第413堀:まあ、そうなるよな
まあ、そうなるよな
Side:ヴィリア
「よーし、はりきっていくわよー!!」
「おー!!」
私は不安です。
不安でたまりません。
なぜこんな精神状態かというと、私たちはいま、あるお仕事を受けて、この場にいるからです。
そのお仕事というのは……。
「ウィードを脅かす悪者を見つけて、やっつけるわよ!!」
「おーー!!」
「違いますからね!! 私たちがやるのは情報収集です。あと、表向きは清掃員ですから、そんなことを言っちゃだめです」
そう、ラビリスちゃんや、フィーリアちゃんに紹介された、情報収集のお仕事なのです。
最初はその名誉あるお仕事を紹介してもらいうれしくありましたが、本番が近づくにつれて、安請け合いをしてしまったと後悔をしています。
ドレッサはもともと貴族だと言っていましたし、こういった街の平穏、治安を維持することに携われるのは内心うれしいのでしょう。ものすごく張り切っています。
同じくヒイロもお兄様のお手伝いができると張り切っています。
それは私も同じなのですが、お仕事の内容はあくまでも情報収集で、表向きは清掃活動なのです。
ポーニ署長からは、なにか見つけても警察やお兄様たちへの連絡を最優先にしてくれと言われています。
絶対に自分たちだけで解決しようとしないでくださいと、何度も注意を受けました。
ですが、張り切っているこの二人には……。
「私たちがウィードの平和を守るのよ!!」
「悪者、やっつける!!」
……ポーニ署長の言葉は頭の中から抜け落ちているのは明白です。
幸いというか不幸というべきか、私が二人と一緒なので即座に暴走ということはないでしょうが、……心配です。
「二人とも、何度も言いますけど、表向きは清掃活動ですからね」
「わかってるわよ」
「わかってる」
「はぁ。まあいいです。とりあえず、冒険者ギルドに向かいますよ」
「「はーい」」
そんな一抹の不安を残しつつも、今回の情報収集に協力してくれる冒険者ギルドの方へ向かいます。
私たちはそこで清掃活動のクエストを受け、名実ともに清掃員としての立場を手に入れて、お仕事をしつつ、情報収集をするという手はずになるそうです。
ガヤガヤ、ワイワイ……。
朝の冒険者ギルドは騒がしいです。
普段私たちは午前中の授業が終わってから、社会活動の一環として、冒険者ギルドにきますので、本業で冒険者をやっている方たちと大量に顔を合わせることはありません。
朝の騒がしいのが嫌いで、のんびりお昼から仕事を探しに来る人や、お休みで情報を集めている人たちに会うぐらいです。
ですが、今回はポーニ署長やラビリスやシェーラからのお願いなので、朝からお仕事を受けに来たのです。
「すごく人がいるわね」
「冒険者、いっぱい」
2人も普段は見かけない大量の冒険者たちに驚いているようです。
「本当に多いですね。でも、これじゃどこに並んでも時間がかかりそうですね」
依頼を受けようにも、この混雑では時間がかかります。冒険者ギルドに言われた約束の時間には間に合っているのですが、依頼の受理に時間がとられそうです。
もうちょっと、時間に余裕をもって来るべきでしたでしょうか?
一旦、二階のギルドマスターの執務室へ行くべきでしょうか?
そうすればロックさんやキナさんに会えるので、来ていることは報告できるはずです。
「……到着していることだけは言わないとまずいですね。2人とも、執務室の方へいきますよ」
「そうね。それがいいわ」
「わかった」
そうして、二階に行こうとしたときに声がかかります。
「おい。子供の遊び場じゃねーんだぞ」
最初はそんな声でした。
特に侮蔑が混じっている感じではなく、純粋に間違えて入ってきたのをたしなめるような感じでした。
だから、やんわりと断りを入れて上に上がるつもりだったのですが……。
「ああ。お前ら、小遣い稼ぎのガキどもか」
私たちのことを知っている冒険者がいたのでしょう、そんなことを言う人がでてきます。
「ん? 小遣い? なんだそれ?」
「お前は来たばかりだったな。ここじゃな、あんなガキどもに仕事をあっせんして、小遣い稼ぎをやらせているんだよ。まったく、これじゃ冒険者の質が下がっちまうぜ」
「そうか? 別に悪い話には聞こえないが……」
「悪いんだよ。ただのごみ処理とか、老人どもの手伝いとか、そんなのばかりだぜ? ただの使用人だぜ。俺たちは冒険するから冒険者なんだ、あんなのと同じに見られるのは迷惑だぜ。ほら、さっさと帰んな。朝は本物の冒険者たちで忙しいんだ。小遣い稼ぎは昼にこい。そういうルールだろ」
「……」
話を聞かされた人はどういっていいものか困ってしまっていて、説明をした男は私たちが邪魔だと言ってきます。
……非常に腹立たしいですが、こういう輩は冒険者ギルドではよくいます。
おそらくは説明した冒険者もあまりウィードに来て長くはないのでしょう。
本当の意味で、私たちの存在を正しく認識しているのなら、こういうことは言わないのですから。
「あんた……」
「……はらたつ」
「お、やるのか? お前らみたいなお小遣い稼ぎをしている偽物とは違って、本物の冒険者相手に」
そして、その侮辱に耐えられるほど、2人は我慢強くありません。
しかし、この状況を収めようにも、ギルドの職員は人ごみの遥か向こう。
なんとかこの場は私が抑えるしかありません。
「2人とも……」
「受けて立つわよ!!」
「ぼっこぼこにしてやる」
「はっ!! これだからガキは駄目なんだ。実力もわからないで勇み足。お前らには本物は早え。それを教えてやるよ。ったく、こんなルールを作ったやつはバカだろう。俺たちが一苦労だ」
……は? 誰がバカですって?
私は憤慨しているドレッサとヒイロの肩に手を置きます。
「なによ、ヴィリア。こいつに言いたいほうだ……ひっ!?」
「……ヴィリ姉。怖い」
「……な、なんだよ。そんな顔しても、本物には早えぞ」
「未熟なのは承知です。それを教えてくれるのでしょう? 私たちにはよい経験です。本物の冒険者の実力を見せてください。申し訳ないですが、あなたが審判をお願いできますか?」
「あ、ああ……」
そういうことで私たちは訓練場で模擬戦をすることになりました。
……本来であれば、私は止める立場なのですが、お兄様のことをバカにされてはそうもいきません。
未熟なのは先も言っての通り百も承知です。
しかし、せめてこの人に私たちもお小遣い稼ぎのつもりでやっているわけではないと示さなくてはいけません。
そうしないと、この制度を作ってくれたお兄様にもうしわけが立ちません。
訓練場の方にたどり着き振り返ると、なぜか二人の冒険者以外にもたくさんの冒険者の方々が集まっていました。
「なにが始まるんだ?」
「ああ、あの子供たちと、あっちのやつが試合するらしいぜ」
「マジかよ。大人げねー」
「ちょ……、あの子たち……」
なるほど。野次馬のようですね。
それもまあいいでしょう。
これからの仕事の都合上、何度も訪れるのですし、いい証人であり抑止力になってくれるでしょう。
「本当にいいのか?」
「かまいません」
「へっ、気にするんじゃねーよ。そういうガキは気を使うだけ無駄だ。俺にまかしときな」
「……しかし」
「心配するな。このガキたちに大けがなんてさせねーよ。代表やギルドマスターたちと敵対しかねないからな。適度に仕置きするだけだ」
「……わかった。ルールはいつもの通りだ。訓練用の武器での試合。有効な攻撃の判定やその他審判の判断には従うように」
「わかりました」
「文句ないぜ」
「では、3対1の変則ではあるが、魔物や盗賊相手を想定して……」
と、いけない。
この審判役の人は私たちに気を使って3対1にしてくれるようですが、そういう気遣いは無用です。
「いえ。試合は……」
「1対1に決まっているでしょう。ボコボコにしてあげるわ」
「……ぼこぼこにする」
「いや、それは……」
「はっ、いいんじゃねえか。徹底的に冒険者ってやつを教えてやるよ」
「まあ、加減もしやすいか。わかった。では君たちの方からは、最初にだれがいく?」
「私よ。このドレッサが行くわ!!」
そういって、ドレッサが前に出ていきます。
……よく考えれば、ドレッサはここでボコボコにされる方が後で自重してくれそうなんで、相手の方には頑張ってもらいたいですね。
「元気のいい嬢ちゃんが最初か。ま、お前みたいな奴を最初に下せばほかの2人もあきらめるかね」
「いってなさい。大勢の前で恥をかかせてやるわ」
そう罵り合って、お互い片手剣を構えます。
ドレッサは片手剣のみ。相手の方は片手剣と盾という防御重視の装備です。
「これだ。盾を持たないとか、何も考えていない証拠だ」
確かに、盾を持てる余裕があるのに、盾を使わないというのはその分、防御が落ちて危険ではあります。
「審判。早く合図。こいつに斬りかかれないでしょう」
「気にするんじゃねえよ。こういうガキは痛い目を見た方がいいんだよ」
審判の方は仕方ないという表情をした後、腕を振り上げて……。
「……始め!!」
試合が開始されました。
ドレッサは迷わず、相手に突っ込みます。
「バカだろお前」
相手の方はそういって、盾をドレッサへと出し、防御の体勢をとります。
おそらくは盾で受けたあと、そのまま押し込んだり、剣との連携をするつもりなのでしょうが……。
ドンッ!!
「うおっ!?」
剣を受けるつもりだったのがいけませんでした。
ドレッサはそのまま盾に体当たりをして完全に相手のバランスを崩し上体をのけぞり、無防備になった相手の足へ向かって剣をふるいます。
バギッ!!
「ギャッ!?」
いやな音がして、相手はそのまま倒れ、ドレッサが迷わず追撃して、顔に剣を突き付けます。
「そこまで。だれか、治療魔術を使えるやつはいるか」
すぐに審判がドレッサの勝利を認め、見物人から治癒魔術を使える人を呼んで相手の方を治療します。
「てめぇ」
治療が終わった相手の方はドレッサをにらみつけました。
「せめて、受け流すぐらいはするかと思ったんだけど、まさか受け止めてくれるとは思わなかったわ。なに、マゾなの? 盾ってしっかり構えると足が無防備になりやすいってしらないわけ? 盾に密着されると、自分の武器が振るえないって知らなかったの? 剣だからまだよかったものの、メイスとかだったらもうどうしようもないわよ。半端な盾は持たない方がましよ。あんたみたいに油断する原因になるんだから」
ドレッサの言う通り、盾というのは基本的に受け流すもので、重装タイプでない限り盾で完全に受け止めるという真似はしません。
言っての通り、武器などの攻撃は受け止められますが、体格が違うとはいえ同じ人である突進を止めるというのはかなり至難の業なのです。
大盾でがっしりと構えているならともかく、相手の方が持っているのはラウンドシールドという片腕を覆うのがやっとというタイプの盾です。
おそらくは、私たちをガキと言っていましたし、油断をしていたのでしょう。
「てめぇ」
「あら、何かしら? こんなガキのタックルを受け止め損ねて、足をたたかれて倒れちゃった冒険者さん?」
「上等だ!! もう一度だ!! 今度は手加減しねえ!!」
「なに? 余裕で倒せるんじゃないかったの?」
「うるせえ!! 審判もう一度だ!!」
「きゃんきゃんうるさいから、もう一度相手にしてもいいわよ。ちゃんと、あと二人の相手ができるように手加減をしてあげる」
「なめるな!!」
ドレッサの挑発に引っかかった相手は審判の合図を待たず、ドレッサに斬りかかりますが、それをスルっと躱して、すれ違いざまに胴に一撃を叩き込みます。
「なにっ!?」
「あら、ごめんなさい。まさかまともに当たるとは思わなかったわ。モーブたち相手には一度も当たらなかったから」
「……モーブだと? それはあのモーブか?」
「あのモーブってなによ? モーブって名前多いの?」
ドレッサは首をかしげながら、私を見てきます。
「いえ、モーブさんは一人だけだと思いますよ。守りの英雄のことですよね?」
「そうだ。その英雄モーブがなんで嬢ちゃんの口から出てくる。稽古をつけてもらっているような口ぶりだったが」
なるほど。
本当にこの人はウィードの冒険者区にいるだけなのですね。
私はそのことを言おうと思ったとき、人ごみが割れて、中からキナさん。副ギルドマスターがでてきます。
「はぁ、そんなことも知らなかったのね。この子たちを学校で教えているのはモーブさんたちだよ。その中でもこの子たちは選りすぐり。今日は、私たちの方から朝に来てもらうように頼んだの。なんか、騒がしいなーと思ったらこんなことになってるし……。あんた、多少注意のつもりだったんだろうけど、そういう注意事項は最初から私たちがやってるの!! 試験もしてるし、下手に口ださないように!!」
「でも、こんなガキが……」
「あー、もう。ヒイロ」
「なに?」
「一発得意な魔術を見せてやって」
「おーけー」
キナさんに乞われて、ヒイロは無詠唱でファイアーバレットを連射します。
これはファイアーボールを改造したもので、スティーブたちが持っている銃の弾丸をまねて、ヒイロが独自に作ったものです。
瞬く間に、鉄の鎧を着こんだ案山子が穴だらけになります。
「「「……」」」
それを見た冒険者たちは茫然としています。
なぜでしょう? そこまで難しいものではないはずですけど。
ヒイロみたいに連射はできませんが、私も数発程度なら撃てますし、学校の冒険者志望で魔術が使える子たちは基本的にできるものです。
「このヒイロの師匠というか、教えているのは、カースさん。そして、そっちの槍を持っているヴィリアはライヤさんから」
「どうも」
紹介されたので挨拶だけはしておきます。
「見てわかっただろうけど、基本的なスペックはもう冒険者でいうところの、ランク6ぐらいはあるはずよ。まあ、経験が足らないし、若いから、安全にっていう方針なの。あ、間違っても、使えるからって子供たちを普通の冒険者のチーム勧誘しないでよ。ぶっ殺すからね」
キナさんがそういうと、冒険者の皆さんは首をがくがくと振って、それを確認したキナさんはこちらに振り返ります。
「ごめんねー。これでこいつらも懲りると思うから。じゃ、上に行こうか」
「あ、はい」
「わかったわ」
「はーい」
そういうことで、多少トラブルはあったものの、執務室の方へ向かうのでした。
……あれ? そういえば私の実力を見せる場面はどうなったのでしょうか?
学校では優秀な成績を収めているヴィリアやヒイロ。そして、モーブたちから特別に指導をうけているドレッサの実力はこんなもん。
あ、ヴィリアとヒイロはユキ仕込みだから、もっとえげつない。
ヴィリアの実力はまた後日。
とりあえず、お仕事へ。