第406堀:井戸端会議はすごい
井戸端会議はすごい
Side: ユキ
井戸端会議という言葉が日本にはある。
かつて、長屋と呼ばれた集合住宅にある共同の井戸に集まり、水汲みや洗濯などをしながら世間話や噂話に興じた主婦同士さまをからかって言った言葉だ。
現代でいうのであれば、町内会の集まりだったり、公園や、電話やインターネットのチャットみたいなものだ。
現代の情報社会においても、こういった情報源というのはあながち馬鹿にできない。
暇といっては悪いかもしれないが、主婦業に専念している主婦の方々の噂はとんでもない。
自分たちに関係のない、テレビの向こう側の話ならともかく、自分たちの身の回りの話はかなり正確だったりするのだ。
俺も、日本で普通に社会人をやっていたころは、同じアパートに住んでいたおばあちゃんにいろいろ世話になったのだが、的確に俺がいる時間に尋ねてくるのだ。
なぜだろうと、不意に思ってそれを聞いたのだが「家にいるときといないときは結構音とか、電気でわかるのよ」と言われた。
確かに、特に居留守をつかうわけでもないから、物音と電気の明かりさえ見ていればいついるかはわかるだろう。
しかし、俺一人の生活をしっかり見ていないと、そういう判断はできないはずだ。
だが、おばあちゃんは「主婦なんて家事をやったらあとはのんびりだから、いろいろ気になっちゃうのよ」とのこと。
……家政婦は見た。というのは、結構あることなのだろう。
確かに、俺が学生の頃も、なぜか親に今日はどこどこにいたとか、悪戯してたのがばれて怒られるということはあった。
たぶん、ママ友とか地域の人に教えてもらったのだろう。
恐るべし、井戸端会議のパワーである。
「あ、ユキさんたち。いらっしゃいませー」
ということで、俺たちが冒険者ギルドの次に訪れたのは、スーパーラッツ3号店である。
幸い、店長のナナが店前で掃除をしていたので探す必要はなかった。
相変わらず、コヴィルと同じ妖精族でよく店長なんかやっていると思う。
逆に妖精族だから絡まれづらいってのもあるかもな。
いや、コヴィルよりは確実に人当たりがいいから、そういう意味ではナイスな判断とも言えなくはないのだろうが。
というか、コヴィルはよくあれで、妖精族代表をやっているな。いや、ナールジアさんがいないときだけだけどさ。
「やっほー。ナナちゃん」
「おかわりなさそうで安心しました」
「リーアさんもジェシカさんも元気そうでなによりです。クリーナさんやサマンサさんもウィードでの暮らしになれましたか?」
「……ん。ナナとかいろいろな人に良くしてもらっているから大丈夫」
「お気遣い感謝いたしますわ。おかげさまで、快適に過ごせていますわ。ナナさんも何か困ったことがあれば私を頼ってください」
「はい。それならよかったです」
ナナのところには、新大陸が忙しくなってからもよく通っていたので、クリーナやサマンサも面識がある。
俺の買い出しの付き添いというやつだ。
本当に忙しいときは、DPで材料を取り出しでありなのだが、そういったことがない限りはなるべくこうやって買い物に来て金を落とすようにしている。
そうしないと、実際はほとんど必要ないお金がたまる一方なので、経済としてよろしくないのだ。
これが一般人なら問題なかったのだろうが、俺たちはこの国の重鎮であり、その役所から入ってくる給料も通常の人よりはるかに多い。
それが、俺どころか、嫁さんたちほぼ全員が高給取りだから、使わないと、本当によろしくないのだ。
いや、こんな小銭は微々たるものなので、なんというか融資という感じで、喫茶店とか、バーの立ち上げにお金を結構使っていたりする。
ラッツのおもちゃ屋さんを作る予定なので、そういった感じでお金はちゃんと消費するようにしている。
「で、今日は晩御飯の買い物ですか?」
「あれ? そういえば、なんでここに来たんですか? ユキさん?」
リーアが思い出したのか首をかしげている。
「情報収集をするのなら公園とかのほうが良いのでは?」
「ああ、暑いですから飲み物でも買いにきたのでは?」
「……ん。暑いから、アイスも買っていこう」
ジェシカもそういって、サマンサが補給物資の調達と予想し、クリーナがついでにアイスを買おうとしている。
「残念ながら違う。まあ、今日の晩御飯の材料を買うのもついででいいな。熱中症対策の飲み物も買っていいだろう」
「……アイス」
「アイスも買っていい。だけど、ここに来たのはナナに話を聞くためだ」
「お話しですか?」
「そうそう。ちょっと公務に関係するから、忙しくないなら奥で話できないか?」
「あ、はい。大丈夫です。まだお昼ですし、お客さんも多くないですから。こっちにどうぞ」
そんな感じで、ナナに話を聞くことになった。
「えーと、公務に関係するとか言っていましたが。こんなところでお話ししていいんでしょうか?」
お茶はさっきロックのところでもらったので、腹いっぱいということで断ったので、すぐに本題に入る。
「そこまで、というか、まだ噂の段階だからな」
「うわさ、ですか?」
「そうそう。スーパーって主婦とかいろいろな人が集まるだろう? ナナも噂話の一つ二つは聞くんじゃないか?」
「はい。そういうのは結構聞きますね。というか、お店で顔を合わせてそのまま休憩コーナーでずーっと喋っている人も結構いますから」
そう。
俺の目的は、現代における井戸端会議の場所。
公園なんかよりもはるかに情報のやり取りが盛んにおこなわれている、スーパーに足を延ばしたのだ。
子供のころ、母親の買い物に付き合って、母親が知り合いと出くわして、そのまま延々とお喋りに興じてしまって、スーパーの中で暇な時間をつぶした経験はないだろうか?
俺は結構ある。そんなときはさっさと自分のほしいものをかごに放り込んで、一人で家に帰るのが通例だ。
子供が母親のお喋りに付き合うのは不可能である。体を動かしているほうが何倍もいい。
後半はただの個人意見である。
家で本を読むのが好きな子も存在するし。
「で、どんな噂が聞きたいんですか?」
「そうだな。と、そういえば、ナナもここの店長だし、よその国のお偉いさんから、引き抜きとか、商品の横流しとか言われたりしないか?」
「はい。何度かありましたけど、結構前ですね。半年ぐらい前でしょうか? 貴族にしてやるとか、いろいろ優遇してやるから、お店の商品の横流しをしてくれーみたいな話ですね。もちろん、このスーパーラッツ3号店はウィード住人用の店舗ですし、お断りしましたけど」
「やっぱり、ナナのところにも話がきてたか」
「噂ですけど、結構、手あたり次第声をかけて行っているみたいですよ? ユキさんが作った喫茶店の店長も声をかけられたって言ってましたし」
「そうか。本当に手あたり次第だな。でも、この居住区は許可がないと出入りできないのにな」
「本人は確か、よその国からの外交官だ。って言ってましたよ」
「……あからさまだな。ラッツたちのところに報告は来てないのか?」
「いえ、いっています。それで厳重注意を受けて、最近はなくなっているんです」
「なるほど」
ウィードの政府は、嫁さんたちが代表を降りてからもしっかりと機能しているらしい。
これは喜ばしいことだな。
ま、まだまだ、様子は見ていかないといけないけどな。
「ああ、聞きたい噂ってのは、その関係だな。なんか、最近、ウィード住民に変な声かけをしている連中がいるとかいないとか。そんな話を聞いたことはないか?」
「えーっと、あったかなー?」
ナナは少し考え込む仕草をしたあと、ポンと手を打った。
「ああ、ありました。なんか、公園の隅で変な人が、貴族がいないこの国はいずれ滅びる。この体制は長続きしない。だから、我々が新たな貴族として立つべきなのだー。って変な演説してるとか聞きますね」
……やっぱりか。
でも、これだけじゃ他国の関与はわからないよな。
個人的にそう思っているかもしれないし、この程度のことで、税金を使って、調査するのはあれだしな。
「その話に乗っている人とかはいるのか?」
「さあ? この話をしてくれた奥さんは、笑いながら、変よねーって言ってましたし。あんまり、真に受けている人はいないんじゃないんですか? だって、ここは平等をと聖女エルジュ様が作って、セラリア様が多忙なエルジュ様に代わって治めているんですよ? そんなことを考える人はそもそも、ウィードに来ませんし、貴族が云々とか言ってる人はセラリア様にバッサリされると思います。」
ナナの言う通り、貴族云々関連は、ここを作ったとされているエルジュが平等を掲げて作った事になっている。
無論、裏は俺が牛耳っているが。セラリアの行動に関してはノーコメント。やりかねん。
この国に移住してきた連中はもともと、そういう貴族の体制が嫌いで来た連中だ。
スピーチをしようがなびく可能性は低い。
というか、その旨を最初から喧伝しているのに、そんなことをするっていうと、あからさまに敵対行為ととられかねない。
こりゃ、その話をしているやつをとらえるよりも、裏を取る方が大事だな。
下手に接触すると、知らぬ存ぜぬで、トカゲのしっぽ切りで終わるな。
「あの、こんな感じのお話しでよかったでしょうか?」
「ああ、大丈夫。ずいぶん参考になったよ。そのスピーチとかは何時にやってるか知ってるか?」
「すみません。ただの噂話だったので、そこまで詳しくは聞いていません」
「いやいや。謝らなくていいさ。ま、そんな感じで噂の域だからな。あまり警察とかは動けないのさ。だから、俺たちがこうやって個人的に調べてるってわけだ。嫁さんたちも一応代表は降りたからな」
「なるほどー。わかりました。今後、気になる噂は集めておきます」
「頼むよ。で、こういう話と関係のない噂とかはどんなのがあるんだ?」
「ほかの噂ですか? えーっと……」
そのあとは、他愛のない噂を聞いてから、晩御飯の買い出しや、これからの炎天下の聞き込み調査の水分補給用に飲み物を買ってから、ナナと別れた。
「じゃ、お仕事頑張ってくださいね」
「そっちもな」
ナナに見送られながら、スーパーラッツを出ていく。
やっぱりナナは人柄のせいか、俺たちを見送っている最中にお店にやってきた主婦に話しかけられて、こちらに軽く頭を下げたあと、そのまま店に入っていく。
「大変だね。店長も」
「私はああいう接客は無理ですね」
「……私は買う専門で」
「あ、そういえば、クリーナさん、アイス食べないんですか? とけますわよ?」
サマンサに指摘されたクリーナは慌てて、袋からアイスを取り出して食べる。
「……冷たくて、甘くて、美味しい。で、ユキ。これからどこに行く?」
「アイスを食べながらだし、店舗周りはやめておいて、噂のある公園に行ってみよう。あ、演説してるやつがいても遠巻きに見るだけにしとけ。下手に話しかけたり、近づくと、警戒されたり、はぐらかされたりで終わるからな。俺たちはあくまでもこっそり。怪しいとおもったことの探りは霧華たちにやらせる。悲しいことに俺たちは有名人だからな」
「わかりましたー。じゃ、表面上はデートって偽装にしましょう!!」
リーアはそういって、俺の腕に抱き着いてくる。
ま、そういうのもありか。
邪魔な荷物はいったんアイテムボックスにしまって、空いてる手をつく……。
「では、こちら側は、私がもらいますわ」
宣言する前に、サマンサにからめとられる。
両手に花だな。
「……私は後にしておきましょう。一応護衛ですし、べったりしていては暑いですからね」
「……ん。暑いから今はいい」
残りの二人は、現在の気温で俺に抱き着くというリスクを考慮してやめたのか、腕の取り合いにはならない。
そうなったら、暑いし騒がしいし、俺にとってつらいから、その判断は助かる。
さーて、公園にその噂の人物がいるのかねー。
こどもの頃は結構あった。
親に知られているはずのないことが、なんか家に帰ってくると普通に知ってたりする。
で、ご近所さんが見てたと聞かされる。
いやー、本当にすごいのよご近所の情報網って。
井戸端会議は結構あなどれん。
いたるところに目があるからな。
それはそうと、最近熱いよねー。暑いじゃなくて、熱いよな。