第392堀:神と神の対話 元凶我にあり
神と神の対話 元凶我にあり
Side:ヒフィー
馬車の窓から覗くエクスの王都はとても栄えていました。
人々が良く笑い、良く働き、活気で溢れています。
流石は、この大陸の大国の1つといえるでしょう。
「いやいや、賑やかだね。私たちの迎えで人が集まっているわけでもなくこれか。国力差が丸わかりだね。それでいて、模倣で質は落ちるとはいえ、魔剣の量産に、DPにモノを言わせた魔物兵の拡充と、こりゃー、あのままぶつかっていたら物量差で押し負けていただろうね」
コメットが横で耳の痛いセリフを言ってくるので、ちょっとは言い返しましょう。
「それは分かりません。私たちの方は聖剣使いを筆頭に、優秀なアンデッドもいますので……」
「……ま、負けたくないって気持ちは分からなくはないけど。冷静な判断をしてくれよ。これからの話し合いはこの人々の命運を握っているんだからね。君が望んだことだ。無尽蔵に補給され続ける戦力相手に、私たちが勝てる公算は非常に低い。個人としては君の言う通りそうそう負けはしないだろう。だが、国としてはどうしようもない。しかも、ヒフィーが兵として扱うのは見知った人のアンデッドだけ。向こうは魔物なら何でも、どっちが上か比べるべくもない。戦術とか合理性という意味では君よりノーブルが上だよ。まさに軍神だね」
「……分かっています。しかし、タイゾウ殿もいますから……」
正直、上に立つ者としては、私は数段劣るでしょう。
実際、国力差はひどく、本来であれば、否応なしにエクスに向かうはずでした。
「そうだね。タイゾウさんが来ているから、実際戦闘になればあの兵器群がどれだけ有効に作用するかわからない。新しい物もどんどん開発していたみたいだし、私やタイゾウさんといった技術力だけはとびぬけていた。まあ、一方的には負けはしないにしても、泥仕合だね。それでポープリの魔術学府一帯の魔力集積が早まってボーンで、魔物大量発生。その後、各地で大乱戦になっただろうね。ユキ君たちには感謝だよ」
「ですね。そう、このまま続けても本末転倒なのです。なので、なんとしてもノーブルに私たちの話を聞いてもらい、協力してくれるように頼むしかありません」
「……厳しいとは思うけどね。ルナさんが仲介してくれてなお、君はユキ君たちに抵抗し続けていただろう?」
「うっ。しかし、それは大陸の魔力枯渇を正しく知らなかっただけで……」
「それを言おうとしたユキ君たちの話を聞かずに仕掛けたじゃないか……」
「……そ、それでも」
「ま、その心意気は大事だと思うよ。君が私たちを、人をどれほど大事にしているかも知っている。だけど、それでムキになりすぎないようにね。それでノーブルとの交渉が決裂するわけにはいかない。まずは、ちょっと話を聞いて、こちらが下に見られているのであれば、エリス君が提案した、魔物同士の演習に話を持っていくべきだ。これを行えば、確実に向こうはこちらの認識を改める」
「分かっています。……というか、私としてはコメットが勝手に話を進めて面白い方向にもっていかないか心配なのですが」
「向こうが、私の想像以上のモノを色々やっているならわからなかったがね。いまや、私の想像を超えるってことはそうそうないと思っているよ」
「なぜです?」
「なぜ? それを聞くかい? 君はどう考えればユキ君たち以上の技術が出てくると思うんだい? 科学技術は文字通り天と地ほど差があり、魔術の独自解釈も面白く、魔道具開発能力、解析能力などなど、未だにその3割も理解できていない。あ、6割は科学技術だね。1割は魔術の解釈かな。ま、今回は君やポープリを立てろって連絡が来てるから妙な真似はしないよ。君たちの熱意勝ちだ。これを破ると、ゲームのデータが消されるからね。私は大人しくしているよ」
「……私たちの民を思う気持ちと、あなたのゲームデータが同等なのは非常に不愉快なのですが」
「価値というのは人によりけりなんだよ。時と場合によるけどね。見方を変えれば、ゲームデータで私の行動を制限したユキ君が凄いという風にもとれるんだがね。逆に、その程度の行動すらとれなかったヒフィーはどう評価していいのやらという話にもなる」
「……ぬぐぐぐ」
自我がルナ様によって表に出てきてから、本当にコメットは私の手に余ります。
いえ、友人が生前と変わらぬというのは嬉しいことですが、いえ、生前よりも悪化しているように見えます。
ユキ殿やタイゾウ殿、ナールジア殿、ザーギス殿と触れ合い、暴走しているのでしょう。
はぁ、幸いなのはちゃんとコメットを制御できる人が私の代わりにいるということですね。
尤も、私の手から離れた理由はその制御できる人たちのせいではあるのですが。
まあ、楽しそうだからいいでしょう。
「と、そろそろお喋りは終わりのようだ。これからは……ヒフィー、君次第だ」
「ええ」
気が付けば、大きな跳ね橋を越え、門をくぐり、馬車の速度が明らかに落ちている。
そして、馬車のドアが開かれ、降りる。
「よくぞ来てくれた、ヒフィー神聖女殿」
「ええ。この度はお招きいただき感謝いたします。ノーブル陛下」
普通の挨拶。
しかし、本当に生きていたのですか。
……あなたは何を思い、願い、この国の王となり、何を目指すのですか?
その後は、普通の挨拶に、迎えの式典と特に変なことはありませんでした。
まあ、神であることや、ダンジョンマスターの件は私と同じように秘密にしているので、こんな公の場で話すわけにはいきませんね。
そして、一般的な予定が終わったあと、いよいよその時が来ました。
「ヒフィー様ノーブル陛下が夕食前に軽く歓談をしたいと申されております。お疲れでなければ、よろしいでしょうか?」
思ったよりも、動くのが早かったですね。
てっきり夕食が終わってからだと思ったのですが。
「こちらのコメットも同行できるのであれば……」
「はい。コメット様もお誘いするようにと仰せつかっています」
「では、断る理由はありません。いきますよ、コメット」
「御意」
……正直に言いましょう。
この敵地において、一番の難敵がコメットでした。
ノーブルたちと対面したときから、冗談どころか喋りもせず「御意」としか喋らなくなりました。
本人的には向こうはこちらをアンデッドって知ってるみたいだし、操り人形のように見せた方がいいという話でしたが、違和感がとんでもありません。
コメットが「御意」というたびに笑いをこらえる私の身にもなってください。
絶対狙ってやっているでしょう!?
私がそんな恨みの念をコメットに向けている間に、歓談の部屋に着き、そこには既にノーブルが椅子に腰を下ろしていましたが、私たちが到着したのを見て、すぐに案内の侍女を外させ、改めて私とコメットの顔をみて……。
「いや、実に久しぶりだな。ヒフィー神、そして、天才コメット殿」
懐かしき友人と再会したような顔で声をかけてきました。
「ええ。お久しぶりです。軍神ノーブル。と、すみませんが、コメットは……」
「分かっている。アンデッドで既に自我は無いのだな?」
「……ええ。幸い、命令すれば物を作ることはしてくれます」
「……なるほどな。ヒフィー殿がどうして、世界に対して剣を振り下ろすことをやめたのか疑問だったが。友を道具として使いたくはなかったからか」
「色々やっていて今更ではありますが」
「規模が違うからな。自国だけではなく、世界の国々を相手だ。犠牲無しというのは考えられん。そういう結論に至っても我は批難せんよ。しかし、聖剣使いの勇者たちは今どこに? 彼女たちはコアを埋め込んでいるから、アンデッドではなく、生きているのだろう?」
「……そこまでご存知でしたか」
「うむ。技術力はそちらの天才コメットには及ばなかったが、情報は常に集めていた。そちらが世界に対して絶望したのもわかる。が、剣を収め、こうやって話し合いに応じるというのは嬉しくもある。君の気性は知っているからな。君の本来立つべき舞台は平和な世の中であろう。こんな戦乱は我にこそふさわしい」
「残念ながらかつての勇者たちは現在、私たちが空けているヒフィー神聖国の守りをしています。こちらでの護衛にとも考えましたが、ノーブルがわざわざ招いた以上下手なことはしないと思いましたから。なにより、自我がないとはいえ天才コメットはアンデッドになっても健在ですから」
「……そのようだな。すさまじい魔力だ。さすが聖剣を作り上げた天才というべきか」
そう言ってノーブルはコメットを見つめます。
……コメットは無表情ではありますが、あれは内心、男に下から上まで見られて気持ち悪いってところでしょうね。
「で、ノーブル殿。先ほどの戦乱こそ、といわれておりましたが、今回の招致の真意はあの手紙の通りで?」
私が本題に切り込むと、ノーブル殿は特に間も置かずに頷きます。
「その通りだ。私が、この世界の問題を解決しようと思う。だが、言っての通り、私の所の技術力はコメット殿が残したモノには劣る。だからこそ、ヒフィー殿やコメット殿と協力できれば、より確実に、世界を救うことができる。そう思わないか? 無論、戦は我が行う。ヒフィー殿は後方で国の安寧に勤めてほしい。民こそ一番の宝であり、その平穏を守るのは武力ではなく、癒しの力、つまりヒフィー殿に相応しいと思うのだ」
「……変わらない。いえ、変わりましたね。昔はもっと、戦うことを重視していたように思いました」
「……そうだな。私も当時は己1つでどうにかするのが、神の希望にこたえる手段だと思っていたし、己惚れてもいた。結果、魔王戦役でほとんどを失った。だから、私は必死に力を蓄え、君と同じように国を持つまでになった」
……あれ?
魔王戦役でほとんどを失った?
つまり、魔王戦役のせいで今のノーブルが出来上がったと?
いえ、私もそうですけど、コメットが斬られて、私も色々自暴自棄になりましたし。
つまり……そう思って顔をコメットに向けると、コメットはこちらから顔をそむけます。
貴女の情報伝達不足が発端ですか!?
まっず、これ、どうユキさんに報告したものか。
コメットが原因でノーブルが頑張っちゃってこうなりました。っていうんですか!?
絶対罰ゲームコースですよ!?
いえ、落ち着くのです。
まだ、事は起こっていない。
つまり、私たちでノーブルを捕縛して、口裏を合わせれば私たちに累は及ばない。
そう、ノーブルだけがひどい目に遭うようにすればいいのです。
「どうだ。世界の未来の為。協力してくれないか?」
「……しかし」
しかし、どうやってノーブルを私たちで捕まえればいい?
ユキ殿たちにばれることなく、捕縛して説得、いや洗脳しなくてはならない。
この場で一気に取り押さえるか?
いや、どうせ霧華さんとかが見ているに決まっているし、エクスの民が危険に晒される可能性もある。
「躊躇うのも分かる。ポープリ殿といった天才コメットの教え子とぶつかる可能性もあるからな。しかし、それに心配はいらない。ヒフィー殿たちがこちらに来る前に、ポープリ殿は既にこちらに引き入れてある。彼女たちは魔力枯渇などと言うのは知らなかったし、事情を話せば全面的に協力してくれると約束してくれた。あちらは君たちが存命だとは思っていない。後で引き合わせるから、存分に思い出話に花を咲かせてくれ。答えはその後でもいい」
「……そう、ですか」
よし、時間ができた。
都合がいいことに、ポープリさんと一緒に話せるから、今回の問題に巻き込めるかもしれない。
「しかし、これは世界の存続をかけた話だ。いい返事が返ってくることを祈るよ」
世界以前に、私やコメットが罰ゲームで再起不能になりそうですけどね!!
タ、タイゾウ殿にあれ以上痴態を見られたら、わ、私は……。
絶対ノーブルをこの手でくびりころ……いえ、説得しなければ。
おまわりさん、こいつが犯人です!!
という話。
そして、ヒフィーたちは独自で証拠を隠滅するために動き出す。
罰ゲームを避けるために!!
色々、話が長いけどなんでーって言う方がちらほら。
まあ、あれだ、結果なんざわかりきっているが、それだけ書くと「ご都合主義」という考え無しの意見がでてくるから、しっかりと書いて過程があったという話。
楽に、都合よく、終わったのではなくて、それを手にするために引き寄せたという話。
ユキ側もヒフィー側もノーブル側も、ただ、目的のために必死にやってきたということを書きたかった。
まあ、もうギャグ方向に転がっているから、あとは……笑うなよ? 絶対笑うなよ?




