第141話 今日の夕飯。
武雄は昼食の後、厨房に来ていた。
「料理長、お邪魔します。」
「おう、タケオか。どうした?
明日の打ち合わせは、もう少し後の時間だと思っていたが?」
「はい。明日の生クリームを使った料理の打ち合わせは、もう少し後でしたいと思います。
ちなみに、今日の夕飯の料理は決められているのですか?」
「ん?これから決めるのだが・・・」
「先ほど、干物屋に行ってきていろいろ買ってきたので、今日の夕飯で挑戦したいことがあるのですが。」
「おぉ、そうか。
構わないぞ。うちの若い者も手伝わせるから問題ないぞ。」
「はい。とりあえず、買ってきたものを並べますね。」
干しシイタケ、干し小魚、干し海老、焼きたらこを並べる。
「・・・海老?」
料理長が難しい顔をする。
「・・・先ほど、フレデリックさんに言ったら同じ顔をしていましたが・・・」
「すまんな・・・ちなみに、どうして海老を買ったのだ?」
「アリスお嬢様が食べた事がないと言ったので、何か作れるかなと思って。」
「・・・食べたことがない?」
「どうしました?」
「エルヴィス邸では、もう10年近く食卓に海老を出していないのだが。」
「ええ。フレデリックさんから『高い割にはレパートリーが少ないから』と言われました。」
「それもあるが・・・最後に出した際にな・・・ちょっとあってな。」
「なにがあったのです?」
「・・・アリスお嬢様が『不味い』と仰ってな・・・」
「は?あのアリスお嬢様が??」
「あぁ。当時8歳か9歳だったか・・・一口食べて不味いと言って海老を投げ捨てたんだ。」
「・・・それはまた・・・」
武雄の中でアリスは、不味くても食べ物を投げ捨てることはしないと感じていた。
「後にも先にもアリスお嬢様から『不味い』と言われたのは、その海老料理だけでな。
今に至っても俺も怖くて出せないのだよ。」
「皆に衝撃が走ったのですね。」
「あぁ。ニコニコ食べていらっしゃったのに・・・いきなり真顔になって『不味い』と海老を投げる・・・ありゃ怖かったぞ。」
「・・・でも、たかが子供の癇癪でしょう?料理を出さないまでに発展するのですかね?」
「今は亡きアリスお嬢様のご両親が心を痛めてな。
海老が高価な事もあって出さない様にしましょうとなったのだ。」
「なるほど・・・ちなみにどういった料理を出したのですか?」
「塩ゆでだな。」
「?・・・味は?」
「塩。」
「・・・もちろん殻は。」
「ありだな。」
料理長の言葉に武雄は頭を抱えそうになった。
「他に調理方法は、なかったのですか?」
「いや。当時の料理長がな『素材の味を楽しむなら塩ゆでしかない』と言ってな。」
「そこは・・・ある程度、同意はしますが・・・生ではなく干物でしょう?
素材の味を楽しむなら鮮度が重要ですし、引き立たせる為にも薄くレモン汁に浸けるか、細かくしたシソと塩を混ぜるとか・・・やり方はいくらでもあるでしょうに・・・」
「いや、そうなのだが・・・当時の料理長は頑固者でな・・・思い立った方針を曲げなくてな。」
「料理の指揮をする者が変に頑固だったのですか・・・
8歳、9歳なら濃い味が大好きな頃でしょうし・・・味が無かったのでしょうね。」
武雄はシミジミと言う。
「あぁ、塩味のみだったからな。」
「そんな料理が出て来たら私でも投げそうですよ。」
「なので、出したくないのだ。」
「・・・まぁ、今日の料理の出来栄えで今後は食卓に上がりそうですね。」
「タケオ、頼むぞ。」
「いやいや、皆で作りますからね?」
タケオは苦笑するのだった。
と、メイン担当、サラダ担当、スイーツ担当の調理人が二人の周りにやってくる。
「と、余談が過ぎてしまったな。
で、今日は何を夕飯に作るのだ?」
「私的には、たらこスパゲッティと卵のスープ2種類を作りたいと思います。」
「うむ。
まずは何で2種類もスープを作るのだ?」
「シイタケと小魚で別々に出汁を作ろうと思います。」
「ダシとはなんだ?」
「スープの素の様な物です。」
「ブイヨンだな。」
「確かブイヨンは、肉と魚と野菜を煮込むのですよね。」
「そうだ。」
「私がいた所は野菜から取る事をしていたのでそれをしてみようかと思います。」
「なるほど。」
「シイタケは縦に4等分くらいに切ってから水に浸けます。」
「どのくらいだ?」
「鐘2つでしょうか。」
「・・・長いな。」
「それでちゃんと出るかわかりませんが・・・挑戦です。」
「なるほど。小魚はどうやるんだ?」
「頭と内臓を綺麗に取って水に浸けます。」
「・・・これはどのくらいだ?」
「これは鐘半個ですかね。」
「難しいな・・・」
「私の時計で見ますから。」
「わかった。」
「海老は正直したことないのですが、こちらでは、どうやって戻していましたか?」
「具材として使っていたから沸騰した鍋に入れて煮込んでいたぞ。」
「んー・・・これも小魚と同じ様に水に浸けてから火にかけてみましょうか。」
「わかった。スープ用の鍋を3つ出せばいいのだな。」
「お願いします。」
メイン担当が寸胴鍋を出す様に指示を始める。
「たらこスパゲッティとはなんだ?」
「昨日のバターを使います。」
「うむ。昨日のカルボナーラとは違うのだな?」
「ええ。あれは生クリームとチーズを和えて食べる物でした。
今回はバターとたらこを和えます。」
「ふむ、なるほど。」
「和えたら、刻みシソを振りかけようかと思うのですが、シソはありますか?」
料理長がサラダ担当に顔を向けると担当は頷く。
「ありそうだな。」
「では、そちらを頂きましょう。」
「サラダはどうする?」
「メインはたらこスパゲッティでいきますが・・・油ですので、あっさり系のサラダはどうでしょうか。」
「それもありだな。」
「でもですね、スープもブイヨンではないので、料理が全体的に割とあっさりしている予定です。」
「ふむ。メインのみが油か・・・悩むな。」
「キタミザト様、スープの方を少し油を入れて食べごたえを増すことはできますか?」
メイン担当が聞いてくる。
「んー・・・鳥肉や豚肉を小さく入れて食べごたえと油を出すことはありですが・・・
今回はシイタケの出汁と小魚の出汁の違いを確認することを主題にしたいのです。」
「なるほど。ならば卵スープは軽く塩で味付けの方が良いのですね。」
「ええ、今回はそれでお願いします。
と言うわけで、サラダを上手く合わせていただけますか?」
「そうですね。キタミザト様のマヨネーズを使って油を少し足しましょうか?」
「お任せします。」
「わかりました。」
サラダ担当が頷く。
「では、とりあえず。
今日の夕飯の出汁取りの作業をしますか。」
料理人達は一斉に動き出すのだった。
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