そのさんじゅうろく 無垢な少女ほど怖いものはない
――で、僕はここに居ます。
翌日の朝。妙に張り切っている乙葉さんに、文字通り殴り起こされ僕はまた夢の世界へ飛び立つ所だった。どうやら僕と葉月ちゃんが二人で出かけるのが嬉しかったらしく「仲良しさんだね〜」と、もじもじする葉月ちゃんプラスアルファな僕を送り出してくれたのだ。
「凪さんっ、何から乗る?」
いざ、葉月ちゃんと昨日した約束の場所である遊園地についてしまえば、葉月ちゃんはロングスカートをひらひらさせながらはしゃいでいる。
「あ、いや……僕遊園地初めてだから好きなので良いよ」
田舎暮らしはそれなりに辛いのだ。空気もおいしい、野菜もおいしい、水もおいしいと美味尽くしだけど、やっぱり都会に比べれば娯楽施設はやたらと少ない。
……ってか無い。
――でも、これが遊園地かあ。
いやいや、テレビとかで見た事はある。あるが、実際に来てみると予想以上に賑やかな場所だった。四方八方から軽快な音楽が鳴り響き、辺りを見回せば家族連れやらカップルやらが大勢来ている。
中でも目をはるのは、カップルだろう。デートイコール遊園地と確信している僕からすれば、ここはまさに最高の楽園と言えよう。いつか川澄さんとも来てみたいとは思うが……、昨日の反応を見ればわかる通りそれは夢のままで終わりそうだ。
「凪さん?」
「あ、うん? なに?」
「………」
葉月ちゃんはぷくうと頬を膨らませ、僕の腕を掴んでズンズンと一直線に歩いていく。突然の事に驚きつつ、盗み見た横顔からは怒りが滲み出ていた。
「なんでも良いんだよね?」
「う、うん。そう言ったけどコレは……」
「なんでも良いんだよね?」
一つのアトラクションの前で立ち止まった葉月ちゃんは、全く同じトーンで二度同じ言葉を繰り返した。にっこりと微笑んで……。
こ、怖い……。怖いけど、流石に僕だってコレがなんだかはわかるよ?
「で、でもコレ――」
「言ったよね?」
「はい」
ここまでニコニコされたら僕だって逆らわない。ううん、逆らっちゃいけない。川澄さんの怒りが鋭い眼光なら、葉月ちゃんの怒りは笑顔か……。
それでも、それでもコレだけは……メリーゴーランドだけは勘弁してくださいっ。
ファンタジーな音楽を流しながら、小さな子供がキャッキャとはしゃいでいる。
ぼ、僕にアレに乗れと? いや、ナリ的にはギリギリオッケーなんだけどさ、悲しいことに。
葉月ちゃんが乗っても、可愛いですむ。だから外見ではモーマンタイだ。
後はこの指先についた埃程度のプライドを吹き消せば良いのだが、僕はこれでも男、そう簡単には――。
「……嫌かな?」
ふ〜〜〜っ。
「ううん、全然」
怒りの笑顔から一変、泣きそうな葉月ちゃんに僕は一瞬でプライドど吹き飛ばした。うむ、我ながらナイスな判断だ。
「じゃ、じゃあ行こ?」
どこまでもついて行きますっ、と口走ってしまいそうな満面の笑みに、僕は壊れた人形みたいにコクコクと頷いた。
ああ、なんて悪女なんだ葉月ちゃんは……。あまり遺伝してほしくない場所に、乙葉さんの天然が似ちゃって。
怖い、怖いけど……可愛いから許しちゃうよ僕。
列がほとんどなかってせいで、しんなりとメリーゴーランドに乗り込む。
「はい、凪さんはここね」
よりによって葉月ちゃんが選んだのは、一番目立つ外側の白いお馬さん。葉月ちゃんはその前の茶色の馬に乗った。
「僕のプライドよ、去らば……」
いざ行かん、死地へ。我に続く者はみな腐り果てるのだ、わはははは〜。
「わあっ、動いた動いたっ」
チャイムと共にメリーゴーランドがゆっくりと回転を始める。馬が上下に動き、景色が慌ただしく変わっていく。
はあ、僕は17になってメリーゴーランドに乗って居るのか。
身体を支える棒にしがみつきながら、終わりをただひたすら待つ。前にしる葉月ちゃんはと言えば――。
「あはははははっ。すごいすごいっ、回ってるよ〜ッ!!」
もの凄く楽しそうだった――。
メリーゴーランドが二桁を越えた所で、葉月ちゃんはようやくメリーゴーランドを降りた。ちなみに僕のプライドは他界している。
「えへへ、楽しかったね〜」
「あ、うん。そうだね」
嬉々としながら、葉月ちゃんは入場の時に貰ったパンフレットを見ていた。何に乗るかは葉月ちゃんに任せたのだし、メリーゴーランド以上の激戦はもうないだろう。
「凪さん凪さんっ、次はこれなんかどうかな?」
「〜〜っ!!」
パンフレットを持って僕に見せようとした拍子に、肩ぽんっと当たる。ねえねえ、と甘えるような声で葉月ちゃんは僕を見た。少し動かせば鼻先がついてしまいそうな至近距離に顔が熱くなる。
「凪さん……?」
「い、いやっそれで良いよ!!」
僕はパンフレットを見ることもなく、葉月ちゃんから離れるのを最優先事項にした。そうしなければ、どうにかなりそうだったのだ。
「ホントに? じゃあ早く行こうよっ」
葉月ちゃんは僕の腕をがっちりと掴み、ぐいぐいと引っ張る。僕よりも小さなこの手の、どこにこんな力があるのだろうか?
「は、葉月ちゃんっ。ちょっと待って!」
「ほらほらっ、早くはやく〜」
親を引っ張って急かす子供のように、ただひたすら僕の腕を引く。ずっと笑顔なのは大変宜しいが、何ゆえ精神面がピンチなのだ。さっきも言ったけど、葉月ちゃんの笑顔は大変可愛らしく、見てるだけで顔がニヤける。
それだけでもヤバいのに、腕を引かれて早くはやく〜なんて言われた日には……煩悩が炸裂しかねない。
ああ、除夜の鐘が恋しいよ。僕の頭で鐘をならしたいくらい恋しいよ……。
その場合命を賭ける事になるが、それもやむおえない。これも葉月ちゃんのためなのだ。
「あ、あった! コレだよこれこれっ」
葉月ちゃんが指したのは、めちゃくちゃ早いコースターに乗ってうわああああってやるヤツ。簡単に言うとジェットコースターってヤツだ。
僕的には葉月ちゃんならこういうのは乗りそうにないなあっと考えていたのだが、どうやら考えが甘かったみたいだね……。
だがっ、僕がこれに乗る事はない! 何故なら――!!
「葉月ちゃん、これ一杯並んでるけど?」
遊園地に来ている人の40パーセントの人が居るんじゃないかと思わせるほどの、行列。
中にはそこに行列があるのなら!! と野次馬根性で並んでいる人も居るのかもしれない。
「うん? なら並ぼうよ」
さも当然のようにおっしゃいました……。
「……イヤ?」
「行こうっ!!」
僕にはこの無垢な笑顔には勝てません。ごめんなさい川澄さん……、僕は、僕には彼女の笑顔を裏切る事なんて出来ません。
脳内川澄さんに意味のない謝罪をしつつ、僕と葉月ちゃんは行列の最後尾へと足を運んだ。
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