第403堀:幸せですと即答できますか?
幸せですと即答できますか?
Side:ドレッサ
青い空に白い雲の塊が流れていく。
ボーっとそれを眺めているのは、ただのドレッサという私。
そう、ただのドレッサ。
ナッサ王国の姫でもなく、亡国の王女でもなく、恩知らずでもなく、奴隷姫でもなく、本当にただのドレッサ。
「……さん。……サさん。……ッサさん!! ドレッサ!!」
いきなりそんな大きい声が耳に飛びこんできて慌てて席を立つ。
「ひゃい!?」
「はいじゃありません。何度も呼んでいましたよ?」
「あ、ごめんなさい」
「……具合が悪いのですか?」
「いえ、そういうことはありません……」
「そうですか。何か悩み事のようですが、今は勉強の時間です。できればこちらに集中してください」
「……はい。ごめんなさい」
そう言って、私は席に座ろうとするが、先生にそれを止められる。
「注意するために呼んだわけではありません。はい、こちらの問題を解いてください」
「え!?」
先生が促す黒板には、掛け算と足し算、割り算が混ざった計算式が並んでいた。
「今の話は聞いていなくても、今までの授業をちゃんと聞いているのであれば解けますから。大丈夫ですよ」
「あ、あの。私、編入生なんですけど……」
「はい。それも考慮して、ドレッサさんが解ける問題にしてあります」
……つまり、罰だから解けということね?
はぁ、仕方ない、頑張るか。
私が悪いのは間違いないんだし。
「がんばれー、ドレッサちゃん」
「がんばるのです。ドレッサ」
アスリンとフィーリアは無邪気に声援を送ってくれるが、簡単に解けるなら最初からこんな態度とらないわよ!?
えーと、確か、掛け算、割り算から先に計算して、その後足し算、引き算をするんだっけ?
四苦八苦しながら、なんとか答えを書く。
「はい。正解です。ほら、解けたでしょう?」
「……はい」
勉強しっかりしていてよかった。
そう思いつつも、混乱から回復してきて、私、何をやっているんだろう? って気持ちが戻ってくる。
「ドレッサさんが何を悩んでいるのかは知りません。それを聞いて私が解決してあげられるかもわかりません」
ああ、先生は私の様子が変なのが分かっているのか、こそっと話しかけてくる。
「でも、1人で悩む必要はありません。私でなくてもいい。誰かに相談してみなさい。誰かに話すだけでも、気持ちの切り替えになったりするものですよ。あとは、少し心を落ち着けて、静かに考えてみるのもいいかもしれません」
「わかりました」
私はそう言って、席に戻る。
「解けたねー」
「よかったのです」
アスリンとフィーリアが、問題を無事に解けたことを祝ってくれている。
「……ありがと」
先生の授業の邪魔にならないように、小さな声でお礼を言う。
その2人を見て、先生に言われたように相談するべきか? でも、流石に2人は子供だし……。
いや、もうちょっと、心の整理をしてみよう。
「ごちそうさまでした!! よし、サッカー行こうぜ!!」
「「「おー!!」」」
お昼。
給食が終わってから、クラスの男どころか、学校にいる子供たちは一斉にグラウンドへ飛び出して、思い思いに遊んでいる。
外で遊ばない女子はクラスでお喋りや勉強をしていたりする。
私は、1人で少し考えをまとめてみようと、こっそり抜け出そうとするが、ヴィリアに見つかって声をかけられる。
「ドレッサちゃん?」
「あれ? ドレッサちゃん、どこいくのー?」
「一緒にお話しないのです?」
「ん。美味しいお菓子の話。冒険者区でよそから来たっていうのが……」
くっ、ヒイロの話、後でしっかり聞こう。
とりあえずは、心の整理。それが大事。
「あ、ちょっとトイレ」
「そっかー、いってらっしゃい」
「いってらっしゃいなのです」
「……そう、ですか」
「ん。おもらしは困るからいってらっしゃい」
「もらさないわよ!!」
と、そんな感じで、クラスを抜け出して、学校の裏側に行ってみる。
ここは、グラウンドとは反対側で、あんまり人が来ない。
静かに考え事をするのには一番だろう。
備え付けてあるベンチに座ってから、授業中と同じように空を眺める。
私はそもそも、何を悩んでいるんだっけ?
ああ、気が付いたら、エクスでのことが終わって、私は自分の在り方を無くしたのだ。
母国であるナッサ王国を滅ぼした、野心の塊である憎いノーブルを倒し、平和とナッサ王国の復興。
これが、私の生きる目標だった。
当然、簡単にできるとは思っていなかったし、奴隷にまで落ちた身だから、儚い夢だっていうのは分かっていた。
そう、儚い夢のはずだった。
モーブに引き取られて、少しは現実味が帯びてきたかなーぐらいの気持ちだった。
でも、ウィードに連れてこられて、女神ルナ様に出会って、そのお手伝いをしてる中で、真実を知った。
ノーブルは野心家ではなかった。
私やお父様やお母様のように、平和を望む人物だった。
ただ、魔力枯渇という、世界が未曽有の危機に陥る前に、なんとかしようと、必死にできることをしているだけだった。
話を聞けば理解できた。私に真実を明かすわけにはいかないのも、ただ解放すればいいわけでもないことも。
極め付けは、ノーブル本人がヒフィー様の結婚式の時に私の存在に気が付いて……。
『……ドレッサ姫。なるほど。ここまで手が伸びているとは、勝てるわけがないな』
そんなことを言った後、私の前に膝をついて頭を垂れた。
『先ほどの話に嘘はない。姫の母国を滅ぼしたことにはなにも変わりがない。既に、我よりも優秀な者たちがいる。我がいなくなっても、問題はあるまい。だから憎いのであれば……我の首を斬れ。それで終わりにしてほしい。我の不始末で、戦乱を招くことだけは絶対に避けなくてはいけない』
そう言ってきた。
ノーブルの部下たちは止めようとするが、それを制止して、けじめだと言ってきた。
それで、私はノーブルの首を落とす気にはなれなかった。
ルナ様が仕切る、ヒフィー様の結婚式で同じ神であるノーブルを斬ることなどできなかったし、その真摯な態度に、民の平和こそ是とするナッサ王国の王族として、私個人の恨みを晴らすことはなかった。
『……気が変わったのなら、いつでも斬りに来るといい』
最後までそんなことを言っていたので、逆に、ルナ様から『本人がいいって言ってるんだから女々しいことするんじゃないわよ。ヒフィーの結婚式が気まずくなるようなことはさけなさいよ。あと、ドレッサ。良く決意したわ。ぐっじょぶ!!』と怒られていた。
アーネの話も聞いた。あの子は騎士を目指しているみたいで、私と会ったり、事実を聞けば揺らぐだろうし、時間がたってから会おう。
たぶん、店を開く話が騎士になっているから、返事が出しづらかったのだろう。
ということで、私は今の状況を受け入れたので、安定している元母国に戻っても、恩知らずとして伝わっていて、王族としていらぬ火種になりかねないし、ノーブルに復讐する気もない、奴隷でもない。
つまり、私は、本当にただのドレッサになったのだ。
身分も、拘束も、復讐も、目標も全部無くなった。
「そっか。私はこれから何になればいいのか、何をしたらいいのか、分からないのか」
ただのドレッサになることを受け入れた私は、これからのことに悩んでいるのだろう。
「うーん。案外、難しいわね。1人のただの人って」
よくよく考えると、身分も、拘束もないというのは、なかなか難しいと気が付いた。
なんでもできる反面、そのリスクが大きい。貴族や王族のように、未来をある程度決められているわけではない。本当に、ウィードで生きるのならば、頑張ればなんだってできるというのは理解している。
だからこそ、元々王族だった私にとって、この自由は受け入れがたいモノなのだろう。
周りに自分を縛るものは何もない。逆にそれは、だれも教えてくれないということだ。
なるほど、目標とかないから、戦闘訓練や勉強に身がはいらないのか……。今までは王族としてーって後押しがあったけど、それが無くなったんだ。
「……私、何になりたいんだろう」
「私は、お兄様のお手伝いが少しでもできればと、日々頑張っています」
「きゃっ!? ヴィリア、いつの間に……」
気が付けば、ヴィリアが近くまで来ていて、そのまま横に座った。
「おトイレにしては長いから、アスリンちゃんたちに代わって様子を見に来ました」
「あー」
それは気になるわよね。
あの2人は慌てていたのかもしれない。
あとでちゃんと説明しないと、泣かれて、ラビリスとシェーラにお仕置きされる……。
私がそんなことを考えていると、ヴィリアは口を開いて話し出す。
「結構、多いんですよ? ドレッサみたいに、何をしていいのかわからなくなる子たちって」
「え? そうなの?」
「学校に通っている大半の子供は元孤児です。いえ、今でも孤児みたいなものですけど。お兄様の格別な計らいで、学校に併設されている孤児院の人たちとウィードのおかげで、毎日食べることに困らなくて済んでいます。これって、結構凄いことなんですよ?」
「そうなの?」
「ええ。孤児の殆どは孤児院に引き取られることが無かった子たちで、いつも身を寄せ合って、今日食べる物を必死で集めていました。私の兄と呼べる人も、その中で死んでいきました。それで私がスラムで暮らす孤児たちをまとめる役になったんです。必死でした、もう未来のことなんか考える余裕がありませんでした。何としても、私より小さい子たちにひもじい思いをさせたくないって……」
「……」
「それも、このウィードに来てからやらなくて良くなりました。お兄様はいつも優しくて、ちゃんとお腹いっぱいのご飯と、暖かい寝床を用意してくれました。だから、毎日を必死に生きていた子たちは、何になりたいか? というウィードの在り方に戸惑う子も多いんです」
「そっかー。じゃ、なんでヴィリアはお兄様……ユキの手伝いをって思うようになったの?」
「私の場合は簡単です。この場所を作ってくれたお兄様に感謝していますし、あこがれています。きっと、これからもお兄様は多くの人の笑顔の為に頑張るはずです。だから、私は少しでもそのお手伝いができればと思っているのです」
「……しっかりしているわね」
なんか、私より凄くしっかりしていると思う。
いや、最初からなんか歳の割にはーって思ってたけど、そういうことがあったなら納得ね。
「そういえば、ヴィリア以外、その、何になればいいかわからない子たちってどうしているの?」
「実は、わからないままなんです」
「はぁ? それで今、外で遊んでいるの? それでいいの?」
「ふふっ。私と同じことを言っていますね。私も、未来も考えず遊んでいる子たちを叱りつけようとしました。お兄様に感謝をささげて、私のように、勉学を頑張ってお兄様のお手伝いができるように!! って、でも、お兄様に止められたのです」
「はぁ? 止めたの? ユキが? 意味が分からないわ?」
「ええ。あの時の言葉を一字一句忘れずに覚えています……」
『幸せなんて人によって違うからな。今はとにかく、自分が楽しいと思ったことをやれ。色々なことをして遊べ、学校ってのはそう言う場所だ。まあ、基礎的な勉強ができないと居残りとかあるからな? 無論、皆に迷惑をかけるようなことも駄目だ。それを守れるなら自由にやれ、それがきっと自分の幸せに繋がるから』
「……よくわからないわ」
「ドレッサだと、そうでしょうね」
「じゃ、ヴィリアはユキの言っていた自分の幸せってわかるの? 勉強していて繋がったの?」
「ええ。私の幸せは、お兄様を少しでもお手伝いすることです」
間も置かずに即答するヴィリアに私は目を丸くする。
「なんでそう言い切れるのよ? 間違っているかもしれないわよ?」
「そうですね。間違っている可能性もあると思います。でも、お兄様は最後にこういったんです」
『今、幸せですか? って、聞かれて、幸せです!! って心の底からすぐに答えられる人になれ。いや、凄く難しいと思うけどな』
「私は迷いなく答えられます。お兄様を手伝うことがきっと私の幸せなんです。義務とかそういうのではなく、私が心の底から思ったことなんです」
「……なんとなく言いたいことは分かったわ。そこまでいい笑顔で言っていることが不幸なわけないもんね。そうやって、胸を張れることを探すってのが私の今やるべきことね。……たしかに、こうやってウジウジ考えているよりも、グラウンドで思いっきり遊んでいるこの方がマシよね」
「ふふっ、そうですね」
よし、ならやることは決まったわ。
「ヴィリア。アスリンたちを呼んできて。一緒にグラウンドで遊ぶわよ!!」
「はい。わかりました」
まずは、思いっきり遊んでみましょう。
ヴィリアのように、胸張って即答できる幸せなことを探すのよ!!
はい。
とうことで、最後に残っているドレッサの話でした。
これから、彼女はウィードでいろいろな道を模索していくことでしょう。
それが、これからの物語に関係があったりなかったり。
ウィードのいろいろな場所を動くってのがみそかな?
次回である程度察しができるかも。
さて、コメントでいろいろと細かい話がどうなっているのか?
という話がありますが、どんどん閑話、落とし穴で話していくことになると思います。
まあ、本編に絡んでくる人もいるだろうけど、ベータンのポンプとか技術の関連は、答えとしてあの場所がいろいろな意味で実験場ということ、勧誘などは答えが出ていないから、まだ結果が出ていない。
タイキのソエルについても、まだまだ後の話。
物事が全部綺麗に終わることはないっていう、そんなお話。
魔王リリアーナの時のような、四天王とかの最初からのフラグを全部回収するようなお話が後でできるといいなーとは思う。
最後に、自分がいま幸せかと問われて、即答はなかなかできないと思います。
幸せってなにかって、大人になればなるほど考えるからねー。
だからさ、簡単に考えよう。
今、いい笑顔で笑えるなら、それは幸せなんじゃないかな?
仕事でいい結果だしたとか、ゲームでもいいし、楽しみにしてた本読めてとか、そんな小さなことの積み重ねだから。
ということで、俺は仕事をしつつも、ゲームをして、趣味で小説かいてるから、充実して幸せだと思う。
つか、こう考えないと、人生つらいよな。
では、また次回。