そのよんじゅうに 友達以上恋人未満??
結局、どこに行くのでもなくフラフラと歩き回っていた。来たばかりの頃より、歩調が遅くなっているせいか僕は今川澄さんと寄り添うように歩いている。
少し見上げれば、心なしかうっすらと笑みを浮かべる川澄さんの顔が見えてしまう。それ自体は嬉しいけど、こっ恥ずかしい……。なんかデートしてるみたいだしさ。
「こうして――」
「えっ?」
「こうして、ただ歩くだけというのもよいものですね」
そう言いながら川澄さんは、はにかんだ。真っ直ぐ向いているが、言ってて恥ずかしいのか目が泳いでいた。
でも、僕も同意見だよ。
「うん、そうだね」
いつも何かしらあって、川澄さんとこんな風に歩く機会はなかった。学校に行く時は必ず川澄さんが先導してるし、所詮公私で言う公の姿だ。アレはアレで良いけど、素の表情に勝るものなどない。
「よく三枝とは学校で歩いていたのですが、これはまた違った感覚がします」
「……うん、そうだね」
どうやら彼女もそう思っていてくれたらしい。それがわかっただけでも、ちょっと得した気分だ。
「さっきから同じ事しか言ってませんよ?」
ジト目で僕を睨み付ける。ちょっと拗ねたように唇を尖らせ、そっと指で髪をといた。
「あ、うん。なんか信じられないくらいリラックスしちゃってるみたい」
まるで弓を射った後の、残心のようだ。流れに身を任せ、静かな心を全身で感じる。安らぎが一定のリズムを刻み、目を閉じればふらっと眠ってしまいそうな感覚。
「ふふ、そうですか」
気付いたら、少し外れた自然公園に来ていた。遊具などは一切なく、一面の芝生に小さな丘。それに休むためのベンチと緑に染まる木々があるだけのシンプルな公園。
都会では感じられない緑の香りを胸一杯に吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「行こっか」
返事も聞かずに僕は歩き出した。一々聞く必要無い気がしたんだ。案の定川澄さんはちゃんとついて来てるし、なんとなく川澄さんもそう思ってるんじゃないかって、漠然と思った。
これ、以心伝心っていうんだよね?
公園全体を見渡せるベンチに腰をおろし、大きく深呼吸をする。久しぶりの香りが、田舎の風景を鮮明に映し出した。
川澄さんも僕の隣に座って、緑を眺めている。こんな時ですら彼女は、びしっと背筋を伸ばしている。猫背になってる川澄さんを、想像しろっていう方が難しい。絵の心得がある人が居れば、絶対にこの風景を書きたいと思うはずだ。
それくらい、彼女は緑が似合っていたんだ。
爽やかな風が頬を撫でる。風に乗って流れてくる白百合の香りは、川澄さんからなのだろう。
肩が触れそうで触れないこの距離が、今の僕達の距離感だった。端から見ていた頃よりは、よっぽどマシになったと思う。
始まりは、ただ寂しそうなな横顔が気になっただけだったのに。なんだかんだで弓道を教える事になって。
彼女のことを、良く知るようになって。
いつの間にか好きになってて。
登下校を一緒にするようになって。
旅行に行って。
――僕が、告白紛いのことまでしちゃった。
偶然が重なりに重なって出来た関係。生き物同士の関係なんて、だいたいそんなもんなんだろうけど……僕があそこに居て、彼女があの場に居合わせた。
必然だった、なんてカッコいい事言うつもりはない。でも、良かったと思う。あの場所に居てくれたのが、川澄さんで良かったと思う。
川澄さんじゃない、他の誰かだったら、多分こんな気持ちにはなれなかったはずだから。
「涼しいね?」
「はい。風が心地よいです……」
とくんとくん……と、鼓動が胸を打ち付ける。締め付けられるような痛みじゃなくて、ほんわかとした穏やかな間隔。ゆっくりでもなく、かと言って速くもない。
とくん、とくん――。
本当に眠ってしまいそうだ。
静かにはにかむ川澄さんの横顔を、視界の隅に入れながら、僕は柔らかな吐息を吐いた。
僕らは、空が茜色に染まるまでなんでもない会話をしていた。少し肌寒くなってきた所で、重い腰を持ち上げた。名残惜しい気がしたけど仕方がない。川澄さんには門限があるらしいから。
公園を出てから川澄さんは寂しそうに振り向く。
「また、来ませんか?」
「良いよ、また来よ」
頬を緩ませて僕と肩を並べる。ただの友達でないこの距離に、自然と笑みが溢れた。
「今度は遊園地という場所に行ってみたいのですが」
「え? 川澄さん遊園地行ったことないの?」
「……何か文句でも?」
ギラッと、魔眼が僕を奇襲するがにっこり笑って受け流す。こんな芸当が出来るのは、僕ぐらいなものだろう。僕だってちゃんと成長してるんだ、背はわかんないけど……。
――っていうか、身長が一番成長してもらいたいポイントなんだけどなあ。
ふっ、と苦笑してしまう。
「ううん、僕だってこの間葉月ちゃんと行ったのが初めてだったから」
「……そうですか。葉月と」
川澄さんは、子を想う母親のように目を細めた。切なそうな、複雑な何かが混じった笑みに僕は首をかしげる。
川澄さんって、こんな表情したっけか?
「まあ、メリーゴーランドとジェットコースターしか乗らなかったけどさ」
思い出すだけで、おえっと一発かましてしまいそうだ。あの時は、ジェットコースター乗ってる時にぶちまけなかっただけ、僕は良く頑張ったと思う。
あのスピードでげろげろしてたら……地獄絵図だね、主に後ろの人が。
「あ、着きましたね」
「う、うん……」
いつの間にか駅前まで戻って来ていた。ぞろぞろと駅に入って行く人を見ながら、僕達はぼーっと立ちつくしている。
――離れがたい。まだ、一緒に居たい。
ワガママだとわかっていても、どうしても足が言うことを聞かない。彼女も同じかな? と覗き込むと、何とも言えない微妙な表情をしていた。
「帰らないと、ね」
「はい、門限がありますから」
そうは言っても、お互いに一歩も動こうとはしなかった。次に会う時は、またいつもの不安定な関係に戻ってしまうような予感がしたのだ。彼女もそれは同じらしく、駅を見つめたまま微動だにしない。
「三枝っ」
「な、なにっ?」
突如、切羽詰まったような声で僕と向き合う。ほんのり染まった頬が、僕にも伝染し、顔が熱くなってきた。
「お話が……、あります」
「は、はい」
な、なんだろう? なんか良くわかんないけど、凄くこう……胸が痛い。
「これは三枝に関係あると言えばあるし、無いと言えばありません」
「う、うん?」
ますます訳わからん。あると言えばあって、ないと言えば無いって。なんのこっちゃ?
「わ、わたしは……その」
珍しく言い淀む川澄さんに、僕のドギマギは最高潮に達する。だ、だってこれ、あれみたいじゃん! あれだよあれ、あれれのれ〜なんだよこれは!! ん? あれがこれ? じゃあこれはなんだったっけ?
「わ、わたしは――」
「棗――ッ」
「へっ?」
川澄さんを呼ぶ声に、何故か僕が振り向いてしまう。
「あ、な、何故ここに……」
僕の目に飛び込んできたのは、30代前半くらいの男性だった。黒いベンツのドアが開いているのを見ると、それに乗っていたようだ。
でも、問題はそこじゃなくて――。
「当主様……」
僕の手をギュッと握って、可哀想なくらいガタガタと震える川澄さんだった。
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