第461堀:長き旅の終わり
長き旅の終わり
Side:???
一つ事にとらわれすぎるな、数多の経験こそ、道につながる。
そう言っていた剣を極めた我が師の顔を思いだす。
本人は剣を極めていないなどというが、あれこそ極めたというべきだと私は思う。
あんな、おごり高ぶったただの棒切れを振るうだけの剣の神なぞより、我が師こそ剣の神であると断言できる。
「……長生きはするものだな」
私はそう呟いて、日課の素振りを始める。
最初は竹刀で、そのあと刀を、淀みなく、まっすぐに、自然に、息をするように……。
既に日課というより、私の生命活動と言っていいだろう。
ここでの修練も最後になるだろう。
そう思いながら、それでもただひたすら、素振りを行い、型の練習をする。
もうここに留まる理由がないのだ。
私の目的はもうすぐ達成される。
そして、そこが私の終わりだろう。
恐らくは、これがあのノゴーシュに一太刀浴びせる最後のチャンスだ。
ビュン!?
「む? 雑念が入ったか」
空を切る音が濁った。
私もまだまだだな。
だが、あのノゴーシュにはこれで十分だろう。
わかるのだ。すでに私はあの愚か者を超えていると、だからきっとそれで終わるだろうと。
「責任は取らねばならん。ランクスの勇者殿にも、ウィードのダンジョンマスターにも迷惑をかけた」
結局のところ、今となっては勝手な私怨であり、今いる若者たちの足を引っ張っている事実は何も変わらない。
我が師は使えるものはなんでも使えとは言っていたが、流石に、良ければ助けてやってくれと言われていた同郷の若者たちを利用するのは、私も申し訳なく思う。
なので、せめてこの復讐を終えたらすべてを彼らに譲渡し、沙汰を待つのが私の最後の務めという奴になるだろう。
「……ふぅ。これぐらいでいいだろう」
色々考えを巡らせているうちに、いつもの日課が終わる。
さあ、あとはここを破棄するだけだ。
もうここには戻ってこない。
「まあ、そこまで愛着もないのだがな」
この拠点も複数あるうちの一つに過ぎない。
他のダンジョンは必要な場所以外、回収をして停止し、ただの廃墟となっている。
必要な場所というのは、そのダンジョンを糧にしている街などが管理しているところだ。
ここも未発見で、残しておく意味もない。
「ふふっ。おかしなものだ。ダンジョンマスターの癖に、活動場所が近場の村なのだからな」
ダンジョンを停止して、荷物を担いで、近くにある村に向かう。
そう、ここ20年ほどはこうして、諸国を渡り歩いている。
我が身の安全を考えればダンジョンに引きこもっているのが正しいのだが、私は師の教えに従い、一つの事にとらわれず、多くの経験を積むためにこうして生身で外を歩いて回っている。
無論、最初からこんなことをしていたわけでなく、師にめっきりと鍛えられ、師がいなくなったあともしばらく鍛えて、ようやくということだ。
まあ、数百年引きこもっていてようやくだが。
その長い人生の中のたった20年だったが、外の世界は凄まじいものだった。
師と一緒に外に出た時も衝撃的だったが、自らの足で世界を歩くということの意味を知った。
「こうして、普通に村へ歩くこともしたことがなったな……」
サクサクと雑草を自らの足で踏みしめて進んでいく今の姿と、昔の己を思い出して、少し懐かしく思ってしまう。
まったく、私の父の領地は滅ぼされて当然だったと今なら言える。
外を知らず、内だけを固めても意味がなく、外だけを知って、内を知らないでも意味はない。
必要なのは、必要な時に、己が取れる手段が多くあることだ。
人は完璧にはなれない。
まずは己の無力さを知り、それでなお、進もうとする意志と、多くを学ぶ在り方が重要だと師はよく言っていた。
それを成すには、外に出ろと。
無論、自分の身を守れないのでは意味がないので、必死に鍛錬を続けて、今の私がある。
「あ、おっちゃん。おーい!!」
そんな声が聞こえる先には、村の門で手を振っている少年が一人。
昔の私なら、無礼な!! とか馬鹿なことを言っていたんだろうなと思う。
だが、今の私はそうではない。
「やあ、今日も元気だね。ダヤツ」
「うん。おっちゃんも剣の訓練か?」
「ああ、まだまだだからね」
「おっちゃんの腕でまだまだとか、わけわかんねー」
彼は村に住んでいる子供で、私とよく話す。
まあ、よくある話で、彼は三男で家を継げないので、将来は冒険者でも目指して村を出るとのこと。
それで、剣を学ぶために私とよく一緒に訓練をしている。
無論、外に出るような訓練はまだなので、いつもこんな感じで村の門で待っているのだ。
子供のころの私より素直なので、将来が楽しみだ。
きっと師もこういう気持ちで弟子を育てていたのだろうなと思う。
「いつ、俺も外の訓練に連れて行ってくれんだ?」
「まだ先だな。しばらくは基礎を大事にしないといけない」
「ちぇー、わかったよ。前みたいなのはごめんだしなー」
ダヤツも数か月前に自分の腕を過信して、一人で森へ行って魔物に襲われ、そこを慌てて探しに来た私が助けたのだ。
この時ばかりはダンジョンマスターの能力を持っていてよかったと思った。
助けたあとはちゃんと叱ったが、それもダヤツには必要な経験だろう。
私もそういう無茶はしたものだ。
誰もが通るべき道、という奴だろう。
「じゃ、今日もいつも通りか。なら早く訓練終わらせようぜ。そして朝飯たべよう」
「……ああ、そうだな」
そうか、ダヤツへの指導も、もう終わりか。
この村も私の多くある鍛錬場所の一つでしかない。
長生きするうえで問題なのは、私が不老な点だ。
エルフならよかったのだが、人族なので、どうも怪しまれる、ダンジョンマスターであるという事実もあるので、一つ所に長居できなかったのだ。
この村も、つい二年ほど前に居ついただけだ。
来るべき日の為の、訓練場所として、長く続くかと思っていたが、幸か不幸か、あっさり終わってしまったな。
「なんかいったか? おっちゃん?」
「いや。さあ、訓練を始めようか。朝ごはんに間に合わない」
「おう」
そうして二人で一緒に木剣を振るう。
ダヤツに教えているのは剣であって、師の刀術ではない。
刀術は私にとっての切り札なので、ダヤツには悪いが教えていない。
まあ、剣術はもともと教わっていたし、師にも教わったので、それなりに教えられていると思っている。
そんなことを考えていると、ダヤツとの最後の訓練が終わる。
最後だからと言って、少なめにしたり多くしたりもしていない。
……これでいい。
ダヤツの家に行って、いつもと同じように朝食をお世話になる。
ああ、流石に、ただ飯ぐらいというわけではない。
近くの魔物や山菜を採ってきて提供している。
「さーて、飯も食ったし、ダヤツ、畑に行くぞ」
「わかってるって、とうちゃん」
そういって席を立とうとする二人を呼び止める。
「どうしたんだ?」
「お。もしかして今日から外か!?」
「バカいえ。お前みたいな足手まといを連れて行くわけねぇだろう」
「そうだな。おじさんの言う通り、そういうわけではないよ」
「ちぇー。じゃ、なんだよ?」
そう聞いてくる、ダヤツに剣をそっと差し出す。
「え? 剣?」
「ああ。今から私は旅に戻る。もう、ダヤツに教えることはできない」
「は? はぁぁぁーー!? ちょ、ちょっとまてよ!! な、なんで……」
そういって騒いでいたダヤツに拳骨が落ちる。
「だまってろい。で、あんちゃん。本当なんだな?」
「はい。今までお世話になりました」
「……そうか。当然だよな。あんちゃんは旅人。俺たちは村人だ。いつかこんな日が来るとは思っていた」
「いきなりで、申し訳ないのですが。決めましたので」
「気にするなよ。あんちゃんには今まで世話になったんだ。村を魔物から助けてもらったり、ダヤツのバカに手をかけてくれたりな」
「ということで、代わりと言っては何ですが、剣をおじさんに預けます。ダヤツが一人前になったと思ったときに渡してください」
ダヤツに差し出していた剣をすっとおじさんの方へ向ける。
「はぁぁぁー!? 俺に直接くれよ!?」
「だまってろ!! あんちゃんの言う通り、お前にはまだはえぇ!! で、村の皆には?」
「いえ、名残惜しくなるので、なにも言わずに出て行きます。ダヤツとおじさんにはそうはいきませんので」
「そうか、なら俺たちはいつもの通り畑仕事にいくか」
「はぁ!? 見送りは!?」
「ばっかやろう!! だまってついてこい!!」
そういっておじさんは剣を腰に佩いて、鍬を手に持ちいつものように畑仕事にでる。
……いい家族だ。
母親は私が来た時点ですでに亡くなっていて、よく男手一つで育てたものだ。
……さあ、私もいつものように、最後の旅に戻るとしよう。
そう、旅は旅だがこれが最後の旅だ。
かつて、ノゴーシュに領土を奪われ、民を奪われ、家族を殺され、ダンジョンマスターになり、その力をもってしても、奴には敵わず、途方に暮れていたとき、ノゴーシュを剣一本で叩きのめしたと言う、本物の英雄と出会った。
我が師である、カミイズミノブツナ。
私は当時、頼み込んだ。
ノゴーシュを殺してくれと。
しかし、彼は私の事情を聞いて、私自身が強くなれと言ってきた。
既に、自分はノゴーシュの器は見たし、因縁もなく、誰かに使われるのは面白くないし、私の為にもならないと。
敵を討つのであれば、最も効果的なことをするべきだと言って。
『お主が剣で、ノゴーシュを超え、切ればよい。それ以上の敵討ちはあるまいて』
確かに、それができればどれだけいいかと思った。
しかしそれができないから、ダンジョンマスターになり、魔物を送り続けていたと反論したものだ。
『……ふむ。少し、怒りや恨みで本質が見えておらんな。よかろう。ここで会ったのも何かの縁。しばらく軍略や新陰流を教えてやるとするか。わしも、ちょっと海を渡るすべを探しているところだしな』
そんな感じで、私は彼の弟子となり、多くを学び、我がダンジョンの一部をビッツというものを知らぬ姫に渡し、そのままノゴーシュと手を組ませることに成功した。
これで、奴の本拠地は押さえ、あとはどうやって奴を公衆の面前でたたっきるかと思っていたのだが、ウィードのダンジョンマスターが妙手を使ってきた。
恐らく、各国の王から聞いたのだろう。
我が師、カミイズミノブツナの名をつかってノゴーシュを誘い出したのだ。
弟子との決闘という私にとってはこれ以上ないぐらいの舞台だ。
迷惑をかけた彼らに謝れもするし、私が築いたものも渡せる。
まあ、私の存在は彼らにとっては、予想外だろうが、私が出ていくことによって、確実性が増すだろう。
「私としては、師とランクスの勇者殿を引き合わせたかったのだが……」
聞く限り、ランクスの勇者殿は日本人である可能性が高い。
我が師と同郷の人物だ。
人柄もよさそうだし、我が師も喜んでくれるとは思ったのだが……。
「海の向こうへ行ってしまったのだからしかたないな」
……あの人は本当にすごい人物だった。
私に色々教授してくる傍ら、海を渡る方法といって、水面を歩く歩法を編み出したのだから。
本人曰く……。
『片足が沈む前に、もう片方を踏み出す。簡単な理屈だったな』
うん。無理です。
海の大型の魔物も危険だといったのだが、一刀両断してしまっては、止める手段が存在しなかった。
「……微妙な気分になったが、気を引き締めねば。ノゴーシュをこの手で討ち取る絶好のチャンスなのだから」
そして、私はランクスが布告した処刑場へと急ぐ。
旅人ではなく、修行者でもなく、かつてノゴーシュに滅ぼされたちっぽけな領主の息子。
「アーウィンが、その首、叩き落としてくれる」
ということで、ノゴーシュは最初から敵がたくさんというわけでした。
ビッツも哀れというべきか、しかし、童子切の件があるのは結構わからないです。
上杉謙信の件はちゃんとあとで話がありますので、それまで我慢で。
そして、上泉信綱というのはユキたちの友達レベルのバグキャラですので気にしない方がいいレベル。
進、鷹矢、真の字>>>友達たち>>>>>その他 ぐらいなんで。
也の字ことユキはこの全員の繋ぎができる人物であり、いろいろ教えてもらっているので番外の立ち位置となります。