そのよんじゅう カルガモの親子
「それで、何観るの?」
「そうですね、特にこれと言って決めてきた訳ではないのですが」
トコトコと川澄さんの後を追って、駅前の映画館までやって来た。なんで映画館は駅の近くにあるのに商店街まで来たかは不明だが、川澄さんの考えてる事を僕が計るのは不可能の言えよう。
――いや、バカにしてるんじゃない。
映画のポスターを見ながら、川澄さんが口元に手を当ててむ〜っと声をもらす。ぶつぶつとタイトルを呟きつつ思考を巡らしているようだ。
唇を尖らせながら悩む姿は、グッとくるものがあった。
「川澄さん?」
「お待ちなさい」
「………」
優柔不断、というのではないのだろう。用は、遊ぶ玩具は沢山あるのにどれで遊ぶか悩んでしまって結局手がつけられないのと一緒なのだ。
――あれ? それが優柔不断って言うのか?
「ねえ、どれで悩んでるわけ?」
「――これと、これです」
「………」
川澄さんが指したモノに僕は絶句した。川澄さんが悩んでいたのは誰も見なさそうな、見るからにB級どころじゃないレベルの映画だったのだ。別に見たのではないが、タイトルからしてつまらなそうだった。
一つは『わんわんとにゃんにゃんの百年戦争』。
二足歩行の犬と猫が、互いに白と赤のハチマキを巻いて百年にも渡る大運動会を繰り広げるという、現代のCG技術を無駄に生かした超大作。
「川澄さん、これ面白いかな?」
「何を言っているのです。CGの最新技術を取り入れた映画なのですよ? つまらないはずがないではないですか」
「ま、まあ川澄さんがそれで良いなら僕は何も言わないよ」
ああ、ここに最新技術なんていう言葉に惑わされてる人が一人……。
そしてもう一つは『お母さんと紙飛行機とぼく』。
そうだね、こんなタイトルならあえて一言で纏めてみよう。
――マジですか?
ひたすらほのぼのしてるだけと言われた、ある意味では究極を求めたらしい作品。スタンスは本当に意味もなくほのぼのぼのぼの〜、としていて眠りを誘う魔の映画。
「ね、ねえねえ……これのどこに魅力を感じたか聞いてもいい?」
「タイトルです」
「あ、そう」
きっぱりと言い切った。これでもかと言い切られた。もう、ど〜しようもないねこりゃ。
舌を噛んだ時に「いって、舌噛んじゃったよ」って言っちゃうくらいどうしようもないね。確かにそういう意味では、これも必然だったのかもねっ。フフッ。
ま、僕がどんなにもがいて足掻こうとも、決定権は川澄さんにあるんだし……。
「決めました」
「うん? それで結局何にしたの?」
「これです」
悩んだ末に川澄さんが選んだのは……ワクワクが微塵も感じられないほのぼの映画だった。
「そ、そっか。じゃあチケット買いに行こ」
「はい」
冷静に返事をしたようで、川澄さんな頬は若干緩んでいた。折角の休みなのにこれを見るのはちょっと勿体無いけど、こんな川澄さんを見れたから良しとしよう。
嬉々とする川澄さんを連れて、僕はチケット売り場へと足を運んだ。
昨日、葉月から電話があった。突然の事に驚きはしたが、それ以上に感謝の念で一杯になったのだ。
――葉月は、三枝に告白したらしい。結果はフラれてしまったようだが、そんなのはどうでも良いど怒鳴り散らしていた。
『私は頑張りました。だから今度は棗さんの番です』
そう、彼女はわたしの背中を押すためだけに三枝に告白したのだ。わたしの気持ちは、もうあの日から決まっている。でも、切っ掛けがなかった。彼から伝えられはしたが、わたしがちゃんと伝えられたのかは疑問だったのだ。
だからどんな顔で彼と顔を合わせれば良いか悩んだし、この微妙とも言える関係が煩わしくもあった。
でももう……そんな事を言ってる場合ではない。彼女は前に進み、次はわたしの番だと言う。彼女にとっては恋敵とも言えるわたしにどうしてそこまで出来るのか、わたしには理解出来なかった。出来なかったけど、凄く嬉しかった。
なんで、ここまで人の事を気に掛けてくれるのだろうと。
――なんで、わたしなんかをここまで慕ってくれるのだろうと。
わたしは汚れている。無垢な三枝や葉月とは、別世界と言っても過言ではない。
でも、知らない、わからないとただただ目を瞑っていたわたしを、三枝は好きだと言ってくれた。
それが、偽りのわたしだとしても……。
ずっと、一緒に居てくれると言ってくれた。
「三枝は、許してくれますか?」
気付いたら、そんな事を葉月にこぼしていた。つかの間の安らぎを求め、三枝に向き合うか。それとも――。
『凪さんは海だから。なんでも受け止めてくれますよ』
わたしは隣に座る三枝に視線を移す。最初はあんなにつまらなそうにしていたクセに、今では目から涙がだだ漏れだ。
えぐっ、えぐっと嗚咽を吐き、両手を胸の前で組む姿は女の子そのものだと思う。
開始二十分位からこの状態で、最初は呆れたがここまでくると可愛いものだ。それだけ何気ない日常に感動し、素直に涙を流せるのだから。
人が泣いてるのを見て、笑みが溢れてしまうのも仕方がないだろう。
「――さん」
「……三枝?」
どうしたんだ……?
三枝の様子がいきなりおかしくなった。さっきまではあんなに豪快に泣いていたのに、今は……そう、まるで映画を見てはいない。
――なんなの?
スクリーンに目を向けると『ぼく』の母親が幸せそうに微笑んでるシーンだった。ただ、それだけ。
――そうか、それだけが三枝には辛いのか。
「……母さん」
口をうっすらと開けて肩を震わせる。溢れる涙を拭おうともせずに、暗闇で母を呼ぶ。ぼんやりとスクリーンの光で映し出された三枝の両手は、可哀想なほど震えていた。
母親を知らないわたしにはわからないが、ここまで親愛する母なら相当な人物だったのだろう。
羨ましいとは思わないが、一度会ってみたいとは思う。
「……三枝」
今度はわたしが、一緒に居ると言ってあげたかった。何者も味わえないほどの、彼が与えてくれた分くらいの安らぎを与えてあげたかった。
わたしは自分のためにしか使った事のない、両の手を見つめる。
なんだろう、自分から映画を見ようと言ったくせにまともに見てはいないじゃないか。
何がしたくてここに来たのか、何のためにわざわざ乙葉さんに頼んで三枝をここまで連れて来て貰ったのか。
無意味、とまでは言わないがこのままではまたふりだしに戻ってしまうような気がした。
いつまでたってもスタート地点に居たわたしが、ようやく一歩を踏み出したと言うのに……。
どんなに足掻いたって、ふりだしに戻ってしまうとわかっていて踏み出した一歩だったのに。
――無駄にはしたくない。葉月のためにも、わたしのためにも。
終わりが近いのは重々承知してる。今この場所に来られたのが奇跡みたなものだから。
終わらせたくない。終わってしまうとわかっていても、終わらせたくない……。
もしかしたら、葉月もこんな気持ちだったのかもしれないわね。
助けてほしかった。助けてあげたかった。手をさしのべて、大丈夫だよと笑ってほしかった。
三枝は全部してくれたのに、わたしには……。
――終わらせるしか、無いんだ。
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