そのなな かたっぽの葉っぱ
朝比奈家から歩いて15分ほど、平日にしては賑やかな商店街を僕と乙葉さんは歩いていた。乙葉さんは鼻唄混じりに、少し大きめのハンドバッグをぶんぶんと振っている。
「今日の晩ごはんは何にしようかな〜」
斜め後ろを歩く僕からも、乙葉さんが弾む度にたゆんたゆんと揺れる二つと小山が……。
「は――ッ!?」
な、何を見てるんだ僕は?!
「あれ〜? 凪くんどうしたの〜?」
気付くと乙葉さんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。と、言うことはお約束な訳で……。
――僕も一応男の子なのですよ……。
「どうしたの〜? 具合でも悪い〜?」
「い、いえ。大丈夫です」
な、なんて優しい人なんだ。バカな事しか考えてない僕を心配してくれるなんて。……完全に子供扱いされてるけど。
「具合悪くなったら直ぐに言うんだよ〜?」
「はい、ありがとうございます」
死ねよ僕!! 何がたゆんたゆんだ、この腐れ外道が!! 脳ミソがバグッてるとしか思えない!! 僕なんか宇宙から落ちてきた小隕石が頭に激突して死ねば良いんだ!!
「はあ……」
――フッ、こんなに自分を罵声したのは人類初かもしれないな……フッ。
なんとなく、蟻の観察がしたくなったのはなんでだろう。
「おっ、乙葉ちゃん。今日は大根が美味しいよ!」
「うん〜、でも今日はな〜」
「あいやっ、お代はいらないよ! 持ってけ持ってけ!!」
「ホントに〜? ありがと〜!」
乙葉さんが商店街を歩くと何故か大人気で、10メートルごとに誰かしらが乙葉さんに声をかけていた。ちなみにカバンの中は何も買ってないのに一杯だ。
「ふう〜、お買い物も済んだしもう帰ろうかな〜」
いや、何も買ってませんから……。
「あ、乙葉さん。カバンは僕が持ちますよ」
「そう〜? ありがと〜」
乙葉さんから受け取ったカバンは結構重かった。弓をやってるせいか、腕力には自信があるのだがそれでもかなりの重量だ。これを軽々と振り回していた乙葉さんには凄いという言葉しかない。
「最初は凪ちゃんって感じだったけど、やっぱり凪くんなんだね〜」
……それは、やっぱり男の子、という風に受け取れば良いのだろうか?
「それじゃあ、お家に帰ろう〜」
「そうですね。暗くなってきましたし」
そんなに時間はたっていないと思うけど、もう街灯がつき始めている。葉月ちゃんもきっと夕食を心待ちにしている事だろう。
乙葉さんのご飯は美味しいからなあ――。
スタスタと歩き出す乙葉さんの後に付いて行く。乙葉さんはふんふんふん〜、と楽し気なリズムを口ずさみながら跳ねるように歩いていた。歳を聞かなければ大学生には見えないだろう。
「あれ? 道、違うんじゃないですか?」
「ううん、あってるよ〜」
そうだろうか? 僕はまだこの辺りに詳しくはないけど、こんな道見た事がない。
――って言うか、どんどん住宅街から離れて行ってるような気がする。
疑問に思いながら付いて行くと、乙葉さんが歩みを止めた。
「どうしたんで――」
言葉につまった。だって乙葉さんが止まった場所は墓場だったから。楽しそうだった口をギュッと結び、再び歩き出す。まるで、何かに引き寄せられるように――。
そして――一つのお墓の前で立ち止まった。墓標にはしっかりと朝比奈家の墓と書かれている。
「もしかして……」
「うん、お父さんのお墓なの……」
いつもの雰囲気とはまるで違う乙葉さんがそこには居た。唇を噛んで、何かを堪えるかのようにして――。
「お父さん、葉月ちゃんがまだ赤ん坊の時に病気で死んじゃって。わたしもほとんど記憶がないの」
「同じ、ですね……。僕の母さんも小さい頃に病気で――」
「凪くんもなんだ」
乙葉さんの声は掠れていた。涙を堪えるように雲に覆われた夜空を見上げ、目をとじる。
「葉月ちゃんはね、ここに来る度に泣くの。お父さん、お父さんって言いながら。ほとんど記憶がないのにね」
きっと心の奥底に眠る記憶がそうさせるのだろう。頭ではわからなくても、幼い頃に知った温もりはどこかで覚えているものだ。
「だから新しいお父さんが出来る時、凪くんがくると知った時凄く嬉しかったんだ。葉月ちゃんなんて泣いちゃったしね」
「僕は乙葉さん達が居るなんて聞いてませんでしたよ」
「ふふっ、そうなんだ〜」
口元に手を当ててくすくすと笑みを溢す乙葉さんには、どこか儚さがあった。無理矢理笑っているような、そんな気がしたんだ。
「凪くん」
「はい」
不意に真剣な表情になると、真っ直ぐに僕を見つめる。
「わたしは葉月ちゃんのお姉さんだから、葉月ちゃんが泣いてる前で泣く訳にはいかないの。でも、もうダメかもしれない……」
乙葉さんの瞳から光るものが頬を伝い、ぽたりと地面に落ちた。
「凪くんは男の子だから……任せても良いよね?」
何も言えなかった。声こそあげていないが、溢れ出る涙を何度も何度も拭っていた。
――辛かったんだと思う。必死に我慢して妹の、葉月ちゃんのためにと笑顔を見せて。
だから、僕はただ、力強く頷いたんだ。
「……ありがとう」
堪えられていたのはそれが最後だった。豪快に泣きじゃくり、お父さん、と内に秘めた思いを吐き出していた。
そんな乙葉さんが愛しくて、肩を震わせる乙葉さんの頭を撫でていたんだ。
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