第14話 1日の終わり。至福の一服。
バタン・・・ボフッ・・・
部屋の主、アリスは帰ってきて早々にベッドにダイブした。
ゴロンと横になり、また天井を見る。
「また失敗した・・・」
言われた瞬間、また頭が真っ白になり逃げてきた。
今日2回目だ。
「はぁ・・・」
気落ちするのだった。
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フレデリックの先導で部屋に案内された。
8畳間くらいだろうか。総石作りの部屋にベッドと机と窓が1つあり、部屋の壁際にある棚には本がギッシリ詰まっていた。
急なお泊りなのに清潔感が失われていない、掃除も行き届いている。
相当な金持ちなのだろうと武雄は思った。
「では、タケオ様、こちらで部屋の明かりの入り切りが出来ます。
また、トイレは廊下を出て奥に行った先にあります。」
「何から何までありがとうございます。
あと、先ほど行ったトイレ近くの庭に行っても構いませんか?」
「ええ、構いませんよ。」
「ありがとうございます。」
と武雄はフレデリックに礼を言う。
フレデリックは軽く会釈をし、部屋を出て行った。
武雄は軽く背を伸ばす。
「あぁぁ・・・」
親父臭い声を出しながらも緊張が解けるのがわかる。
机の上には先ほど貰ったサンドイッチがある。
有り難かった。
結局、今日は半日何も食べないで過ごしていた。
それに先ほどまでは緊張していたが、部屋に通された安心から緊張が解けたのか、急に空腹感が襲ってきた。
「まったく・・・現金なお腹だなぁ。」
と呟き、サンドイッチを食べ始める。
パンが少しボソボソとするが、ハムにトマトソースで簡単に作られている。
美味しかった。本当に美味くて、涙が出そうになった。
『空腹は最高の調味料である』とはこういう事なのかと武雄は思った。
お腹も満たし、あとは寝るだけ・・・とりあえずタバコを吸ってから寝ようかと思い、部屋を出る。
目指すはトイレから見えた庭だ。
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アリスはベッドに横になって
天井をボーっと見ていた。
すると廊下を誰かが移動する足音がした。
「おや?」と思う。
あまり聞きなれない歩調だったのだ。
思い当たるのは、1人しかいない。
こんな時間にどこに行くのだろうとコッソリついていく事にした。
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客室の前ではエルヴィス爺さん、スミス、フレデリックが話していた。
「お爺さま。先ほどは大変失礼な事をして申し訳ありませんでした。」
「うむ、確かにな。
だが、その言葉はわしよりも先に言わないといけない者がおるじゃろ。
スミス、今回はタケオに救われたの。あれが他の者だったらわしの面子が丸つぶれだったわい。」
「タケオ様は何と言うのでしょうか、不思議な方ですね。怒らないのですね。」
「うむ。普通であれば若者にいいように言われたら怒るのじゃがな。
淡々としていたの。あれも経験じゃろう。」
「はい。
ん?・・・あれは・・・タケオ様でしょうか?」
「うむ。・・・おや?今度はアリスか?」
「何やら裏庭に行かれるみたいですね。」
・・・
・・
・
「スミス。表から回って、覗きに行こうかの?」
「お爺さま・・・ちゃんと裏口から行けばいいじゃないですか?」
「何を言うとる。こんな面白そ・・・んんっ・・・もしかしたら危険があるかもしれないからの。
こっそりと様子を窺うのじゃ。スミスだって気になるじゃろ?」
「それは、そうですが・・・」
「ほれ、さっさと行くぞ。見逃してしまうからの!」
とエルヴィス爺さんとスミスは足早に玄関に向かった。
フレデリックは厨房へ向かう。
「お茶の用意をして行きましょう」とこちらも行く気満々である。
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目的の庭に到着。
武雄はタバコに火をつけ、思いっきり吸い込む。
フゥー・・・ちょっと落ち着いた。
さて、今日は一日いろいろありすぎたと回想を始めようかとしたところへ、
「こんばんは。タケオ様。」
と声をかけられ、武雄が振り向くとアリスお嬢様が居た。
「こんばんは。アリスお嬢様。」
「はい。こちらで何をされているので?」
「いや、なんというか、一日の終わりに一服を。
まぁ、気晴らしですね。アリスお嬢様はどうしてこちらに?」
アリスはそれを考えていなかった。タケオを追ってきたとは言えない。・・・困った。
「私もなんとなく。気晴らしです。」
「はは。ここは憩いの場でしたか。」
「そうかもしれませんね。」
事実、アリスは和んでいた。
「それにしても・・・スミス坊ちゃんには悪いことをしました。」
「なぜです?タケオ様は謂れなき誹謗をされたのであって、スミスに対しては何もされていないでしょう?」
「・・・アリスお嬢様。スミス坊ちゃんはおいくつですか?」
「今年で12になりますね。」
「そうですか・・・私からすると『スミス坊ちゃんから誹謗された』とは思っていませんね。
あれは表面的な考え方ですが、当然の疑問です。
12歳であの疑問を口にするのだって私からすれば上出来です。」
「そうでしょうか?あのくらいで?」
「ふふ。そう言えるアリスお嬢様には、良いお手本となる方が近くにいたのでしょうね。」
アリスは2人の姉を思い出す。
あれは凄かった。幼少期ですでにコテンパンにされていた。
「ええ、良い見本がいました。」
とアリスは嬉しそうに言うのだった。
そんな話を聞いている時、武雄は視野の角にふと違和感を覚える。
顔を動かさない様に違和感を感じた辺りへと目線を送る。
・・・茂みの植え込み部分から腕が見えてますね。それも2人分。
・・・エルヴィス爺さんか・・・ってか何やってるの?・・・あ、覗き見か。
ちょっと爺さんを驚かせるかと、悪戯を思いつく。
そしてアリスに少し近づき、小声で問いかける。
「アリスお嬢様。今からかなり失礼な事をさせていただきたいのですが。」
「?それは痛い事ですか?」
「痛くするつもりはありませんが、少し驚くかと。お叱りは、あとでいくらでも受けますので。」
「?・・・まぁ、痛くないのであれば。」
「ありがとうございます。」
と返答をすると同時にアリスを抱擁・・・抱きしめた。
「ふぇ!?」
とアリスは驚き、石の様に固まる。アリスはみるみる顔を赤くしていく。
武雄は「どうせあとで怒られるから」とアリスを若干強めに抱きしめながら感触を楽しむ。
と、すぐに。
「わしのアリスに何をしておるのじゃ!!!!?」
茂みから元エルヴィス爺さん。今はただの覗き魔が出てくる。
・・・言葉とは裏腹に嬉しそうな顔だな、おい。
お宅の孫娘は私の腕の中で軽くフリーズしていますけどね。
「おや、誰かと思ったらエルヴィスさんではないですか?こんばんは。」
武雄はしれっと挨拶する。
「『こんばんは』ではない!さっきから見ていたが・・・何をしておるのじゃ!」
「ほぉ、見られていましたか。アリスお嬢様を軽く抱擁していましたが?」
とアリスを腕の中から解放する。
「アリスお嬢様。大丈夫ですか?」
こちらをボーっと見ていたアリスに対して、武雄は小声で言う・・・が。
「とても驚きましたが・・・その、良かったです。」
・・・は?
最後の言葉は聞こえなかったことにします。
「お嬢様。これ、どうします?」
と目線をエルヴィス爺さんに送る。
「お爺さま。いつから見ていましたか?」
アリスはにこやかに言って見せる。
アリスの表情は武雄からは見えていない。
エルヴィス爺さんから「ヒィ!」と声が漏れる。
「いつからと・・・言うとじゃな・・・」
「い・つ・で・す・か?」
「・・・私もなんとなく・・・気晴らしです・・・辺りから・・・」
「・・・」
エルヴィス爺さんは顔をうつむき気味にしている。
・・・軽く震えてません?
あとはアリスお嬢様に任せて傍観しようとした時。
「タケオ様、お茶をお持ちしました。」
「はい、ありがとうございます。」
と無意識にお茶を受け取る。
・・・お茶?
「今日は風が若干冷たいので、体を冷やさない様にしないといけませんね。」
とフレデリックが話しかけてきた。
「・・・あの。」
「はい。」
「ちなみに、どこから?」
「・・・『私もなんとなく。気晴らしです。』辺りから・・・」
こっちもかぁ・・・武雄はうな垂れる。
すると、フレデリックがいることにアリスが気付く。
「あら?フレデリック、お茶を持ってきたの?」
「はい、お嬢様。体を冷やさない様にと思いまして。」
「ありがとう、いただくわ。
で、お爺さま。一人でなぜそんなことを?」
とお茶を飲みながら聞き始める。
・・・覗き魔は観念したかの様に話す。
「・・・タケオとアリスが裏庭に行くのをみて・・・」
あぁ、ここは裏庭なのかぁ。と武雄は思った。
「みて?」アリスは話を促す。
「・・・その・・・危険はないだろうかと思っ」
「正直に言いなさい!」
「はぃ!面白そうだと思ってつけました!」
「そぉ。で?」
「・・・で?・・・と言われても・・・」
「なぜ茂みから出てくるのですか?」
「・・・万が一のかの」
「正直に。」
「見つかるかも!?のドキドキ感がたまらないのです!」
「そうですか。楽しかったですか?」
「ええ、そりゃぁもう。スミスと一緒に楽しみました。」
「・・・スミス?」
アリスは新事実を突きつけられる。
・・・爺さん。ここで孫を売るなよ・・・
「お姉様、ごめんなさい!」
とスミスは茂みから出て、アリスの前で即土下座。
・・・ここにも土下座があるのかぁっと武雄は思った。
「お爺さまを止められませんでした!」
あ、アリスお嬢様がプルプル震えてますね。
「・・・ここは寒いですし、お爺さま、スミス、客間に移って話をしましょうか・・・」
「タケオはなぜ呼ばないのじゃ!?」
「タケオ様は、私の緊張をほぐす為にされたので、今回は不問です。
実際、私は和みました。」
「そんなぁ・・・」
「タケオ様。では、また明日。
フレデリック。申し訳ないのですが、あとでお茶を持ってきてください。」
「畏まりました。」
アリスに引き立てられて、容疑者2名は連行されていく。
3人の後ろ姿を見送り、
「・・・さて、私は部屋に戻って寝ることにします。」
「はい。明日は誰かが迎えに行きますので、それまでは寝ていてくださって結構です。」
「お言葉に甘えさせてもらいます。」
と武雄は部屋に戻るのだった。
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