そのじゅうに 一コマ
「ふあ……もう朝か」
断続的に続く機械音で目が覚めた。まだ睡眠を求める身体にムチ打って起き上がり、パジャマを脱いで制服に袖を通す。
何してんだろ、僕。
まさか自分がこんなに早起きする事になるとは思っていなかった。口は災いの元と言うが、まさにその通りだろう。いや、災いは少し大袈裟かも……。
ポケーッとする頭でそんな事を考えながら、カバンと弓を持って部屋を後にした。
「おはようございます……」
――って誰も居ないか、まだ5時だし。
「おはよ〜」
「………」
おおっと、なんだ今のは?
くるっと回れ右をして今の状況を確認する。
シュタッと手をあげてにこやかに笑う乙葉さんが見えたような気がしたんだ。いつものエプロンを付けて。
「何してるの〜?」
「どわっ?!」
肩に置かれた柔らかい手にビクッと身体が震えた。この声、そして置かれた手からしてやっぱり乙葉さんなのだろう。
「い、いえ……なんでも」
「そう〜?」
「でも何で乙葉さんが? まだ早くないですか?」
昨日、乙葉さん達が帰って来た時に早起きする事は伝えていた。だから僕の朝食はいらないと。
「凪くんの朝ごはん作ってたんだよ〜」
「朝ごはんって……」
良く見ると、テーブルの上な日本の朝ごはんがもくもくと湯気をたてている。すんすん、と鼻をすすれば味噌の香りが鼻をくすぐる。
――これ、僕のために?
「ほらほら、冷めないうちに食べて〜」
「あ、うん」
カバンと弓をソファに置き、椅子に腰をおろす。
「いただきます」
箸を手に取って味噌汁をすする。いつもよりちょっとだけ濃いような気もしたが、美味しい事に変わりはなかった。
「うん、美味しい」
「ん〜、ありがと〜」
にっこりと微笑む乙葉さんにドキマギしながらも、箸を進めていった。
ご飯を食べ、一通りの準備を終えてから僕は家を出た。乙葉さんが見送りをしてくれたのは嬉しかったが、笑顔で手を振られたら僕としては照れ臭い。
学校についたのが6時少し前。着替え終わって道場に入る頃には丁度良い時間だろう。
「おはようございます」
誰に言うでもなくあいさつし、早速更衣室に入って袴に着替える。胸当てをつける必要はないかなとも思ったが、やはり教えるのなら実践しなければならない。
「さて、頑張りますかっ」
ある意味川澄さんより僕の方が頑張らないとね。
無愛想ながらも整った顔を思い出して、ふっと笑みが溢れる。僕は、笑ったら綺麗だろうなあ……なんてぼんやりと思っていた。
「あ、」
更衣室から出ると、彼女がむっと眉を潜めながら腕を組んで仁王立ちしていた。
――なんか悪く事したかな? 時間に遅れた訳でもないし。
「お、おはよう」
「……遅い」
お、遅いって……川澄さんがこの時間を指定したのに。
「で、でも間に合ったし」
「10分前行動は基本です」
ふんっ、と鼻を鳴らし弓と矢を手に取った。なにがなんだかわからないまま、川澄さんは弓を射る。タンッ、と小気味良い音をたてて的に的中した。
「なにを呆けているのですかっ? わたしの指南役ならしっかりなさい」
「は、はいっ」
なんで僕が怒られてるのかわかんないけど、僕が悪いらしい。川澄さんの苛立ち気な表情を見る限りでは全面的に。
「で、どうなのですか?」
「何が?」
「何が……?」
川澄さんの背中から溢れ出る不穏な雰囲気に、膝が笑いそうになった。弓を射る時はあんなに綺麗なのに、普段の鬼モードは健在のご様子。
「い、いやそうだなあ……自分ではどこがダメだと思う?」
「そうですね、射れば射るほど的中率が落ちていく事でしょうか」
ふうん、集中力の持続か。それなら僕も経験した事がある。問題は連続でやる内に、だんだん適当になり一回一回を大切に出来なくなってしまうのだ。
――それなら解決方は一つ。
「なら一回の射に最低五分は時間をかけて」
「五分? 何故ですか?」
「ゆっくり、一回に時間をかけて一本に集中するクセをつけるんだ。僕もこの方法で直したよ」
「なるほど……。それはよい考えですね」
川澄さんはアゴに指を当てて、ふんふんと納得してくれた。自分の意見が認められた事にちょっとした喜びを感じる。
「じゃあ、やってみて」
「はい」
まるでスローモーションを見ているかのように、ゆっくりゆっくりと構えていく。横顔からもわかるほどの真剣な眼差しが、真っ直ぐに的を貫いているのがわかる。
姿勢は相変わらず良い。何が問題かと言われれば特にない。この前見た時より大分上達している。これだけでも努力の色が見えるが、それでも独流のため、荒削りな所は隠しきれない。
――そこを修正してあげるのが僕の役目って事か。
ビュッ、と風を切る音と的に的中する音が朝の道場に響いた。
「うん、そんな感じで続けて」
どうせだから僕もやるかな。
矢を手に取って、ゆったりと構えた。五分間隔は初めての頃こそもどかしいモノがあるが、なれれば次第に穏やかになる。多分、今の僕にとって弓をする時以上に気持ちが静かな時はないだろう。
すっ、と指を放すと吸い込まれるように的に突き刺さった。
「ん? なに?」
何故か川澄さんが僕の方をぼーっと見ていた。
「いえ、なんでも……」
ふう、と大きく息を吐いてゆっくりと弓を構える。
ま、気にするほどの事でもないか。
僕は一点を見つめ続ける川澄さんを、何を考えるでもなくただ見ていた。
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