第376話 悩める女子生徒達と部下たちの午後2。
魔法師専門学院 学院長室にて
「へぇ、アンダーセンの馴れ初めはそんなんだったんだね。
アンダーセンから手を出したのだと思っていたよ。
そういう噂だったし。」
「まったくな。
妻から猛アタックを受けて、気が付いたら周りから『結婚するのだろう?』的に固められていたな。
まぁ結局は切っ掛けがそれだっただけで妻に不満はないがな。」
「当たり前だよ。
才色兼備だったんだろう?卒業時は何番だったんだい?」
「確か・・・2番で第1騎士団に来たんだよ。
俺の初めての部下だな。」
「そして新人隊員を手籠めにした。」
「・・・結果そうなっただけだな。
トレーシーはいつの間にか結婚していたな。
どんな経緯なんだ?」
「うち?
王城の人事部で事務をしていたよ。」
「王城内で事務?」
アンダーセンは「王城内の文官で女性が居たかなぁ」と首を傾げる。
「あぁ・・・所作が綺麗だったんだよね。
まさかクラーク議長の孫娘だったとは結婚を約束するまで知らなかったけど。」
「は!?」
「驚くだろう?
まったく・・・付き合っていても教えてくれないんだから困っちゃうよね。」
「いやいやいや。お前、なんで気がつかないんだ?」
「気がつかないよ。
デートは王城近くだし、当時は王家専属魔法師部隊だったから王城内の部屋住みで妻よりも門限が厳しかったからね。
で、結婚しようと約束してご家族に挨拶にいったら・・・クラーク議長達が居た。」
「・・・うん、驚くな。」
「直立不動で挨拶したよ。」
トレーシーは笑いながら言う。
「良く許してくれたな。」
「あぁ『この人以外は嫌だから』と前々から言っていたらしい。
それに職場の皆にも内緒にして貰うようにお願いしていたんだって。
そうそう、アンダーセン。僕も騎士の爵位は持っているからね?」
「王家専属魔法師部隊だったらそら爵位も与えられるだろうよ。
ん?・・・ちょっと待て・・・お前クラーク議長に異動の事は話したか?」
「いや?言っていないよ?」
「言っておいた方が良いんじゃないか?」
「そうかなぁ・・・まぁアンダーセンが言うなら言った方が良いのかな?
今日妻と話し合ってみるよ。」
「そうしろ。」
と、部屋の扉がノックされ、トレーシーが「どうぞ」と返事をするとジーニーが入って来る。
「失礼します。
409番ジーニー・ブロウズです。
学院長にご相談をさせていただきたい事がありまして参りました。
・・・学院長、お客様でしたか?
その・・・申し訳ありません。」
と、ジーニーは挨拶をしてからアンダーセンが居る事に気が付き頭を下げる。
「はい、ようこそ。
別に平気です。
と、後ろの2人も相談事ですか?」
「「はい。」」
トレーシーの言葉にジーニーが後ろを向くと見知った2人が居た。
「失礼します。423番ケイ・ケードです。」
「412番パメラ・コーエンです。」
ケイとパメラが挨拶をして入って来る。
「んー・・・ソファで座りながら聞きましょうか。
アンダーセン、僕の横に移動してもらえますか?
ブロウズ、ケード、コーエン。人数分のお茶を用意してくれ。」
「はい、学院長。」
ジーニーは返事をしてお茶の用意を始める。
アンダーセンは何も言わずにソファの本を横に片付け始めるのだった。
・・
・
「さてと・・・前回自己紹介は済んでいるから平気でしょう。
そうそう、3人には言っておきますが、私とアンダーセンは魔法師専門学院で同級生です。
それに彼は王都守備隊だからどんな発言をしても外には漏らさないので安心してください。」
「「「はい。」」」
3人が頷く。
「アンダーセンもそれで良いですか?」
「ええ、ここでの話は外では言わないとお約束しましょう。」
「ありがとうございます。
さて・・・3人が来たという事は、研究所の試験小隊についてと考えて良いのですか?」
「はい。」
ジーニーが返事をして残る2人も頷く。
「ふむ・・・ですが、こちらから特に言うことはありません。
ブロウズ、アナタが思っている事、悩んでいる事を吐き出しなさい。」
「・・・はい。」
ジーニーはここ数日堂々巡りしている考えを話し始めるのだった。
・・
・
トレーシーとアンダーセンは腕を組みながら、ケイとパメラは真剣に聞いている。
「どうしても・・・魔法適性の消滅の可能性が頭から離れないので・・・決めかねています・・・」
ジーニーは最後の方は感情が高ぶってしまい涙を流しながら語っていた。
「ふむ・・・
ちなみにコーエンはどうしますか?
キタミザト卿から名指しの指名を受けていますね。」
「は・・・はい!
私はお受けします!
確かにジー・・・ブロウズさんの悩んでいる事もわかりますが、私はこのまま行けば何処かの事務方に採用されるかどうかの人間です。
そんな私をキタミザト卿は拾ってくださったのです。こんな嬉しい事はありません。
精一杯努めさせてもらいます。」
パメラが生き生きとした顔で返事をする。
「わかりました。
んー・・・アンダーセン、どう思う?」
「そうだな。
コーエンさんの決意はわかりました。
それにブロウズさんが思っている事は正しい事だと思いますよ。
まだ若い、将来のことも考えれば魔法適性がなくなるのは恐怖なのはわかります。
だが・・・」
アンダーセンはそこで言葉を区切って難しい顔をする。
「うん。
魔法適性がなくなることをそこまで怖がっていては試験小隊は務まらないと私は思います。」
「え?」
ジーニーが驚いた顔をする。
「恐怖は苦痛以外の何物でもないのです。
毎回毎回怖がりながら試験をするのは精神的に参ってしまいます。
試験小隊は王都守備隊と同格とかそういうのを気にしてなる物ではないのです。」
「ブロウズさん、私達大人の意見としてはアナタは試験小隊に入らない方が幸せだと思います。」
「そうですか・・・」
ジーニーはうな垂れる。
「ブロウズ、参考になるかわかりませんが・・・私達の就職先を決めた時の話をしましょうか。
私はね、貴族領の騎士団か第1騎士団、第2騎士団とか4つぐらいで迷いました。
アンダーセンはどうでしたか?」
「私は第1騎士団か王家の騎士団で迷いましたね。」
「「「え?」」」
3人は驚く。
どれも上位の人しか行けない所で悩んでいたのだ。
目の前の2人は明らかに一桁の順位だったのだと思い知らされた。
「結局は私もアンダーセンもどれか1つを選びましたが・・・
悔いは残るんですよ。」
「え?そんな上位の求人を好きに選べるのに悔いが残るのですか?」
ケイが驚きながら言ってくる。
「ええ、私は結局第1騎士団に行きましたが・・・
もし殿下付きの騎士団になっていたら・・・と何度も考えたことはありますよ。」
「つまりはですね。
どんな選択をしても大概悔いが残るのです。
上位とか下位とか関係なく。
あの時こうすればもっと良い結果が・・・と。
ブロウズ、アナタはエルヴィス家の魔法師小隊に入っても試験小隊に入ってもどちらにしても悔いが残ってしまうでしょう。
それはしょうがないのです。
選ばなかった方が良く見えてしまうのはままあります。」
「はい・・・わかりました。
409番ジーニー・ブロウズ・・・キタミザト卿からの試験小隊への入隊要請を辞退・・・いたします。」
「・・・本当に平気ですか?」
「はい。悩みを聞いて頂いて学院長方にならない方が良いと言われた時にホッとしてしまっていました。
たぶん私では試験小隊に入っても続かなかったでしょう。
良い切っ掛けになりました。」
「そうですか、わかりました。
ちなみにブロウズは断ったのでケードに選択権がありますが、どうしますか?」
「条件次第では受諾しようかと思っています。」
ケイは少しも考えないで即答する。
「え!?ちょっとケイ!良いの!?
魔法適性がなくなるかもしれないのよ!?」
「私はねジーニー、魔法師小隊に入りたいというよりもエルヴィス家の兵士になりたかったの。
魔法適性の有無はそれほど重要視していないわ。
それに・・・こう言っては何だけど試験小隊って面白そうじゃない?」
「面白い面白くないで働く先を決めるの!?」
「うん。エルヴィス領で研究所を作ってくれるならなっても良いかなぁと。」
「ケード、そこは問題ないです。
キタミザト卿はエルヴィス家がある街に研究所を作ると思いますよ。」
トレーシーが苦笑しながら言ってくる。
「わかりました。では、
423番ケイ・ケードは試験小隊への入隊要請を受諾いたします。」
ケイは真面目な顔で返事をする。
「そんな・・・簡単に決める物なの?
私が悩んでいたのって・・・」
ジーニーがガックリとしながら呟く。
「ケード、コーエン、両名ともキタミザト卿からの試験小隊への入隊を受諾するで良いのですね?」
「「はい。」」
ケイとパメラが返事をする。
「わかりました。
では、他に相談事はありますか?」
「「「ありません。」」」
とトレーシーの質問に答えると席を立つ。
「学院長、失礼しました。」
3名は退出していった。
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学院長室を退出してどこへともなく3人が移動して。
「決めちゃったわ。」
ジーニーが苦笑しながら2人に言ってくる。
「そもそも試験小隊の話がなければ魔法師小隊に行く気だったのだから残念がる必要もないでしょう?」
ケイがため息交じりに言う。
「ジーニーちゃん、顔がスッキリとしているね?」
パメラが微笑みながら言う。
「ええ、辞退したけどそれほどショックは受けてないわ。
さっきまであんなに苦悩していたのが嘘みたいよ。
学院長やアンダーセンさんの言葉通り・・・受諾しなくて良かったのかもね。
私は魔法師小隊で頑張るわ!
ケイ、パメラも頑張ってね。」
「ええ。」
「はい。」
3人は頷き合うのだった。
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3人が退出してソファでお茶を飲んでいるトレーシーとアンダーセンだが。
「さて、アンダーセン隊長。」
「なんだい?トレーシー研究室長。」
「新入隊員に手を出すなよ?」
「・・・今それを言うか?
大丈夫だよ。」
アンダーセンとトレーシーは笑い合いながら午後を過ごすのだった。
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