第63話 アリスお嬢様の思い出。(王都守備隊幹部会。)
王城の広間にて、なにやら会議がされている。
部下らしき者から報告を受けた上座に座る威厳に満ちた男が話始める。
「・・・では、もう少し戦は続きそうなのだな?」
「はい。テンプル子爵より、おおよそ後1か月は続くと予想する、と報告が上がっております。」
「互いの戦力が拮抗したからか。決定打に欠けるか。」
「はい。今回は、ほぼ同数であり、現状、散発的に小さい衝突が繰り返されるのみに留まっているとのことで双方の被害も殆どないとのことです。」
「わかった。今回の戦で無理をする必要はないとテンプル子爵に伝えよ。」
「畏まりました。」
部下は礼をして広間を退出していった。
------------------------
一人になったこの男こそが、第34代アズパール王である。
何やら考え込んでいると広間の扉がノックされ、一人の男が入ってきた。
「王都守備隊総長。いかがした?」
アズパール王は、王都守備隊総長に聞いた。
「陛下、第一近衛分隊長が帰還しましたので、ご報告に参りました。」
アズパール王は不思議に思った。
第一近衛分隊長はエルヴィス伯爵邸まで行く監査官達の護衛と伝令を兼ねて随伴しているはず。
片道6日の行程でまだ出発して9日しか経っていない。
「緊急的に何か発生したのか?」
「いえ、エルヴィス伯爵からの依頼の件で至急、戻ったとのことです。
依頼内容は、第一近衛分隊長から聞きましたが、経緯や背景の見方で判断に困っております。」
「?・・・王家に関することは王都守備隊が、それ以外は文官が処理するのではなかったのか?」
「陛下のおっしゃる通りです。」
「・・・よし。9時課の鐘が鳴る頃に広間で王都守備隊幹部会を開き皆で確認する。
もし、王家以外と判断するならば、そのまま文官に回そう。」
「畏まりました。」
「第一近衛分隊長は疲れているだろうから軽く寝させておけ。」
王都守備隊総長は広間を退出していった。
------------------------
9時課の鐘が鳴っている。広間にはアズパール王、王都守備隊総長および各分隊長が揃っている。
「第一近衛分隊長は疲れているだろうが、説明を頼む。」
アズパール王はそう切り出した。
「はっ!では、簡易的ながら聴取したゴブリン軍との戦闘経過から話を始めます。
詳しくは、後日の監査官の報告書で改めてご確認ください。」
・・・
・・
・
「以上が、戦闘経過とエルヴィス伯爵の依頼内容です。」
第一近衛分隊長は後ろに下がった。
「・・・確かにこれは見方で判断が変わってしまうな。」
アズパール王は難しい顔でそう語った。
また各分隊長も難しい顔をしていた。
「はい。現状だけとして見れば、アリス指揮官への誹謗中傷と脅迫ですが、
初代総長の話を知っていて・・・となると王家への批判に受け取れます。」
「そうだな。ちなみに実際に聞いていた第一近衛分隊長はどう思うか?」
「はっ!他の監査官達が申していた通り、
エルヴィス伯爵の気持ちとアリス・ヘンリー・エルヴィス殿の心中は察するに余りあります。
しかし、それを除外するにしても、個人への脅迫というよりエルヴィス伯爵家への批判と受け取ります。
となると延いては、レイラ殿下への批判とも受け止められること。
また、投書には封蝋がされておりますので、最悪の場合、王都の文官もしくは貴族が関与している可能性もあること。
よって、独立機関である我々が調べるのがよろしいかと考えます。」
「なるほど、そうとも言えるな。
・・・では、この件は第3皇子妃レイラへの批判として王都守備隊が処理し、報告は明日の晩課の鐘時に行う様手配しろ。
王都守備隊総長あとは任せる。」
「はっ!第一情報分隊長!」
「はっ!」
「第一情報分隊は明日の晩課の鐘までにエルヴィス伯爵より依頼の噂の収集を行うこと。
また総長命令として投書した人物を特定して来い。補佐に第二情報分隊をつける。
以上、解散。」
解散命令と共に王都守備隊員が広間を出ていく。
その姿を見ているアズパール王は再び考え込むのだった。
------------------------
晩課の鐘が鳴っている。
広間の扉を開けアズパール王が入室してくる。
「皆、揃っているな。」
そう言い席に着く。
「では、まずエルヴィス伯爵の件から聞こう。王都守備隊総長。」
「はっ!ゴブリン軍襲来と殲滅戦から今日で18日が経過しております。
王都の民からの賛否両論を報告します・・・と言うかですね。
良い事しか聞こえてこないらしいのですよね。
詳しくは、第一情報分隊長からします。」
「・・・は?」
王らしくない応答を聞き、第一情報分隊長が起立する。
「では、説明をさせていただきます。
噂の出どころは、エルヴィス伯爵領から戻ってきた商隊が酒場で話したのが切っ掛けの様です。
ゴブリンの襲撃から隊解散とその夜の慰労会までの話が1つの物語として広まっています。
民たちは、その物語で語られるアリス指揮官の奮闘そして勝利を我がことの様に喜んでいます。
・・・言い間違えました。我がことの様に歓喜ではなく、話のネタにしています。酒のツマミです。
二つ名も『染赤騎士』『深紅の戦乙女』『防衛戦の女神』『奇跡の戦姫』『エルヴィスの守護者』・・・いろいろありました。
以上です。」
「・・・なんだか当初の予想と違う結果になってきたな。」
「陛下の仰り様もわかります。
あの投書でエルヴィス伯爵やアリス指揮官は、王都ではオッドアイが酷い差別対象なのだと思い込んでしまったのでしょうね。」
「はぁ・・・では、投書した人物についての報告を聞こうか。」
「そちらは第二情報分隊長から説明をします。」
「はっ!こちらについては特定ができています。
投書を行ったのは、エルヴィス伯爵邸の街に住む男が有力です。」
「確証の有無や背景は調べたか?」
「はい。この男の支援者は王都の文官になります。この文官は騎士承認関係の仕事をしており、
第2皇子と交友を持つ貴族から賄賂を貰ってると噂の絶えない者です。
この文官と男が投書のやりとりをしていることは残されている投書で明らかです。」
「ちょっと待て。『騎士承認関係』と言ったな・・・ってことは偶然にもその文官の上司が監査官として行ったのか?」
「そうなりますね。第一近衛分隊長、監査官の様子はどうでしたか?」
「いや、変わった様子はありませんでした。面白そうに話を聞いていた印象があります。
そもそも、あの男は賄賂が大っ嫌いですから。自身も騎士承認の仕事は賄賂が横行しやすいと認識しているのですが、まさか部下が・・・」
「ちなみに、この文官の直接の指示でという訳でもない様です。
元々の指示は、エルヴィス伯爵家に隙がある時に嫌がらせをしろ程度らしいです。
当日にエルヴィス伯爵邸に投書がなされていますので、その男の独断専行でしょう。
以上です。」
「なるほどな。・・・エルヴィス伯爵には報告をしなくてはいけないが・・・
さて、何を報告するか・・・」
「正直に現状では王都の民は話のネタにしているが悪い噂は聞かない。
また、犯人も大よそ目星はついているが、確証が得られていないのでこちらは王都で処理すると。」
「・・・そうだな、それしかないな。」
「陛下は何か含むところがあるのでしょうか。」
「いや、違う。何か褒美を与えようかと考えている。」
「ほぉ、それはよろしいですね。」
「今のところ、生き残りの兵士長以上に勲章を予定しているが、監査官からの報告を読んで検討だな。」
「はっ!」
「さて、誰か行きたい者はいるか?」
「はい!!!!」
とアズパール王以外の全員が起立する。
「はぃ?何で全員なんだ?ってか王都守備隊総長が行けるわけないだろうが。」
『えぇぇぇぇぇ・・・』とがっかりしながら着席する。
「それに第一近衛分隊長は、この前行っただろうが。」
「陛下お言葉ですが、エルヴィス伯爵に面識があるのは、この中で私だけです。
私が行かずに伝令と言っても信じて貰えないでしょう。」
「くっ!それを言われてしまうと確かに今回も第一近衛分隊長だな。」
「しかし!1人で行かすわけにはいきません。あと3人いや2人は必要かと!!!」
第一情報分隊長がそう言い、他の各分隊長「そうだ。そうだ。」と賛同する。
・・・こいつらそんなに出張に行きたいのか?とアズパール王は苦笑する。
「まったくこいつらは・・・では、第一近衛分隊長を伝令長として、あと2名選出しろ。
人選は王都守備隊総長に一任する。
伝える内容は正直に何でも話して結構だ。あと勲章も検討中だと伝えて構わない。
あとレイラに叙勲時の我の代理をしてもらいたいから当分、里帰りは継続する旨も伝えて来い。」
「はっ!」
アズパール王はそれを言い残し、広間から出ていく。
王都守備隊総長および各分隊長は礼をしながら見送った。
「・・・貴様ら計ったな・・・」
王都守備隊総長は恨み節だ。
「さぁ?何のことでしょう?」
と第一近衛分隊長は素知らぬ顔。各分隊長は苦笑い。
「・・・まぁ・・・陛下の下知もいただいたし。
で?誰が行く?あぁ!いい!もうくじにするからな!」
「えええ!」と各分隊長は文句を言うが、「うるさい!」と王都守備隊総長は一蹴。
くじの結果。
第一近衛分隊長と第一情報分隊長、第二情報分隊長の3名が決まった。
「仕事の報酬だ」と3名は大喜び。
「では、レイラ殿下への言付けがあるから。3名は至急出立しろ。
準備はできているのだろう?」
「はっ!」
「あと、溜まりに溜まった有休を1日取ってこい。文官連中がうるさくてかなわん。」
「はっ!」
「では、解散。」
王都守備隊員が広間を出ていく。
3名は足早だ。
3名は、終課の鐘が鳴る前に出立した。
ここまで読んで下さりありがとうございます。