第317堀:理想と現実 それでも進みぶつかり合うのみ
理想と現実 それでも進みぶつかり合うのみ
Side:タイキ・ナカサト
泰三さんは、俺たちの話を聞いて、口を開く。
「話は分かった。まあ色々信じられないが、答えはすぐ出せる」
甘いって分かっているんだ。
だけど、泰三さんに聞いておきたかった。
だって、ぶつかり合うことだけじゃないはずなんだ。
俺たちは、同じ故郷で生まれて、ここに居るんだから、きっと別の方法があるって……。
「断る」
でも、やっぱり現実は厳しくて、泰三さんは俺の提案をきっぱり断った。
「タイキ君。その話はただの理想だ。現実を見なければいけない」
「……」
「君もその様子では分かっているようだな。いや、ユキ君から教えられたか?」
「……いえ、ルナさんです」
「……そうか。彼女もちゃんと物事を考えているようだ。君たちの話は理解した。この世界におけるダンジョンマスターや神の存在意義。魔力の枯渇という世界規模の問題。確かに、君たちのいうことには一理ある。だが、この大陸の主導を得たいというのはわがままだろう。彼女たちがやるといっているのだ。完全に部外者の君たちは手を出すべきではない」
確かに、今まで頑張っているヒフィーさんたちを押しのけて、俺たちのやり方を通すのはわがままだと思う。
そして、ヒフィーさんに呼び出された泰三さんはともかく、俺とユキさんは完全に部外者なのだ。
「でも、それじゃ、この大陸にいる人たちが……」
それでも、人死にが大勢でることを実行しようとしている。
それを止めようと思うのは間違いだろうか?
泰三さんの懸念も分かる。だけど、僕たちと手を取り合えば、そんなひどい手段を取らなくてもいいんだ。
「タイキ君の大陸では、既に理不尽な死はもう起こっていないのか? 動物や自然と完璧に調和できているのか?」
「……」
「完璧になんて無理だろうが、理不尽な死はなく、調和もできていると答えられるように頑張るべきではないか? こっちに手を割くより、やるべきことがあるのではないか? 君は話によれば、一国を預かる者だろう? まずは自国の利益を最優先にすべきだ。結局のところ、君の話は私たちが間違っていて、自分が正しいからいうことを聞け。ということになる」
「そんなつもりは……」
「君にそんなつもりはないだろう。しかし、そう言う風にもとれるということを忘れるな」
「だけど、このままじゃ……」
俺と泰三さんはぶつかることになる。
同じ日本人同士で?
この世界のより良き未来を目指して?
……なんでだよ。
「それが、物事の流れというモノだ。互いに譲れないものがある。私はこの大陸はこの大陸の人たちで進めるべきだと思う。まあ、それも些細な違いなのかもしれない。ヒフィー殿たちが行うか、ユキ君たちが行うかだけの違いだ。だが、主導はこの大陸の人たちが担うべきだと思うのだ。これからの未来も、紡ぐべきは私たちではなく、ここに生きる人々だ」
「でも、その生きる人たちの多くを……」
「確かに、私たちのやり方で巻き込まれる人はいるだろう。君たちのやり方ならば、血の流れは少ないだろう。でもな、国や平和というのは与えられると身につかない。自身で実感しなければないけない。それは、君たちがよく知っているだろう?」
大敗の末に、俺たちは戦争を知らない世代として生まれた。
だけど、あの戦争の話を日本人で知らない人はいない。
それだけ、多くの痛みと血を流してきたのだから。
「優しさと甘やかすことは違う。そもそも、ヒフィー殿の話を信じるならば、400年以上も優しさによる手段を突っぱねてきたんだ。君たちのやり方は駄目だと証明しているようなものだ」
「でも、俺たちには力が、地球の技術が……」
「その力があるから大丈夫というのは、俺という異物を抱えた、ヒフィー殿の在り方と何が違う?」
「……」
「確かに、俺たちよりも速やかに、ことを運べて、静かにこの大陸を制することができるだろう。だが、排除するだけではだめなのだ。気が付けば平和になっているではだめなのだ。自分たちの手で作り上げたという結果がいるのだ。君も自らの力と、周りの力で、この異世界で自国の害悪を排除し、国を守ったのだろう? ならわかるはずだ。……既に、話し合いの段階ではないのだ、ヒフィー殿の言う通りルナ殿が上司という立場であれば、ヒフィー殿は今までの実績からこの大陸から手を引かなければいけない。それは、彼女から故郷を奪うようなものだ。君は、自分の家族や家が、よその人から、君が君の家族や家と過ごす以上に上手くやれる人がいるから、と言われて代わってやれるか? 家族や家を手放せるか? そして、信じられるか? 本当に自分がいた時以上に良くなると? 何も問題がないと思えるか?」
無理だ。そんなことはできないし、問題が起こらないわけがない。
そして、泰三さんは俺とユキさんをしっかり見つめて、口を開く。
「私は、自らの意思の元。君たちと敵対しよう。君たちの甘い夢は確かに素晴らしい。だが、前々から住んでいる住人を、ないがしろにするようなやり方ではひどいしっぺ返しを食らう。その結果、多くの不幸が生まれることを私は看過出来ない。人は自ら学び、自らの力で立つべきなのだ。私が自ら研究し、師たちと共に学び、それを体現してきた」
その目には、はっきりとした決意が見えた。
俺がこの世界に来た時、お役御免で俺の護衛にと飛ばされても、その目をぶれさせなかった、俺の親友と同じ目だ。
始めはその目が怖かった。
だってその覚悟で、敵としてでた魔物はともかく、盗賊、人までも簡単に斬り捨てたのだから。
だけど、それは人殺しの目じゃなくて、決意によるものだと後々わかった。
この国を最後まで見捨てずあきらめないと誓った親友の目だった。
こんな目は、日本でできる人なんていないって思った。
でも、いた。
俺の祖先である、泰三さんは爛々と決意を宿した目でこちらを見てくる。
……正直、親友より上な気がする。
「いえ、別にないがしろにするつもりはないですよ。って言っても無駄ですかね?」
でも、その視線の最中、そんな言葉をのんびり口にするユキさん。
「無駄だな。それを信用する理由も根拠も証明のしようがない。私たちを丸め込もうと虚構を組んでいる可能性を考慮しなければいけない。武装解除されては、何もできないからな」
「おっしゃる通りで。人生、こういう場面でそこら辺を考慮しないといけないというのは面倒ですね」
「そうだな。ただ、自分の小銭がなくなるぐらいなら、簡単に話に乗っていいのだが。流石に賭金がヒフィー殿の国、そして大陸の未来だ。君たちにはすまないが、私は彼女たちにつかせてもらおう。それぐらいは、信用できるほどに親交は深めているからな」
そうか、単純なことだ。
俺たちより、彼女たちの方が信用できる。
ただそれだけである。
「お互い、面倒な上司を持ちましたね。こっちはこれだけ和解しているのに」
「ふっ、そう言う競い合いがあってこそ、人は前に進むし、お互いを信用できるのだ。というか、君がヒフィー殿と戦う代表だろう? 楽しみにさせてもらうぞ、未来をこの目で見たい」
「ま、頑張りますよ。健全な競い合いだけだったらいいんですけどね。人間、お互いの足を引っ張るのが好きな生き物でして……」
「……未来も現実的でいやだな。ヒフィー殿に限って変な絡め手はしないとは思うが……。ま、そこを含めて人なのだろうよ」
「そうやって割り切りますか。そっちも苦労したようで」
「兵器開発部門はいつも、お互いの足の引っ張りあいだったからな。予算の取り合いとか……」
なんか、戦闘ムードが一変して、苦労話になってきた。
……ユキさんは、本当に話の方向変えるのがうまいなー。
「で、俺の相手は、タイキ君なのだろう?」
「え、は、はい。その、つもりです」
そして、その流れで自然にこの話に戻す泰三さんも凄いな。
「なに、そこまで緊張する必要はない。死亡するようなことにはならんだろうからな。だが、少し楽しみだ」
「楽しみですか?」
「ああ、私としては、この戦いは無い方がいい。だが、引けない理由は十分にわかるし、ヒフィー殿の助けになるならためらいはない。しかし、その相手が君なら私としても、別の意味でやる気が出る」
「別の意味?」
「君も示現流なのだろう? 兄弟子として、1つ手ほどきをしてやろう」
泰三さんが笑った。
……なるほど、剣で勝負ってわけか。
「俺はそこまで実践的じゃありませんでしたから、こっちに来てからの力を使うかもしれませんよ?」
「構わんよ。人は工夫をして前へ進むものだ。私も私なりに昇華させた示現流で相対しよう」
つまり、全力をぶつけて来いっていうことか。
レベルとか、色々ぶっ飛んでるし、こっちの体はドッペルだしなー。
卑怯とはおもうけど、泰三さんの言う通り、これも工夫の1つだ。
泰三さんは鑑定した結果、能力としてはレベル80前後。
この世界に来てからなのか、元々強かったのかは知らないけど、この新大陸では、普通に強い。
……いや、研究、開発職だよね?
でも特出した能力はない。
これなら、俺の圧勝かな?
と、そんなことを考えていると、露天風呂から上がったのか、ルナさんたちが出てきた。
「お、いたいた。ユキ、100円ない?」
「あ? どうしてだ?」
「牛乳よ、牛乳!! というか、なんで、自動販売機が有料なのよ!!」
「そりゃ、お前が相談もなしに用意しろっていうから、ウィードの図面をそのまま使ったからだよ」
あ、どこかで見たことある内装だと思ったら、ウィードのスパ銭か。
「両替があるだろうに……」
「万札しか入れてないのよ。両替すると邪魔。というか、なんで自販機は今も日本円使用なのよ」
「そりゃ、そっちの問題だろう? 自販機のプログラムにこっちの硬貨を認識させるように改変できないって言ったのお前だろう」
「当然でしょう。私ができるわけないじゃない。プログラマーじゃないのよ? でもさ、こうやって100円硬貨に替えるのってウィード的に面倒じゃない?」
ユキさんはそう言いつつも、100円玉をルナさんに渡している。
ルナさんも、俺が常々不思議だった疑問を口にしてくれている。
確かに、飲み物の自動販売機はウィードにあるのだが、これだけは日本硬貨なのだ。
これはルナさんと同じように面倒だと思う。
「逆だ、逆。これで防犯の意味もあるんだよ。日本円は自動販売機でしか使えない。自動販売機は飲み物だけしか売っていない。これじゃ、日本円を盗む価値も品物を奪う意味も低いだろ?」
「ああ、確かにね」
なるほど。
確かに、それだけにしか使えない硬貨なんて意味ないし、飲み物なんてかさばるだけだ。
「要るのは、日中散歩してる人。公園とかでのんびりしているご年配の人たちや子供たちだ。その人たちは日本円を持っているだけで飲み物が飲めるし、奪われてもそこまで被害は大きくないし、奪う方もリスクが高いだけだ。両替は庁舎でやっているしな。もう手間しかねーよ」
「使う人にとっては便利だけど、よからぬことを企む相手には面倒でしかないわけか。考えるわね」
「お前も考えろよ」
「いやよ。これ以上仕事なんて勘弁」
……この人は本当に駄目というか、こういうノリなんだろうな。
「と、ほら、ヒフィー、コメット、牛乳」
そう言って、ルナさんは牛乳瓶を2人に投げる。
2人も難なくそれをキャッチして、牛乳瓶を不思議そうに見つめる。
「あの、これは?」
「飲み物だよね? 牛の乳?」
「そうよ。風呂上りはこうやって……」
ルナさんは腰に手を当てて、牛乳瓶を口に当て、ごくごくと一気に飲み干した。
「ぷはっー!! やっぱこれが定番よね!! ほら、あんたたちもやりなさい」
「え、はい」
「おっけー」
そう言われて、2人とも同じように牛乳を飲み始める。
……なんだろう。
3人とも美人なのに、駄目な女のように見えて仕方ない。
親父臭い飲み方してるからか?
「あ、そうそう。ユキ、予定通りに決闘で勝負つけることになったわ。明日の昼。向こうの桜並木で。風流でしょう?」
「風流なのはお前だけだ」
うん。俺たちは現場で戦うんですが。
「あ、そうでした。タイゾウ殿。お話が……」
牛乳を飲み終わって、口に白いあとをのこして、ヒフィーさんがそう切り出すのだが、その話は既に終わっている。
「勝負に参加させてもらいます。無論、ヒフィー殿の側で」
「え? なぜ?」
「簡単です。彼らよりも、貴女の側が私にとって心地が良い。それだけです」
「ほほー」
「タ、タイゾウ殿!?」
「下手をすると研究施設を丸ごと接収されかねませんからな」
「ああ、なるほど」
「……」
あ、コメットさんは納得したけど、ヒフィーさんは無表情になった。
「と、試合は明日なのですな。では、ユキ君。私も、露天風呂に入っていいだろうか?」
「ええ、構いませんよ」
「よし、君たちも付き合え!! 久々の露天風呂だ!! 日本人の命の洗濯だ!!」
そう言って、ヒフィーさんを無視して男湯に連れていかれる俺たち。
……駄目な大人や、泰三さん。
さて、次回はいよいよバトル!!
だが、ちょっとここで状況説明を。
「なあ、ユキ君、タイキ君」
「どうしましたか?」
「なんですか?」
「世間一般ではすでに年末年始だ」
「そうですね」
「ですね」
「お互い、理解がないわけでもないし、数日伸びても問題はないはずだ。ここはいったん正月休みを挟むべきではないだろうか?」
「「さんせー」」
「はい? あ、あのタイゾウ殿?」
「ん? ルナさん正月って?」
「あー、年末年始は日本は騒いで祝日なのよ。新年だしね。ま、私も見たい番組あるし、許可するわ」
ということで、年末年始、あと31日、2日、4日ぐらいまでは、年末年始スペシャルで物語を進めません。
描けよ思われるかもしれませんが、ここで一息入れさせてください。いろいろ報告したいことがありますので。
では、次回年末年始スペシャルで。