第314堀:いいか、奴は空気を読まない。絶対にだ。
いいか、奴は空気を読まない。絶対にだ。
Side:ヒフィー
「……長い時を過ごしてきました」
そう呟いて、私は自室の古びた椅子に座ります。
ギシッっと響く音が部屋に響きます。
この椅子も直しなおし使っていますが、そろそろ限界ですかね?
「限界。そう、限界でした」
頭の中をよぎった言葉を口にだして、その意味をしっかりと再確認します。
私はもう、後戻りできない、自分の手を血で染めてでも、やるべきことのために足を踏みだしました。
戦争という、自らが毛嫌いした手段を用いてです。
滑稽ですね。
神という立場を与えられても、結局、祈りは届かず、いえ、力及ばず、愚か者と断じた人々と同じ方法を取ろうとしています。
でも、限界だったのです。
笑いあってきた友人や子供たちが、理不尽な暴力によって、物言わぬ骸になる。
そんなことを何度も経験してきました。
いえ、神になる前から経験していました。
結局、人は自ら前に進めない生き物なのです。
多くの国が興っては、滅び、そのたびに犠牲になるのは、そこで暮らす民。
大義を掲げ立っても、その流れを変えることはできなかったのです。
いつまでたっても、敵と認めた相手を攻め、奪い、それで富を得ようとする愚か者共しかいませんでした。
私は考えました。
何が悪いのか?
そして、ある答えにたどり着きました。
権力を持つ貴族という、半端者が存在するからなのです。
元をたどれば、王侯貴族もただの人。
しかし、ちょっとした功績の元、成り上がった者は、欲に取りつかれ、国を富ますために、民を流血させることしか考え付かない愚か者にしかなりません。
全部が全部、そうではないでしょう。
しかし、今現在も続く、滑稽な国境や領土争い。
これは、全体的に見て、上に立つ王侯貴族の責任と見るべきでしょう。
ですから、私はこの大陸の王侯貴族すべてを排除することにしました。
その戦力も整っている。
ただの夢物語ではないのです。
きっと、民が主権を握ったとしても、争いや特権階級というのは残り続けるでしょう。
しかし、今よりも確かに良い未来が訪れる。
私はそれを確信しているのです。
そして、それを成したあと、魔力枯渇を解決してみせ、ようやくルナ様に顔向けができるというもの。
私やコメットは間違っていたのです。
そもそも、大陸がまとまっていないのに、魔力枯渇を解決できるわけもないのです。
色々な場所を探ろうにも、国と国が愚かな争いをしているせいで、移動にすら時間を取られる。
そんな状態では、成すことも成せません。
そう言った意味でも、王侯貴族という、悪しき愚か者共を排除する必要があるのです。
チリリリリ……。
そんなことを考えていると、部屋の片隅からそんな音が聞こえます。
その方向に視線をやると、黒い長方形の箱にコップが付いている妙なものがあります。
「電話ですね」
そう言って、私はその電話に近づきコップを取り、耳に当てます。
『もしもし、タイゾウです。ヒフィー殿、今よろしいでしょうか?』
そのコップからは不思議なことに、部屋が離れていて、聞こえるはずのない、タイゾウ殿の声が聞こえてきます。
この道具は先ほど口にしたように、電話と言って、魔術を使わず、技術により誰でも遠く離れた相手でも話ができる道具なのです。
これこそ、人の可能性。
才能に寄らず、努力によって、成し得た、人の可能性という結実。
と、いけません。
今は、返事をしなくては……。
「はい。大丈夫です。何がありましたか?」
『そうですな。何かありました。どこから説明したものやら……。そういえば、使者との話はどうなりましたかな?』
「勿論。決裂です。明日にでもラライナ殿は引き返すでしょう。予定通りです」
『あー、そうですか……。すみませんが、少しその使者との話し合いを引き延ばしてもらえないでしょうか?』
「なぜでしょう?」
タイゾウ殿にしては珍しい。
これと決めたら、淡々と進めていくのが彼のやり方なのです。
『それがですな。使者の護衛としてついて来ていた、傭兵がいたのはご存知ですか?』
「はい。いましたね」
『そのうちの2人が、他国から呼び出された異世界人だったのです』
「まあ、そんなことが……」
そんな技術が残っている国があったとは……。
『その異世界人なのですが、まあ容姿は見たと思いますが、黒髪に黒い瞳、私の同郷の人だったのです』
「タイゾウ殿のですか!?」
『はい。母国の話を振ってみましたが、ちゃんと受け答えしてくれました。間違いはないと思います。それで、私としても、彼らの知識や、それから来る、私への理解は今後、役に立つと思います。そして何より同郷の人をこのような戦いでなくしたくはないのです』
「それは当然ですね」
何を好き好んで、同郷の人達で殺し合いをする必要があるのでしょうか。
そんな愚か者は王侯貴族のバカ共しかいません。
『そこで、私は彼らを、こちらでできた知り合いごと、ヒフィー神聖国へ亡命するようにと話を持ちかけました。勝手なことをして申しわけない』
「いえ。タイゾウ殿の判断は間違いとは思いません。人は、助け合うべきなのです。で、彼らは亡命をすると?」
『いえ、残念ながら、彼らもこちらの意図を測りかねているようでして。他国で勇者として呼ばれたものの、今では傭兵ですからね。若い彼らがそのような慎重な行動にでるということは、かなり、つらい道のりだったのでしょう』
……タイゾウ殿の話に、私は怒りで震えました。
右も左もわからない、異世界からの人を誘拐、拉致しておいて、放り出したということです。
いえ、放り出すつもりがなかったとしても、彼らを不安にさせ、自ら出ていくような状況に置いていたというのでも問題です。
本当に、王侯貴族とは救いようがない……。
「タイゾウ殿、許してもらえるのであれば、私が彼らに会って、直接謝罪をし、なんとか亡命をしてもらえるよう頼みたいのですが、いいでしょうか?」
『生真面目ですな。ヒフィー殿が謝罪をする理由はありませんぞ?』
「このような事態になるまで放っておいた私の責任です。彼らのこれまでの道のり、想像をはるかに超えるものでしょう。この世界に住まう人として、神として、私は彼らに謝らなければいけません」
『そこまで言うのであれば、止めはしません。と、そこはいいとして、ヒフィー殿に亡命関係の説明をしてほしいのです。ヒフィー殿に会ってちゃんと話をすれば、分かってくれると思うので』
「そう言うことですか。わかりました。明日はラライナ殿が帰るのは引き留めて、彼らと話してみましょう」
『ありがとうございます。それですが、彼らが亡命しても、その身内たちは未だ外国です。ですので……』
「分かっています。開戦を遅らせるように、ラライナ殿にはそれとなく言っておきましょう」
彼女は、未だ事態を飲み込めず混乱しているようですし、そこに付け込めば、どうとでもなるでしょう。
そんなことより、タイゾウ殿の同郷の人たちは何としてでも保護しなければ。
私もタイゾウ殿の力を借りているとはいえ、いや、借りているからこそ、絶対に助けなくてはいけない。
そんな、当然の恩義や感謝を忘れた生き物がきっと、王侯貴族という愚物なのでしょうから。
そして、次の日。
タイゾウ殿の同郷の人たちと会うために、部屋を訪れました。
「どうぞ、ヒフィー殿。こちらです」
タイゾウ殿の案内の元、扉を開けると、そこには2人の青年、いえ、少し若いですね。少年と言ってもいいぐらいの若者がしっかり立って、私を待っていました。
本当に、黒い髪に黒い瞳、顔だちもどことなく、タイゾウ殿に通ずるものがあります。
「こちらが、ヒフィー神聖国の代表。ヒフィー神聖女殿だ」
タイゾウ殿がそう説明すると、2人の若者は頭を下げて、挨拶をします。
「不作法で申し訳ありません。私は、使者の護衛として来ている傭兵団の団長のユキです」
「俺も、いや、私もユキの傭兵団で傭兵をやっているタイキといいます」
その硬い物言いに、私は少し悲しくなってしまいました。
いえ、何も問題はないのですが、普通ならば何も問題はないのですが……。
見ず知らずの世界に放り出されて、このようにしなければ生きていけなかった彼らの道のりを思うと……。
先に言葉を発した少年は、既に、上に立つ者として、同郷の少年や傭兵の部下を守るために、そのようにあることを自らに科し。
後の少年も、言葉をすぐに変え、私に非礼の無いように勤めています。
……彼らを何としても亡命させるように説得し、このような理不尽な立場から救い上げなくては。
このようなふざけた争いで散らせていい命ではありません。
きっと、タイゾウ殿と同じように、自ら未来を創る力を持っているのでしょうから。
「どうぞ、そんなにかしこまらないでください。私もタイゾウ殿には助けられているのです。まずは、お掛けになってください。美味しいお茶を入れますから」
とりあえず、彼らの緊張を解くように努めよう。
彼らの目には警戒と緊張が入り混じっている。
あれでは、冷静に話を聞くのは難しいかもしれません。
そう思って、自ら、お茶の入っているティーポットに手を伸ばした時、ユキと名乗った少年が口を開きます。
「あの、よければ、私とタイキ君、そしてもう1人分用意してもらえませんか?」
どういうことかわからなかった。
この場には、私、タイゾウ殿、ユキ殿、タイキ殿の4人がいる。
だが、3つでは、私かタイゾウ殿の分がない。
「ああ。私のことを気にしているのかな? 私は特にお茶は無くても構わないですぞ」
なるほど。
タイゾウ殿は案内兼、護衛という立場に見えるから、お茶が振る舞われないと思ったのだろう。
そして、本人もお茶はいらないなんて言っています。
それでは、ユキ殿とタイキ殿も気が休まらないでしょう。
「大丈夫ですよ。タイゾウ殿の分もちゃんとありますから。ほら、さっさと座ってください。タイゾウ殿」
「しかしですな……」
「同郷の年上が我慢している状況で、ゆっくりお茶がのめますか?」
「……わかりました」
ふう。こういうところは頑固ですね。
さ、気を取り直して……。
「あ、申し訳ない。こちらからもう1人、この話に参加する人がいるのです。その人の分をと思いまして」
「タイゾウ殿、その1人は席をはずしているのですか?」
「いえ。私はそのような人物は知りませんが? ユキ君、どういうことだ?」
私とタイゾウ殿は不思議そうに、もう1人分というユキ殿の顔を見つめました。
「えーと、私というか、ヒフィー殿の知り合いなのですが」
「ヒフィー殿の?」
「はい? 私の知り合いですか?」
そんな人は存在しないはずですが?
いえ、シスターたちのだれかでしょうか?
でも、一体なぜ?
私たちが混乱している隙に、いきなりテーブルの上が光り輝き、その中から人が現れます。
「神降臨!!」
その人物はそう名乗り、テーブルの上で仁王立ちしています……。
余りの光景に、私は口を開けてぽかーんとしていると、先に我に返ったタイゾウ殿が、すぐに私の前に立ち、その見たこともな……い?
「何者だ!! この方が、ヒフィー神聖女としっての狼藉か!!」
あれ? どこかで……?
「いや、何者も何も、さっき神降臨っていったじゃない。ねぇ?」
「こっちに振るな。こっちに。まずは知り合いだと確認させろ。追い出されたいか」
ユキ殿はこめかみを片手で押さえつつ、しっしと手を振ります。
……まさか?
「そうねー。って、まだわからないのかしら? ヒフィー?」
その、神々しいお顔は……。
「ルナ様!?」
このアロウリトの世界の神を統べる、上級神、女神ルナ様。
「うんうん。その通りルナでーす。いやー、無事だとは思わなかったわ。ちゃんと連絡ぐらいしなさいよね」
「あ、も、申し訳ございません。り、理由がございまして……」
「でしょうね。その件も含めて色々話を聞きに来たわよ。で、そこのガリ勉軍服。私はヒフィーの知り合いなの。だからそんなに警戒しなくていいのよ」
うん。この軽さ、女神ルナ様に間違いない。
でも、真面目なタイゾウ殿は……。
「衛兵を呼びますか? それともコメット殿でも?」
「いえ、いいですから!! 本当に知り合いなんです!! あ、コメットは連れてきてください!! 彼女とも知り合いですから!!」
「……本当に大丈夫なんですか?」
「はい。大丈夫です」
あれ?
……私は何をしようとしていたんでしょうか?
いえ、そんなことより、コメットも連れてルナ様とお話をしなければ!!
いいか、押すなよ? 絶対に押すなよ!!