第95話 5日目の夕食後の報告会。(仕立て屋の賭け。とトレンチの試着。)
スミスは疑問を口するが、
武雄は苦笑しながら言う。
「あくまで私的には・・・と感じただけなんですが。」
「それでも・・・どうしてそう感じたのですか?」
「・・・例えば同業の職人を入れるためには、簡単に言ってしまえば、今の勤め先より給料を良くすれば集められる・・・
という事を前提に言います。」
「はい。」
「でも新たに来た職人と今いる職人とで給料の差をつけると店内のイザコザに発展する可能性があります。
と言うことは、今の店員達の給料も上げる必要が出てきます。
結果的に人件費等の経費増加を見込んでも良いと一つ目の賭けをしたと思うのです。」
「なるほど。」
「さらには、職人を新たに雇い入れて、エルヴィス家の注文を確実に2年間以内で仕上げる事に成功したとして、2年経ったら解雇なんて不誠実な事はできないでしょう。
店員達は、その後の受注を見込んでいるのです。
この見込みが二つ目の賭けだと思うのです。」
「それはタケオ様とは別口でですか?」
アリスが質問してくる。
「そうでしょうね。私を頼るなら月45着の賭けは出来ないはずです。
何かしら閃いたのでしょうね。
・・・婦人服と手を組むのかな?とは思いますが、よくわかりませんね。」
「タケオ様でもわからないのですか?」
アリスは言う。
「はは。私を高く評価していただきありがたいですが、まったくわかりませんね。」
「スミス坊ちゃんが、このコートを採寸する時に聞いてみるのも面白いかもしれませんね。」
「僕ですか?」
「私が聞くと本音の所は・・・言わないと思いますし。」
武雄はクスクス笑う。
「僕相手だと言うのですか?」
「ええ、たぶん言うと思いますよ。
私の近くにいるけど、コートについては第3者的な位置づけですし。
エルヴィスさんやフレデリックさんの様に実務に直結していないというのも言いやすいところですね。」
「そうですね。私もタケオ様の仰ることはわかりますね。」
フレデリックが言う。
「フレデリックもそう思うのですか?」
「はい。タケオ様の言われたこと・・・
例えば、予測では現状30着までしかできないだろうと思っていたとか。
職人を雇い入れ、総人件費を上げるという賭けに出たとか。
そんなことはタケオ様の口からは聞けないのです。」
「そうなのですか?」
「嫌味に聞こえるでしょう?」
と武雄は苦笑する。
「僕だと良いのでしょうか?」
「良いのですよ。たぶん仕立て屋も気になっているでしょうからね。
タケオ様は、そのことにあまり触れずに契約をしてきているはずですので、
『タケオ様がどう思っていたのか・・・』と知りたいはずなのに
本人に聞くのは仕立て屋としてのプライドが許さないでしょうね。」
「でしょうね。あの場でこちらが慰めの様な事言えば、見下されていると感じるでしょうし。
・・・何を言っても良い方には受け取らない可能性が高いので。」
「そういうものなのでしょうか?」
スミスは疑問をいう。
「ええ。それとなくで良いので聞いてきてください。
私が言っていた事で何を伝えるかはスミス坊ちゃんにお任せします。」
「ええ?言う事は僕が考えるのですか?」
「はい、その方が良いでしょう。
今回は何を言ってもマイナスにはならないでしょうし。
例えマイナスになったとしても私と仕立て屋の関係は変わらないでしょう。
気楽に聞いてきてください。」
「わ・・・わかりました。」
とスミスは返事をするのだった。
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武雄は客間の角に置いてある荷物からコートを取り出す。
「これがトレンチコートです。
はい、アリスお嬢様。取ってきましたよ。」
とアリスにコートを渡す。
「ありがとうございます。」
とアリスは受け取り羽織ってみる。
と右を向き、左を向き、ベルトをしたり外したり、生地を触ったりもしている。
「どうですか?違和感はありますか?」
「いえ。違和感というか、初めての感じなので・・・
着た瞬間は温かいとは思わないですが、着て少し経つと温かさが増しますね。」
「ほぉ、良いのぉ。」
「コートの中の空気を自分の熱で温めて、外に出しづらくする仕様ですからね。」
と武雄は微笑む。
「わしも着てみたいの。」
「では、少し大きいですが、私のを着ますか?」
とエルヴィス爺さんもトレンチコートを着てみる。
ボタンを閉めて、軽く素振りの動作をする。
と、
「タケオ・・・暑い・・・汗をかきそうだの。」
と手で顔をパタパタしだす。
「では。」
と武雄は胸元や袖口のボタンやベルトを外し、外気を入れる。
「なるほどのぉ。調節も自分でできるのか・・・でもベルトは外すと邪魔だのぉ。」
「では。」
とベルトを後ろでワンテールに結ぶ。
「ん?そんなに気にならなくなったの。
何をしたのじゃ?」
「いや?結んだだけですが?」
「そうなのかの?・・・ふむ・・・そうなのか。」
とエルヴィス爺さんは勝手に何やら納得した様でうんうん頷く。
アリスが武雄に近づいてきて背を向ける。
「タケオ様、私も結んでください。」
武雄はエルヴィス爺さんの時とは違う結び方・・・
ベルトを後ろで片リボンに結ぶ。
「・・・タケオ様?違う結び方ですけど?」
姿見を見てアリスが尋ねてくる。
「アリスお嬢様はこっちの方が似合うと思ったのですが。」
「いえ・・・良いですね。
後でやり方を教えてください。」
「ええ、良いですよ。」
とアリスはコートを脱ぎ、スミスが羽織る。
と、「おぉ」と軽く驚くと共に少し動き汗をかきだす。
いつの間にか武雄のコートをフレデリックも着ていた。
「ほぉ。」と頷きながらボタンやベルトを弄っている。
「みなさん、どうです?着ていただけるでしょうか?」
「うむ。これならいけそうだの。」
エルヴィス爺さんの一言に皆が頷く。
「それは良かったです。」
武雄はそんな皆をにこやかに見ていた。
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