第185話 帰宅。と青果屋での話。
「あら?タケオさん?」
レイラは寝室に向かう途中で書斎から出てきた武雄を見かけ、声をかけた。
「レイラさん、ただいま戻りました。」
武雄はお風呂に入り、戦場の埃を落とし、服を着替えていた。
トレンチコートは洗えなかったが。
「おかえりなさい、大活躍でしたね。」
「私の活躍はそんなに大したものではないでしょう。
命を賭けた兵士全員が称賛されるべきです。
・・・ですが、頑張りました。」
「はい、タケオさんが最大限に努力をした結果が今です。
あの規模の戦闘で死傷者が0・・・ある意味奇跡です。
誇って良いですよ。」
「はい。
ですが、私個人の自信にさせてもらいますが、誇ることはしません。
あの場に居た全員の努力の結晶です。
全員の誇りであって、個人の誇りではありませんね。」
「謙虚ね。」
「私がいた所は謙虚は美徳でしたので。」
「あら、良い事ね。」
武雄とレイラは朗らかに笑い合うのだった。
「アリスとは会いましたか?」
「寝室のベッドで気持ち良さそうに寝ていましたので起こしていません。」
「アリスは湯あみをしたらさっさと寝てしまったのです。」
「私のお守りが大変だったのでしょう。」
武雄がクスクス笑う。
「そう、戦場だから気を張っていたのでしょうね。」
「確か2年前は寝込んだそうですね。」
「ええ。」
「寝ているアリスお嬢様には、ケアをかけておきましたが、精神的な疲れもあるでしょうから今は寝れるだけ寝てもらった方がありがたいですね。
起きて違和感があるなら別の事を考えないといけませんが・・・」
「そうね、注意して見ておきますね。」
「お願いします。女性でなければわからない事もあると思いますので。」
「はい、わかりました。
姉妹ですもの。つぶさに見て、違和感があれば聞いておきます。抜かりはありません。」
「レイラさんが来ている間に事が起きて良かったです。
違和感があっても私の前では無理をしそうですから。」
「ふふ、わかりました。
と、タケオさんはお出かけで?」
「ええ。昨日、青果屋のおじさんからの伝言でデートのお誘いがあったので少し出かけます。」
「あら?浮気?」
レイラはクスクス笑う。
「はい、将来の料理人候補のお嬢さんから熱心なお誘いをいただきましたので。」
「あら?タケオさんに教えて貰うなんて凄い才能を秘めているのかしら?」
「ええ、子供の才能は無限大です。
努力を積み重ねればどんな職業にもなれます。
その子は、まず料理に興味が出たのでしょう。切っ掛けが私だっただけです。
ならば、その興味を伸ばしてあげないといけません。」
「将来が楽しみね。」
「はい、この国1番の料理人になったら私が自慢しちゃいますね。
『あの子に初めて料理を教えたのは私だ』って。」
「あら、そうしたら私も一枚噛まして貰おうかしら。
その際は後援に名乗りをあげますよ?」
「はは、良いですね。
後援の条件は毎週美味しいスイーツを持ってくる、ですか?」
「はい、その条件が良いですね。
あ、私もタケオさんに付いて行こうかしら。
未来のパトロンとしては人となりを見なくてはいけませんね。」
「気が早いですね。
・・・ウィリアムさんの許可が取れたら良いですよ。」
「すぐに取ってきます。」
レイラは客間に向けて走っていく。
・・・何もそこまで急がなくても・・・武雄は苦笑しながら書斎に鍵をかけるのだった。
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青果屋の店先に簡単な机と果物ナイフが数本置かれ、リンゴの木箱が後ろに置いてあった。
「すみませんね、奥さん。場所を借りてしまって。」
武雄は店先に居るおばちゃんに声をかける。
「良いんですよ。それよりうちの旦那が倒れてピクリとも動かないんですよ。
まったく、キタミザト様達の戦闘を見に行ったら飲んだくれて帰ってきて・・・
困ったもんです。
お相手出来なくてごめんなさいね。」
「ふふ。何だかんだ言っても大将に惚れてますね、奥さん。」
「あら、あの人には内緒よ。」
「わかっていますよ。怒っていたと後でビビらせておきます。」
「お願いしますね。
そうだ。改めて、キタミザト様。初陣および初勝利おめでとうございます。」
「はい、ありがとうございます。
ですが、兵士皆が精一杯努力した結果ですので、私を褒めるより兵士皆を労ってあげてください。
私はそんな光景が見れるだけで幸せです。」
「あら。もう、なんて良い方なんでしょう。
アリスお嬢様の婚約者だけのことはありますね。」
「おや?知っていましたか?」
「ええ、街の噂ですよ。」
「ほぉ。では、奥さん、リンゴ2箱買います。」
「あら?そんなつもりではないのですよ?」
「いえいえ。
ですが、今の私の言葉を街の皆に言っておいてください。」
「あら?どうして?」
「毎回説明すると疲れそうですので。」
「ふふ、そうですね。
皆に説明すると疲れちゃいますね。」
「お願いしますね。」
「はい、わかりました。
店先ですぐに話してしまいますからね。」
「はは、あまり脚色しちゃダメですよ?」
「少しだけなら・・・ダメ?」
「お好きに、どうぞ。」
青果屋のおばちゃんと武雄は笑い合いながら会話をするのだった。
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