第60話 アリスお嬢様の思い出。(監査開始とルーツ。)
王都からエルヴィス伯爵領までの道のりを簡単な旅支度で4人の初老の男達が馬で進んでいた。
旅の雰囲気はさして緊張感があるわけではなく、粛々とという感じである。
エルヴィス伯爵邸がある街にあと半日の所にある村に泊まることにした男達は、エルヴィス伯爵邸に先触れを出すことにした。
先触れは村の者に頼み、自分達は宿泊に提供された家に入り、明日の訪問時の簡単な確認をすることにした。
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先触れがエルヴィス伯爵邸に着いたのは、夕飯になるかならないかの時間帯であった。
「先触れが来た様だの。」
エルヴィス伯爵はそうフレデリックに問いかけた。
「はい、明日の昼に伺う旨の先触れでした。4名にてお越しとのことです。」
「・・・4名とな。」
「いかがなさいますか?」
「いかがするも、しないもわしが王都に対して依頼したことだしの。
食後のティータイムの時に皆に伝えておけば良いじゃろ。」
「かしこまりました。
ちなみに夕食後のスイーツは、先日、ジェシーお嬢様がお買いになった物と同じ物です。」
「レイラが行ったのかの?」
「はい。レイラお嬢様が、ジェシーお嬢様とアリスお嬢様の二人が食べて自分は食べてないので、話に付いていけないのが悔しいとのことで、ご自身で買いに行っておりました。」
「・・・まぁ多少は街に出たいのじゃろ。」
「良いリフレッシュになったと仰っておりました。」
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明くる日の昼前に4名は城門を抜け粛々とエルヴィス伯爵邸に向かった。
向かう途中、街のあちこちから視線が注がれている様な気がしていた。
事実、街の住民は監査官を見定める様に見ていたのである。
丁度、6時課の鐘が鳴る頃にエルヴィス伯爵邸に到着。
出迎えたのは、フレデリックである。
「ようこそお越しくださいました、監査官様。」
「お出迎え感謝いたします。
エルヴィス伯爵より、監査官派遣のご依頼を受け、監査官3名と緊急時の伝令1名にて参じました。」
「承っております。主より、広間にお通しせよ、と言いつけられております。」
とフレデリックは扉を開け、広間に案内する。
広間の上座には、4つの監査官用の椅子と机。
監査官の目の前には大きいテーブルに街の地図が広げられている。
テーブルの両脇に傍聴用の椅子と机が2つずつあり、
監査官とテーブルを挟んだ対面に椅子のみ5つ置かれている。
監査官が広間に入るとすでに5つの椅子の位置には兵士たちがおり、礼をして出迎える。
「忙しい最中、時間をもらってすまないが、本日はよろしく頼む。」
と監査官の一人が言った。
そして監査官用の椅子の場所に着いた辺りで、扉が開き、フレデリックが入室する。
「我が主、ほか傍聴人が入室します。」
フレデリックの言葉を聞き、監査官達は起立し、兵士たちは最敬礼をする。
監査官達は「おや?」と思った。伯爵に対し最敬礼はないはずなのだがっと。
しかし、入ってきた者を見て驚愕をする。
主よりも先に入室したのは一人の女性だったからだ。
それを見た監査官の一人から呟きが出てしまった。
「だ・・・第3皇子妃レイラ様!」
入室順はレイラ妃、エルヴィス伯爵、ゴドウィン辺境伯爵夫妻となっていた。
傍聴人席テーブルの右側上座からレイラ妃、エルヴィス伯爵。
左側にゴドウィン辺境伯爵夫妻が座る形となった。
「皆さま、お座りください。」
傍聴人が指定の席の場所に着くと同時にフレデリックが言った。
「では、主、全員が揃いました。」
「うむ。
今回の戦で指揮官だったアリス・ヘンリー・エルヴィスは、現在、伏せている為、
ゴブリン軍との詳細な戦時記録を作成する為にお集まりいただいた。
第3皇子妃レイラ様、監査官殿、ゴドウィン辺境伯爵及び奥方殿も早急にお集まりいただき、ありがたく思っております。」
「監査官様、会の開始に先立ち一言お願いいたします。」
「はい。
この度は、エルヴィス伯爵より、監査官派遣のご依頼を受け、監査官3名と緊急時の伝令1名の計4名にて参加をさせていただきます。
これは査問会ではありませんので、あまり緊張をされないで説明をお願いします。
基本的には戦時記録の抜け、矛盾箇所の指摘と調書作成の為の聞き取りです。
また、今回は監査官という立場の為、王都での役職および名前をお伝えできないことを事前にお知らせいたします。
これも公平を期す為と思っていただけたらと考えております。」
「本日は、この場にて口頭及び机上にて確認をしていき、後ほど、現場を見ていただきます。
本日の兵士側の参加者は、兵士長及び各小隊長の計5名です。
では、兵士長、説明を始めてください。」
「はっ!
あの日は、エルヴィス伯爵が魔王国との・・・・」
説明が始まる。
兵士長は以前、エルヴィス伯爵とゴドウィン辺境伯爵と両騎士団長の4名にしていることを言えばいいだけで、淀みも詰まりもなく上手く、話を進めていった。
また、他の小隊長達は、話に合わせて、机上の地図上に駒を配置・動かしながら補完していく。
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「アリス指揮官の「最後だ!殲滅せよ!」の号令の下、全員で突貫しました。
以上が、戦闘経過になります。」
と言い、兵士長と兵士は席に戻った。
「うむ、ご苦労。後、戦闘中で気がついた事はあるかの?」
「最初の突貫命令でアリス指揮官が指した先が、敵中央より右翼気味にしておりました。
右翼への各個撃破を想定してかと思われます。」
「うむ。
では、戦闘終了から解散までの経過を説明してくれるかの。」
「はっ!
アリス指揮官の指示の下、負傷者を除く生き残りの半数が・・・・」
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「最後に、遺族と共に隊葬を行った後、火葬を行いました。
その後、生還者全員の返り血を洗い解散になりました。」
「良くわかりました。
ちなみにアリス指揮官が、オッドアイに成った経緯はわかりますか?」
「はっ!アリス指揮官がオッドアイに成られた経緯についてですが、正確になった所を見ている者はおりません。
最初の突貫号令時には成っておりませんでした。
敵数が半数になるまで気がつきませんでした。」
「なるほど、突然成った様ですね。」
監査官は、少し驚いた様な納得した様な複雑な顔をした。
他の監査官の1人から
「王都にて戦闘中にオッドアイに成った者が過去に居なかったか調べました。
過去に4例ほどあり、一番最後は110年くらい前になります。
簡単に説明しますと、王都近郊での魔物との戦闘において、総指揮官であった第1皇子が指揮する隊に大量の伏兵が現れ瓦解、王都までの撤退戦に移行した際に、その者は、殿を務め、皇子を守ると共に突貫してきた敵の指揮官クラスを倒しました。
また、王都に着き、皇子を城内へ帰還させると
王都城門前に陣取り他の出陣部隊が帰還するまで守りきったとありました。
その際にオッドアイに成った様です。
オッドアイに成った経緯は以上ですが、この話には続きがあります。」
と前置きしてから。
「その時の感謝と武勲にて王都守備隊初代総長に就任。
退官後は、子爵位と子爵領が授与され向かわれています。
ちなみにその者は、エルヴィス子爵と言い。
エルヴィス伯爵の4代前の祖先に当たります。
今回のアリス指揮官がオッドアイへ成ったのは、ご自身が相当の覚悟を示す事で、ご先祖様が守ってくれたのかもしれませんね。」
その話を聞いていたその場にいた全ての者が驚愕し、涙していた。
「では、この場での説明は以上になります。
兵士長以下4名は、この後の現場視察の準備をお願いします。
なお、この後は小休止とし、現場へは少し時間を開け向かうとします。」
フレデリックの説明を聞き、兵士長達5名は席を立ち礼をして退出していった。
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兵士長達5名は広間を後にし、玄関へ向かっていた。
そこでふと兵士長は屋敷の奥に目をやった。
柱の陰からコッソリと見ている人影を発見したのだった。
「・・・アリスお嬢様。」
と、口に出してしまい、他の兵士も一斉に目を向ける。
そこには全員がこちらを向いたからだろう。アリスが驚いた顔をしていた。
だが、すぐに軽く会釈をして、屋敷の奥へと走り去ってしまった。
なぜか右目に眼帯をしていたのが気になった。
兵士長達は追う訳にもいかず、玄関に歩いていくのだった。
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