第61話 アリスお嬢様の思い出。(監査小休止と伝令役の役職。)
兵士長達が広間から退出し、小休止となっていた。
フレデリックは今まで飲んでいたのを下げ、人数分新しい物を持ってきた。
「まさかアリスが初代エルヴィス卿と同じ状況下でオッドアイになるとはねぇ。」
と、ジェシーは言い。
「まったくですわ。でも、初代様がオッドアイだったとは、私たちでさえ聞いたことありませんね。」
と、レイラが続いていた。
「それについては、当時の状況も加味すると隠されたと考えるのが妥当かと。
当時は今よりもかなり差別が凄かった様で、『オッドアイは呪われた家系』だの『鮮血の魔王の手下に成り下がったのか』とか他の貴族や中央の役人がこぞって攻撃のネタにしていた様です。
ただし、初代エルヴィス卿は、時の王に認められた方。表立っては非難していなかったでしょうが・・・
私どもが探した際に発見した内容からすると相当、大変だった様です。」
と、監査官が説明をする。
「ちなみに我々、監査官は役職も名前も言えませんが、伝令は役職のみ伝えておきましょう。」
と監査官は言い。
「はい。私は王都守備隊 第一近衛分隊で騎士長をしております。」
と身分を明かすと、その場のエルヴィス伯爵とゴドウィン辺境伯爵、ジェシーは顔を引きつらせるのだった。
レイラだけは普通に聞いていたのだった。
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騎士団は王国と各領地および領民を守る兵であるに対し、
王都守備隊は王直属の王の為の兵である。
王以外の命令を聞くこともなく、例え王妃や皇子でも命令を絶対に聞かない。
一度、戦地に行くことを命じられれば率先して最前線を駆け抜け、武勲を掻っ攫う。
選抜方法も各騎士団からの推薦と素養や知識、常識、臨機応変さ等々試験を通った者しかなれなかった。
各騎士の憧れの的であり、超が付くほどのエリート集団なのだ。
自己紹介をした者は、さらに第一近衛分隊。
王の側近中の側近で常に王の傍らで警護している者で、目の前にいるのは、兵を束ねる立場にある者。
かなりの上位、というか王に話が通ってしまう人なのだ。
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伝令役の騎士長は面白そうに話を続ける。
「監査官方が先ほどの初代総長の話を確認に来ましたので、うちの総長や他の分隊長達で照合しました。
話は事実であることを照合し、直系のご息女が初代総長と同じ経緯でオッドアイになった可能性があり、なおかつ次の日には、会いに出立すると言うじゃないですか。
うちの王都守備隊からも一人行かせてくれとうちの総長が関係各所に頭を下げまくって、
何とか翌日の出発までに間に合うならばと言ってもらえたので良かったです。
で、すぐに皆で人選会議が始まり模擬戦もする時間がなかったので、くじで私が行くことが決まりました。」
と嬉しそうに話す。
「・・・ちなみに陛下には、何とご説明をされたのじゃ?」
「包み隠さず、王都守備隊初代総長の直系のご息女にお会いし、我々の感謝を伝えたいと進言しましたら、
陛下もノリノリで行ってこいとの下知をいただきました。
あ、ちなみにレイラ殿下に言付けを賜っております。」
「何かしら?」
「『後宮に上がると滅多な事では、里帰りもできないからゆっくりしてきなさい。』と。
あと、『美味しい物や珍しい物があったら買ってきてくれ』とのことでした。」
「相変わらずね。」
とレイラは苦笑いを返した。
「ふむ・・・監査官殿。折り入っての頼み事なのだが。」
と、エルヴィス伯爵は、おもむろに書類を監査官の一人に渡す。
「・・・戦の後の慰労会の最中に屋敷へアリス宛に届いた投書なのじゃが・・・」
監査官は顔色も変えず読み隣の監査官にさらに読まれて隣の監査官に渡される。
「何通か来ている様で、それがアリスが伏せている原因と考えておるのじゃ。」
「・・・個人に向けた誹謗中傷と受け取るのが普通なのでしょうが、
先ほどの経緯や王都守備隊初代総長の話を聞いてしまうと違う印象になってしまいますね。
・・・当時の陛下に対してと受け取れてしまう可能性もありますね。」
で、いつの間にか投書を読んでいた伝令役の騎士長は唐突に。
「この投書をした者を探すというのがご依頼でしょうか?」
と、先ほどの会話での笑顔が嘘の様に今は猟犬の顔になっていた。
その顔を見て、ゴドウィン辺境伯爵夫婦は背中に冷や汗をかいていた。
王の猟犬が動く・・・それは投書の犯人だけではなく一族郎党まで処分されかねない事態になってしまうことを意味していた。
「いえ、犯人探しをお願いするつもりはありません。
わしは田舎者ゆえ、孫娘に聞いた所、この様な内容は王都では日常茶飯事とのこと。
わしがお願いしたいことは、どんな噂があるのか報告して欲しいのですじゃ。」
「噂ですか?犯人には何もしないので?」
監査官が尋ねると。
「・・・実を言うとのぉ。孫娘は屋敷内を普通に歩いてはおるのだが、わしや姉妹に会うたびに『この様な目になってしまい、他者から汚名を着せられるかもしれない。家名を汚してしまうかもしれない。申し訳ない。』と詫びておるのです。
わしもその内容を読み犯人に対し怒りもしたが、今は何よりも孫娘アリスの笑顔を取り戻したいのじゃ。
今回の初代様の話をし、お前の目は誇りにこそすれ、卑しい物ではないと説明できます。
そして、世間の風評を少しずつ説いていき、心の傷を治していきたいのです。」
その言葉を聞き3人の監査官と伝令役の騎士長は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「エルヴィス伯爵のお気持ちとアリス・ヘンリー・エルヴィス殿の心中は察するに余りあります。
私としても机上の説明自体は済みましたので、伝令を王都に向けても構わないと思われますが、いかがでしょう?」
と、他の監査官に確認する。頷きが返ってくる。
「では、伝令殿。噂の収集を王都に依頼しに行って貰えますか?」
「はっ!」
伝令役の騎士長は颯爽とドアに向かって歩きだす。
「フレデリック、例の馬を伝令殿にお貸ししなさい。」
「畏まりました。」
フレデリックも馬を用立て始める。
フレデリックが伝令役の騎士長に門前にてお待ちくださいと伝えながら2人は扉を出ていくのだった。
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伝令役の騎士長が門前にて、フレデリックを待っている間。
ふと、屋敷に目をやると、広間とは違う部屋の窓際に一人の女性が立っているのが分かった。
良く見ると女性は清楚な感じの服を着ており、オッドアイであった。
目が合うと女性は軽く挨拶をし、伝令役の騎士長は陛下以外には絶対にしないはずの最敬礼で答えた。
伝令役の騎士長は誓う。
「最速で王都まで駆け抜ける」と。
そうこうしている内にフレデリックが馬を連れてきた。
「伝令殿、これは当家が保有している中で最速の馬です。
体力がないので2つほど先の村で馬を交換願います。
当家の印をお渡ししますので、村に着いたら提示してください。
すぐに馬を用立ててくれるはずです。」
「ご手配、ありがとうございます。では、参ります。」
と、騎乗すると城門に向かって歩き始める。
しばらくすると屋敷から花火が打ち上げられ、
音を聞いた住民たちが城門までの街道の真ん中を人払いをし走れる様にしていく。
それを確認し、伝令役の騎士長が馬に蹴りをいれ、走り始める。
城門に向かう途中のスイーツ店前を通り過ぎる時、鞍から一枚の紙が落ちたのだが、伝令役の騎士長は気が付かずに走り続けていった。
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