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落とし穴67堀:ぼくらの夏休み3 昆虫王者決定戦と帰省

ぼくらの夏休み3 昆虫王者決定戦と帰省





Side:タイゾウ




この歳になって、心が躍って熱くなることがあるとは思わなかった。

恐らくは、これが童心に返るというやつなのだろう。

子供のころの夏。

もはや、遥か昔で戻ることはないと思っていたのだがな。

……日本ではないし、平和とはいいがたいが、それでも今はこの場を用意してくれたユキ君の心遣いをありがたく受け取り、楽しむとしよう。


夏の日差しが容赦なく降り注ぎ、日に当たる体が熱を持つ。

だが、子供にとってはそんなのは些事でしかない。

目の前に広がっている森林は、子供にとっては未知の領域、宝の山なのだ。

すべての学問における「なぜ?なに?」が詰まっている。

そういう意味では、私にとっての学問への始まりの道。


「また、ファーブル昆虫記でも読みたくなったな」

「あ、タイゾウさんも知ってるんですか?」


私の独り言が聞こえたのか、興味深そうにタイキ君が聞いてくる。


「いや、ファーブル昆虫記は戦前からあったからな。一次大戦前からじゃなかったか?」

「ユキ君の言うとおりだ。私の子供のころにもすでにあった」

「へー、そうなんだ」

「だが、当時の私の家は貧乏でな。上等な本どころか、古本すら買うことはなかったな」

「あー。やっぱり当時の田舎って……」

「うむ。ものすごく貧乏だ。東京に出てきて違いすぎて別の国かと思ったぐらいだ」

「東京でようやく近代化が進んできた時期だから、まだ、首都圏から遠い山村とかは、特に生活が変わることもなく、昔のままのはずだぞ?」

「そうだな。まあ、その貧しい遅れた村の話はまた別の機会で、ファーブル昆虫記だがな。大学に出てきて、日雇いをせっせと頑張って、ようやく自分で買ったという思い出があってな。私にとっては思い入れがあって、口に出してしまったんだろう」

「なるほどー」

「ということで、ユキ君。少し相談があるのだが、いいか?」

「ああ、ファーブル昆虫記なら取り寄せときますよ。あ、でも現代語訳になってるから、タイゾウさんからすればちょっと難解になる部分があるかもしれません」

「構わんよ。それはそれで勉強になるからな。しかし、タイキ君やユキ君もファーブル昆虫記は知っているみたいだが、今でも存在しているのだな?」

「存在しているというか、知らない人はいないぐらいですよね?」

「ええ。昔より、印刷技術もさらに上がっていますからね。一般の人たちにもお手軽で手に入る額にもなっていて、多くの人に読まれていますね。もちろん、科学書としても評価が高いのは、今でも変わっていません」

「……そうか。師のことといい、こうやって、私が知っているものが遥か未来まで存在しているというのはなかなか、うれしいものだ」


きっと、ファーブル昆虫記を読んで、未来の学者を目指す子供たちもいるだろう。

……むう。そういえば、私とヒフィーさんの間にもいずれ子供ができるのだろうし、こういう学術書を先にそろえておいて、教育体制を整えるべきなのだろうか?


「と、ついたみたいですね」


タイキ君の一言で、考え事を押し出して、言われた先を見つめる。

そこには朽ちて倒れた木があり、近くにはクヌギが立っている。

見事に、カブトムシがいそうな木だ。


「さっそく行きましょう」

「そうだな」

「いるかー?」


とりあえず、まずは3人で立っているクヌギに近づく。

どうやら、こちらから見えている面からは樹液が出ておらず、見当たらない。

そのままぐるっと、木の裏側に回ると……。


「いましたね」

「お、いたいた」


そこには樹液に群がる、虫たちが存在していた。

しかし、残念なことに目的のカブトムシたちは、小ぶりなオスのカブトムシとコクワガタが1匹ずつ。


「うーん。どうします?」

「とりあえず、キープしておけばいいだろう」

「そうだな。しかし、カブトムシは一匹、コクワガタが一匹。だれが確保する?」


体長測定に、昆虫相撲のことを考えると確保することは間違ってはいない。

しかし、この後、昆虫が手に入らなかった場合は二匹しかおらず、イベントに参加できないという悲惨なことになりかねない。

だから、だれが確保しておくか? という問題に直面する。

この大人の3人だからこうやって平和的に会話ができているが、これが子供3人であるのなら、カブトムシなど見つけたそばから確保して、分けるという思考にはなかなかならない。

後で、勝負をするならなおさらだ。

夏の主な喧嘩の原因の一つ。昆虫の取り合いだ。

はたから見ればくだらない、子供の喧嘩だが、本人たちにとってこれほど譲れないものはない。

……それで親父に兄と一緒に拳骨を落とされて泣いていたな。

だが、あのカブトムシは確かに私が先に見つけたのだよ、兄さん。


「俺はいいから、タイキ君とタイゾウさんで分けるといい。あと、今後ほしいのが被ったら、じゃんけんな。先に見つけたとかはなし。一緒に行動しているから」


私がちょっと懐かしい思い出に浸っている間に、これからの取り分の話をユキ君がしていた。

その提案に否はない。

大人になった今なら簡単に受け入れられる。


「よし。取り分の話も決まったし。本格的に探しましょう」

「そうだな。私はあっちの朽ち木のほうへ行く」

「なら、俺は逆の朽ち木のほうだな。タイキ君はこの木の周りな」

「あと、木の上だな」

「木の上!?」


私がタイキ君の捜索範囲を付け加えると驚いた声をあげる。


「いや、木の上を調べるのは当然だろう? 今は違うのかい?」


私は現代の虫取りが私が知っているものと違うのか心配になってユキ君に尋ねてみたのだが……。


「いや、普通ですよ」


ふむ。

ならなぜ、タイキ君はそんなに驚いているのだ?

二人そろって、タイキ君を見つめると、首を振って説明し始めた。


「いやいや、木の上って言ったら、虫の餌食でしょう?」

「「ああ。それぐらい頑張れ。若者」」

「ひでー、こんな時に年上だしてきますか!?」


世の中、若い時の苦労はしておくものだという。

私としてもその意見には賛成であり、決して私が木登りなど面倒なことをしたくないから、タイキ君に押し付けたわけではない。


「まあまあ、木登りができないわけじゃないだろ?」

「そりゃ、そうですけど」

「蜂なんかはいないし、毛虫ぐらいだから、まあ大丈夫だ」

「かぶれるじゃないですか!?」

「それは人によりけりだからなー」

「私の子供の頃なんかは、蜂に刺されても気にしなかったがな」

「いや、それは気にしたほうがいいですけど」


私にとっては日常茶飯事だったのが、やはり今は虫取りもいろいろ様変わりしているのだろう。


「ケガしたら治せるからグダグダ言ってないで、さっさと探すぞ。時間は今も過ぎている」

「そうだな。これでカブトムシが手に入れられないは情けない」

「……わかりましたよ」



というわけで、本格的捜索を開始。

気が付けば、約束の時間まであと30分となっていた。


「2人とも、そろそろ時間だ」

「んー。あ、もうこんな時間か」

「上にデカいのいましたよー」


ユキ君は声が聞こえたみたいだが、木に登っているタイキ君は虫探しに集中していて聞こえなかったみたいだな。


「タイキ君。それを取ったら降りてきてくれ。もう、時間だ」

「え? 本当だ。わかりましたー」


タイキ君はそう言うと、虫を捕まえたのか、そのままジャンプして降りてきた。


「よっと。見てくださいよ!! このデカさ、きっといい線いきますよ。今までの中で1、2を争う大きさじゃないですかね?」


その手には見事な大きさのカブトムシが確保されていた。

確かに、この数時間で捕まえてきた中では、最上位の大きさだな。


「じゃ、それはタイキ君のでいいんじゃないか?」

「そうだな」

「あれ? いいんですか? 手に入れたのは協議の末って話じゃ?」

「タイゾウさんが言ったように既に時間が近いし、もう手持ちを振り分けないといけないだろう」

「ああ。使わないほかのカブトムシたちは逃がさないといけないからな」


無意味に沢山持っていく理由もない。

こどもの頃なら、沢山捕まえたというのは勲章だから、そのままだったのだろうが、来年、再来年と考えると、逃がすほうが先が楽しみだ。


「なるほど。じゃ、俺はこのカブトムシはありがたく候補にさせてもらいます。あとは試合用ですよねー」

「試合用は本気でわからないからな。体の大きさは大事ではあるけど、小さくても凄いのは凄いからな」

「そうだな。カブトムシの体長測定は大きさと分かりやすいが、昆虫相撲となるとまた違うからな。しかし、ユキ君。残りの大きいカブトムシは残念ながら差があるがどうする?」


そう、昆虫相撲はともかく、体長勝負のカブトムシの件については、タイキ君がとってきたのと、前にとった二匹以外は、ぱっと見てわかるほど大きさが違う。

つまり、この時点で、敗北が決定してしまうのだ。


「あー、大きいのはタイゾウさんでいいですよ。俺は基本的にこの催しを盛り上げるのが大事ですからね。俺が優勝しても八百長疑われますし」

「……なるほどな。そういうことならありがたく、このカブトムシは譲り受けて、優勝してみせよう」



そんな話をしながら、カブトムシやクワガタの選別をして、集合場所に戻ったのだが、どうやら誰も戻ってきていないようだ。


「とりあえず、コテージの方にいこう」


ユキ君に促されて、ひとまずは皆が戻るまで、コテージの方に向かう。

この暑い中で外で待つのもあれだしな。

冷房を入れて、冷たい飲み物をのんで一息ついていると、ぽつぽつとほかの皆も戻ってきた


「あー、お兄ちゃんだー!!」

「兄様ー!!」

「おや、お兄さんたちは早かったんですねー」

「僕たちも無事にとれたよー」

「……とても大きい」


などなど、どうやら虫取りはそれなりに楽しんでもらえたようだ。

多少不安はあったが、ここは日本ではない。

魔物という化け物がいるのだ、虫ぐらいは平気なのだろう。

苦手な女性たちは参加していないし、当然の結果か。


「よーし。じゃあ、皆、いったん休憩してから、まずはカブトムシの体長測定からだ。これと思う一匹をもってきてくれ」


そして、いよいよ決戦が始まる。

遊びとはいえ、心が躍る。

今でもこういう感情の高ぶりがあるのがうれしい。

私はまだ、生きているのだ。



「やったー!! 二人でかったよー!!」

「勝ったのです!! アスリンとフィーリアは無敵なのです!!」


結果はなぜか、アスリンとフィーリアに体長測定も昆虫相撲も持っていかれた。

勝負は時の運とはいえ、何とも言えない。

あれだけ頑張ったのにと、年甲斐もなく思ってしまう。

まあ、ユキ君の説明に納得してしまったのだが。


「そりゃー、現役の子供に勝てるわけないでしょう」


道理だ。

元気の塊である子供たちに私達が勝てる理由もない。

勝ってしまってはそれはそれで大人げない。

こうして、日が沈み空が赤く染まる頃に、虫取り大会は幕を閉じた。

しかし、蝉はまだ鳴きやまない。


「また取りにきますか?」

「そうだな。まだ、夏だからな」

「次はオオクワガタでも探すか」

「いるんですか!?」

「もちろん」

「……その、オオクワガタが珍しいのかね?」


どうやら、オオクワガタは彼らの時代では黒いダイヤとまで言われているらしい。

最高潮の時などはペアで1000万もしたとかなんとか。

本当に平和だな。

ファーブル殿も、きっと今の日本を見たらうらやむのではないだろうか?

ワイワイと楽しそうにオオクワガタ捕獲計画を話す2人をよそに、茜色に空に染まる空へつぶやく。



「日本の夏よ。また会えたな」



まだまだ、夏は始まったばかりだ。

ユキ君たちの手を借りて、色々やってみるのもいいだろう。










書いての通り、まだまだ夏は始まったばかり。

一端本編に戻しますが、夏の間は落とし穴が多いかも。

そういう感じでお願いします。


夏はきたれり!!


大人も子供も関係ない、あの日のいつかできなかった夏の続きを始めるんだ。



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