第129話 スミスの試練。
騎士団詰め所の横には専用のグラウンドが完備されている。
朝の準備運動が終わり、全員が整列。
これから午前の訓練を開始しようとしていた。
ハロルドは皆の前に立ち朝礼を始めようとしていた。
と、そこにスミスがやってくるのが見えた。
「ハロルド、唐突で申し訳ないですが、僕と模擬戦をして貰えますか?」
「・・・ふむ。」
と、ハロルドは騎士団員を見る。
「我々は構いません。観ることも訓練かと。」
副団長が言い、ハロルドは頷く。
「わかりました。
しかし、どうしたのですか?」
「昨日、夕食後のティータイムにタケオ様から言われたのです。」
「なんと?」
「僕は今まで勝てないことはいけない事だと思っていました。
しかし、タケオ様は僕に勝てなくても負けない事が重要だと話してくれました。
そして、格上相手の模擬戦で相手を傷つけても構わないという気持ちで本気の戦いを経験してこいと。」
「なるほど。アリスお嬢様と本気で戦った者からの言葉には重みが感じられますね。」
「はい。実は僕自身も嫌だったのです。
僕はいつもすぐ逃げてしまいます。
剣の訓練でも勝てないと感じるとすぐに負けを認めてしまう自分が・・・
勝てないと思って何もしない自分が・・・
今日、そんな自分を・・・ハロルドとの模擬戦で変えたいのです。」
「そうですか・・・
副団長、審判をしてもらえるか?」
「はい。」
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ハロルドとスミスはお互いに距離を取る。
その距離、約4m。
ハロルドは腕と足にフルプレートの具足を着けている。
胴の部分は朝礼後着けようと考えていたが、いきなりの模擬戦。
事前に着けていない自分が悪い。その為の時間を取る気もなかった。
スミスは革製の鎧を着けている。
エルヴィス家では、成人後に専用のフルプレートを作っていた。
「では・・・始め!」
副団長の号令と共にお互いが剣を構える。
ハロルドは、スミスの指南役として稽古をつけてきたが、今のスミスは初めて見る顔つきをしていた。
昨日のアリスお嬢様と武雄の模擬戦を見て、そしてその後の武雄の言葉に良い影響を受けていると思う。
好ましい方向に成長し始めている。その成長を感じれただけで嬉しかった。
が、お情けで負けるという様なことをする気はない。
何度でもかかってくれば良い。その都度、跳ね返し武官トップの壁を感じて貰おう。
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最初に仕掛けたのはスミスだった。
真っ直ぐに正面からハロルドに切りかかる。
若者らしく後先を考えない一撃。
『ガキっ』
が、ハロルドは剣で難なく受け止める。
受け止めると強引に剣を振り払い、返す剣でスミスを薙ぎ払う。
スミスも必死に剣を合わせ防御するが、踏みとどまれなく飛ばされてしまう。
お互いの距離が再び開き、構え合う。
今の一撃だけでも今までの稽古とは違っていた。
いつものスミスならば、ここまで力が籠っていない。
ハロルドは、それだけで嬉しかった。
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スミスの攻撃をハロルドが受け、振り払うと返す剣でスミスを薙ぎ払う・・・
そんな剣戟を4度続けていた。
スミスは考える。
全力で打ち込んでも届かない・・・どうすれば良いのか。
今のままだとハロルドよりも先にこちらの体力がなくなる。というよりすでに腕が痺れている。
「困りました・・・でも本気で戦うのは気持ちが良いのですね・・・お姉様とタケオ様もこんな心境だったのでしょうか・・・」
スミスは、この状況が楽しいと思った。
こんなこと昨日の自分では思わなかっただろう。
「今日の課題は、相手を傷つける一撃を打ち込むこと・・・」
・・・何度でも打ち込む。そして防御して機会を伺う・・・今はそれしかない。
スミスは、5度目の攻撃を仕掛けるのだった。
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ハロルドは思う。
もう7回・・・同じ踏み込みで上段からスミスは攻撃を仕掛けてきた。
・・・確かにそれしか教えていないが・・・
スミスは今まで真面目に鍛錬をしていたが、すぐに諦めあまり時間を割いていなかった。
それにハロルド的には1対1での雌雄は1撃で決まる事が多いため、下手な小細工を教えていなかった。
・・・そろそろ終わらせるか。
次は、こちらから追撃を仕掛け終わらせる。
と、考えている間にスミスが8回目の同じ攻撃を仕掛けてくる。
正面からスミスが切りかかってくる。
「ガキっ」
ハロルドは剣で難なく受け止めると強引に剣を振り払い、返す剣でスミスを薙ぎ払う。
少し強めにスミスを飛ばし、ハロルドが追撃の為に一歩踏み込む。
と、「パン」と音と共に「ガキンッ」と音がし、猛烈な痛みが左太ももに走る。
「ぐっ」
思わず苦悶の声を漏らしてしまう。
目を離したつもりはなかったが、いつの間にか右側の懐にスミスが走り込んでいた。
「ぐぁ」とハロルドは掛け声の元、直観的に体を捻る。
スミスの剣は、ギリギリわき腹を少し掠めた様で少し切られる。
「このぉ」とハロルドは剣から片手を離し、スミスの顔面に裏拳を入れ、殴り飛ばした。
ハロルドも殴り飛ばした反動を抑えきれなくその場に倒れる。
が、すぐに立ち上がり剣を構える。
と、
「止め!勝者、団長!」
と副団長が宣言をする。
スミスは顔面を殴られて気絶していた。
すぐに両者に騎士団の魔法師が近寄り回復をさせる。
と、スミスも目を覚まし状況を確認する。
「・・・僕は・・・負けましたか・・・」
「はい。」
「・・・負けても気分が良いです・・・こんなことは初めてです。」
「そうですか。」
ハロルドの言葉にスミスは頷き、立ち上がる。
「ハロルド、今日はありがとうございました。」
スミスは礼をし、その場を去っていく。
ハロルドはその背中を見守っていた。
・・
・
スミスの姿が完全に見えなくなった時。
見覚えのある2人が茂みの方から近寄って来るのがわかった。
文句を言おうとした時、片方の相手から先に声をかけられる。
「さて、ハロルド。次は私と戦いましょう。」
オッドアイの彼女は木剣を片手にそんなことを言い放つ。
ハロルドは顔を青ざめさせながら心の中で泣くしかなかった。
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