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第214話 営業の思い出。

「なるほど、うちもその辺を考えないといけないですかね。」

店長は目を瞑りながら思案する。

「・・・若手育成ですか?」

「はい。実際、仕立て屋は客待ち商売なのです。

 素材系の交渉もしていますが・・・生地や糸や包装のこまごまとした物しかしません。

 ですが、トレンチコートやダウンジャケットの件で外で売り込みをする必要が出てきました。

 今は私と職人一人とで組んで交渉と説明をしていますが・・・

 今後、販路を拡大することになると値段交渉が出来る人材がいません・・・」

「私の所では簡単なマニュアルがありましたね。」

「・・・どんな感じでしたか?」

「衣服の場合もそうなのか自信はないですが。

 ・・・まず素材の原価、加工料、工具損料、運送料、人件費を一覧表にしておきます。」

「はい。」

「見積もりの依頼が来たら、それらを足し算して店の素原価を割り出します。

 ・・・まぁ、絶対かかる費用ですね。」

「そうなりますね。」

「で、そこに店の利益を乗せるのですが・・・15%程度が最低粗利でしょうか。」

「う・・・キタミザト様、それは本当のギリギリです。」

店長は顔を引きつらせる。

「大体、世の中そんなものでしょう?」

「・・・キタミザト様は、こっちの事がわかっているとは思っていましたが・・・

 はぁ・・・。」

店長はガックリとする。

「ふふ。

 で、これが店の最低妥協金額です。

 そこに交渉用に135%の交渉用粗利を乗せた物を見積もりとして提示します。」

「え?乗せ過ぎでは?」

「私がいた所の業界の慣例で『見積もり金額の半値8掛け』が当たり前でした。

 お客様もそれを知っているので、実際は半値から最低妥協金額までの35%以内での値段交渉が基本でしたね。」

「なるほど。」

「ですが。

 総量が大きくなって粗利を15%以下にしても金額的には十分な利益になると踏めれば10%で妥結も出来ましたね。」

「なるほど。」

「この辺の金銭感覚と交渉感覚は経験でしか得られませんからね~。

 まぁ、初めは失敗するでしょうけど。」

「キタミザト様も失敗を?」

「ええ。初めて金貨20枚程度の交渉を任された時に原価の足し算を間違えて、書面上2%・・・実質-2%でお客様と契約してしまいました。」

武雄は苦笑する。

「それは・・・」

店長は顔を引きつらせる。

「もう、社長や会計、職人達から『ふざけるな!』と怒られましてね。」

「でしょうね。」

「もう、泣きながら関係各所に頭を下げ回りましたよ『すみません。すみません』と。

 上司や同僚達も一緒に謝りに行ってくれて、何とか客先に収められました。」

「客先には何と?」

「上司が一緒に行ってくれて。

 『今回はこいつの初めての交渉妥結なので特別価格なんです。

  他言はしないで頂けるとありがたい。

  その代り貴方には今後とも特別な粗利で交渉させていただきます。』と。

 実際に次から10%で交渉をさせてもらえる様にしてもらいました。」

「なるほど。」

「後日談としては、納品が終わって意気消沈の私を見かねて上司が飲みに誘ってくれて酒屋に行ったら、

 社長や会計、職人、事務・・・社員みんなが居ましてね。

 『また怒られるのか・・・』と思ってガックリとしていたんです。」

「ええ。」

「そしたら『良くやった』と言ってくれましてね。」

「ほぉ。」

「『今回は原価の大切さ、交渉の難しさ、職人の大切さ、契約から納品までの流れ・・・

  その他多くが学べたはずだ。

  お前が成長するための費用と考えれば決してマイナスではない。むしろ安いぐらいだ!』

 と社長は豪語してくれましたし。

 『今回はアレだったが、次同じことをしなければ良い。

  もし危ないと思うなら事前に相談に来い。何とか費用を捻出してやるからな!』

 と会計も職人も事務もみんなが応援してくれましてね。

 『ありがとうございます』と泣きながらお酒を注ぎましたね。」

「良い社風ですね。」

「はい、いろいろ学ばせて貰えましたね。

 その失敗の後は、他の契約でも粗利が20%で契約していきましたし、原価チェックも3回はする様になりました。

 で、売り込みを4年経験した後に職人に戻して貰って、さらに少し経った時に売り込みの新人が私と同じ様に原価を間違えましてね。

 私は職人として、思いっきり怒りました。でも、納品後みんなで飲み会を開いて慰めて、

 私も言われた『相談に来い、うちらが何とかしてやるから』て話してあげたんです。

 もう、新人が泣きながらお酌をしていましたね。」

武雄は懐かしむように朗らかに語る。

「・・・なんとも凄い教育ですね。」

「はは、後になって気が付きましたが、

 金貨20枚程度の仕事とは、失敗しても経営に響かないギリギリの金額だったのです。」

「それはまた・・・」

「失敗も折り込み済みだった様ですね。」

武雄は苦笑する。


「タケオ様、終わりました。」

「主、終わりました~。」

と、二人が奥から戻って来る。

「はい、おかえりなさい。

 では、店長、鐘一つでまた来ます。」

「はい、承りました。」

武雄とアリス、ミアの3名は店を後にするのだった。



ここまで読んで下さりありがとうございます。

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