだ。血肉に刻む以外無い。
「ビ~ナスちゃ~ん」
 身体の調子がいいと、性格まで陽気になるものだ。
 人間なんてそんなもの。
「コックピットが見たこともない・・・」
 計器類も全く意味がわからない。
 でもメニューは同じだろう。
「どういうこと?メニューが全然違う」
 ESCキーを打鍵し、メニューを出すと、見たこともない文字で書かれている。
「何語だこれ?・・・」
 フォントの仕事をやっている。
 外国語の文字も少なからず色々と作った。
 それでも全く記憶にない。
 原始的というか・・・そもそも何か基礎認識が違う。
「意味がわからん・・・」
 少し考え、感を頼ることに。
 ゲームのメニューなんてかなり類似している。
 プレイヤーにわざわざ分かり難いように作る開発者も稀にいたが、多くは出来るだけ共有化出来るように配慮するものだ。
「えーっと、外船モニターってなんだって・・・えーっと、こうじゃない、こう、こう」
 肉体感覚と記憶を頼りに打鍵してみる。

「映った・・・え・・・どこだココ」

 無限のごとく広がる宇宙。
 星々の波間に漂っているような状態。

「ステータス・・・えーっと・・・こうか」

 モニターにステータスが出る。

「読めない・・・っと・・・はあっ!?」

 外部形状がSTG28のそれとは全く違う。

「なんだこれは・・・ナメクジ?でも、角はないな・・・」

 ピーナッツを二つに割ったような形状。
 色はわからない。
 STG28なら外郭を映し出すモニターが大量にある。
 これは寄生型宇宙人に対して極めて有効に働くと聞いた。
「武装は・・・」
 何度か試しどうにかメニューが開く。
 文字が読めないが確実にわかったことがある。
「武装がない・・・ってことか?」
 心臓がダンスを始める。
 肉体感覚で何か極めて良からぬことが起きている。そんな感じだ。
「ログアウトしよう・・・。ペネルティがつくけど仕方ないだろ。音声指示、ログアウト!」
「・・・」
「そうか、ビーナスがいないのか。でもオカシイな。パートナーがいないら本船のコンピューターと直結のはずだから基本操作は受け付けるはずだ。もしくはマザーが・・・」
 つばを飲み込む。
「マザー」
「・・・」
 反応がない!
 慌てて打鍵する。
 これはマズイ。絶対にマズイ。そう予見させる。
 ログアウトはキーボードからもよく操作するので一発で分かった。
 モニターに文字が出る。
 やっぱり読めない。

(・・・ログアウト出来るよな)

 ログアウト出来ない、そして冒険が的な?

「良かった・・・」

 胸を撫で下ろす。
 STG28のタイトル画面に戻る。
「バグかな?・・・さてはアプデで何かやらかしたな。これはお詫び来るか?待てよ・・そう言えばココってメンテしていないような・・・まさかな」
 笑みを伴う。
 タイトル画面を見ると習慣でついログインしそうになるが手が止まる。
(いや、今日は調子がいいから外へ出よう) 
 ニュースやメールも暫く見ていないような感覚がある。
「今日はお外デーだ!」
 といっても、メールとニュースぐらいはチェックしないと。
 本当の世捨て人になってしまう。
 ゲームを終了し、メールを起動する。
 未読の量が凄い。何時もより桁違い。まだ業者が動く時期じゃないはずだが。
(どうせメールは関係あるの無いだろ)
 仕事関係のメールや友人や知人のものはフィルタリングしてある。
 無いことを確認し他は飛ばすことにした。
「さて、世界情勢はっと・・・」
 下手な新聞より頼りにしているサイトをニュースアグリゲータソフトで確認する。

「・・・え?」

 未読が五百以上ある。
 これは必ず読むというニュースサイト。
 未読を残したことはなかった。
 最新の記事を呼びす。

「ちょっと待て・・・え・・・・ちょっと待って!」

 顔を上げ、電波時計を見た。
 デスクトップPCから座ったまま見上げれば見える位置に掛けてある。
 彼の目は釘付けになった。
 目を何度か瞬かせる。
 ゆっくりと立ち上がり、時計に吸い寄せられるように歩み寄る。

「一週間たってる・・・」

 バタバタと玄関へ向かうと扉を開けた。
 玄関横にある自前で購入した宅配ボックスの上に荷物が置かれている。
 レジ袋にメモがテープで止めてあり、そこには女性の字でこう書かれていた。
「お取り忘れなようなので」
 中を見ると近所の集積所に届けられる食料。
 メモの主は集積所の人だろう。
 傷んでいた。

「まさか・・・本当に」

 彼の肉体には一週間に一度の食料配達は何があっても確実に刻まれていた。
 それを忘れるはずもない。そこを基準に一週間が回っているといってもいい。
 ポストを見に行くと大量のDMが溢れている。
 電気やガスの領収書も。日付を見る。

「嘘だ・・・」

(浦島太郎はこんな気持だったんだろうか)

 食料がほぼ全滅しているショックは無かった。それを上回る。
 それでも彼はあくまで自分がそこまでボケたのか、一時記憶に異常があるのか、老いたのか、そうした部分にショックを受けているに過ぎない。思いを振り切ろうと、暗雲たる気持ちで映画館へ行き、久しぶりの外食に胸を踊ることもなく終えても。この日、遂に気づくことは無かった。

 そういう次元の問題ではないことに。
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