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こびとのる〜る。
作:壱琉



そのさんじゅうさん こびとのこころ




ただ闇雲に山の中を捜したって意味がない。川澄さんの名前を呼ぼうにも、この雨では声も掻き消されてしまうだろう。

不気味なほど風が無く、重たいと感じるくらい大粒の雨が傘に当たる。まだ歩いて十分くらいしかたってないのに、靴はぐちゃぐちゃ、靴下はにちゃにちゃぐちゅぐちゅしてる。気持ち悪いったらありゃしない。

水溜まりなんてレベルじゃないぬかるみが、僕の足をとろうと行き先を邪魔してくる。うっとうしい事この上ないが、こんな泥水に顔からダイブするのも僕は御免だ。

昨日はあんなに気持ちの良い空気だったのに、雨が降ればただただ泥臭いだけだった。

「はあ、はあ、はあ……。川澄さん、どこに、居るんだよ……っ」

レインコートを片手僕はひたすら歩き続ける。どうやら川澄さんは傘を持っていっていないらしい。僕に傘を持ってきてくれた女将さんが、傘の数が減っていない事に気付いたのだ。

この雨を傘も持たずに歩き回るなんてこう言ってはなんだけど、バカとしか言い様がない。ま、本人の前でそんな事口走ればぶん殴られるだろうけどね。

でも、叱ってあげなくちゃ――。

彼女は自分のやった事が正しいか間違ってるかはすぐに理解してくれる。でもそれを、川澄さんのプライドが邪魔して中々謝れないだけなんだ。

僕は知ってる。ううん、僕だけが知ってる彼女の誠実さ。弓道の時だって、僕が怒るとわかっていてわざわざ話してくれたんだ。

真面目で、不器用で、ちょっぴり高飛車で、結構優しくて、凄くカッコ良くて、かなり可愛い。それが僕の知る川澄さんの全てだった。

凄い身勝手な人だけど、それでも構わない。それが彼女で、僕はそんな彼女を好きになったのだから。

「でも、先ずは見つけないと」

今のうちに見付けたらなんて言うか決めておこう。何を言っても一蹴されそうな気がしてならないけど、何か言わないと僕の気がすまない。

女将さんの前では平然を装ってたけど、内心何かあったんじゃないかとビクビクしていた。いや、現在進行形でビクビクしてると思う。

でも、これが好きになるって事なんだろうね。

今まで何人か好きな人はいたけど、こんな感情持った事がない。

もう『好き』なんて言葉じゃ表せない所まで来てるかもしれない。
そう、この気持ちはきっと――。





僕はしばらくただ真っ直ぐ歩き続けていた。辺りに注意を払いながら足を進めていたが、川澄さんが居るような気配はなかった。

と、言うことはやっぱりあそこしかない訳で……。

真っ直ぐ真っ直ぐ歩いていたら、必然的に浜辺へと出る。ここもやっぱり昨日見た海とはまるで違う場所のように思えた。どんよりとした鉛色の空に、雨で濁った海。

ぐちゃぐちゃになった砂浜を踏みしめる度に、嫌な音をたてる。

そして、そんな砂浜にぽつんと立ち尽くす一人の女の子が居た。最初からここに居るだろうとは思ってたけど、やっぱり実際に見つけるとほっとするものだ。

結ってある髪はほどけてしまったのか、ずぶ濡れになって肩にかかっている。ピタッと身体に張り付いた浴衣が目に毒だ。

僕はそっと川澄さんに近寄り、隣に立って空を見上げる。

「何見てるの?」

「……空を、見ていました」

川澄さんは僕が居る事に驚く事もなく、雨音に消されてしまいそうな声で呟いた。

なんだよ、叱ってあげようって思ってたのに……。そんな、そんな寂しそうな声出されたら怒れないじゃないか。

「帰ろう? 風邪ひいちゃうよ」

僕は寒さで震える川澄さんの肩にレインコートをかけて、傘に入れてあげた。

「………」

だが、彼女は力無く首を横に振った。

虚ろな瞳が映すのは、本当に空なのだろうか? どこも見ていない。いや、どこも見たくないといった感じだ。

「わからないのです……」

「? 何が?」

「葉月に言われました。わたしは葉月も、三枝も、わたし自身の気持ちがわかっていないと」

どうして葉月ちゃんとそんな話をしていたのかはわからない。でも、聞いてはいけない気がしたんだ。聞いてしまったら、何かが変わってしまうような……そんな気がした。

「わたしは、わたしだけがわたしがこの世界に居る事を証明してくれると思っていました。だから、周りの事などどうでもよいと思っていました」

ですが……、と言葉を続ける。ふっと振り向いて川澄さんの顔は、雨でびしょ濡れになっていた。でも何故か、僕には彼女が泣いているように見えたんだ。

らしくない――。そんな軽い言葉で片付けてちゃダメなのだ。彼女の表情は至って真剣で、本気で悩んでいる顔だったから。

だから僕は話を聞いてあげるんだ。紅葉さんが、乙葉さんがそうしてくれたように……。

「わたしは、わたしがわからない……。わたしは己の事だけわかっていればよいと、そう思っていたのに。これじゃあわたしは――」

川澄さんは自分の身体を確認するようにぎゅっと肩を抱き締めた。指が見ていて痛いほどくい込み、肩を震わせる。この震えは寒さからきているのか、それとも『自分を見失う恐怖』からきているのか。

自分だけが自分の存在を証明してくれる。それ以上悲しい事がこの世にあるだろうか?

だってそれって、一人ぼっちって事じゃないか。僕は母さんが死んだ時、世界から隔離されたような気がした。でも、僕には父さんが居て、おじいちゃんが居て、おばあちゃんがいた。

だから頑張れたのに……、川澄さんはずっと自分が一人だって思ってて――。

確かに自分を見失う事は怖いと思う。でも彼女にとってのソレはそんなレベルじゃないのだ。自分だけが心の拠り所だったのに、それすら失っったら……。

わからない。川澄さんがどれくらい苦しんでいたかなんて。
でも僕は、僕には――。

「――あ」

気付いたら、頭一つ分大きな川澄さんの肩を必死に背をのばして抱き締めていた。傘を捨て、恥ずかしさを捨てて。

「大丈夫だよ? 川澄さんが川澄さんをわからなくなっても、僕が知ってるから……」

「……三枝?」

背中に回した腕にギュッと力をこめる。込み上げてきた涙を止めようともせずに、頬を伝う。

「僕が、僕だけは君のそばにずっと居るから」

人を失う不安を拭う事が出来るのも、やはり人だけなのだ。どんなに塞ぎこんだって、悩んだって答えは出てこない。

だからこそ人は人を頼り、言葉を紡ぎ、抱き締めてあって温もりを感じる。

生き物なんて所詮、一人じゃ生きていけないのだから。

父さん、おじいちゃんにおばあちゃんが僕の支えになってくれたように、僕が彼女の支えにになってあげれば良い。
――違う、僕がなりたいんだ。この気持ちを知ってから、そうありたいと願い続けてた。

「どうして、三枝が……」

どうして? 今更だよ、そんな事。
そうだ、今ならそんな事と鼻で笑ってやる事が出来る。心の中でフワフワと浮いていた気持ちが、彼女に対する気恥ずかしさや遠慮を生んでいた。

でももう、それもなくなった。パズルのピースがはまったように、僕の気持ちは一つになる。

「僕が君を好きだから――」

それ以上でもそれ以下でもない。好きなものは好きなんだから仕方ないじゃないか。

「僕は君が好きだから――」

今言葉を発している僕も、心の奥底に居る僕も君が好きだと告げている。

「だから、どうでも良いなんて言わないで。僕がずっと側に居るよ」

耳元で嗚咽が聞こえてきた。ひっく、ひっくと何度も繰り返し、その存在を確かめるかのように背中に腕が回された。

嬉しい? そんなものじゃない。もしかさたら母さんが生き返ったってこんなに喜ばないかもしれない。いや、母さんが生き返るなんてあり得ないけど、それくらいあり得ない事じゃないとこの喜びには釣り合わない。

「大丈夫」

苦しいほどに抱き締められ、僕は愛しさに負けて更に強く抱き締めた。普段は強気で凛としている川澄さんの肩は、びっくりするくらい華奢で、子猫のように震えている。

――愛しくて愛しくて、仕方ない。

「――ずっと、一緒だよ」

精一杯の想いを込めて、強く強く抱き寄せる。雨はもう冷たくなかった。

「……はい」

――相手が何を思って何を考えているのかなんてわからない。なら知ろうとすれば良い。
……知ってほしい、知りたい。何もかも、全部全部。そうすればもっと近づけるはずだから。

「ずっと一緒に――」

――静かで、でもはっきりとした力強い言葉が、いつまでも頭に残っていた。




ようやく第一部が終わりました。微妙に中途半端ですが、これ以上進める予定通りならやっかいな事になってしまうのです。前から言っていた通り、一端休憩をとらせていただきます。基本、一つの事に長く集中出来ない質なのですが、ここまでこのペースで書けたのは奇跡みたいなものなのです。あと、かなり皆様の反応が怖いですが、ここまでの感想をくださると幸いです(*^_^*)でわでわww






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