そのじゅうご これが僕の生き様だ
あれから一週間がたった。僕は相変わらず朝早くから川澄さんの練習に付き合い、授業を受けて放課後も練習。変わらない毎日だが、不思議と充実しているような気がする。
「じゃあ、今日はここまでね」
「はい、ありがとうございました」
こちらも相変わらずの無愛想だが、最近は良く会話を交わすようになった。前はふらっと帰ってしまう事が多かったのに、ちゃんとあいさつをしてくれる。物腰も、何となくだけど柔らかくなったような気がした。
更衣室で着替えを終え、教室へと向かう。いつもより長引いてしまったせいか、時間的に結構ギリギリだ。
「よっ、三枝。危なかったな」
「はあ、ふう……お、おはよう桑野君」
駆け込むかのように教室に入り、席に着くと同時に担任が入ってきたのだ。あまり生きた心地がしない……。
そういえば川澄さんは――?
すぐ隣の席を見ると川澄さんは平然と椅子に座っていた。既に文庫本を取り出し、読みふけっている。
「い、いつの間に……」
――って言うか僕より後に出なかった?
「? なんですか?」
僕の視線に気付いたのか、不意に川澄さんと目が合った。まあ、あれだけジロジロ見てたら誰でも気付くだろう。
「う、ううん! なんでもないよっ」
慌てて顔を反らすと川澄さんが「そうですか――」と寂しそうに呟いた。あまりにもその声が寂しげなモノだったので、二度川澄さんの方を向いてみるが、また文庫本に目を向けていた。
最近はあまり見ない『あの』横顔を感じさせる儚い声。練習中に時々あるんだ。何か言いたそうな表情をしてる時が。僕がそれに気付いて問い掛けても、ふっと目を反らされてあやふやになっている。
聞いて良い事なのかそうじゃないのかわからない、だから聞きそうになったのを何度も口を詰むんできた。
――僕に何か出来ないだろうか?
いつもそればかり考えてきたが、所詮僕は僕だ。今出来るのは精一杯弓を教えてあげる事。
ただ、それだけを頑張って――。
「三枝コラ、コラ三枝!! 無視すんなッ」
「あっ、ご、ごめんっ。何だっけ?」
何度も呼びかけていたらしく、ふうと息を吐いてひらひらと手を振る。
「次、理科の実験だから移動だぜ」
「あ、うん。わかった」
いそいそと教科書を取り出して、席を立つ。
「じゃ、行くか」
「う、うん」
教室を出る寸前に、ちらっ、と川澄さんの様子を伺ってみるが、誰と喋る事なく本を読んでいた。
――やっぱり、だよなあ……。
今まで気付かなかったのが不思議なくらい、川澄さんの周りには誰もいない。あんなに綺麗でしっかりしている人が、何故いつも一人なんだろう?
「三枝、塩酸取って」
「ああ、うん……」
桑野君の声をぼーっと聞きながら、目の前にあった塩酸入りのビーカーを手に取る。
「はい」
いや、ちょっと言うことがキツイけどそれくらいなものだ。ちょっと近寄るなオーラ出してるけど、ちょっと……。
――このちょっとがいけないのだろうか?
「おう、サンキュ――ってよそ見すんなあ!!」
ガシャン!! とガラスが割れる音が教室に響き渡り、中の食塩がテーブルに飛び散った。
「うおお!! 塩酸はヤバい!! 野郎ども早く拭け!!」
「……拭く?」
慌てて塩酸を拭いているのを見て、僕も手近にあった布を掴みテーブルを拭いた。
「なにしとんのじゃオノレは!? 俺の服で拭くなよ!! ダジャレかコンチクショウめ!!」
「えっ?」
僕が手に掴んでいたのは桑野君の服だった。どうやら僕は桑野君の服でテーブルを拭いていたようだ。
「もう良いから、お前は下がってろ!!」
「うん……」
どことなく他人事に思いながら言われた通り下がると、背中に何かがドンッとぶつかる。
「きゃっ!!」
今まさにアルコールランプに火をつけようとしていた女子生徒は、驚きのあまり手元が狂い、ランプが転倒した。その拍子にマッチがランプに火がつく。
「ぐおおお!! 火事だああ!!」
溢れたアルコールに火が燃え移り、炎をあげた。
「何してんだ三枝!! 水、水かけろッ!!」
「わかった……」
テーブルについている水道のホースを握り、蛇口を回す。
「ぶぶぶっ――!!」
「あ、」
ホースの口は桑野君を向いていたらしく、勢い良く噴き出した水が顔面へと直撃した。蛇口は全開に捻ったから相当な威力だろう。
「ば、バカッ。俺に掛けてどうする!? 火に掛けろ火にッ!!」
「うん、わかった」
「キャッ!!」
「ぐおっ!?」
「ひあっ!!?」
狙いを定めるべくゆっくりと振り向いた結果、色々な人が水浸しになっていた。ドボドボと火に水をぶっかけて消火し、残ったのは水浸しになった生徒四人。
――大惨事だねえ。
取りあえずテーブルを拭くため手近な布を掴み、テーブルを拭いた。
「三枝……もう良い。何もするな」
「ふえ?」
僕は自分の手に持つ布が何なのか認識した。
――あ、これ桑野君の服だあ。
「ごめんねえ」
パッと手を放すと、桑野君の怒号が教室に響く。
「確保ォォォ!!!」
ガシッ、と両腕を掴まれ身動きが取れなくなる。まるで犯罪者気分だ。ビバ、犯罪者だ。
「三枝を保険室に連れて行け。今のこいつを野放しにすると、いつか死人が出る」
僕はズルズルと引きずられながら、保険室へと連行された。教室を出る時に、僕の目に写った光景はなんとも異様だった。
――僕、クラス全員のユニオン溜め息見るの初めてかも。
「ごめんなさいッ」
昼休み、僕は地面に額を擦り付けて土下座をしていた。保険室に行った僕は今の今まで寝ていたらしいのだ。そして何故か体操服に着替えている桑野君に、僕がしでかした事を聞き、ジャンピング土下座の決行を決意したんだ。
「はあ、どうしたんだよ? らしくねえぞ?」
恐る恐る顔を上げると、桑野君はひらひらと手を振った。これはもう気にしてないという合図なので、ほっと息を吐く。
「あの、ちょっと考え事を……」
「よし、お前は思考する事を禁ずる」
ひ、酷いっ。それじゃあ僕ほとんど植物状態じゃないか!!
「何も考えるな。無になれ」
「そんな無茶苦茶な――」
「あ? なんか言ったか?」
「いえ、滅相もございません。何とぞ思考だけはご勘弁をば――」
二度額を擦り付ける。
仕方ないんだ。僕が全面的に悪いんだから。こうなったら謝って謝って謝り続けるしか人として生きる道はない。今の時代はビバ、土下座なんだ。そうに決まってる。
「さあて、どうしよっかな〜」
昼休みの間、僕は机でご飯を食べる事を許してもらえなかった……。
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