第10話 待ち人はまだ来ない。そうだ。トイレに行こう。
アリスは天井を見てボーっとしていた。
「失敗した・・・」
お爺さまを助けたお客様が、唐突に目を褒めてくれた。
今までいろんな人に会ったが、目を褒めた人はいなかった。
言われた瞬間に頭が真っ白になり、お爺さまへの怒りも四散してしまった。
わからない。褒められたのが嬉しいのか、恥ずかしいのか・・・これは何だろう。
少し様子を見に行くかと部屋を出るのだった。
------------------------
武雄とフレデリックは、まだエルヴィス爺さんを待っていた。
「・・・あの、トイレをお借りしてもよろしいでしょうか。」
「ええ、構いませんよ。真っ直ぐ行き、突き当たりを右です。」
「わかりました。お借りいたします。」
とその場を離れる。
武雄は良かったと思う。
トイレと言う単語が通じたことに安堵する。
武雄の中では『ここは日本ではない』と半ば諦めモードである。
さしあたっての問題は、どんなトイレなのか・・・
和式か洋式か、水洗か汲み取りか・・・
と考えながら歩いて行くと、言われた通りの場所にトイレを発見。
今回は小をもよおしているが、大だった場合・・・不安だ。
意を決してトイレに入る。
・・・・・・良かった。
水洗の洋式だった。
蛇口をひねると水が流れる様だ。
何回かひねって確認してみる。
うん。流れる流れる。
・・・ところで、何でお尻を拭くのだろう?
もし、柏の葉みたいな植物で拭けと言われたら・・・
想像してみる・・・かなり嫌過ぎる・・・
恐る恐る調べる。
ふと足元を見ると、床に紙が積まれていた。
ほっと安心感がわいてくる。
「良かった。ホントに良かった。」
と独り言を涙ながらに呟いた。
------------------------
用も済んだし・・・タバコでも吸って一息つくかと思い、トイレの前から見える庭へと向かう。
庭には女性(メイド服?)が居たので、ちょっと聞いてみよう。
「すみません。タバコを・・・パイプを吸いたいのですが、汚さないので庭で吸っても大丈夫でしょうか?」
女性は少し考えたようではあるが
「汚さないのであれば大丈夫です。」
と、許可がもらえたので、タバコに火をつけ思いっきり吸い込む。
一服して落ち着いたので、少し情報整理をしつつ考える。
さて、何が何やら・・・
エルヴィス爺さんにフレデリックと呼ばれていた人、アリスお嬢様に歩いていた女性。
・・・中世ヨーロッパ系の服装・・・ホントに日本じゃないのか・・・
でも日本語通じるし。あぁ・・・信じたくないけど、やっぱりここは異世界か?
と半ば諦めモードから本気の諦めモードになり、ちょっと憂鬱になった時に声をかけられた。
------------------------
アリスが部屋から出てみると、ちょうどトイレからお客様が出てきたところだった。
何やら裏庭に向かうみたいだ。
ちょっと追ってみようと思う。
中庭に着くと、メイドに何やら話をしてから壁に寄りかかり、バックの中から小さな箱を出し、白い棒を口に咥えると棒に火を点け、ボーっとしながら煙を吐いている。
・・・何やら哀愁が漂っているのは気のせいでしょうか?
意を決して声をかけてみることにした。
「あの、お客様?こちらで何をされているので?」
------------------------
「あの、お客様?こちらで何をされているので?」
と声をかけられ、武雄が振り向くとアリスお嬢様が居た。
「あ、いえ、少し考えをまとめようかと。もうエルヴィスさんが来るかもしれませんから戻ります。」
「?・・・あの・・・お爺さまのことを『エルヴィスさん』と呼ばれているのですか?」
「ええ。お会いした当初から『さん』で呼んでいて、途中から身分がある方なのだとわかり『様』で呼んだところ、『さん』で良いとご自身に言われました。」
「なるほど、わかりました。」
と何か納得した様子だった。
武雄はこの時、思い出す。
「あ、アリスお嬢様。先ほどはご挨拶の際に大変失礼をいたしました。」
と頭を下げる。
アリスも何のことだか思い出し、顔を少し赤らめる。
「いえ。こちらこそいきなり奥に行ってしまい、申し訳ありませんでした。」
「いえ。初対面の、それも女性に対して、体の特定部分を指して綺麗なんて失礼をいたしました。」
「いえ、お構いなく。ただ、初めて言われたので驚きました。」
「初めて・・・ですか。こちらではオッドアイは珍しくないのですか?
それにしてもお嬢様の目はホントお綺麗ですね。」
武雄はうんうんと頷く。
「・・・お客様のいたところでは、そんなに珍しいのですか?」
「ええ。だいたい1万人に1人がなる可能性があると言われていますが、会ったことは殆どありません。
お嬢様のような綺麗な目をしている人にお会いしたことは、初めてでした。
でも病気でなる人も・・・もしかして・・・お嬢様は・・・」
「私は健康体ですよ。」
「良かったです。また失礼な事を言ってしまったのかと、肝を冷やしました。」
実際、タケオは冷や汗をかいていた。
「あ、ついつい話し込んでしまい申し訳ありませんでした。
エルヴィスさんが来てしまいそうですので、戻らせていただきます。」
「ええ、わかりました。」
「では、失礼します。」
と武雄はフレデリックの元へ戻っていった。
その背中を見送りながらアリスは思う。
「悪い人ではなさそうね。」と。
ここまで読んで下さりありがとうございます。