第28話 トレンチコートの概念。
「こちらの店で作った物以外を『トレンチコート』と呼ぶのを認めないという事とした理由なのですが。」
「同名の類似商品が並ぶのを阻止する。と言っていましたね。」
「ええ。それは私の考える概念と違う方向に行くかもしれないからです。」
アリスは「はて?」と思う。
「私はこの『トレンチコート』は、自身を着飾る為でなく、着ている人の生命を守る為に作ります。
機能性を高め、デザイン性を極端に下げているのです。
兵士は時に極寒の地に行きます。
不幸にも戦闘で命を散らすことはあるでしょう。しかし、病気で死ぬことは本懐ではないはずです。
その病気の原因になりうる体温低下をなるべく軽減する為の服を作りたいのです。
戦場から1人でも多くを帰還させ、そのうちの1人でも『あのコートは良かった』と言ってくれるだけでこのコートを作った価値があると考えています。」
皆が「ほぉ」とため息を漏らす。
「昨今の兵士の服は、軽さと動きやすさに重点を置かれています。
それは動きやすい方が生き残れる可能性があると考えているからです。
その点、キタミザト様の『トレンチコート』は違う観点で作られるのです。
戦闘時ではなく、移動時の体力維持が主目的になります。」
と店長が説明する。
「ええ。ですが、体力維持を目的に動きやすさが著しく低下しては意味がありません。
動きやすさと保温性。この相反する理念の絶妙なバランスをこちらの皆さんにお願いします。
ゆくゆくは『トレンチコート』=兵士の体温を守る主装備という認識を定着させたいのです。」
「なるほど。トレンチコートという物を定着させるのですね。」
アリスは納得したような顔をする。
「ちなみにですね。今試作して貰っているのは市販用ではありません。」
「そうなのですか?」
「私とエルヴィス家の者とその双方が許可した者しか着れない専用のトレンチコートです。」
「はい?価格を抑えるのではなかったのですか?」
「市販ベースは4種類のみ作りますよ。あくまで兵士用ですが。
でも私やエルヴィス家がそれよりも上質な物を作ってもらっても良いのではないですか?
それに最初に今の最高の素材と最高の職人の腕で動きやすさと保温性を最大級に高めた物を一回作る必要がありますから。」
「え?なぜです?」
「最上級モデルを一旦作ってから、どこまで品質と価格を下げれるのか検証した方が早いでしょうから。」
店員達はうんうん頷く。
「なので、アリスお嬢様も協力してください。」
「なにをです?」とアリスはわからないという顔をする。
「アリスお嬢様専用のトレンチコートを作りましょう。・・・というより作ります。」
武雄はアリスに朗らかに言う。
と小休止を終えた店員にアリスは両脇を抱えられ連れて行かれる。
「え?・・・あの!?・・・ちょっと・・・」
「アリスお嬢様。採寸です。」
ズルズルと引っ張られていく。
「あ!椅子に先ほどのお店から受け取った物がありますので見てください!」
とアリスは叫びながら奥に連れられて行った。
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残された椅子に紙箱が1つ。
開けてみるとメガネと本と指輪が入っていた。
指輪???
とりあえず。指輪は紙箱にいれておくとして、メガネをかける。
うん。問題なく見える。
次に一緒に入っていた本を取り出し適当にページをめくる。
「おお。読める読める。」と武雄は内心喜んだ。
とそこに紙を持った店員がやってくる。
「契約の素案になります。」
武雄は契約内容の確認をするのだった。
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しばらくしてアリスが奥から戻って来る。
「アリスお嬢様。おかえりなさい。」
「はい。戻りまし・・・た。
・・・メガネ良いですね。」
アリスはプルプル震えている。
「笑っても良いのですよ?」
「いえいえ。」
と楽しそうだ。
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武雄とアリスのもとに店長がやってくる。
「キタミザト様とアリスお嬢様のトレンチコートは3日後に出来る予定です。」
「わかりました。では私のスーツと一緒に受け取れそうですね。」
「はい。それにしてもエルヴィス伯爵様の了承を得ないで兵士専用のコートを作って良かったのでしょうか?」
「ああ。エルヴィス伯爵には了承を得ていませんね。
もしかしたらダメとおっしゃるかもしれません。」
「そう・・・ですよね。」
店長は不安そうだ。
「それならそれで販売方法を変えます。」
「え?」
「民間から兵士専用として売り出せば良いのでしょう?
それにここでダメでも違う場所で売れば良いのです。
大した問題ではないでしょう。」
「タケオ様・・・それは・・・」
「まぁまぁ。ダメだったらです。今から考えても仕方ありません。
その時に再度、話し合いましょう。」
「わかりました。」
「契約書は今日は持ち帰らせていただきます。
修正があるなら、明日もしくは明後日に一度寄らせてもらって内容を詰めましょう。」
「そちらもわかりました。」
「では、アリスお嬢様、帰りましょうか。」
と武雄は促し、武雄とアリスは席を立つ。
おもむろに武雄は店長に手を出す。
「はて?」と店長は武雄の手を見る。
「私のいた所では、挨拶の行動の一つで互いの手を軽く握りあうというのがあります。
これはお互いに友好を示すためにするのです。」
店長は手を出してくる。
武雄はしっかりと握手をする。
「店長、これからよろしく。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
と二人は挨拶を交わす。
武雄とアリスはエルヴィス邸に帰るのだった。
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