そのじゅう カワカッコイイ彼女
今日は日曜日……なのだが、何故か僕は学校に居た。私服姿で、背中には長く少しだけしなった棒状の物を担いでいる。多分わかるだろうけど、弓だ。ここらで弓の道場なんて知らないし、そもそも道場の数自体が少ない。
つまり、弓をするなら必然的にここに来る訳で……。
「おはようございますっ」
「あっ、おはようお兄さん!」
袴に着替えた高岡さんが早速駆け寄って来た。葉月ちゃんに頼んで、先に高岡さんに道場を使わせてもらえないか頼んでもらったのだ。
部員と一緒で良ければとの事だが、僕からしてみれば部員でもないのに使わせてもらえるだけでもありがたい。
名前も知らない部員と適当にあいさつを交わして、専用更衣室に入り服を脱ぐ。
やっぱり弓をするなら袴に着替えないとね。
久しぶりに感じる、畳のような香りがなんとも心地良い。いままで何度も感じてきたモノだったのだが、こんなに着なかった時がなかったせいか、やけに懐かしかった。
脱いだ服を丁寧にたたみ、カゴの中に入れておく。
よしっ、と自分に気合いを入れて弓を手に更衣室を後にした。
タンッ、タンッ! という矢が的に突き刺さる音が胸に良く響く。人数が少ないせいなのかはわからないが、ここに居る人達のレベルはかなり高かった。楽し気な会話を交わしながらも、決して射の邪魔はしない。そんな、当然のマナーが出来ているのも好ましい。
キョロキョロしている内に、一人の女子生徒が視界の隅に入った。
「あ、川澄さんも来てたんだ……」
鋭い瞳が見据える的に向かって、弓を射る姿は大和撫子を思わせる雰囲気があった。
――うん、上手くなってる。
的を見る限りではかなり上達していた。それでも……部長にはほど遠い。
元々才能があるのかもしれないが、武道は才能云々よりも積み重ねが大切なんだ。どんなに才能がある人でも、築きあげてきた経験に勝るはずがない。
――ま、そういう人が才能ある人に教えたのなら話は別なんだけど。
川澄さんだって薙刀をやってるんだから、自分がどれだけ無謀な事をしているかはわかっているだろう。それでも戦うという事は……川澄さんの中で譲れないモノがあるからだと思う。
必死に足掻き、努力する姿は何よりも美しいと言うが、その通りだった。
頬に張り付く髪や、射をする度に反動で弾ける汗がなんとも言えない美がある。
僕も負けてられないや――。
自由に使って良いと言われた矢を片手に、川澄さんの隣に立ち静かに弓を引く。何故なのかはわからないが、この瞬間は必ず辺りが静かになったような気がするんだ。
聞こえてくるのは、囁くような風の声と、とくんとくん、という鼓動だけ。でも、これが僕の集中力が高まってる証拠なんだと思う。
余計な事を考えていても大丈夫なほどの、積み重ねからくる無意識の集中。それが僕の身体には叩き込まれていた。
スッ、と手を離すと綺麗な弧を描きながら吸い込まれるように的に突き刺さった。
「ふう……」
二度矢を手に取り、弓を引く。銃を使い手は構えた引金を引く瞬間に当たるかどうかわかるらしいが、僕もそうだった。
射る瞬間には必ずわかるのだ。そして今回の場合は――。
「……的中」
タンッ、という音がするとやっぱり嬉しい。
「お兄さんの射は綺麗ですねえ……」
いつの間にか寄って来た高岡さんが渋々と呟く。
「ん、ありがと」
実はちょっとした自慢だったりする。同好会の時も良く射が綺麗だと言われてたし。ま、僕にはこれくらいしか取り柄がないんだけどね。
「それにすっごく上手ですし……。どうせだから入部したら?」
然り気無い勧誘に苦笑しながらも、首を横に振る。
「いや、遠慮しとくよ」
「ええ〜? どうしてですか? あたしなんかより格段に上手いのに」
不満そうに唇を尖らせて、疑問の視線を僕に向けた。類は友を呼ぶと言うのか……その仕草が葉月ちゃんにそっくりだった。
「僕、大会とか嫌いなんだ……」
「別に無理して大会出なくても良いですよ!?」
「でもさ、変な期待もたせても悪いから」
「……そうですか」
高岡さんはがっくりと肩を落とし、トボトボと他の部員の元へと行ってしまった。
さて、気を取り直してっと――。
とにかく今はこの久しぶりの感覚を堪能しよう。
「ちょっと宜しいですか?」
お昼頃になったので帰りの支度を済ませていざ帰ろうと道場を出た時だった。
「あれ? 川澄さん。どうしたの?」
「あなた、何時から弓を?」
「へ? それを聞くためにわざわざ?」
「良いから黙って質問に答えなさいッ」
そ、それが人にモノを聞く時の態度ですか……。
ちょっぴり意地悪心が出てきたが、川澄さん相手にそれを表にする訳にもいかず、大人しく答える事にした。
「えっと……、忘れた」
「……忘れた?」
「うん、忘れた」
「………」
口をあんぐり開けてぼーっとする川澄さん。あまり見ない彼女の姿に、笑みが溢れる。こんな表情もするんだな、と。
「ま、真面目に答えなさいっ」
しばらくの間を挟んで思い出したように川澄さんが声を荒げる。
うん、やっぱりこの人可愛い。なんだろう……、この苛めて下さいオーラは?
「だって気付いたら弓持ってたし」
「……そんなに幼い頃から?」
僕が縦に首を振ると、川澄さんは顎に指を当てて考え込むような仕草を見せた。
さっきの苛めてオーラから一転して、今度は邪魔するなオーラが漂っている。僕はいつの間にオーラが見えるようになったんだろうと、ぐしぐし目を袖で擦ってみたが、やはり見えてしまうものはどうしようもない。
「ふむ、よいでしょう。あなた――」
「は、はいっ」
突然キリッとした声色に変わったので、びっくりして声が上擦ってしまった。
――なんなんだこの人は? 可愛くなったり凛々しくなったり……。
「あなたにわたしの指南役を命じます」
「……はい?」
指南役? 命ずるって……、僕に!?
川澄さんって、絶対どこかズレてると確信した瞬間だった。
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