第51話 アリスお嬢様の思い出。(初陣。)
バタン・・・ボフッ・・・
部屋の主が帰ってきて早々にベッドにダイブをしていた。
主の名前はアリス。
アリス・ヘンリー・エルヴィス 19歳
160cm。細身だが、出るところは出ていて美人。
母は病気で既に亡く、父は3年前に崖から転落して亡くなっていた。
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エルヴィス3姉妹は美人ぞろいと評判であった。
しっかり者の長女、大らかな次女、活発な3女と絵にかいたような仲良し姉妹だった。
末っ子の長男もいて、姉弟で和気あいあいと過ごしてきた。
特にアリスは街に良く遊びに行っていた。
馴染みのパン屋さんや商店を物色しては次の店とウィンドウショッピングが日課だった。
ふらふら歩いていると「アリスお嬢様、こっちにも寄っていきな!」と皆気さくに声をかけてくれた。
家の者にも街の皆にも愛されていた。
上二人の姉が嫁いでしまった後では、末っ子のスミスを次期当主にするべく母親兼姉として厳しく育ててきた。
もちろん慣れない武術もそれなりに学び、スミスに教えた。
ほぼ2年に1回の恒例になりつつあった魔王国との戦。
父亡き後に当主に復帰したお爺さまも、フレデリックやハロルドも皆出征して留守だった。
そんなある日。
近くの森から、ゴブリンの大群が現れたと連絡があった。
残っている兵士の数は約80名。
対するゴブリンの数は200匹。
圧倒的に負けているとは思わないが、10人、20人単位で死傷者が出ることが予想できた。
17歳のアリスはここである決意をする。
ここはエルヴィス伯爵領の中心。我が領土、我らが民を守るのに伯爵家から誰も出さないというわけにはいかない。
幼いスミスは出せる訳もない。
アリスが出る旨を残っていた兵士長に伝える。
また同時にお爺さまに伝令を走らせる。
兵士たちは困惑するもアリスの決意を汲む。
「お嬢様・・・申し訳ありません」
若干、涙ぐみながら女性兵士がアリスにフルプレートと剣を着付け始める。
この時アリスは不思議な感覚に襲われる。
武術練習の時にもフルプレートは幾度か装着したが、こんなに軽く感じたことはなかった。
そう今にして思えば、あれが変調の兆しだったのだろう。
当時としては「これが世にいう馬鹿力か」と感心しただけだった。
そして、門の前でゴブリンを待ち構える。
街の城門は固く閉じてもらった。
我々が壊滅してもある程度、ゴブリンの個体数を減らせれば街への負担も減ると考えてのことだった。
戦術などたかだか81名では特に何もない。
突貫あるのみ。
「さてと・・・出来うることは全てしたかしら?」
「お嬢様、全兵士は問題なく展開しています。」
先ほどの兵士長が伝えてくる。
「ありがとう。すまないわね、小娘の初陣に付き合わせて。」
「・・・ちなみにさっき兵たちに集計をとりましたが。」
アリスは驚く。兵士たちの緊張を取る為だろうか。皆に何の質問をしてきたのか。
アリスも若干、斜め上の報告に緊張が和らいだのを感じた。
「質問はこうです。『このあと何をしたいですか?』」
なんていう質問をするのだろうとアリスは思った。
「そう。それでなんて言う回答が多かったの?」
「これが面白い事に全員一致しましてな。
『お嬢様と酒を飲む。もちろんお嬢様のオゴリで!』」
「はは!何とも・・・これが兵士の心持ですか。
兵士長!皆に伝えよ。アリス・ヘンリー・エルヴィスの名において、
この戦、終わった暁には伯爵家貯蔵の美酒をたらふく飲ませると。」
「はっ!伝達します。」
そんな事を話し合っていると。
森の前にゴブリンが姿を現した。
・・・おかしい。
10匹、20匹の群れなら統率が取れていてもおかしくないが、
200匹の数が一同に並び、仕掛けてこないのはおかし過ぎる。
・・・アリスは考える・・・おかしくてもこれが現実。
突貫しか手段はない。
殺さなければ殺される。
必勝の覚悟。
アリスは自身に言い聞かせるように小声でつぶやく。
「アリス、頑張れ。」
「全兵士に告ぐ!我らの街、我らの民を守るべく、これより突貫を行う。
狙うは敵中央突破!突破後は敵右翼を攻撃!殲滅する!
・・・突貫!!!!」
アリスの掛け声と共に兵士は咆哮する。
「オオオオオオオオオオ!!!!!!」
81名と200匹の激突である。
アリスは先頭を走る。
私はここで死ぬかも・・・いや生きる!生き残る!
その時、右目が疼く。
「うぅぅ・・ぅう・・」
誰もアリスを見ていない。
見ている余裕もない。
走る。走る。
もう少しで衝突。
右目の疼きは、痛みに。
「うぁああああ!!!」
・・・魔眼解放・・・
アリスは突然の変化に戸惑う。
体にみなぎる力、周囲のスピードの遅さ。
ゴブリン軍との衝突。
他の兵士は切ったり切られたり、投げたり投げられたりしている。
アリスは隙間を縫うように進む。
何の気なしに剣を振るう。
その剣に当たったゴブリンが紙の様に吹き飛んだ。
紙を切るように何の抵抗もなく。
試しに、2匹同時に切ってみた。
これも吹き飛ぶ。
では、5匹ではどうか。結果は同じ。
では、10匹では・・・
当初、突貫が勝負と考えていたのだが、気が付けば81対200が80対180、75対120、みるみる減っていく。
70対50になった辺りで周囲の兵士が気づき始める。
アリスお嬢様の変貌を。
アリスは右目から血の涙を流しながら懸命に剣を振るっている。
剣を振るうごとに7、8匹単位で瞬殺している。
ゴブリンが退却しようとする。
しかし数で勝る兵士たちが、いつの間にか包囲している格好だ。
アリスの周囲からはゴブリンがいなくなる。
包囲されているゴブリンに向け剣を振り下ろしながら叫ぶ。
「最後だ!殲滅せよ!」
オオオオオオ!!!
包囲している。兵士たちが一斉に襲う。
・・・終わってみれば圧勝だった。
時間にしてみれば鐘が1回しかならなかった。
今は、残務処理の真っただ中。
生き残りの半数で途中脱落した仲間の兵士を探しまわった。
あとの残り半数でゴブリンの死体を回収し、積み上げていく。
放っておくと野犬や他のモンスターを招き寄せてしまうので、早々に焼却する必要があった。
「報告します。」
兵士長が近くで報告をしてきた。
「被害は?」
「街に被害はありませんでした。死者14名、負傷者30名です。行方不明はおりませんでした。」
「67名の生還ですか・・・これは多いのでしょうか?少ないのでしょうか?
・・・違いますね。1人でも亡くしてしまえば指揮者は糾弾されますね。」
アリスは顔を蒼白にさせながら、引きつった笑顔を作るのだった。
回収作業を終えて、皆が集まって来る。
兵士長が片膝をつく。
それに倣い、全兵士たちが片膝をつく。
「アリス様、この度は初陣及び初勝利おめでとうございます。」
「ええ・・・皆、立ちなさい。」
「はっ!」
「それでは兵士長、今後はどうしますか?」
「はっ!とりあえず、全兵士の服を洗おうかと。
血が付いたままでの街への帰還は、怖がられます。」
その言葉に、アリスは自身のフルプレートが真っ赤に染めあがっているのを認識した。
「誰からですか?」
「は?お嬢様からに決まっています。」
「・・・ここで・・・脱ぐの?」
と恐々、兵士長に確認すると。
「そんなことしませんよ。」
ニヤリと笑う。
怖い。違う意味で怖い。
他の兵士がそそくさと準備してた水が入っている樽を何十個も持ってくる。
「では!」
兵士長の掛け声のもと。
持ってきた樽(3個ほど)をアリスに頭からぶっ掛ける!
「Φ▼☆◇■△★◆●○!!!!!!」
水のおかげで何を言っているかわからない状態。
しかし、アリスの暗い気分もどこか流される感じがした。
67名全員を洗い終わり。
(強制的に負傷者等の関係なく)
亡くなった兵士の家族が呼び出される。
夫、息子、母、妻、娘、凄い数だった。
その皆がアリスに感謝を述べた。
「街を救ってありがとう」と。
アリスは集まった家族達に
「兵士の犠牲は無駄ではなかった。
ここにいる皆を助ける為、街を救う為に頑張ったのだ。そしてありがとう。」と涙ながらに感謝をした。
家族も参列するなか隊葬(火葬)が行われた。
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