第276話 北町局長の仕事3(文官の仕事。)とエルヴィス爺さんと酒屋の考え。
「局長、お疲れ様でした。」
役所へ戻る馬車の中で若手が声をかける。
「あぁ・・・さて・・・
ウォルト社長は、どう動くか・・・」
「どうでしょうか・・・
それにしてもキタミザト様は先手を打ちまくっていますね。」
「いや・・・キタミザト様的には、あれは普通に感謝文を作ったのだろう。」
「え?」
「酒は美味しかったし、今後とも北町の発展に寄与してください程度の気持ちで書いたはずだ。」
「え?」
「私がそれに拡大解釈を盛り込んだ説明をした。」
「なぜ?」
「これが我々文官の仕事だからだ。
お前もトップの判断を逸脱しない様に物事を進ませる方法を学ばないといけないぞ。
まぁ逸脱しすぎるとそれは越権行為だし、独断となってしまうから話す内容は考えてするべきだがな・・・
実際、この案件は財政局だけでなく経済局、整備局も動き出そうとしている・・・
いや、あいつらの事だ。今頃、具体的に何をするのか決め始めているだろう。
つまりはエルヴィス家の文官達がこのライウィスキーが増産されることを見込んで手を打ち始めている。
ここで止めるわけには、いかないのだよ。
何としても社長には増産させる気になって貰わないといけない。
お前には社長にやる気になって貰えるように動いて貰う。
話の中で今回の返済割合が最大9%と言ったろう?
あれを中央に掛け合って7%にさせたと後日・・・明後日の朝一にでも社長の所に行って説明して来なさい。
我々、北町局部内が本気になっていると思わせる様にな。
返済割合を最大7%にした事については私の方から財政局長に伝えておく。
あと、お前の所の課長にも言っておく。」
「はい。
課長と打ち合わせをして、話の持って行き方を検討します。」
「あぁ、そうだな。
・・・文官のやりがいとはこういう物だ。
北町はこれから忙しくなる・・・そのつもりで行動しなさい。」
「はい、局長。」
馬車はゆっくりと庁舎に向かうのだった。
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昼過ぎ、エルヴィス家の客間の扉がノックされる。
エルヴィス爺さんが入室の許可を出すと執事が扉を開け執事と酒屋のおじさんが入って来る。
「失礼します、酒屋のロー殿が参られました。」
「伯爵様、お呼びと伺いました。」
中にはエルヴィス爺さんとスミス、フレデリックがいた。
「うむ、急にすまんな。」
「いえ、店番だけですので暇な物です。」
「うむ・・・で・・・だ。
先ほどワイナリーから緊急伝文としてお主とワイナリー、タケオの3者の契約書が届いたのじゃ。」
「はい。」
「タケオからも聞いておるし、契約内容についてはこの通りで構わないが、1点だけ確認じゃ。
タケオへの報酬なのじゃが、お主の売り上げから1割、ワイナリーの売り上げから1.5割となっておったが・・・
タケオの説明ではお主の所から2割だったのではないのかの?」
「はい。キタミザト様との打ち合わせ時はそうなっておりましたが、それではワイナリーが好条件過ぎ、私の負担のみが多い為、1割ずつ負担としました。」
「うむ・・・確かにの。
それでもワイナリーが有利な条件じゃ・・・お主の所はどう考えておる?」
「そうですね・・・何も知らないでその契約を結ぶのは難しかったでしょう。」
「ん?どういう事じゃ?」
「キタミザト様から手紙をいただきまして。」
「ほぉ、どんな内容だったのじゃ?言えるかの?」
「はい、まずは飲み方が4種類ありました。
こちらは伯爵様も試されたのでしょうか?」
「うむ、わしはストレートが気に入ったの。」
「はい。
そして売り方・・・具体的には納品する先の主な酒場と個人販売の方法が書かれていました。」
「うむ。」
「まずは酒場ですが・・・兵士が良く寄る酒場と女性が接待する歓楽街向けに卸す事が近道とありました。」
「うむ、タケオの考えはわかるの。
水割りじゃの?」
「はい。ブランデーやワインでは、できない考えです。
商品単価を下げ、売り上げを伸ばす商品と考えておいでです。
この件については、酒場組合に連絡済みです。また初出荷分が届き次第、試飲用にライウィスキーこと『ウォルトウィスキー』の提供を始める予定です。」
「ロー・・・行動が早いの・・・
裏稼業の2人には?」
「側近の方に説明済みです。
側近の方は、この酒の売り方をすぐに思いつかれておりました。
キタミザト様に対しては感嘆の声を漏らされておいででしたね。
また、うちの酒屋や酒屋組合、エルヴィス家に迷惑はかけない様にする旨の確約をいただきました。」
「うむ、それで良い。
兵士長たちは、ボッタクリの監視に動くだろうから2家の者が来たらそれとなく注意しておいてほしいの。」
「畏まりました。
あと、個人向けの販売についてですが、キタミザト様からキャッチコピーなる宣伝文句を付けて大々的に販売しては?と書かれておりました。」
「ほぉ、どんなことが?」
「えーっと、例としては、『違いのわかる男達へ』との事です。
・・・この文言・・・この場では随分、寒々とした文言なのですが・・・
良く出来た宣伝文句だと思います。」
「うむ、ウォルトウィスキーが他ブランデーと違うとわかる一言じゃの。」
「はい。
キタミザト様の原案通り、こちらは兵士が良く寄る酒場と各酒屋で広告を打ちます。」
「うむ、なるほどの。
ちなみ納入個数はどうなっておる。」
「今回を含め後2年間は3000本の定期納入がありますが・・・
正直少ないです。いきなりの増産は出来ないでしょうし・・・
熟成期間が3年であることを踏まえると、4年後からは12000本ほど仕入れたいと思っています。
この増産要請は朝の段階でワイナリー宛に手紙をお送りしています。
あ、ちなみに2樽ほど。キタミザト様の指示で、長期熟成の5年物と10年物を作る運びになっています。」
「うむ、なるほどの。
・・・それにしても4倍程度を売りさばくつもりかの?」
「はい、こちらも商売です。
売れる物を持っているのに売らないのは商売人失格です。
キタミザト様のお陰で販路の拡大方法は目途が付いておりますし。
この酒の飲み方は今までになく、どの領地宛に向けても受け入れられるでしょう。
ですから、我々酒屋組合は、このウォルトウィスキーを国内に売りまくる計画です。
現在、酒屋としては私の下に3軒から統合を申し込まれております。」
「ん?酒屋が統合するのかの?」
「はい、皆で話しあったのですが・・・
今まではワイナリーからの直接の売り込みに対応し、個別に納入と販売をしていたが、これからは変わらずにはおれないだろうと。なので、まずは私の店を筆頭に酒屋を3軒統合し、仲卸と販売の両方をする事に決めました。
各ワイナリーから大量に卸して貰い各店に振り分けます。
そして余剰人員と予算を使って、他領の酒屋組合に売り込みをかける部署を新設します。
当然、うちの組合に加盟している酒屋にもウォルトウィスキーを卸すことになっています。」
「うむ・・・上手くいくと面白い事になりそうじゃの?」
「はい。
ラルフ店長のトレンチコートの件では、正直、儲け話に羨ましかったのですが、こちらにも同様な話が来るとは思いも寄りませんでした。
確かに売れなかったらうちの酒屋は大打撃でしょうが・・・この話は上手く行きそうです。
道筋がちゃんとしています。
キタミザト様は凄いですね。
この街が王都に次ぐ影響力を持ちそうです。」
「わし的には、そこまで影響力は無くて良いのじゃがの。
領民が笑顔で居てくれるだけで構わぬ。」
「ふふ、そんな伯爵様達だからこそ我々は慕っておるのです。」
「それはありがたい事じゃの。
では、フレデリック。」
「はい。
こちらが今回の3者契約書の相互控えの1枚になります。
もう1枚は当方からワイナリーに送付いたします。
タケオ様は、今はご不在の為、代理として主がサイン、花押をしております。
また、タケオ様が戻り次第、3枚の契約書にサインさせます。
その際は、タケオ様が酒屋およびワイナリーに向かわれると思われますので、対応の程、よろしくお願いします。」
フレデリックがローに契約書を渡す。
「はい、確かに受け取らせて頂きます。
では、伯爵様、私はこの辺で。」
「うむ。
酒を原価+1割での納入、期待しておるからの?」
「ほほ、ここまでの商談が成立するのです。
伯爵様、キタミザト様の要請にはしっかりと応えます。」
と、ローが席を立ち、客間を退出して行くのだった。
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