第456堀:これは好機とみる人々
これは好機とみる人々
Side:ビッツ
私はあまりの内容に言葉も出ませんでした。
だってそうでしょう?
まさか、世界の女神となる私の祝福を受けた、真の勇者たるレイがあのタイキに捕縛されるなど誰が考えるでしょうか。
しかも、まだ5日とそこらです。
敵地の鎮圧で忙しく、こちらへの連絡が遅れているのかと思えば、まさかあの軍勢が全滅して、レイが捕縛され処刑されるというのです。
なぜそのようなことを知っているのかと言えば、わざわざ、早馬で剣の国へ連絡が来たのです。
『貴国で匿ってもらったというレイの証言から、そちらにビッツがいることが示唆された。ビッツは我が国に多大な被害を与えた罪人であり、早急な引き渡しを求めたる。場所はレイの処刑場所予定の剣の国より程近い両国の国境にある村で行う。なお、ビッツの素性を知らないということも考慮して、素直に引き渡せば今回のことは追及や賠償を要求しない。尚、処刑執行はカミイズミの弟子が行うものであり、怖いのであれば連絡されたし、考慮する』
そういう内容が、ノゴーシュ様の元へ届けられたのです。
これは、私が売られる可能性がある?
あからさまに罠です。
正直、すぐに身をひるがえして逃げたかったのですが、ノゴーシュ様に背中を見せればすぐに切り捨てられるでしょう。
馬鹿でもわかります。
それほど、剣の神は強いのです。
だから、ここは何とか知らぬ存ぜぬで通してもらい、レイを見捨てる方向にもっていくしかないですわ。
きっと彼は真の勇者ではなかった。
それだけです。
確かに、私以外の女にも手を出していましたし、よく考えると世界の女神たる私にはふさわしくありません。
これはきっと、本物の真なる勇者を見つけ出せという天命なのでしょう。
私がそう方針を考えて、説得しようと思ったときに、沈黙していたノゴーシュ様が声を出しました。
「これは、思わぬチャンスではないか!!」
「はい?」
意外な言葉に私は意味が分かりませんでした。
「わからぬか? 奴らは、あの程度の敵を倒せて優位に立ったと思っている。確かに私とビッツ姫だけならば危険だろうが、国境の近くの村というのがあだになったな。魔物を適当に放って乱戦にしてやればいい。そして、私は憎いノブツナの弟子を切り捨て、本人も斬り捨てる。その過程でレイもたすけだせばよいし、タイキという奴も倒せばいい」
そうですわ。
確かに、ノゴーシュ様の言う通り。
今の私たちは以前とは比較にならない強さを手に入れているのです。
「ビッツ姫もその刀が騒いでいるのだろう? そういう意味でも都合がいい。自分の技量を試す時だ」
「……なるほど。私自ら、タイキを斬れということですわね。このヒメヅルイチモンジで!!」
「うむ。私が多少手ほどきしたが、おそらく今のビッツ姫は剣の国有数の使い手だ。その刀が剣才を上げているのだろう」
そういうことですか。
確かに、ドウジギリにあのような魅了を持っていたのですから、私の刀にもそういう力があってもおかしくありませんわね。
正直、ノゴーシュ様には手ほどきという感じで、そこまで強くなった気はしないのですが、すでにの域に達しているとは思いませんでしたわ。
これなら、もう勇者は必要ないのかしら?
私自ら、世界を導く戦女神であり万能の女神を目指すということも視野に入れてよさそうですわね。
「なにより。大義は我らにある」
「そのとおりですわ。ノゴーシュ様!! 大義は私たちにありますわ!!」
私がそう叫んだ時、何かが……。
『……大義。我に義あり』
そう呟いた気がした。
しかし、そこの短い呟きにものすごい力強さを感じて、思わず体が固まる。
「さて、細かい作戦を立てるとしようではないか。ランクスの奴らは、私たちを誘き出し、ビッツ姫をとらえ、私を決闘で下す気でいる。その油断をついて……。大丈夫か、ビッツ姫」
「あ、いえ。大丈夫です。ちょっと、疲れが」
「そうか。……無理な訓練が祟ったのかもしれんな。ビッツ姫が思ったよりもよい動きをするので、私も少々大人げなかったな」
「いえ。処刑日までは時間がありますし、まずは作戦をしっかりと立てましょう。そのあとでゆっくり休んで、当日を迎えればよいのです」
「わかった。ならば、話し合いを続けよう。だが、無理するな。お互い、国の主なのだからな」
「ええ。お気遣い感謝いたしますわ」
それからは、特に問題もなく、にっくきタイキやランクスを叩きのめす作戦を立て、時が過ぎてゆく。
ああ、レイは、まあ助けてあげましょう。
あんまり使えないけど、それでも私に付き従ってくれたのですから。
「そうですわ。私たちが出かけるのですから、そこを狙ってDP回収のために、冒険者ギルドを襲わせてはどうでしょうか?」
「それはいいな。私たちが強いとはいえ、DPが多いに越したことはない。私たちが留守の間に、冒険者たちに追い立てられたあの魔物がギルドを強襲、攫ってダンジョンで始末することが堂々とできるな」
「ノゴーシュ様がいては、あの魔物を建前上追いかけなくてはいけませんからね」
「流石に逃がすというのはできないからな。そういう意味でも好都合だ」
こうして私たちの作戦は、さらに完全なものに近づいていくのでした。
『……京の大鬼。この毘沙門天の化身が源頼光に成り代わり、滅してくれる』
Side:ユキ
世の中、予定通りに進むことは稀である。
それはよく聞く。
しかし、予定通りに物事が進みすぎるのも逆に困るというのが分かった。
なにせ……。
「えーっと、なんだって?」
『だから、今、出立したんだよ。堂々と、ノゴーシュとビッツが』
そんなアホな報告がモーブからこちらに届いていた。
「霧華」
『……私も確かに確認しました。是非、頭の中身を伺いたい気持ちでいっぱいですが』
間違いであってほしかった。
なぜか、ノゴーシュとビッツ姫が普通にレイの処刑場に向けてきているとの報告が上がったのだ。
霧華の言う通り、お前らの頭の中はどうなっているんだよ。
お花畑で一杯なのか? なあ?
「おそらくあれでしょう? 勝てると思っているんじゃないかしら?」
「どういうことだよ?」
俺と一緒に報告を聞いていたセラリアはそんなことを言い出した。
「ほら、国境近くの村でしょう? しかも、決闘が前提。ビッツ姫を引き渡せとこちらが言っても、あっちはランクスが悪かったといえば、ビッツ姫の引き渡しを無理に要求もできない。レイのことは最悪斬り捨てでかまわないし、妄言を吐いているといえば今回の件を否定できる。処刑場に来たのはそういう弁明をして世間を納得させるとともに、ビッツ姫の引き渡しを堂々と断るため。決闘で勝てもしないのに、ビッツ姫を奪おうとすれば外聞が悪いわ」
「そういう考え方もできるのか」
確かに、そういう理屈で来れば無理強いはできない。
無理に動けばランクスの立場も確かに悪くなる。
「でも、それは捕まれば終わりじゃね?」
「そうね。捕縛されればそれまでよね。そもそも村全体が全員ランクスの兵士なんだから、噂を広げる人間が存在しないわね。元からノゴーシュやビッツに迷惑こうむっていたのだから。でも、そこをどうにかできれば一気に逆転できるとも考えるわよね?」
「そりゃな。一応、ランクスの王様であるタイキ君とかいるしな」
理解はできるが、それはばくちだ。
そういうのをやるのは物語の中だけで結構である。
俺がそんなことを考えていると、タイキ君も何かを思いついたのか、口を開く。
「ああ、なるほど。決闘に集中している間に。ビッツの方が何か動くってことですかね?」
「そうね。国境を利用して、適当に魔物でもこちらに放ってくるかもしれないわね」
「いや、それも織り込み済みだろ? 外周はジョンたちが囲むから内からも外からも身動きができないぞ? 無論、ワイバーンとか空飛び系もだ」
銃器の前ではその程度の飛翔生物は的でしかない。
そんなことを言って、セラリアを見ると、半目でこちらをにらんできた。
「普通はそこまでしないのよ。というかできないの。あなたの頭の中がおかしいということをよく理解しなさい」
ひどい!?
セラリアが俺のことおかしいって言ってきた。
助けを求めるように護衛のサマンサとクリーナに目をやるが、セラリアに同調するようにうなずいているので、味方はいない。
「正直なはなし、ここまで考えて堂々と来ているなら、ビッツは思ったよりも侮れないわね。昔は頭を働かせる方向が間違っていたけれど、戦わなければいけない状況に置かれて、良くも悪くも才能が発揮されてきたわね。ダンジョンを利用した奇襲戦を思いつきつつあるわ。早急にビッツは捕らえる必要があるわね」
それは同意。
面倒になる前に終わらせたい。
「まあ、いろいろな意味で意外ではあったが、こっちとしては好機だろう」
そういうのはタイゾウさんだ。
「これで、一網打尽にできる。剣の国にいる霧華殿やスティーブ君たちが城とダンジョンを捜索するのにこれ以上に都合のいい状況はない。相手の後方をふさいで、こっちもノゴーシュとビッツを捕らえる。そうすれば終わりだ」
タイゾウさんの言う通り、意外ではあったが、好都合なことには変わりがない。
文字通り一網打尽にするいいチャンスだ。
「そして、公衆の面前で、バカを叩きのめし、己の未熟をしらしめる」
刀を握りしめながらタイゾウさんはそう呟く。
ああ、そっちが本命ですよねー。タイゾウさんにとっては。
既に負けるという話は上がっていない。
タイゾウさんの今までにない怒りからくる迫力に意見をいえないのだ。
正直な話、負けるとも思ってはいないのだが。
「ま、まあ、そこはいいとして、相手の狙いがある程度わかってきましたし、そこらへんを考慮して、処刑日の周りの警備配置の見直しをしましょう。確実に終わらせるために」
「そうだな。彼奴等を完膚なきまでに叩きのめすのだ」
タイゾウさんのヤル気は変わらずそのままタイキ君と警備の話をしている。
「……ねえ。私としては、今回一番の失敗は、タイゾウを怒らせたことだと思うのだけれど?」
「……俺もそう思う」
「あの人。本当に研究者?って言いたくなるほどの剣の腕前なのよね。二の太刀いらずの示現流……。あれおかしいわよ。全然受けられる気がしないのよ」
セラリアの言う通り、タイゾウさんの腕前はかなり高い。
スキル的には5を超えて7と出ている。
5で上限じゃないのかとルナに聞いたら「変人の集まりの地球と一緒にするんじゃないわよ」と言われた。
何たることか、地球は変人の集まりだった!?
というのは冗談で、その道を求める求道者がこちらの世界とは段違いで多いそうだ。
レベルやスキルという概念がなく、ただあるのは、鍛錬のみ。
頂を知らぬがゆえに、ただひたすら極め続けるのが原因ではないかとルナが言っていた。
まあ、わからなくもない。
レベル、スキルが目に見えているからこそ、わかりやすい指針になるのであって、それがないのなら、自分が納得いくまでやるしかない。
例えば、雲を斬るとか、水を切るとか、滝を割るとか、そういうことを刀でやろうとするのは日本人特有らしい。
まあ、雷切りって刀もあるくらいだしな。
いや、雷切りは実際は別の意味だっけ?
そんなことがあって、スキルに換算すると地球人は枠外になることが多々あるのだそうだ。
と言っても、剣術スキル無限という上泉信綱がいるので7なんて数字はまだマシである。
そういう感じで、バトルジャンキーのセラリアもタイゾウさんと手合わせしたが、未だ純粋な剣術で勝ったことはない。
魔術や、ナールジアさんの武具を使えば勝てるが、それはセラリアにとっては負けと同じなので、絶対実力で勝つと決めているらしい。
わざわざ、タイゾウさんの魔術、スキル無効化フィールドの中でやるぐらいだから、その決意がどれほど固いかわかるだろう。
「ま、タイゾウさんの心配はいいとして、こっちも霧華やスティーブ、モーブたちと打ち合わせしないとな」
「そっちは任せたわ」
「はいよ」
この場はセラリアに任せて、俺はノゴーシュ達の去った城とダンジョンの掌握作戦を立てるべく、戻るのであった。
脳筋からさらなる脳筋へ。
すべてぶっ飛ばせばいいじゃないという素晴らしい回答。
そして、困惑するユキ。
世の中本当にわかんねえよな。
Gジェネで90%の攻撃を外して30%の攻撃を食らった時のあのくやしさ!!