そのよんじゅういち らんらんらんでぶー
映画館から出ても、三枝は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせずに、嗚咽を吐いていた。非難めいた視線も、三枝を見て笑う輩も気にせずに素直に自分の感情を表していた。
確かに素直に泣けるのは良いことだとは思うが、流石にこれは気にした方が良いようにも思える。
まあ、それを無くしたら三枝に良い所は残らないが……。
「はふう、なんかめちゃくちゃ感動しちゃったよ」
「……わかりましたから、顔を拭きなさい」
わたしは財布などが入っているポーチからハンカチを取り出す。申し訳なさそうに受け取った三枝はぐしぐしと顔を拭い、ハンカチをついたそれを見て目を見開いた。
「な、なんか僕……ヤバかった?」
「ええ、かなり」
大溜め息と共に、ぼっと顔から火に火がついた。さっきまではあんなに、ある意味では堂々としていたのにキョロキョロと辺りを気にし始めた。彼を見て笑っていた輩は、三枝と視線が交わるとさりげなく且つそっと目をそらす。
「ここここれ、洗って返すね?」
「当然です。そのまま返すなどとぬかしたら……」
「い、良いよっ。それ以上言わなくて!!」
慌ててる三枝は容姿相応に可愛い。普段がふざけてるのか真面目なのか、優しいのは確かだけど幼い顔つきの割には頼りになったりするのだ。わたしとしては、どれか一つにしてほしい。
彼には悪気というものが一切なく、その上普通は避けるような言葉も簡単に言いのける。時には、それ言ってて意味わかってる? と聞きたくなるような内容まであるのだ。
あの旅行の時だってそう。小説で言えばあんなの情熱的な告白シーンなのに、彼が気付いたのは最近と見える。あの時、答えられなかったわたしもどうかしていたけど。
悲しい事実だが、わたしも彼も大切な何かが抜けているのだろう。
――嫌だ、とまでは思わないけど。三枝よりはしっかりしていると思いたい。
「それで? 川澄さんはどこ行きたい?」
「そうですね。時間も時間ですから、お昼をいただきましょうか」
お腹はすいてないが、今の内に行っておかないとタイミングを逃しそうだ。それに、わたしはこの辺りに良く来るが実はどこに何があるなどは知らなかった。
歩きがてら次に行く場所を探すのも良いだろう。
「という訳で、案内なさい」
「ど、どういう訳なのかは知らないけど……。良いよ」
三枝は苦笑しながら、スタスタと先を歩く。わたしはそのお世辞にも大きいとは言えない背中を追った。休日の駅前は人で溢れてかえっていて、混雑というほどでもないが離ればなれになれば見つけだすのは困難だろう。
「川澄さん、何か食べたい物あるっ?」
僕もそんなに詳しくないけどね、と照れ臭そうに笑う。屈託ないニヘへっという笑顔が、太陽に反射して眩しい。
「いえ、全ておまかせします」
だらしなくなりそうな顔を引き締めて、平然を装う。
彼はこくんと頷き、ファーストフードのお店に入った。中に居た客もわたし達と同じなのか、映画話に花を咲かせている。
注文を取りにレジに並び、順番が回ってくると三枝はテキパキと注文を済ませた。
「川澄さんも同じで良いよね?」
「え、ええ」
「今のセット二つでお願いします」
……なんか、男らしい。
初めて三枝が男なんだなあっ、と実感した。
きっと、神様が外見の創りを間違ってしまったんでしょうね。
「ふふっ」
「――?」
不思議そうにわたしを見つめる三枝を余所に、わたしは口元に手を当てて堪えきれない笑みをくすくすともらしていた。
昼食を取った後、僕達は取り敢えず大通りに出る事にした。ハンバーガーを初めて食べると言う川澄さんに驚いたけど、彼女がハンバーガーにかぶりつく姿は想像出来ない。出来ないだけに、小さな口を目一杯開けてはむはむと食べる姿は、凄く可愛らしかった。
時々上目使いに、文句ある? と聞いてきたのは怖かったけどね。
でも、微笑ましいとはこんな光景の事を言うんだろうなあと、妙に納得してしまったんだ。
「それで? 次はどこに行くのですか?」
「えっ? 僕が決めるの?」
何言ってんだコラァッ、て目が語ってるけど僕だってそんなに詳しくはない。故に、映画見てご飯食べて……どうすりゃ良いのでしょうか?
「ど、どこか行きたい場所ない?」
「ありません」
うわあいっ、言い切られちゃった〜!!
さてさて、どうしたものか……。
こんな時、ドラマやら何やらじゃ『君の為にホテルを予約したんだ』とか『僕と一緒にチョメチョメしないかい?』とか『オーシャンビューまでらんでぶー』とか『クレイジーだぜ、おーいえー』とか言うんだろうけど、僕にはそんな甲斐性なっしんぐ。つーか、出来たら僕は僕でなくなる。
そんな言葉が出た日にゃ、どうせ夢オチかドッペルゲンガーオチだろう。
ま、僕のドッペルゲンガーほど役にたたないものはないだろうけどさ。
「またあなたは……。呆けてばかりですね? そんなに退屈ですか? それなら無理にお付き合いいただかなくとも結構ですが」
「いやいやいやいやっ。そんな事ないよっ? 僕だって楽しいってば」
川澄さんと居るのにつまらないなんてのは有り得ない。確かにぼーっとしてばっかりだけど、脳内がバグッちゃったって言うか元々バグッてるって言うか。
そうっ、これはアレだね! 新手の瞑想なんだよ瞑想。脳内迷走じゃなくて、精神統一するための瞑想なんだよ。ちょっぴりおかしいけど、バグッちゃってるんだから仕方ない。
いやあ、脳みそバグッてるのに仕方ないで済ませられる僕は凄いねっ。
「ほらまた。退屈ならそうだと言いなさい。わたしだって……、そんなの嫌です」
「!!!?」
一瞬、誰っ? と思ってしまった僕はダメだろうか?
しおらしいよ川澄さん……。そうだよ、そうなんだよっ。いつも怖いくらい凛としてる川澄さんも好きだけど、時折見せる高校生らしい姿もちょーイイッ!!
銀座の酔っ払いに見せたら、二秒でノックアウト出来る威力を持ってるねコレは。
「そんな事ないって。楽しくない人が笑える訳ないでしょ?」
僕は自分のほっぺをぷにっと指先で突きながら、微笑んでみせた。
「……紛らわしい。あなたはいつもわかりにくいのですっ」
「うん、ごめんね?」
「っ……!!」
彼女は頬を赤らめながら、ぷいっとそっぽを向いてしまった。思わず、可愛いなあと呟いてしまいそうになったのを口に手を当てて、なんとか飲み込む。
「と、とにかく行きますよ!!」
「うん? どこに?」
「………」
僕は今日、川澄さんは魔眼の持ち主なんだと確信した。
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