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その他、人×人恋愛系

義理のような本命の話



 玲也・マクシミリアン・上津役こうじゃくという男は大層な美形だった。

 母親が北欧人であるらしく、その血を継いだ彼は色素が薄く彫りの深い顔立ちをしており、さながら絵本の中の王子が現実世界に飛び出して来たようだと、幼い時分から年齢問わず多くの女性に囲まれていた。

 また、勉強やスポーツの分野でも突出した活躍を見せる文武両道を地でいく玲也は、当然のごとく常に異性からの秋波を送られる日々を過ごしていた。

 性格は明るく社交的で、気取ったところなどもなく、それゆえに同性の友人も多く存在する。

 周囲からはおよそ完璧な人間であるように扱われることが常であった玲也だが、しかし、彼は高校2年の冬、とある人間と出会うことでその評価を大きく揺るがせることになる。




「さっすが、マックス。今年も大量だなぁ」


 朝。教室へと姿を現した玲也へと、幼なじみかつ親友である東馬寄(ひがしまいそう)幸助がおどける様に言った。

 マックス、というのは玲也の愛称だ。

 呼びやすさゆえか、祖国恋しさか、彼の母親はいつもミドルネームであるマクシミリアンの短縮形の名で息子を可愛がっていた。

 それを聞いた友人たちが面白がって真似を始めて、いつしか彼との親しい間柄での呼び名として定着してしまったらしい。

 ただし、日本国籍ではミドルネームを登録しておらず、上津役こうじゃく玲也が正式な名となっているため、事情を知らない人間には無駄な疑問を抱かせてしまう結果となっている。

 とはいえ、小児時代から続く愛称でもあり、玲也自身としてもすでにそちらの名で呼ばれなければ違和感を抱いてしまう程度には深く馴染んでしまっているため、赤の他人に気を使って友人たちに訂正を促すような流れには到らなかった。


「半分あげようか」

「んなことしたら、恨まれちまうだろうが。

 どう見たって本命ばっかじゃねーかソレ」


 玲也が両手に下げた大きな紙袋を机の上に置きながら尋ねてみれば、親友の幸助は中身を覗き込みつつ、即座に首を横に振った。

 今日は2月14日。いわゆるバレンタインデーだ。

 毎年のように知人から赤の他人まで多くの者からチョコを貰う玲也だったが、両親の教育により明らかな本命の品について最低でも1口は食べるよう義務化されているため、彼はこの日が憂鬱でたまらなかった。

 甘い物を苦手としているわけではないが、さすがに数が多すぎるのだ。

 そのうえ、以前に差し入れられた手作りチョコのおかげで三日三晩脱水症状に悩まされるハメに陥ったというトラウマ的過去もある玲也としては、現在既製品しか受け取らないと公言してあるとはいえ、貰う数が増えれば増えるほど大きくなる不安を拭い去ることができずにいる。

 むしろ、チョコの存在自体を嫌いにならないのが不思議なほどだった。

 食べないと言いつつ無遠慮に紙袋を漁り始めた親友を横目に見ながら、玲也は深いため息と共に椅子に腰かける。

 と、そこで幸助から戸惑うような声が上がり、彼は反射的にそちらへと視線をやった。


「んっだこりゃ。板チョコぉ?

 スーパーとかにいつも売ってる安っいヤツじゃん。

 誰だよ、こんなんマックスに渡した女勇者は」

「え。そんなチョコ貰ったかな」


 反応を返した玲也に、幸助は手に持っていたチョコをクルリと回し、差し出してくる。

 受け取り検分するように眺めてみれば、すぐに市販のままのソレとは少々異なる部分が彼の目に飛び込んできた。


「あぁ、幸助。ほら、この裏。

 メッセージカードが添えられているぞ」

「って、それカードっつーか、広告の裏紙切ってセロテープで貼っただけじゃん。

 マジで何だコレ。義理にしたって酷過ぎだろ。

 で、なんて書いてあんだ?」


 ひでぇひでぇと呟きつつ顔を歪める親友に催促されて、玲也はごく一般的な黒ボールペンで書かれた小さな文字を読み上げる。


「ええっと、『上津役センパイは毎年チョコを沢山貰っていて消費するのが大変だと思うので、せめて年単位で放っておいても食べられるビターチョコを選んでみました』……だって」

「いやいやいや。だからって、包装すらそのままってのはねぇよっ。

 普通もっとホラ、リボンなりシールなりこう、アレだ、装飾くらいはするだろ」


 女子に夢を見たい年頃丸出しのツッコミを入れてくる幸助。

 しかし、当の玲也は何やら考えごとをするかのように思案気な顔付きをして黙り込んだ。


「マックス?」

「…………でも、確かに。

 最近は昔に比べて賞味期限の短い生チョコなんかが多くなっていて、食べるのも追いつかずに困っていたんだよなぁ」

「確かに、じゃねぇよ!

 それだけ本命度が高くなってるってことだろうが!

 羨まけしからん奴め!」


 ともすればこのまま肯定的かつ好意的な意見が飛び出してしまいそうな話の流れを修正しようと、幸助は玲也の机を叩きながら本音まじりに強く主張した。

 が、彼はそんな親友の気持ちを汲むことなく呟くような小声で応える。


「……お前はそう言うけどさ、本当に俺のことを1番想ってくれてるのって、実はこの子なんじゃないかな」

「はぁ?」

「自分の気持ちだ何だって、やたらと高くて甘ったるくてすぐ悪くなるチョコを押し付けられるより、こっちが気を遣わなくて良いように考えて、安くて長持ちするチョコをくれたこの子の方が俺のこと分かってくれてるように感じる」

「うわあああっ、マックスがモテすぎてオカシクなったーっ!」


 理解できない結論に至ってしまった美形の親友マックスに、思わず頭を抱え込む幸助。

 しかし、その頭上からまたも聞き捨てならないセリフが落ちて来て、彼はほとんど反射的に顔を上げ叫んでいた。


「1年の暗黒邪眼さんかぁ、どんな人だろう」

「完っ璧に偽名じゃねーか! しかもフザケすぎ!

 そんな憧憬のまなざしを向けるような相手じゃないことだけは確かだってぇの!

 言っちゃ悪いが、からかわれてんだよマックスは!」

「……会いに行ってみようかなぁ」

「聞けよぉーーッ!

 頼むから、目ぇ覚ませマぁーーーックス!!」


 盛大に道を踏み外そうとする親友を正気に戻そうと、幸助は玲也の肩を掴み懸命に揺さぶり語り掛けるのだが、そんな彼の努力が報われることはついになかったのだという。




~~~~~~~~~~




 そして、翌日の昼休み。


「わざわざついて来なくても良かったのに」

「騙されてると分かってて、親友放っておくわけねぇだろ」

「なぜそんな偏った見方しか出来ないんだよ、幸助」

「偏ってんのはお前だ、マックス」


 さっそくとばかりに1年の教室を訪ねようとする玲也に、強引にひっついて来た幸助。

 お互いに困った者を相手にするような表情で顔を見合わせ、続けて小さくため息をつく。

 幼い頃から肩を並べて育ってきた二人だが、ここまで意見が食い違ったのは、実は初めてのことだった。


「騙すも何も、俺はただチョコを貰っただけじゃあないか。

 メッセージがついていることだって、別に珍しいことじゃない。

 こっちが勝手に興味を持って、会ってみたいと思っただけだろう」

「うぬっ……そ、それは確かに……」


 玲也の的確で筋の通った説明に、なんとも言えず唸る幸助。

 しかし、続いての親友の発言に分かりやすく主観が混じった瞬間、彼は怒涛のように反論を並べ立てていた。


「暗黒邪眼さんは、名前も明らかな偽名で、クラスだって書いていないんだ。

 つまり、俺に見つけて貰おうだなんて思っていないってことだろ?

 実際、奥ゆかしい人なんだよ」

「意義ありぃ!

 まぁ、言われてみりゃ騙すってのは間違いだったかもしれねぇよ?

 だがな、だからって、奥ゆかしいってのはねぇから。

 マックス。お前、奥ゆかしいの意味調べたことあるか?

 品位があって、つつしみ深い、それゆえに心惹かれる感じのことだぞ。

 ハッキリ言わせてもらうが、その百円かそこらのクソ安いチョコに、チラシの再利用なんかしやがったメッセージに、品位なんか微塵もねぇだろうがよぉ!」

「見解の相違もここまで来ると笑いも出ないな」


 チョコの贈り主に頑ななまでに好意的な解釈を続けようとする玲也へ、幸助は乱暴に己の頭を掻きながら犬のような呻き声を上げる。


「うぅー……ったくよー。

 そもそも、ただの嫌がらせ目的だったらどうするつもりなんだって話だよ」

「嫌がらせ目的?」


 予想だにしなかった単語に玲也が小さく首を傾げれば、幸助は数秒ばかり迷うような素振りを見せたあと、静かに口を開いた。


「……バレンタインにかこつけて、お前のこと気に食わねーって男が人を小バカにしたようなクソチョコを隙見て袋に放っておいたんだったら、マックスが貰った記憶がなくてもおかしくないだろ?

 仮にも本命っぽいメッセージさえつけときゃ、お前が食わないわけにいかないって知ってんだよ。

 要は、お手軽にマックスの負担を増やしてやろうって魂胆ってこと」

「やけに説得力のあるリアルな分析じゃあないか。

 まさか幸助、お前……」

「ぅおおい、違ぇーーーーっ! 俺じゃねぇっつーの!

 そんな疑いの目で唯一無二の親友を見てんじゃあねぇーーーっ!

 しまいにゃ泣くぞ!!」

「いや、冗談だよ」

「んなこたぁ分かってるわ!

 タイミング考えろっつってんの、俺は!」


 必死な様子の凡庸な男に、苦笑いで返すイケメン。

 もはや何を言おうとも止まらぬであろう友へ、幸助は深く深くため息を吐いて、真剣な瞳で最後通告を送った。


「なぁ、マックス。マジで不快な目に遭う確率の方が高いんだぞ。

 それでも探すのか、暗黒邪眼なんてフザケた偽名の奴を」

「あぁ。どうしても気になるんだ」


 間を置かず返された決意を秘めた玲也の頷きに、ついに彼は折れた。


「……わぁかったよ、この頑固者。勝手にしろ。

 んで、もし悪い方の予想が当たってたら、そん時は残念会でも開いてやる」


 握った拳を玲也の肩で軽く弾ませて、幸助は1人2年の教室に戻るべく身体を反転させる。

 例えば本当にチョコレートが本命の品で幼馴染に初の春が訪れようとも、例えば嫌がらせの義理ですらない偽物であることが判明し彼が傷付くことになろうとも、その結末の現場に立ち会うのはあまりに野暮だろうと考えたからだ。


「苦労かけるな、親友」

「もう慣れたさ、親友」


 互いの背中に言葉を投げ合うイケメンと地味メン。

 果てしない顔面格差はあれど、2人は確かに心と心を通わせた真の友であった。



 幸助と別れて、まずは階段を降りきってすぐの1年C組の教室を覗き見る玲也。

 すると、学内でも有名な王子様の登場に目敏く気付いた女子グループがすぐに黄色い声を上げた。

 それによって注目を浴びてしまった玲也は、少々逡巡したのち、扉の先の下級生たちを見回しながらハッキリとした口調で質問を投げかける。


「あの、このクラスに暗黒邪眼さんという方はいないかな?」

『えっ……』


 県内でもトップクラスのイケメンによる唐突すぎる中二発言に、教室内は唖然と静まり返った。

 さながら時が凍りつきでもしたかのように、哀れな子羊たちが動きを止める中、その空気をぶった切るように1年B組側の廊下から馬鹿笑いが響き渡る。


「っぶーー!

 ホントに言ったーーーーっはっはっはっは!

 あっーはっは……っひぃっひぃ!

 っさっすが! さっすが上津役センパっはっはっは!!

 おなっ、おなか痛いっ!」


 声につられて玲也が視線と身体を動かせば、校庭に面した側の廊下の壁を片手で叩きつつ、もう一方の腕で腹を抱える女生徒がいた。


「ええっと……」

「あぁー、ちょっと、ま、待ってくださいね、今、はい、ぶほっ」


 分かりやすく眉尻を下げ困惑している様子のイケメンに気付いた彼女は、口元に手のひらを当て呼吸を整えながらも、完全には治まりきらぬ笑いと共に玲也へと言葉を紡ぐ。


「いやぁ、どーもー。っくふぉ。私がお探しの暗黒邪眼でブホフッ」

「えっ……あ、暗黒邪眼さん? キミが?」


 その名乗りに、玲也がさらに困惑を極めて目を瞬かせた。

 対して、女生徒は意味深なアルカイックスマイルを浮かべ、いかにも余裕な態度で彼を見つめている。


「えぇ、そうですよー。初めまして、上津役センパイ。

 とりあえず、廊下じゃアレなんで、場所変えて話しませんか?」

「はぁ」


 状況が飲み込めず、どこか呆然としたまま自称暗黒邪眼に連れられ歩く玲也。

 彼女らが立ち去った後、ようやく正気を取り戻した生徒たちによって1年C組の教室とその周辺廊下が大きなどよめきに包まれたことは言うまでもない。




~~~~~~~~~~




 女生徒に先導され、玲也は技術木工室として使用されているプレハブ小屋の裏手へとたどり着く。

 確かに人の気配も少なく、このまま話し合いが始まるのかと思いきや、彼女はおもむろに小屋の窓へと両手を張り付け音を立てて揺らし出した。


「えっ、何を……」

「このプレハブのここの窓、こうして細かく揺らすと鍵がズレて開けられるんですよね。

 まぁ、動かし方にちょっとしたコツはいりますけど」


 戸惑う玲也に声で返事をしつつも、女生徒は作業の手を止めない。


「はい、このとおり」

「わっ、本当に開いた」


 ゆっくりと半分ほど窓をずらして、彼女は驚く玲也へと顔を向ける。


「人目につかない内に中にどうぞ」


 言いつつ、女生徒はやたらと手慣れた動作で軽やかに窓の向こう側へと姿を消した。

 常に人目に晒されていることも相成って至極真っ当な人生を送ってきた玲也は、果たしてこんなことをして良いものかと戸惑いながらも、素直に彼女の後を追って桟に足をかける。


「はい。では、外から見えないように屈み歩きでこちらへ。

 この辺なら、どこの窓から覗かれても死角になりますから。

 あ、鍵はちゃんと掛け直してから来てくださいね」


 元来の運動神経で危なげなく室内へと降り立った彼へ、すでに部屋の隅に座り込んでいる女生徒が手招きした。

 言われるがまま窓を閉め、姿勢を低く移動して、玲也は彼女の隣に腰を下ろす。


「……うーん、無垢な生娘のような警戒心のなさですね。

 良かったんですか、こんなところまでホイホイついてきて」

「へっ?」


 いきなり投げられた理解し難い突飛なセリフに驚いて反射的に顔を横へ回せば、女生徒はひどく呆れたような目を彼に向けていた。

 全くもってワケが分からず、玲也は頭上に汗を飛ばす。

 そんな彼の様子から、彼女は自らの発言の意味が通じていないことを悟り、具体例を上げていった。


「私が悪い人間で、まんまとおびき出したセンパイを縄のようなもので拘束して大人の道具だの何だの使ってアレコレ開発する様子を動画に撮ってネットに配信したり、あまつさえそれをエロ系の会社に売っぱらうようなゲスだったら、センパイの人生ここで詰んでましたよ?」


 女の口から放たれた想像だにしない非常かつ非情な例えに、玲也はまさに絶句といった表情で固まってしまう。


「な……なにを……」

「はは、まぁ、ソレはね。次から女相手でも多少なりと警戒を怠らないようにしましょうって教訓にするなり何なりご自分でしてもらうとして……時間も有限なわけですし、さっそく本題に入りましょうか?」

「っえ、お、はい。お願いします……?」


 彼女のからかいともつかぬ掴みどころのない態度に、1学年先輩とはいえ思わず言葉遣いが丁寧になってしまう玲也。

 微妙な挙動不審に陥っている彼を、女生徒は笑顔で流して言を紡いだ。


「では、改めまして……暗黒邪眼こと、1年A組所属の企救丘きくがおかふゆのと申します」

「あっ、はい。あの、2年D組の上津役こうじゃく玲也です」


 名乗ると共にふゆのが深く頭を下げるのに対して、玲也も慌てて返礼する。

 彼女からバレンタインチョコを貰った立場であることを考えれば、今更彼が自らの名を口にする必要は全くなかったのだが、先ほどのセリフに対する戸惑いから未だに抜けきれていないのか、玲也がその事実に気付くことはなかった。


「それで……センパイはどういった目的で、メッセージにクラスも本名も書かなかった私を、わざわざ探し出そうと思われたのですか?」

「ええっと、単純に、その、どんな人だろうと気になったので……」

「気になる、とは、良い意味でしょうか、悪い意味でしょうか」

「あ、すみません。良い意味です」

「そうですか、ありがとうございます。

 安い市販品でしたし、イタズラだとは思われませんでした?」

「幸助……いや、友人にはさんざん言われました……けど、でも、俺はどうしてもそうとは思えなかった。

 メッセージを見て、的確な気遣いが嬉しいと、感じたから、だから、知りたくなって、それで……」

「なるほど」


 緊張に喘ぐ玲也と、微笑みを崩さないふゆの。

 2人の間で、さながら就職面接でもしているかのようなトーンの会話が続いていた。

 チョコレートを渡された男と渡した女の姿勢としては、まるきり間逆の様相である。

 と、さすがにこのままでは己が欲っする答えを得るまで遠回りにすぎるとでも思ったのか、ふゆののリードに任されるばかりであった玲也が、ここで逆に質問を投げ返した。


「……その、企救丘さん」

「はい」

「本当は、こんな風に伺うのは野暮なことだとは分かっているんですが……」

「構いませんよ、なんでしょう」

「えっと……アレは、あのチョコレートは、本命……だと、思っていいんでしょうか」


 なぜか小さく潜められた彼の声を聞きながら、彼女は変わらぬ表情でこう答える。


「えぇ、本命です」


 瞬間、玲也の顔が明るく華やいだ。


「そ、それじゃあ……」

「ただし、センパイ。私は貴方と付き合いたいとは考えていませんでした」

「えっ?」


 上げたと思えば急激に落とす。

 まるで絶叫コースターのようなふゆのの言葉に、彼はそのサファイアのごとき青色の目を白黒させた。

 そんな玲也の反応に対し、やはり気にした様子を見せないふゆのは、更に重ねて声を発する。


「こちらとしては、私のあのチョコを見たセンパイがどんな反応をするのか、色んな想像をして楽しめれば充分だと思っていたんです。

 だって、センパイは顔も頭も運動神経も良くて、人気者で……私みたいな性格はともかく見目も成績も普通レベルの埋没系の人間が、更に言えば知り合いという関係にすら到れていないような赤の他人な状態で、貴方と恋人になって独り占めしたいだなんて、そんな大それたこと考えるのは、全くおこがましい話じゃあないですか」


 そう告げて、彼女はここにきて初めて、ほんの僅か、笑みに苦味を含ませた。

 話を聞いている内に、心の奥から怒りにも不満にも似た感情が湧き上がり、それによって緊張状態から抜け出した玲也は、ふて腐れた子どものような表情を浮かべて、少々低めのトーンでセリフを紡ぐ。


「それって、本命チョコを渡すという告白まがいのことをしてきた相手に、俺は返事をする間もなく一方的にフられようとしている……ということでいいのかな」


 彼が暗黒邪眼について好意的であった理由は、彼女が表面的な事柄にばかり囚われず、自分自身を見てもらっていたように感じたからだ。

 けれど、それが今しがたの説明により、ふゆのも結局は肩書きばかりを気にする人間なのだと認識し、落胆したのである。

 無意識に期待をしてしまっていた分、玲也の失望度合いも高まっていた。

 が、そんな鬱屈とした感情も、彼女の次の発言で完全に雲散霧消してしまう。


「いいえ? 全然違いますけど?」

「あれ?」


 想定外の反応に、無意識に何度も瞼を開閉してしまう玲也。


「今のはあくまでチョコを渡した時点での自分の考えであって、言わば前置きの話ですから」

「あ、え、まえおき」

「センパイが私に興味を持って、わざわざ探してくれて、今こうして2人きりで会話とかしちゃってるワケですよ?

 バリバリ確変キちゃってんですよ?

 とても手の届かない空を飛んでばかりだった鳥が、わざわざ無警戒丸出しで目の前の地面まで降りてきてるんですよ?

 狩るでしょ」

「か、かくへん? かる?」


 戸惑う玲也へ向け、ふゆのは浮かべる笑みの雰囲気をガラリと一変させた。

 誘拐した美少女を嬲る直前の薄汚い山賊のような、非情かつ下卑た笑みだ。

 思わずといった体で、彼は正面に座る彼女から距離を取るかのように、自らの背を僅か仰け反らせた。

 そんな玲也の恐怖を感じ取ったのか、すぐに元のアルカイックスマイルに戻るふゆの。

 ドクリドクリと心臓の音がやたらに大きく彼の耳に響いていた。


「いやぁ、正味の話ですね。

 センパイなら、もしかして、やらかしてくれるんじゃないかなって、こう、全然期待してなかったかって言ったらウソになるんですよ」

「や、やらかし……?」

「でも、まさか本当に本気であんな大勢の人前でめちゃくちゃ真顔で暗黒邪眼探してますーとか、そんなクっソ面白いことやってくれて、マジセンパイサイコーっていうか、もうコレ好感度爆上げすぎてニヤケ禁じ得ないじゃないですか、あのパーフェクトイケメンカッコワライ様がまさかのアンコクぶはっ、も、もうヤダ、ホント無理、上津役センパイ神すぎっふひぃっ」


 十数分前の玲也の様子を思い出しているのか、ふゆのは口元に手を当て俯いて、身体を小刻みに震わせ始める。

 彼女の態度に、彼は少しばかり眉を顰め、同時に軽く首を傾げた。


「アレ……?

 これ、もしかして、俺、貶されているのでは……?」

「あっ、違います違います。

 私はセンパイの無駄にアホ真面目なところが可愛くて好きなんで、それを口にするとどうしても悪い風に聞こえちゃうのかもしれないですけど、個人的にはめちゃくちゃ褒めてるので」

「むだにあほまじめ」


 例え彼でなくてもしたであろう勘違いに、慌てて笑いの収まらない顔を上げ、ふゆのは片手を左右に激しく振るう。


「分かりにくくて、スミマセン。

 でも、本当に褒めてるっていうか、正直、私、イケメンのそれもハイスペックタイプとかもう視界に入るだけで顔面に硫酸投げつけたくなるくらい苦手中の苦手だったんですけど、なんかもうセンパイだけは例外っていうか、むしろソレがアホとの良いギャップになってるっていうか、それだけ本気で好きってことで、理解は求めませんので、とりあえず、そういうものと認識していただければ助かります」

「ア、ハイ」


 目の前の彼女があまりに何を言っているのか分からなすぎて、玲也はもうそう返すしかなかった。

 話の内容を無視して事実だけを羅列すれば、「高校1年生の女子がひとつ年上の男子にどこが好きかを力説している」という一見甘酸っぱい場面であるのだが、現実の今この空間に、そのようなキラキラしい雰囲気はカケラたりとも漂ってはいない。


「いやでも、センパイ。例えばの話ですよ?」

「ア、ハイ」

「センパイが世間的に見てカッコ悪い人になっても、私だったら幻滅なんてしないで、ずっと好きでいられると思うんです。

 あと、大人の女性向け漫画などによくいる『カオがイイから付き合ってみたけど、なんか思ってたのと違った』なんて理由で別れを切り出すような女にだって、私は絶対なりません。

 それって、センパイ的に利点になりませんか?」


 それまでの話題から一転して、自らの売り込みを始めるふゆの。

 その唐突さについていけない玲也が、それでも彼女の言葉を理解しなければと、けな気に頭を働かせる。


「え、あ……えっと、カッコ悪いっていうのは、どんな方向性の?」

「そうですねぇ。

 もし、センパイが将来ひきこもりニートになったとしても、殺人を犯して留置所の住民になったとしても、ゲラゲラ指差して笑った後で差し入れを渡してあげられる感じです」

「とんでもない未来を想定されてた」

「普通にハゲ&デブと化した上で実は真性ホーケ○の粗チ○だったのが発覚とかでもいいですけど」

「とんでもない未来を想定されてた」

「あ、でも、入れ食い状態だからってヤリチ○になられると、さすがに去勢くらいはするかもしれません」

「こわい」

「あと、ドメスティックバイオレンスもオススメしないです。

 私がっていうより、数年前までかなり大きい不良グループを纏めてた兄からの報復が絶対入ると思うんで」

「こわい」

「まぁ、今はただの気のイイにーちゃんって感じなんで大丈夫ですよ」


 血の繋がった実の兄という切っても切れぬ存在のフォローをしながら、苦笑いで手のひらを揺らすふゆの。

 玲也はそこで、彼の常識から逸脱した言動を放つ彼女の原点を見た気がした。


「と、まぁ、少々押し付けがましいばっかりの話になっちゃいましたが、私のこと全然知らないセンパイに今焦って答えを急かしたところでアレでしょうし、とりあえず、まずは友人として気軽に交流させていただければ、と愚考する次第ですが……どうでしょう」


 室内にかかる時計で現在時刻を確認したふゆのが、話の〆として2人の今後に対する提案を投げかける。


「あぁ、うん、ハイ。それは大丈夫、全然」

「ありがとうございます。

 では、その一環として、連絡先を交換していただいてもよろしいですか?」

「それは、もちろん」


 すでにスカートからスマホを取り出し構えている彼女を待たせまいと、玲也はブレザーの内ポケットへと素早く手をのばした。

 作業のように淡々と互いの情報をやりとりしながら、同じく会話を進めていく。


「こちらの都合で申し訳ないんですが、お付き合いの返事については、次のホワイトデー辺りでお願いしたく」

「……意外と期限短いね?」

「ハッキリしない関係のまま、男女が長々一緒にいるのもどうかと思いまして」

「あー……なるほど。

 分かった、ちゃんとそれまでに結論を出しておくよ」

「お手数おかけします」

「いえいえ、こちらこそ」


 ペコペコと日本人らしくお辞儀を交し合う2人。

 その後、鍵を閉める作業があるからとふゆのに追い出されて、玲也はプレハブに彼女を残したまま独り、自らの教室へと戻っていった。

 密室を作る過程を素人さんに見せるわけにはいかないからという彼女の判断だったのだが、その事実を彼が知ることはおそらく永遠にないだろう。




~~~~~~~~~~




「ただいま」

「おー……?

 なんか不思議な顔してんなマックス。

 やっぱ見つからなかったのか?」


 首を捻りながら姿を現したイケメンへ、やきもきしながら待機していた幸助が早速とばかりに問いかけた。

 そんな親友へ応えを返しながら、玲也は己の席に座して腕を組む。


「いや、いた。

 メッセージ通り1年の女の子で、チョコも本命だった」

「おおっ!」

「それで、2人で軽く話した結果、とりあえず友人から始めようということになった。

 女子と一緒にいてずっとドキドキしてたのとか初めてだし、多分、好きになってるというか、付き合うことになる、と、思う」

「おいおい、良かったじゃねーか!

 いやぁー、これまで全然女に興味を示さなかった、あのマックスがなぁ」


 感慨深げに言いながら、満面の笑みで玲也の背を叩く幸助。

 が、どうにも腑に落ちないような表情の親友に、彼は上げたばかりのテンションを下降させて、質問を重ねるために再び口を開いた。


「……なんでそんな怪訝なカオしてんだよ?」


 聞かれて、幸助を見上げた玲也は、小さく唸ってこう答える。


「自分でもよく分からない。

 ただ、何か、こう、狐につままれたような気分というか」

「なんだそりゃ」


 動悸が激しかったのはおそらく全く違う理由によるもので、完全に吊り橋効果にハマっていますよ☆と、ツッコミを入れられる第三者は幸か不幸かその場には存在しなかった。





 その後、なんだかんだで親交を重ねる内に本当に恋に落ちてしまったイケメンは、稀有な凡女とつつがなく恋人関係となり、彼女の巧みな手練手管により玲也本人も知らぬ内に様々なアホを幾度と晒して、急速に女子たちの間で観賞用の存在へとシフトしていくのだった。

 彼が真面目にアホを晒す度に、すぐ傍で親友の悲壮な叫びが上がっていたなどという事実は、まったくもってどうでもいい余談であるだろう。


 また、精神逞しいふゆのの活躍により、連日の告白や本人の意思を無視した強引な付きまといは元より、翌年からのバレンタインでチョコレート地獄からあっさりと開放された玲也は、彼女の存在に深く深く感謝を捧げることとなる。

 そんなこんなで、意外と相性の良かったらしい2人は特に仲違いをすることもなく、互いの家族にも驚くほどすんなり受け入れられて、約10年程度の付き合いの後に、親友幸助の雄叫びをBGMに結婚という新たなステージへと至ったのだった。





 ハッピーバレンタイン☆

おまけ ~とある放課後の邂逅録~


「おー、フユじゃねーか。今帰りか?」

「あ、お兄ちゃんだ」

「お兄さん……って、例の?」

「うん、そう」

「な、なんだぁ? 外人?」

「違うよ、ハーフなだけで日本人だから。

 ウチの学校の1つ上の先輩なの」

「はじめまして。上津役・マクシミリアン・玲也と申します。

 ふゆのさんとは真面目なお付き合いをさせていただいております」

「……………………は?」

「へっへー、驚いたでしょ。私の彼氏でーす。

 玲也さんはねぇ、勉強もスポーツもできるすごい人なんだよ。

 パーフェクトすぎて殴りたくなるでしょー?」

「ふゆのさん?」

「はは、冗談冗談」

「………………な、か、かれし? フユの?」

「だから、そうだって。なに面白い顔してるの」

「おまっ、だっ、こんな」

「えっと、大丈夫ですか?」

「お前っ、いや、キミはアレか。

 妹に何か弱みでも握られているのか。

 もし、そうだったら俺に相談してくれれば、ちゃんと言ってきかせるから」

「はい……?」

「おい、お兄様。貴様、玲也さんに何を吹き込んでくれやがってますか?」

「だって、絶対そうだろ!

 そうじゃなきゃ、なんでフユ如きとこんなファンタジー世界の王子みたいな美形が付き合うことになるんだよ!

 立ってるだけで育ちの良さが滲み出てんじゃねーか!

 ありえねぇだろ!」

「ふざけんな、バカ兄!

 それ以上言ったら、テメェのプラモコレクションまとめてコンクリに沈めっかんな!」

「おいい、それだけはガチで止めろぉッ! この鬼! 鬼妹!」

「待って待って。ふゆのさん、落ち着いてっ。

 あの、お兄さんも……本当に、弱みとかじゃなくて、お互いに気持ちがあっての上で交際をさせていただいているので」

「ホラ、もう! 初対面の人間に気を使わせて、このバカ! 愚兄!」

「何だよ、こんなん誰だってそうとしか思えねぇだろっ!

 親父とかお袋も、コイツ見たらぜってぇ俺と同じこと言うかんな!」

「あのー、2人ともー」

「じゃあ賭けるか!?」

「おー、上等だ! やったるわ!」

「もしもーし、ふゆのさーん、お兄さーん」



~~~~~~~~~~



 兄が勝った。


「ホラ見ろ」

「何でよぉーーっ!」

「まぁまぁ」



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― 新着の感想 ―
[一言] お兄さんの名前もしかして千春?そして族の名前は巌駄無? 流石に違うか
[良い点] 名字はこちらの地名(読みにくくて有名な)で、ルビなしで普通に読んでました(笑) 感想欄を見て、あっ(察し)とはなりましたが。 暗黒さんがいい仕事をしていて好きです。
[良い点] 兄が勝った。 この一言で久しぶりに爆笑しました おもしろかったです
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