第215話 ウィスキー発見。エルヴィス邸に酒を送ろう。
一人の男が背を丸め、ため息をつきながら酒屋から出てきた。
「はぁ・・・ここもダメか・・・」
父親から家業の酒蔵を譲り受け、社長になってはや5年・・・
ワインやブランデーに次ぐ物としてライ麦からお酒を作った。
最初の2年は試行錯誤した、やっと発酵させられる様になるとブランデーの製作方法を使って抽出できた。
そして3年間の熟成期間が終わり、北の町の酒屋に売り込みをかけているが・・・
「はぁ・・・皆になんて言おう・・・」
芳しくない様で足取り重く家路につくのだった。
・・・
・・
・
町の外れにある自宅兼ワイナリーの敷地に入ると知らない馬車があった。
「ん?・・・誰とも予定はなかったよな???」
馬車を横目に玄関を開けて中に入る。
「ただい」
「お父さん!!!」
入って早々に娘が駆け寄って来る。
「あぁ、ただ」
「そんな挨拶いいから!こっち!お客さんが来ているの!!」
娘に帰宅の挨拶もさせて貰えず、ズルズルと応接室に連れて行かれる。
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室内は華美でないが、しっかりとした応接セットが用意されていて若者と初老の男性二人が座っていた。
「あの・・・局長・・・何も局長がこなくても・・・」
二人の内、若い方の男が恐縮しながら話している。
「ん?緊張しているのか?
お前は、もっとふてぶてしいと評価にあったのだがな?」
「・・・うちの課長辺りまでは私の仕事を直に見ていただいていますし、ある程度、私の意見も聞いてくれますから・・・
さすがに局長にまであの態度はできないです。」
「ふふ、それでいい。
場所と相手の立場によって態度を変えるのは一見失礼だが、それで仕事が円滑に進むのであれば良い。
相手の立場を悪くするような態度だけは今後もするなよ。」
「はい。
その辺は上手くやっているつもりです。」
「うむ。
まぁ今回は確認することと言われているからな。」
「誰からです?また中央の農業課とかですか?」
「はは、農業課程度なら私は出ないよ。」
「え?」
「伯爵様にフレデリック様、話題のキタミザト様の3者連名の指示だな。」
「・・・あのキタミザト様が?」
「ああ。
あの地域振興策の発起人がお前の担当である酒に興味を持ったのだよ。
それにしても振興策の目の付け所の鋭さ、実現性の高さ・・・
文官として凄い上司が出てきたと思ったな。」
「今、あの振興策をどう実現できるのか・・・中央は大変だという噂がありました。」
「あぁ、我々局長級でも話題はそこだ。
あれは上手くいけば、伯爵領の収入が1.5倍になるはずだ。
今、中央の各局が協力し合って、その局の新進気鋭の若手が一同に参加しているらしい。」
「凄い企画ですね。」
「各村を元気づけたい、そして若手をどんどん成長させたい・・・キタミザト様の意気込みだな。
お前も他に負けてはならんぞ。」
「はい。」
若手と局長は頷き合うのだった。
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「すぅ・・・はぁ・・・」
扉の前でワイナリーの社長が深呼吸をしている。
「・・・何を言われるのだろう・・・」
不安を抱きながら扉をノックし、室内に入る。
「お待たせした様で申し訳ありません。」
室内に居た2人が立って待っていた。
「社長、突然来て申し訳ありません。」
「いえいえ。」
社長は二人の前に立つ。
「社長、この度は局長を連れてきました。
局長、このワイナリーのウォルト社長です。」
「初めまして、お初にお目にかかります。
ジャック・ウォルトと言います。
当ワイナリーの社長をしています。」
「初めまして、この街の局長をしています。
ジェフ・ランドルと言います。
この度は、いきなり来て申し訳ありません。」
「いえいえ。さ、お座りになってください。」
「「失礼します。」」
3名は応接セットに座る。
と、先ほどの娘がお茶を持って入ってきて3名の前に置き、皆から少し後ろに下がる。
「うむ、さっそくで悪いのですが、社長に聞きたいことがありましてね。
こうして伺ったわけです。」
「はい。」
ウォルト社長が背筋を伸ばす。
「はは、緊張なさらなくてもよろしいです。
資料を読ませてもらったのですが、3年前からライ麦を使った酒を造っていると?」
「はい。」
「売れていますか?」
「・・・いえ、正直なところ、全く販売先が確保できなくて・・・」
ウォルト社長がガックリとする。
「ふむ・・・なるほど・・・これを見越しているのか・・・
さて・・・何から言えば良いでしょうか・・・」
ランドル局長は一人納得した様に頷き説明をしだす。
「伯爵様の末の孫娘であるアリス様はご存知ですか?」
「鮮紅のアリス様ですか?」
「ええ。そのアリス様ですが、この度、ご婚約をされました。」
「「「え!?」」」
ランドル局長以外の3名が驚く。
「・・・なぜ、うちの若手も驚いているのかは後にしましょう。
で、婚約されたお相手は、キタミザト様と言います。
その方が、いろいろ地域振興策を考えているのですが、その一環としてライ麦の酒を造っている方が居るか調べて欲しいと言ってきましてね。」
「「え?」」
ウォルト社長とその娘が驚く。
「資料を調べると3年前にこちらに製造許可を出していたので、物になったのか確認にきました。
試飲はできますか?」
「はい!すぐに用意します!」
社長の娘は足早に退出して行く。
その光景をランドル局長は苦笑して見送っていた。
「・・・あの・・・どういう事なのでしょう?」
若手が聞いてくる。
「・・・なぜ、おまえが聞いてくるのかわからないが・・・
まぁいいだろう。ウォルト社長も聞きたいでしょうから。」
「はい。」
「エルヴィス領の現在の課題。それは穀物の生産高が頭打ち状態になり始めているということです。
北部以外の所では小麦の生産をしていますが、北部ではライ麦が生産されています。
北部では、まだまだ人口的には農地の拡大が見込めますが、ライ麦は市場価格が低くなかなか生産を増やそうとはなっていないのが現状です。
そのライ麦の加工品が市場に多く出回れば、ライ麦の生産が増やせるのでは?と考えた時に
キタミザト様がライ麦の酒を造る事が出来れば生産高が増やせるのでは?と発案されましてね。
えーっと・・・メモを預かってきているのですが・・・
ウォルト社長、この製法は御社で考えた事と同じですか?」
ランドル局長が胸ポケットからメモを取り出し、ウォルト社長に渡す。
「え!?・・・そんな・・・まさか・・・」
ウォルト社長は、そのメモを見て驚愕の表情をする。
「ウォルト社長、どうしましたか?」
「いえ・・・これは我々が2年間考えてたどり着いた製法とほぼ同じです。
うちの社員の誰かが喋ったのでしょうか・・・」
ウォルト社長は難しい顔をする。
「あぁ、それはありませんよ。
キタミザト様が唐突に言ったことをメモしただけですから。
情報が漏えいしたわけではないです。」
「・・・本当に?」
「ええ、情報漏えいしているなら聞きにこないでしょう?
それに作られているのも知らないで問い合わせてきましたからね。」
と、娘が試飲用にライ麦の酒を持ってくる。
小さめのコップに注がれた物をランドル局長が手に取り試飲し始める。
「ふむ・・・ブランデーに似た色ですね。
香りは・・・ない?・・・いや、薄いのか。」
ランドル局長は一口口に含む。
「・・・ふむ、味があっさりしていますね。
なるほど、これはこれで良いですね。
町の酒屋での評価は?」
「売れないだろう・・・と。」
「・・・なるほど。
これの在庫はどのくらいありますか?」
「え?・・・15樽あります。」
「瓶詰めは?」
「いえ・・・販売先が確保できてからと思っていたのでまだ・・・」
「・・・すぐに伯爵邸に1樽送ってください。この場で私が一樽買います。」
「え?」
「おいくらで?」
「いえ・・・まだ販売価格も決めていないので・・・」
「1樽だと金貨3枚ぐらいになるかと。」
後ろにいた娘が見かねて言う。
「ふむ。とりあえず金貨3枚で購入させていただけますか?」
「わ・・わかりました。
今日中に発送させます。」
「ふむ、そうですか。
どのくらいで着きそうですか?」
「明日の夜には着く様にします。」
「わかりました。伯爵様には、そうお伝えしておきます。」
と、ランドル局長が金貨3枚と銀貨3枚を出す。
「では、我々はお暇します。
ウォルト社長、送付お願いします。」
「畏まりました。」
と、ランドル局長と若手が立ちあがり退出していく。
「社長、またきますね。」
「はい、わかりました。」
ウォルト社長も立ち上がり見送る。
娘は玄関まで案内しに一緒に退出して行った。
・・
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ウォルト社長は立ったまま、娘が戻るのを待つのだった。
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「局長、お疲れ様でした。」
役所へ戻る馬車の中で若手が声をかける。
「あぁ、疲れたな・・・そして酔った。」
「局長・・・お酒弱いのに無理して・・・」
「・・・いや、立場上、飲まないといけないだろう?」
「はぁ、そうですけど・・・大丈夫ですか?」
「難しいな。今日は、これで仕事は終了だ。
すまんが伯爵様宛の伝文は送っておいてくれ。」
「はい。」
馬車はゆっくりと庁舎に向かうのだった。
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