第437堀:裏方の様子と魔女の狙い
裏方の様子と魔女の狙い
Side:ユキ
『護衛目標の魔術国への到着を確認しました。現状とくに動きはありません。引き続き予定通りに行動します』
「了解」
そんな通信とともに、目の前には門をくぐるタイゾウさんたちをとらえた映像が映っている。
「特に問題はなさそうじゃな。てっきり、妾は何か妨害があるとおもっておったぞ」
そんなことを言って、バリバリと煎餅を食べているのはデリーユだ。
確かに、ロシュールの親父に頼んで、魔術国へ俺たちが来ることは知っているから、道中の妨害はともかく、何かしら警戒を強めて門を抜けるのに時間がかかるかなーと思っていたがそれもなかった。
というか、コールから聞こえる内容を聞けばちゃんと対応をしているようで、宿も予約してあるみたいだし、普通の使者の扱いだった。
「何を考えてるんでしょうねー?」
「不思議ですね。あれだけのことを裏でしておいて、なんでここまで表向きはおとなしいのでしょうか?」
ラッツとルルアはこの対応の意味が分からず首を傾げている。
俺自身もよくわからん。
ロシュールを挑発していたのに、なんでロシュール経由の俺たちウィードの訪問は普通に受け入れるのか?
最初から、普通に拒否した方がやりやすいはずなんだよな。
とりあえず、ちゃんと使者を送ろうとしたという建前が欲しかっただけなのだが、OKされたのだから、仕方なく、使者としていくことになった。
3大国の長たちには最初からこっそり忍び込んで、叩き潰しますなんて言うといろいろと警戒されるので、正面から堂々と、という風に言って断られたから仕方なく、こっそりやることになったと言おうと思ったのにご破算になった。
「想像でしかありませんが、おそらくファイデ様の何かしらの成果と考えたのでは?」
「……ん。納得。それなら、この対応も頷ける。もともと、降伏勧告に来てたつもりだし」
あー、そっち?
俺たちが降伏すると思って素直に入れたわけ?
そうだとしたら、なぜこの国はいまだ存続しているのか不思議なくらいの頭お花畑だぞ。
なんかまともに考えると疲れそうな相手だな。
「……ま、そこの真意は会って話せばわかるだろうし、こっちはこっちでほかの準備だな」
俺はそういってスティーブの方を呼び出す。
『はいはい。護衛部隊の方は配置完了してるっすよ。あとは指示次第でいつでも行けるっすよ』
「とりあえず、スティーブからの報告を聞きたい。どうだ? スティーブたちの侵入に気が付いた様子とかはあるか?」
『いやー、今のところはないっすね。泳がされている感じもしないっすし、とりあえずは魔力隠蔽とステルスはうまく機能していると思うっすよ』
「そうか。なら情報の収集を予定通り頼む」
『了解。これよりS班は情報収集にいくっす』
とりあえず、問題は何もないか……。
相変わらず、予定通りに進みすぎるのも考え物だよなー。
「そういえばユキよ。ほかのところへの準備はどうなっているんじゃ?」
「あ、そういえばほかの2国もすぐに動けるように準備するとか言っていましたねー」
デリーユとラッツが思い出したように言う。
「ああ、そっちもちゃんと進んでるぞ。まず次に警戒するべきは、ファイデから聞いた、ノノアと組んでいるノゴーシュ、剣の国の方だな。そっちは、適任がいるんでそっちに準備を進めてもらっている」
「……適任?」
「あ、シェーラとタイキさんですね」
カヤは首を傾げたがトーリは察しがついて当たりを言った。
「トーリの言う通り。剣の国の方はガルツの管轄で、そしてタイキ君がいるランクスともかかわりが深い。あと、モーブが剣の国出身だから、そのメンバーを中心にいつでも動けるようにしている。霧華たちもそっちだな。今回はいろいろ手が足らないから」
「なるほどのう」
「そういうことですか」
あと詳しくいうのであれば、タイキ君にはダンジョンマスターの関係で敵が攻勢に出た場合、近くの国なので被害がでることは想像が簡単につく。
だから、タイキ君はランクスの防衛増強もしているんだよな。
流石にランクスの国防に口出すわけにもいかないし、タイキ君が主導でやらないといけないんだよな。
ほかの国への連絡とかもシェーラと一緒に行っているので、クソ忙しいというわけだ。
モーブはどこかのプロジェクトなんたらで出身地が剣の国ってことがわかってたから、先に剣の国へ戻っている途中だ。無論、相棒のライヤとカースもついて行っている。
緊急連絡要員として霧華もいるから、対応が遅れすぎるということもないだろう。
「獣神の方はファイデとの話には出てなかったけど、つながりがないとは言い切れないし、ルルアとアルシュテールのコンビで準備を進めているってところだ。戦力的にはリテアが一番少ないな。もともと、リリーシュを神としている国だから、喧嘩を売るにしても最後になるんじゃないかという判断もある」
「ん。理屈はわかる」
「そうですわね。今のところ、向こうがリリーシュ様に接触してきたのはまともにぶつかりたくないからというニュアンスも含まれていましたし、妥当なところだと思いますわ」
獣神の国の方はなんというか保守的、内向的すぎてウィードとのつながりがほぼない。
なので、交渉や情報収集はリテアに任せるしかない。
そんな風にほかの進捗状況を話している間に、スティーブから再び報告が届く。
『定時連絡。王都内に入ってから小一時間ほどっすけど。特に護衛目標に対する監視などはあるように見えないっす。ノノアがいると思われる城にも特に動きはなし、おいらたちのことにもやはり気が付いた様子はないっすね』
「了解。ダンジョンの入り口とかはどうだ?」
『その発見にはいたってないっす。ダンジョン特有の魔力の流れを感じないっすから、大将と同じように、城そのものをダンジョン化して、ダンジョン特有の魔力の流れを分散して、ごまかしていると思うっすよ』
あー、魔王城攻略の時に、通気口の沢山ある城をダンジョン化することによって相手が魔力の変化に気付かないようにしたな。
その手段を相手もまねているってことか……。いや、向こうはこちらのことはそこまで知らないし、自分たちでそのことに気が付いたってことか。
案外バカじゃないのかもな。
『指示があれば城の方へ探索に行ってみるっすけど、どうするっすか? 無論、ばれるリスクはあるっすよ』
「……予定通りに、様子をうかがう感じで、深くは探らないようにして行ってみてくれ」
『了解っす。こっちも予定通りに選抜のメンバーで侵入するっす』
先に侵入したのが万が一ばれると、タイゾウさんの交渉ができなくなる可能性があるが、これは安全に確認のためでもある。
スティーブたちの侵入に気が付くのなら、ダンジョン掌握はかなり難しいことになると予想が立てられるから、逃げ優先で注意を払うことができるし、侵入に気が付かなければ、ダンジョン掌握をしやすいということになる。
露払い、石橋を叩いて渡るようなものだ。
わざと見逃されているという可能性も無くはないが、それでやられるなら、そこまでの技術力を擁しているということでもあり、向こうの傘下に入っても問題はない。
まあ、こっちの安全を保障してもらう必要はあるけどな。
『これから侵入するっす。予定通りコールは音源だけつないでおくっすから記録願います』
「了解。記録開始する」
本来ならコールは魔力の流れでばれることを警戒しなければいけないが、今回は相手の力量を測る目的もあるので、わざと流しているのである。
気が付かれればすぐに撤退すればいいし、こっちの手の者という証拠はない。
わざとつついて様子を見てみるという奴だ。
まあ、多少タイゾウさんの交渉に問題が生じる可能性があるが、それよりも命が優先だ。
交渉の時に俺たちのことを怪しんでいるのであればあからさまに周りを固めてくるだろうし、それはそれでわかりやすいから、タイゾウさんの安全確保にもつながる。
ノーブルの時とは違って、ドッペルという、身内の安全が確保されているわけではない。
生身であるタイゾウさんの命は絶対守らなければいけない。
そうしないとヒフィーが離反しそうだし、こちらとしてもタイゾウさんを失うようなことはしたくない。
『サクッ……』
そんな音がコールから聞こえてくる。
緊張の一瞬だ。
おそらくは城壁から城内にある草が生えているところへ着地したのだろう。
その音はほんの小さな音ではあるが、俺たちがいる会議室は静まりかえっているので、やけに大きく聞こえる。
特にばれた様子はなく、移動を開始したのか、見回りの兵士と思しき複数の音が聞こえたり、遠ざかったりしている。
時折、兵士やメイドの会話が聞こえてくるから、結構窓際の近くを通っているみたいだな。
そんなことをしばらく繰り返して、スティーブから再び連絡がくる。
『こちらスティーブ。城を一周してきたっす。特にこちらに気が付いた様子はないっすね。城内侵入はいけると思うっす』
「……よし、危険だと思うが頼む。城内の優先目標はダンジョンへの出入り口が第一、ノノア本人の様子を探ることが第二。あわよくばダンジョンマスターの発見が第三だが……」
『了解。予定通りってことっすね。……ま、ダンジョンマスターのほうはどんな容姿かもわからないのに発見するのは厳しそうっすけどね』
スティーブはそんな返事をした後、今度は城内に潜入したのか無音の状態が続く。
第一目標のダンジョンへの入り口はゲートでもない限り、地下と相場が決まっているから、捜索場所が絞らている分探しやすい。
まあ、わざわざダンジョンでなく警備がしにくい城内にゲートを設置しているというのはなかなかないとは思うが。
それからはしばらく、先ほどと同じように、兵士の歩く音や、メイドの雑談などが先ほどよりも明確に聞こえてくる。
その内容は特に重要な物でなく、今日は忙しかったのだの、飯でも食べに行かないかとかそういう話ばかりだ。
スティーブの言う通り、こちらの潜入に気が付いた様子はないな。
普通の日常といった感じが繰り広げられている。
そのあとは何も音が聞こえなくなり、おそらく、ダンジョンの入り口を探しに地下の方へ行っているのだろう。
しばらく無音の状態が続いて、スティーブから連絡が入る。
『こちらスティーブ。状況を報告。おいらの感覚がおかしくなっていないのなら、地下にダンジョンは存在せず。特有の魔力濃度が感知できないっす。魔力感知器の方もダンジョンの規定濃度に達していないっす。まだ地下の捜索をしてみるっすか? それとも城の上階の調査に切り替えるっすか?』
どういうことだ?
ダンジョンが見つからない?
知らない技術で隠しているのか?
……駄目だ。全然情報が足らん。深追いするのは禁物だな。
「了解。ダンジョン捜索は切り上げて、上階の調査に切り替えてくれ」
『了解っす』
見つからんものは仕方ない。
調査している時間も限られていることだし、ほかの方に切り替える方がいい。
そう思って自分を納得させていると、スティーブが新たな何かの会話をとらえている。
『よかったです。ノノア様。これでようやくウィードとの繋がりができるというわけですね』
『そうね。何事もなく無事についてくれて助かったわ。明日の交渉の席の準備は任せるわ』
『はっ、お任せください!! さっそく準備に取り掛かります!!』
『ええ。頼んだわ』
そんな会話のあと、扉が開く音がして、人が近くを通り過ぎる音が聞こえる。
おそらくは準備と言っていた人が出て行ったのだろう。
で、その相手は聞き間違いでなければ、ノノアか。
『よし。これでノゴーシュより先に接触できたわね。ファイデに交渉を持ちかけるならノゴーシュより私の方にと言っていたのが功を奏したわね。まあ、ノゴーシュはバカだから、降伏勧告の詳しい内容は任せるとか丸投げだったけど。おかげで、私のところにもダンジョンマスターが転がり込んできた。これでユキ?とかいう奴を好待遇で配下に加えるといえば、こっちに付くだろうし、ノゴーシュと組んでいる理由もなくなるわね。あとは適当に情報でも流して、一気にノゴーシュとダンジョンマスターを潰せば私の一人勝ちね。ゴータの方はしょせん獣だし、どうにでもなるでしょう。とりあえず、この時点で私の勝ちが決まったわ』
……。
はっ、あまりのお花畑の内容に言葉もなかったわ。
ノノアの大敗北決定の瞬間だよ。
「スティーブ。撤退してよし。あの言葉が真実かどうかは一番近くで聞いてるお前の方がわかるだろう」
『……了解。撤退するっす』
「そのあとは念のための護衛増強を、こっちはさっきの話をまとめて、タイゾウさんに連絡する」
『ういーっす』
あらら、やる気が一気になくなってるな。
俺も今までの緊張がなくなってるので、あんまり変わらんが。
「……ユキ。つまりタイゾウたちに妨害がなかったのは」
デリーユはなんか馬鹿らしいという感じの目をしてこちらに聞いてくる。
「こっちと手を組むためのご機嫌取りみたいなもんだな。予想通り、こっちが降伏すると思っているみたいだし」
「まあ、よくよく考えれば、ダンジョンマスターが神様たち一人に付き一人いるわけでもないですし、どちらかが独占しているってのは当然ですよねー。それで、ダンジョンマスターを囲っていないノノアはお兄さんを秘密裏に手に入れたかったと……」
「ラッツの言う通りだと思うな。向こうも一枚岩ではないんだろうさ」
「その後を見据えてというのは、ちゃんとしたものの考え方ですが……」
「……ん。この神様は前提がいろいろと間違っていることに気が付いていない」
サマンサの言う通り、今後の戦略を考えて動くというのは問題ない。
そんな未来のビジョンがなければ前に進めないから。
だが、クリーナの言う通り、前提がいろいろと間違っている。
なんでここまでの齟齬が出ているのかはしらないが、なぜか自分が優位と思っているし、おそらくはノノアの方もダンジョンマスターのことを詳しく知らないんだろうな。
これがノノアを倒す大義名分のためのノゴーシュやダンジョンマスターの策というには、何か微妙だしな……。
まあ、わかっているのは、この魔術国にはダンジョンがなく、明日の交渉は予定より楽に終わりそうだなってこと。
「ちょっとまて、このバカらしい真実をタイゾウさんに説明するの、おれ?」
「……ユキならできる」
「ユキさんならできますよ」
カヤとトーリはそういうが、いやー、きっついだろう。
あ、録音してたからそれを聞かせればいいのか。
タイゾウさんが頭痛を訴えそうだが、仕方がない。