第159話 夕飯までの外出。(トレンチコートの販売契約。)
「トレンチコートだって、大口のお客様を探さないと潰れてしまいますからね。」
「ん・・・そうか。
これを王都で作りたいと言ったらダメか?」
アズパール王は武雄に聞いてくる。その言葉に店長は顔を引きつらせる。
「止めてください。せっかくここで芽吹いた物を潰す気ですか?
それに契約上、ここの商品以外をトレンチコートとは言わない事にしているので・・・街で模倣品を見つけたら制裁を科すとしているのです。
類似品を見つけたら王都だろうが、その契約を盾に殴り込みに行きますよ?」
「ふふん。王都の組合は、その契約を知らないからな。」
アズパール王はニヤリと武雄に笑いかける。
「・・・そうなったら、さらに新商品を流通させて王都の仕立て屋を困らせますよ?
それに王都の人が出来るのはせいぜい複製でしょ?コートの概念がわかっていない人達がこのコートを作ってもここのトレンチコート以上の物が出来るとは思いませんね。」
「む・・・それは・・・」
武雄の意外な反撃にアズパール王は悩む。
「時代遅れの仕立て屋だなーとか、貴族の御用しかしてないから発想が貧困だとか、民の事を何も考えない3流だとか。噂を流布させれば困るのではないですか?
で、こちらは各地方向けにいろんな商品を作っていきますけどね。」
「・・・王都には卸さないのか?」
「契約を無視する人達を擁護する気はありませんから、いつまでたっても代り映えのしない物を着て偉ぶっていれば良いのです。
私はここの仕立て屋さんの販売力やデザイン力を強くさせて各地方限定の服を作って見せますよ。」
「ん・・・それは困るな・・・王都が最先端ではなくなってしまう。」
「王都が最先端でいたいなら、こちらの契約を認める寛容性が必要です。
そしていろんな概念の服を見て、独自に融合・発展させる発想性が商売人に求められます。
正直に言えば、王都の職人は服装を華美には出来ても新しい概念の服は作り出す事が出来るとは思いませんね。
新しい概念の服・・・作ったことあるのですかね?」
「そうだな、お抱え職人は新しい服を作らないな。
派生を作っているのだと、ここの商品を見てみるとわかるな。」
「そうですね。ここの商品は独自性が強いのでね。」
「ここの商品を店ごとにデザインを変えて卸して貰えるなら、向こうで作るよりバリエーションは豊富になると思いますよ?
それに地方であるからこそ、特定の貴族の威光に染まらない、いろんな発想が出来ますからね。
もしかしたら基礎デザインの服だけ納入して、その後の装飾は向こうでする様にすれば案外買いそうですが。」
「なるほど、それもありだな。
・・・店長、ここの組合と王都の組合とでトレンチコートの販売契約をさせる様に仕向けてくれるかな?」
「え!?」
いきなりの話に店長は驚きを隠さない。
「アランさんが決めて良いのですか?
こういうのは、組合同士で話し合うのでは?」
「ふん、あの組合は各貴族のお抱えばっかで話が進まんからな。
だったら陛下に近い我が動いた方がさっさと決まるだろう。
それにここの商品は我は面白いと思うからいろんなバリエーションは今後も着たいしな。」
「そんなに簡単に組合が動きますかね?」
「ふふ、タケオは我の凄さがわかっておらぬな。
でも我も忙しいのでウィリアムにさせるがな。」
「おや、僕がですか?」
「暇だろう?」
「まぁ忙しくはないですね。」
ウィリアムは組合との折衝を了承する。
「そうですか・・・」
武雄は少し考えると。
「店長、やります?」
「ええ!!喜んでうちの組合を動かしますよ!」
「そうですか・・・では、少し私の意見を言いましょうか。」
「はい。」
「基本的なトレンチコートの仕様は変えて欲しくありませんが、装飾関係は向こうに任せるぐらいの妥協性は必要と思います。
ですが、あくまでコートを作る工場はこの街でお願いします。」
「はい。その辺の仕様変更不可と模倣品は制裁条項とします。」
「お任せします。」
「で、先ほどキタミザト様が言っておられた基礎デザインを施したトレンチコートを納入する方針でまとめていきますが、今作っている市販用を納入します。
これからデザインを変えるのは面倒ですので・・・
納入後のポケットや襟などの位置を変えないのであれば意匠の変更を認めるとします。
そして、必ず我々に1着送る事を求めます。」
「なるほど、王都の流行りを知る為ですね?」
「はい。うちの組合内で見て研究します。」
「それで良いでしょう。常に流行は変わります。
トレンチコートは縛りますが、他の服を王都で販売する際に参考にしてみるのはアリですね。」
「はい。我々としては、その様な内容にしていきます。」
「構いません。私としては組合同士の話合いについての方が面倒ですね。」
「そうですか?」
「ええ、王都のプライドが高そうな仕立て屋組合でしょう?
ならばこちらは小芝居をする必要があると思うのです。」
「ほぉ。タケオは、わかっておるな。」
「よく考えればわかりますよ。
私が考えたシナリオは簡単です。
まずは、王都とここの組合との話合いをしてもらいますが、公平を期す為と言う名目でウィリアムさんにも同席してもらいます。」
「はい。」
ウィリアムが頷く。
「その席で、こちらの組合が相当高い要求をしてください。」
「えーっと・・・どのくらいで?」
店長は聞いてくる。
「絶対変更不可、変更させたいならこっちにデザインを回す。納期はこちらで決める。販売価格はこちらで決める等々。
傍から見ても無理難題です。」
「商売人として言われたら頭にきそうな内容ですね。」
「で、相手の組合が怒ったところで、ウィリアムさんが王都の組合の肩を持ってください。」
「はい。」
「それではそちらばかりに利がありすぎるから、そちらで服の生産することは認める代わりにある程度の変更と販売価格を自由に決める事を許可して欲しいと。」
「なるほどな。」
アズパール王は頷く。
「で、一旦退席し、時間を開けてから再度席を設けて、こちら側は先ほどの仕様要求と納期の絶対厳守を約束します。
例えば・・・1回の注文で10着ごと買う事が条件として注文を受けてから店までの納期は2週間としますとか。」
「実質、輸送を考えれば約1週間ですか・・・難しくはないですが、少し無理をしますね。」
店長は頭の中で試算しながら言ってくる。
「ええ。それは向こうも分かるでしょうから『こちらも無理はしますよ』と妥協を示してはどうでしょうか?」
「なるほど、それは王都の組合も頷きそうですね。」
ウィリアムは頷きながら言う。
「と、大まかな話はこんな感じで行ってみては?と思ったのです。」
「ん、タケオの言う流れならば王都の組合も妥協する可能性が高いな。
では、下準備はここの組合とウィリアムで詰めなさい。」
「父上、わかりました。」
「畏まりました。今夜うちの組合に説明して説き伏せてきます。」
「すみませんね、いきなり商談の様になってしまって。」
武雄は苦笑しながら言う。
「いえいえ。我々としては嬉しい出来事です。」
と店長も朗らかに言い返す。
と、レイラとアリスが戻って来る。
「あら?お義父さまとウィリアムが楽しそうですね。」
「ああ、有意義な話合いだったぞ。」
アズパール王はニコニコしながら言ってくる。
「僕に新しい仕事が舞い込んで来たよ。」
「あら、腕の見せ所ね。」
とウィリアムとレイラがにこやかに会話をする。
「では、次は我らだな。」
アズパール王とウィリアムが奥に向かうのだった。
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