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こびとのる〜る。
作:壱琉



そのさんじゅういち 八月の涙はしんしんと...




翌朝は生憎の雨だった。それも結構激しく降り注ぎ、昨日の晴天が嘘のようだ。じめっとした空気が髪に張り付き、ベタベタしてなんとも気が滅入る。自然の力なのだからどうしようもないのだけれど、それでも嫌なモノは嫌だった。

「はあ、つまんないなあ……」

する事もないので、部屋から絶え間なく降る雨をぼーっと眺めていた。お姉ちゃんは朝起きて雨が降っていると確認した時点で眠りについている。布団から足を投げ出して、男の人には絶対見せられない格好で寝ていた。

凪さんの部屋に行こうかなあ、とも思ったが一人で行く勇気がない。家でだって部屋に入るのは緊張するのに、こんな雰囲気のある所……しかも密室で二人きりなんて、私の脳が沸騰する事間違いなしだ。

「今頃何してるんだろ……」

ひんやりとした窓に手を当てて、はあ〜っと息を吹き掛ける。吐息で曇った窓に指の腹を滑らせた。

「――凪」

字を書き、その隣に葉月と書く。まるでこの雨から守るように傘を描いて、先端にハートを乗せる。

こんなのを書いたのは小学生以来だ。
自分のやった恥ずかしい絵に頬が熱くなるのを感じながらも、この絵を消そうとは思えなかった。これはきっと、好きな人との相合い傘を誰の目にもつかない所にひっそりと書いて、残しておきたいと思う心理と一緒なのだろう。

今さら相合い傘なんてあの頃から全く成長してない証だが、こういうのは成長しない方が良い気がする。

こんなドキドキを味わえるのなら、成長や馴れなんて必要ない。この気持ちがある内はその人の事だけを想っていられるのだから。このドキドキが無くなってしまったら、きっとこの先の人生はつまらないものになってしまうだろう。

「でも、所詮は片思いなんだ……」

凪さんの隣に居るのは確実に私の名前ではない。相合い傘なんてものは自分勝手に過ぎないのだ。相手の想い人を無視して無理矢理自分の名前に書き換える。それを見てニヤニヤしてる人を見掛けたら、私だって引いてしまう。

まあ、今の私がまさにそれなんだけど。

彼を思えば意識せずとも頬が緩む。姿を見れば胸がときめく。声を聞けば心が安らぐ。身体が触れ合えば、想いが増す。

――棗さんもそうなのだろうか? 棗さんが凪さんを好きなのは見ていればわかった。わかったけど、彼女も私と同じなのだろうか。こんな気持ち初めてだし「ああ、これが好きって事なのかあ」と漠然と感じているだけなのだ。

嫌いという感情を理解するまではかなり早いのに、好きという感情はややこしい。何が好きで、どこが好きで、何故あなたを好きになってしまったのか……、そんな事を考えても答えは出てこない。
他者と何が違って好きなのかがわからず、この気持ちが異性としてなのか理解するまでに時間がかかる。

私はまさにそうだったから。この気持ちはずっと兄に向けられたモノだと思っていたから。

私は知ってる。凪さんは強くて脆い人だって。あの夜、お母さんに抱かれて泣きじゃくる凪を知っている。

いろんな角度から凪さんを見て、そこで初めて気付けた感情なのだ。

――じゃあ棗さんは?

ここでやっぱり気になるのは棗さんの存在だった。私とは外見から性格までまるで違うのに、同じ人を好きになった。

棗さんはいつ気付いたのだろう? いや、もしかしたらまだ気付いていないのかもしれない。凪さんと話している時の、穏やかな口調も無意識なのかもしれない。

もしそうなのなら、なんか悔しい。私は無い勇気を振り絞って必死で抵抗してるのに棗さんは気付いてないなんて……。

「棗さんは……」

白くなるほどギュッと拳を作り、袖で傘を消す。

そうだ、聞くしかないじゃないか。どうせいつかぶつかる事になるんだから、それが少し早まるだけの事。

私が凪さんをどう思っているのか、棗さんが凪さんをどう思っているのか。

「大丈夫……、だよね」

意を決して立ち上がり、部屋を後にした。






「棗さん、少し良いですか?」

数回のノックの後、浴衣姿で出てきた棗さんに緊張が高まる。決意したとは言え、やはりなれない事はするものではない。

「はあ? どうぞ」

何故私が来たのかわかっていないような表情だったか、取り敢えずあがらせてもらう。

棗さんは座椅子に座って本を読んでいたらしく、テーブルの上に詩織が挟んである文庫本が置いてある。

「どうぞ」

オロオロと所在無さげにしていると、棗さんが座布団を進めてくれた。私が座布団に座り、棗さんがその向かいに腰をおろす。予めテーブルに置かれていた湯飲みと茶葉、それにお湯で棗さんがお茶をいれてくれた。

「あ、ありがとうございます」

どうにか緊張を落ち着かせようと湯飲みを手に取り、ふうふうと息を吹き掛けた。ずずっとお茶をすすり、身体がほわあっとしてきた所で湯飲みを置く。

「お話があります」

「? はい」

そりゃここまできて何もようがないと言われたら棗さんも困るだろう。棗さんは図上にハテナマークを浮かべながら頷いた。

いざ話そうと思っても中々切り出す事が出来ない。

「………」

湯飲みの中を覗き込むと、お茶に私の情けない顔が映っている。外ではしんしんと雨がふっている。ぽつぽつと屋根や窓に雨粒が当たり、そのテンポに合わせるかのように鼓動がトクトクと胸を打つ。

「……あの、私は」

「はい」

開きかけた口を閉ざし、そしてまた開く。そんな事を繰り返しても、棗さんは何も言わずに私の事を待っていてくれた。

顔を伏せたまま上目に彼女の表情を伺う。いつものように無表情だが、若干疑問を感じているようだ。そりゃこんな事をしてたら誰だって不思議に思うはずだ。

「あの、私は……」

――言え! 言え! 言え! 今言わないともうチャンスは無いかもしれないんだよ?

「私は凪さんが好きですっ!!」

「……は?」

決して見られないだろう間抜けな返事に、私の闘士は更に燃え上がる。一度乗ってしまえばこっちのもの。今なら言いたい事、聞きたい事を全部聞けそうな気がした。

「兄としてではなく、一人の異性として好きです」

「………」

口をあんぐり開けて絶句している姿はなんとも爽快だ。前に凪さんが川澄さんを笑わせた時は凄く気持ち良いと言っていたが、それがなんとなくわかった。

棗さんははっと我に返り、こほんと咳払いをする。

「どうしてそれを私に言うのですか?」

声色、表情は変わってない。変わってないけど、誤魔化しきれていないモノがあった。

――棗さんの、焦点の合っていない目だ。
いつもキリッとしていて鋭い眼光を放つあの瞳が、ゆらゆらとうごめいているのだ。

凪さんに話を聞いて、昨日一日棗さんを見てわかった。この人はどうでも良いことには全く反応を示さないのだ。

「棗さんはどうなんですか?」

「どう……とは?」

「凪さんの事です!」

私はもう一歩も引けない。引いたら敗けだ。私が唯一勝てる可能性があるのはこの気持ちだけだから。

「……どうとも思っていません。ただの友人です」

「ウソだよ!! じゃあなんで私が凪さんの手をとった時私の事を睨んでたんですか?! なんで私が凪さんと二人で泳ぐと聞いた時、悔しそうに寂しそうな顔をしていたんですか!?」

「そんな事、していません……」

だんだんと声のトーンが下がり、最後の方はほとんど掠れて聞こえなかった。

「なんで凪さんに水着姿を誉められた時あんなに嬉しそうにしてたんですか!? なんで、なんで……」

――ズルいよ、凪さんの心を奪っておいてシラを切るなんて……。彼女は一方通行がどれだけ辛いかわかってないんだ。他の人より特別気にかけてもらって、特別優しくしてくれる。それがどれだけ幸せな事がわかってないんだよ。

悔しくて悔しくて、涙が溢れてきた。興奮したせいで熱くなっている頬に涙が伝い、膝の上で握りしめた拳にぽつりと落ちる。

泣いてちゃダメだと思って袖で涙を拭うが、あまり意味がなかった。もともと泣き虫な私には涙を止めるのは難しい事だった。

「棗さんは自分にウソを吐いています。正直に言ってください……。好きなら好きだっ言ってくださいよッ!!」

「わ、わたしは……」

初めて目にするしおらしい棗さんに、心から可愛いと思った。こんな姿を男の子が見たら、一瞬で心を持っていかれるだろう。

「あなたは、私の気持ちを考えた事がありますか……?」

私は臆病で、棗さんが持っているモノを何一つ持っていなくて。それでも必死で凪さんの気を惹こうとしても、彼の瞳に映っているのはいつも棗さんなんだ。

「棗さんは、自分の気持ちを考えた事がありますか……?」

好きなら好きだと言ってほしい。それを凪さんに棗さんが言ってしまったら、それで終わりだけど……でも私だけ告白してふられるよりはマシだ。

これをする事によって、少なくとも凪さんは幸せになれるのだから。

「わたしの、気持ち……」

「ちゃんと考えてみてください。自分の気持ちについて」

――そして、凪さんの気持ちについて。

この恋の終わりは近い。それはわかる。出来れば終わってほしくない。でも、終わらせないと先に進む事が出来ない。

どんな結果になろうとも後悔しないように、私は今を頑張れば良い。

「凪さんは、あなたの事を真剣に考えてくれてますよ」

好きなひとには――幸せになってほしいから。








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