そのに その娘、小心者につき
「三枝凪です。よろしくお願いします」
僕は今、沢山の人の前に立っている。引っ越しから一夜明けて、早速新しい学校が始まった。そして僕は好奇の目にさらされている。
だって、誰もが珍獣を見るような目付きなんだもん。僕だって男の子、恥ずかしいやい!
紺色の真新しいブレザーが窮屈に思えるのはただ着なれていないだけか……、もしくはこの視線がそう思わせているのかは定かではない。
「おう、じゃ、三枝の席は……川澄の隣な」
熊のように大柄な男性教師に促されて窓際から一つ隣の列、一番後ろの席に腰をおろした。
「よ、よろしくね」
そう言いながら、川澄と呼ばれた女生徒に顔を向けて驚愕した。いままで見た事もないくらい綺麗な人だったんだ。
朝比奈姉妹はどちらかと言えば、可愛い部類に入るだろう。だがこの人は違った。まさに、美しいという言葉がぴったりなのだ。
窓から差し込む黒髪が太陽の光でキラキラと輝いている。その髪を、藍色のリボンでポニーテールにしていた。
「………」
彼女はちらっと僕を見て、すぐにそっぽを向いてしまった。
鋭い眼光に一瞬だけ我を忘れたが、はっと現実の世界に帰ってくる。キリッとした、大きな瞳が苛立ち気に僕の身体を貫いたのだ。
もしかして、転校早々に嫌われた?
「おいこら転校生っ」
「は、はいっ」
肩に置かれた手にビクッとしながらも、腰を捻って川澄さんとは逆を見た。
「俺は桑野・アンドロメダ・ルイン・ラブリー・良太一万飛んで二十四世。略して桑野良太だ。よろしくな」
く、くわのあんどろめだ……なんだって?
短髪の男子生徒がにかっと笑いながら、僕の背中をドンドンと叩いた。
「あ、うん。よろしく」
「ちなみにその無愛想なのは川澄棗。いつもそんなだから気にすんなよな?」
「わ、わかった。ありがとう」
気さくな態度に幾分か胸のつっかえが取れたような気がした。
僕は再び川澄さんの方を見る。頬杖をついて窓の外を見る、彼女の横顔が、何故か寂しげに見えたんだ。
授業が始まると、僕は何故かワクワクしていた。さっき桑野君が言っていたんだ。この学校の教師は面白い人ばかりだと――。
僕は、多分人よりは勉強は好きだと思う。何かを知ったり、数式をスラスラ解くのは楽しいからだ。ま、好きなのと勉強が出来るかは別なんだけど。
一つ大変なのは、授業の進み具合。今は女性教師が黒板に数式を書いていってるのだが、さっぱりた。つまり、僕の居た高校より断然進んでいるという事。
あまりにさっぱり過ぎてサッパリ星人が出てきそうだ。
……わかる人にはわかると思う。
助けを求めるべく、桑野君の方を見るが熟睡中の模様――。口から涎を垂らしてニヘへと笑っている。
「はあ……」
僕は恐る恐る反対側を向いた。相変わらず頬杖をついたまま窓の向こうを眺めている。一応ノートは開かれているが、そこには何も書かれていない。
その時、ピクッと肩が動いたかと思えば、突然僕の方を見た。視線が交わると不機嫌そうに眉を潜める。
「……ジロジロ見ないでくれますか?」
彼女は僕にしか聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「ご、ごめんっ」
慌てて顔を背けるが何故か脈が激しくなった。ドクドクと身体中の血液の流れがわかるほどにだ。
しばらくキツイ視線が突き刺さっていたが、ふとそれが途切れる。僕はそ〜っと顔をあげてみると、川澄さんはまた窓の外を見ていた。
変わらぬ、寂しげな横顔を見せながら――。
「どうしたの葉月ちゃん? 朝からずっとニコニコしてるけど……」
「うんっ、昨日お兄ちゃんが出来たんだ」
前の席に座る親友の知里ちゃんが怪訝な表情で私の顔を覗き込んだ。お昼休みの教室には、机を合わせてお弁当を食べる生徒がちらほら居る。
「えっ……? お兄さんって一日で出来るものなの?」
「うん、昨日家に来たの。今度知里ちゃんにも紹介……」
したいけど、出来ないよなあ……。
私はまだ、まともに凪さんと会話した事がなかった。お姉ちゃんに凪さんの事を聞いた時、色々想像したんだ。どんな人かなあって。
やって来たのは私の想像通りの人で――これから楽しくなると思って昨日は眠れなかったくらいなのだ。
それなのに――。
「はあ……」
――まだちゃんとしたお話した事がないなんて。
「ちょっ、今度はどうしたの!?」
「うん〜、ちょっとねえ……」
あまりにも想像通りの人のせいか、恥ずかしくて顔すら見れない。お姉ちゃんはあんなに普通に話しているのに。
今朝だって凪さんは笑顔であいさつしてくれた。なのに私は思わず顔をそむけてしまったんだ。その時、凪さんがどんな顔をしていたかはわからないけど、不快な思いをさせてしまったのは間違いないだろう。
あ、そうだ。知里ちゃんに紹介がてら――。
「ね、ねえ知里ちゃん。これから会いに行かない?」
「葉月のお兄さんに?」
コクンと頷く。
「別にいいよ〜、葉月のお兄さんに会ってもねえ……」
「ダメっ、行くったら行くの!!」
まだ箸をつけていないお弁当箱を直ぐ様しまい、腕を引くようにして強引に立たせる。
「もう、なんなのよ〜!」
「ほらっ、早く早くっ」
知里ちゃんの手を引いて、意気揚々と教室を出た。
「えっと、確か三組だったような……」
「大丈夫? あたしあんまり他学年の教室前うろうろしたくないだけど」
「だ、大丈夫だよっ」
そそ〜っと教室の中を覗くと、後ろの方で一人の男子生徒とお弁当を食べている凪さんの姿を見つけた。
「あ、居たよっ」
「ん、どれどれ……」
「………」
「なんか、パッとしないわね……」
知里ちゃん酷いっ。そりゃ、凪さんは女の子みたいに可愛いし、私と身長もそんなに変わらないけど、凄く優しいんだよ?
「それになんかあたしより可愛い気だしさ」
「それはわかるけど……」
「……葉月、そこはフォローしてよ」
私はドキドキする鼓動を抑えるように胸に手を当てる。なんでこんなにドキドキしてるのかはわからない。もしかしたら緊張してるのかも。
「あ、」
思いを巡らしている刹那、私と凪さんの視線が交わった。凪さんは不思議そうに首をかしげて、パチパチと瞬きをする。
「失礼します――」
「あ、ちょっと待ってよ!」
もうこうなったら自棄だ。勢いに任せてれっつごーだよ!!
「あ、あの……ちょっと良いですか?」
はい、見事に撃沈しました……。どうせ私は小心者ですよっ。
「葉月ちゃん、どうしたの?」
驚きながらも笑顔を見せてくれる凪さんに、心がほわ〜っとしてくる。今朝なんて無視してしまったのに、笑顔を向けてくれた事に胸が弾んだ。
「私の友達がどうしても会いたいって言うから――」
「ちょっと、あたしは……」
「会いたい!! って言うから!!!」
「は、はいっ」
中学の時から仲が良い知里ちゃんには結構強気になれたりする。私自身、かなり人見知りするタイプだからこういう存在はかなり有難い。
「そ、そうなんだ。僕、三枝凪です。よろしくね?」
「あっ、はい。あたしは高岡知里です。よろしくお願いします」
ペコッとお辞儀する知里ちゃんに私は満足気に頷く。やっと今朝の事が謝れる気がした。
チャンスは今だ。ずっと気まずいのは嫌だもん。
「そ、それで――」
「おおい三枝! いつの間にこんな可愛い子と知り合いにッ!?」
――と言いかけた所で、それまで待機していた男の先輩が爆発するように声をあげた。
むうう、邪魔されたあ……。
いや、この先輩が悪い訳ではないと思う。だって話す機会なんて沢山あったのに、知里ちゃんをかいしてじゃないと話せない私がいけないのだから。
「い、いやっ。知り合いって言うかなんて言うか――」
ちらっと流し目に凪さんは私を見た。何かを計るような……そんな視線で。
「家族――かな」
――嬉しかった。凪さんからしたら物凄く素っ気ない態度だったはずなのに、いとも簡単に家族として受け入れて貰った事が。
同時に、今なら真っ直ぐ目を見て話せるような気がしたんだ。
「凪さん」
「ん?」
初めて直接呼ぶ彼の名に心が温かくなる。
「今朝はごめんなさい。あの、私、無視するような態度とっちゃって――」
「え? いいよいいよそんな事。葉月ちゃんって人見知りするんだろうなあって思ってたし」
顔の前で両手を大きく振って、気にしていない事をアピールした。
「はい。本当にごめんなさい」
改めて頭を下げると、慌てたような「あっ、うっ……」と困っているような声がする。きっと、おろおろしているのだろう。
頭を下げていて良かった。謝ってるのに笑顔なんておかしいもんね。
「葉月ちゃん」
「はい?」
突然落ち着いた、柔らかな声色に頭をあげると凪さんは微笑を浮かべていた。
「家族なんだからさ。敬語、やめようよ」
お姉ちゃんを思わせる優しい声に、首が勝手に動く。当然縦にコクコクとだ。
「えへへ、うんっ」
穏やかな空気が私と凪さんを包み込む。お兄ちゃん、と呼べる日はまだまだ先だろうけど、いつかそう呼べる日が来るような気がした。
「おい三枝! 今朝ってどういう事だ!! まさか一緒に住んでるなんて――グフッ!!」
そして、何故か男の先輩は豪快に鼻血を噴き出していたけど……。
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