第342堀:変わりすぎていると気が付かない
変わりすぎていると気が付かない
Side:ユキ
さて、一日立往生はしたものの、乗るのは雪の中だろうが問題なく走行できるスタッドレスタイヤを参考にしてスパイクもつけた車。
そうそうタイヤを取られたりはしない。
ま、これを地球の公道では走らせられないだろうけどな。
道が穴だらけになる。
まだ、交通ルールというのが厳密に設定されていない文明レベルが低いという事に感謝だろう。
ということで、この世界の旅の速度とは比べるべくもなく、物凄く速い。
おかげで、昨日の立往生もなんのその、ホワイトフォレストはもう目前だった。
「あの大きな木が目印です。あちらの方向にお願いします」
『間違いないわ。あれがホワイトフォレストにある聖正樹よ』
『魔物が近寄らない成分を出すとかでコメット様が植えたのですが、また一段と大きくなっていますね』
「了解」
ローデイからの案内のルノウ、ホワイトフォレスト出身のカーヤ、クロウディアも間違いないというのだから間違いないだろう。
しかし、目の前に見えるのは、大きな杉の木? いや、聖正樹だっけ? 魔物が近寄らない成分ってのが気になるな。
ウィードの大陸ではそんなもの聞いたことないし、コメットの研究の賜物か?
本来の目的と違うから、投げやりみたいな感じになったんだろうな。
というか、昨日の話から、ホワイトフォレストに於いて、コメットが結構、重要で崇められているとの話をトーリからきいたから、本人を呼び出そうかと連絡を取ったのだが……。
『あー。あそこそんなに大きくなってるんだ。ユキ君の話は分かったけど、いざという時まで呼ばないで欲しい』
そんなことを言って、あまり本人は乗り気ではないので、なぜかと聞いたのだが。
『正直、私にとっては人助けというより、ある種の実験場だったからね。亜人の確保、変化の有無、北辺の地で生きていけるのか?を観察するのと研究の成果を試すためだったからさ。無論、彼ら自身を切り刻んで研究材料にするようなことはなかったし、生きていけるように手は貸したが、根底は、言ったように、魔力枯渇への原因究明のためだ。称賛されるようなことじゃないね。あ、でも、今も残っているなら、あそこで行っていた研究の成果を確認したいから、私のことをばらさず連れていく分にはOKだ』
本人としては、研究の為にやったことであって、わざわざ称賛やお礼を言われる理由はないとのこと。
寧ろ、コメットが研究データ提供してくれてお礼を言いたいぐらいだそうだ。
そこら辺は俺も分からなくもない。
ウィードのダンジョン街だって、元々はDPを稼ぐための施設だし、それに乗じて色々データを取らせてもらっている。
だから的外れな称賛は全部、エルジュやセラリア、ラビリスたちに持って行って貰ったわけだが。
世の中身の丈を知り、面倒事を回避するためには、身代わりが一番いいという話。
この話から分かるように、昔はコメットが利用していた研究施設のダンジョンがある。
今や機能停止しているが、復旧すればいい。
そこがホワイトフォレストの拠点になるだろうし、色々コメットが残したものもありそうだ。
というわけで、ホワイトフォレストへは、魔剣の問題、聖剣の確認、など大きい問題もあるが、それ以上に得るものが多そうだ。
……でもさ、やっぱりコメットを引っ張り出した方が、あっさりことが進むと思うんだよな。
ま、なるべく本人の意思は尊重するさ。なるべくな。
そんなことを考えている内に、何やら石造りの壁が見えてきて、門らしき場所が見える。
「ユキ殿。一旦車を止めてください。門の兵士がこちらを見つけて、集まっています。無駄に騒ぎを起こすのは好ましくありません。私が先行して説明をします」
「そうだな。ルノウさん、頼みます。サマンサ、護衛でついていってくれ」
「はい。わかりましたわ」
「足は引っ張らないでよ?」
「ふふん。お姉様の足手まといになんてなりませんわ」
「だといいけど。私が喋るから、貴女は自己紹介以外口を閉じていなさい。前科があるから認めないわよ? いいわね?」
「うぐっ。わかりましたわ」
そんな会話をして、二人は車を降りていき、門前へと歩き出す。
走って行けば警戒されるからな。
本当にしっかりとした社会人って感じだな。ルノウさんは。
昨日、誤解が解けてルノウさんとちゃんと話せて分かったが。
ルノウさんは極めて真面目な人で、サマンサの門前払い事件を当事者でもないのに、姉というだけで、しきりに頭を下げてきた。監督不行き届きとかなんとか。
そう言う意味でも、ちゃんと姉としての意識があるのだろう。
それまでの態度はエオイドのせいでもあるので、仲の良い姉妹としては当然の反応だ。
エオイドには、タイキ君に訓練量を引き上げるように言ってるから、今頃ひーひー言っているだろう。
とばっちりを受けたのだから、これぐらいは許せ。文字通り君のためでもあるんだ。強くなるから。
あ、因みに、義姉さんは、本人が嫌だそうで、さん付けで呼ぶことになった。
サマンサ曰く、義姉さんと呼ばれると、自分が行き遅れたと実感してしまうからだそうだ。
……十分若いと思うんだけど、この平均寿命が短いこの世界。そういうところは世知辛い。
「エリス、ウィードの皆に連絡は?」
「はい。もうしてあります。無事ホワイトフォレストに到着したと」
「……でも、エリス師匠。これからが本番」
「そうね。魔剣が運び込まれている可能性と、聖剣3本の確認、ホワイトフォレストの旧ダンジョンの復旧。思ったよりもやることが多いわ」
「ま、そこらへんのはいつものように別部隊で家でも確保してダンジョン化すればいいんだが、正直どこまで文化の差異があるかわからないから、裏でコソコソやっているのがどうばれるかわからん。それで話がこじれるのは不味いから、まずは俺たちが王様たちと話を通してからだな。……コメットを呼べば軽く解決しそうだし、あいつにはあきらめてもらおう」
「……そうですね。王様、宰相の血縁どころか兄弟姉妹がいますから、下手な手を打つよりはいいでしょう」
「……ん。ユキに賛成。見た感じ、外来の人も今は私たちだけ。冬の時期なのもあって、早々変な人を通すことはないと思う」
「俺もそう思う。だからこそ、出入りが少ないから俺たち新参者が動きづらいんだよな」
「……世の中は難しい」
「そうですね。こう出入りが少ないのは、今回の件を考えるとありがたいですけど、ここまで少ないと、私たちが動くだけで、それなりに目立ちます。クリーナの言う通り、難しいですね」
あっちを立てればこっちが立たず。という奴だ。
何事にも、メリットとデメリットが存在するということ。
「と、二人が戻ってきたな」
「手を振っていますね。無事に門番との話はついたみたいです」
「……門が開かれている」
人が通る用の小さい通用門は開いていたが、馬車や俺たちが乗っている車は大門を開けないと入れないからな。
ゆっくりとだが、それが開かれていくのがわかる。
「お待たせいたしました」
「ユキ様。無事に話はつけましたわ」
「私がね」
「……お姉様、そこは譲ってください」
「こういう時に甘やかす真似はしないわよ。と、馬車ぐらいの速度で、門へ近づいてください。一応、荷物の検査がありますので、門の前で一旦止まってください」
「わかった」
ルノウさんに言われたように、ゆっくり門へと近づき停止する。
そこには4名ほどの兵士がいて、種族は狼人族、兎人族、猫人族、狩人族と皆バラバラだ。
まあ、狩人族に至ってはエルフの別称でウィードの大陸固有の呼称であって、こっちの大陸ではエルフと呼ばれるか魔術人族と呼ばれているらしい。
「長旅お疲れ様です!! 申し訳ありませんが、国防のため、荷物検査をさせていただきます!! ローデイ及び、ランサー魔術学府の使者に対して失礼かもしれませんが、ご了承ください!!」
多分、いまの時間帯のリーダー役であろう狼人族の兵士がビシッと敬礼をして、そう告げ、ほかの兵士も敬礼をしている。
特に断る理由もないので、車から降りて荷物を見せる。
いや、そうしないと、車の構造をしらない兵士さんたちはどうしていいかわからないから。
「良い兵士です」
「そうだね。こうビシッとした感じはスティーブたちにはないよね」
「お褒めに預かり光栄であります!! よし、お前たち、使者を待たせるわけにもいかない。手早く、しかし確実に仕事を終わらせるぞ!!」
「「「はっ!!」」」
うん。ジェシカやリーアの言う通りだ。
正直、スティーブに彼らの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。
いや、仕事をしてないとはいわんが、誰に似たのか、斜に構えてるからな、あのゴブリン。
そんなことを考えている内に、さっさと荷物の検査を済ませていく兵士さんたち。
あ、もちろん、この人たちに理解のできない道具とかはアイテムボックスに放り込んでいる。
一個一個説明していくと非常に面倒だからな。
「よし。そっちはどうだ?」
「おわりました。特に問題はありません!!」
「こちらもです!!」
「お待たせいたしました。検査の結果、問題はございませんでした。どうぞお通りくだ……」
そう彼が言いかけた時、門の奥、街の中からエルフのおっさんが走ってくる。
エルフにはあるまじき、ムキムキのマッチョマンである。
いや、俺のイメージを勝手に押し付けているだけだが。
世の中、筋力全開のエルフがいてもいいとは思う。
「どうやら、検査は終わったようだな。あとの案内は私が引き継ぐ。お前たちは警備に戻れ」
「はっ!! それでは、ホワイトフォレストをお楽しみください。失礼いたします!!」
本当に、しっかり仕事してるなー。
いや、街の警備兵士だからか?
軍とはまた別だよな?
でも、あのさわやかさをスティーブたちにも取り入れてもいいんじゃないか?
「申し遅れました。私、ホワイトフォレストで将軍を務めている、ストング・アームと申します。この度は、吹雪の中よくぞおいで下さいました。見たところ、若い女性が多いようだ。すぐに暖を取らせますゆえ……」
そう言っていたマッチョエルフのストングさんの視線が固定されて、言葉が止まる。
なんだろうと、俺もそちらに視線を向けると、そこにはクロウディアとカーヤがいる。
「100年ぐらい前にこっそり訪れたくらいですけど、変わっていませんね」
「その時は、ここをどうするか吟味の為だったけどね。ま、そんな100年ぐらいで変わらないわよ」
いや。産業革命とか近代化とかあると、僅か50年ぐらいで様変わりするよ。
その50年もすごく目まぐるしく、技術の更新はあったけどな。
白黒テレビがカラーになって更に解像度が上がって薄くなったり、三種の神器がかわったり、気が付けば世界中へ簡単に連絡が取れるネットワークができたりと。
うん、そう考えると、地球すげー。
ま、そこにたどり着くまで時間はかかるけど。
と、そこはいい。
なぜか、ストングさんはその2人を見て、体を震わせて、目に涙を溜めていた。
……え? 涙?
「おおっ……!! つ、ついにお戻りになられたのですね!! クロウディア様!! カーヤ様!!」
あ、なるほど知り合いか。
そらー、エルフだから長生きして、二人の知り合いがいないことはないだろう。
しかし、その歓喜の声をあげ、涙を流しているマッチョのエルフを見て、名を呼ばれた2人は……。
「どちら様でしょうか?」
「あんたみたいな、マッチョなエルフは知らないよ?」
あれ、知らない?
「ああ、この姿では無理はありませんな。あの魔王との戦いの最中、焼け出された子供たちをまとめていたストングです!!」
「ああっ!! あの時の!?」
「うわー。凄いわねー、あの時はひょろひょろだったのに」
「あの時、私たちは野垂れ死ぬのを待つばかりでありました。その時、聖剣使いの皆さまがこのホワイトフォレストへ連れ来てくださった。本当に、本当に感謝しております!! おかげで、このように皆を守るために、聖剣使いさまに少しでも追いつけるようにと、体を鍛え……ふん!!」
そう言って、腕を曲げて、はち切れんばかりの筋肉を見せる。
「す、素晴らしいですね」
「……きもっ」
二人とも顔が引きつっている。
あれだな、久々に顔を合わせた知り合いが様変わりしすぎているって感じ。
ほら、当時はふさふさのイケメンだった奴が、同窓会で頭がすっかり後退して、見る影もなく、名前聞かないとだれか判断つかないことってあるじゃん?
ま、何はともあれ、幸先はよさそうだ。
若い人は分からんと思うが、いや、俺も23、4の時の同窓会で、頭後退してるやつ見ると悲しくなるよな。
あと、女性は変わりすぎるから、俺にはわかんね。興味ないし!!