第282堀:家族とは
家族とは
side:アスリン
「……うにゅ」
……?
ああ、今、私は寝ている。
昨日はお兄ちゃんたちの会議に夜遅くまで参加していた。
体はまだ眠いと言っている。
でも、起きないと。
お兄ちゃんと一緒に、朝ごはん作らないと。
今日は、クリーナお姉ちゃんの国に行くんだ。
そんな、まどろみの中、もそもそと、お布団の中で体を動かす。
「……にゅふー。兄様ー」
そう言って、横で寝ているフィーリアちゃんが私の腕に抱き付いている。
フィーリアちゃんは、私と同じようにお兄ちゃんが大好きなので、こういう寝言をよく言います。
お兄ちゃんと一緒に寝るときは、いつもこんな感じでお兄ちゃんの腕を枕にして、朝は抱き付いてるもんね。
「兄様の匂いー」
ごめんね。フィーリアちゃん。今日はお兄ちゃんじゃなくて、私なんだ。
私も、お兄ちゃんといるときは、今のフィーリアちゃんみたいに、くっついてスーハーって息するんだ。
すると、お兄ちゃんの香りがして、とてもうれしい。
「うん。うれしい」
お兄ちゃんも、お姉ちゃんたちも、ラビリスちゃん、シェーラちゃん、フィーリアちゃん、赤ちゃんたちも、みーんな、アスリンの家族。
私の宝物。
奴隷だったときは、何も知らなくて、奴隷として生きるのが当たり前だと思っていた。
毎日、毎日、お腹が鳴って、寒くて、ラビリスちゃん、フィーリアちゃんと身を寄せて過ごしていた。
モーブおじさんたちに買われて、お外に出られてうれしかったのをよく覚えている。
でも、一番うれしかったのは、お兄ちゃんと出会えたこと。
今考えると、あの時の私たちは薄汚れていて、お風呂もろくに入ってなくて不潔だったのに、お兄ちゃんは何もためらいもなく、頭を撫でて、抱っこしてくれました。
誰が何と言おうと、お兄ちゃんは私のお兄ちゃん。
あ、でも私の夫でもあるんだよね。
だってお兄ちゃんと結婚したんだもん。
まだ、私とお兄ちゃんの赤ちゃんは当分先だけど、いつかは赤ちゃんを作るんだ。
「にゅふふふ……」
きっと、かわいい赤ちゃんで、お兄ちゃんはとても喜んでくれると思う。
そんなことを寝起きで考えていて、不意に時間が目に入った。
現在9時10分。
「ふえっ!?」
時計の針は何度見ても9時10分。
学府の授業は8時から。
朝ごはんは7時。
つまり……。
「お寝坊した!?」
コール画面をとっさにつけて、時間を確認しても9時11分。
……ラビリスちゃんはいない。
きっと、寝てるから起こさないようにしたんだ。
クリーナお姉ちゃんの国へ出発するのは10時のはず。
皆はもう学府に行っているんだ。
ぎりぎりで起こすつもりだったと思う。
昨日は夜遅くまで起きてたから、皆優しいもん。
「フィーリアちゃん。起きて!!」
すぐに、フィーリアちゃんを起こして学府に行かなきゃ。
ゆさゆさと体を揺する。
「うにゅー。……?」
反応が悪い。
フォーリアちゃんは、私たちとは違って、家に帰ってからはナールジアさんに鍛冶を教えてもらって、一緒にいろいろ作ったりしているので、疲労度が私たちよりも高い。
だから、寝るとなかなか起きない。
仕方ないので、必殺技を使うことにする。
息を吸い込んで……。
「お兄ちゃんに置いて行かれたよ!!」
「嫌なのです!! 兄様、フィーリアを置いていかないでくださいです!!」
すぐに飛び起きた。
効果は抜群みたい。
でも、起きたフィーリアちゃんは目に涙をためている。
「……ううっ、1人は嫌なのです」
そして、ぽろぽろと泣き始めた。
「ごめんね。フィーリアちゃん。でも、起きてくれたから、お兄ちゃんの所にいこう。お兄ちゃんは私たちを置いていくはずがないから。ほら、時計見て」
「ぐすっ、アスリン? 時計? って、もうこんな時間なのです!! お寝坊したのです!!」
時計を見たフィーリアちゃんも、私たちがお寝坊したことに気が付いたみたいです。
「うん。だから早く着替えて学府に行こう」
「はいなのです。兄様もラビリスも起こしてくれればいいのに……」
「仕方ないよ。昨日、夜遅くまで会議してたもん」
「うみゅー。まだ、子供扱いなのです」
「起きれなかった私たちが悪いよ。とりあえず、キルエお姉ちゃんと会って追いかけるって伝えて、朝ごはん食べよう。服の方は、こっちはパジャマのままで、向こうはドッペルさんたちに着替えててもらえばいいし」
「わかったのです」
そう言って、布団から起きて、テーブルを通り過ぎたとき……。
カサッ。
そんな音が聞こえて、テーブルを見るけど何もありません。
「どうしたのです?」
「ううん。何でもないよ」
紙の音だったような気がするけど、テーブルにそんなものないし、気のせいだね。
と、そんなことより、朝ごはん食べて学府に行かないと。
小走りで、調理室に2人で向かう。
「あら、おはようございます。2人とも」
「あうー」
「あう!!」
すると、中にはキルエお姉ちゃんと、その赤ちゃんのシャエルちゃん、それと、デリーユお姉ちゃんの赤ちゃんユーユちゃんがいました。
「おはようございます」
「おはようございますなのです」
2人でちゃんとキルエお姉ちゃんに挨拶をかえす。
「はい。で、お2人はこちらに来られたということは、朝ごはんでしょうか?」
「うん」
「そうなのです。早く食べて兄様たちを追いかけるのです!!」
「そこまで慌てなくても、昨日は遅かったのですから仕方ありません。ちゃんと旦那様たちも承知していますよ?」
「でも、お寝坊したのには変わりないもん」
「お寝坊したのです!!」
「ふふっ、血はつながっていなくても、そういう生真面目なところは旦那様にそっくりですね。では用意いたしますので、お2人をお願いします」
そういって、キルエお姉ちゃんはシャエルちゃんと、ユーユちゃんを私たちに預けてきます。
「え。私たちで準備できるよ?」
「できるのですよ?」
「う?」
「あうー?」
でも、すでに赤ちゃんを預かっているので、料理ができません。
キルエお姉ちゃんはすでに料理に取り掛かっています。
「ダメですよ。慌てていると思わぬ怪我をします。ですので、私が代わりに準備をいたします。その間は子供たちの相手をして、心を落ち着けてください。大丈夫です。時間には間に合いますから」
「うん。わかりました。シャエルちゃん、何しようか?」
「あう」
「わかったのです。じゃ、ユーユ。フィーリアと遊びましょう」
「うーうー」
ほんの少しの時間ですが、キルエお姉ちゃんに朝ごはんの準備を任せて、赤ちゃん2人とのんびりします。
うん。お兄ちゃんとお姉ちゃんたちの赤ちゃんは可愛い。
必死に私にしがみついて、指に手を伸ばします。
「はい。簡単なものですが出来ました。どうぞ召し上がってください」
「あ、ありがとう。キルエお姉ちゃん」
「ありがとうなのです」
朝ごはんができたので、赤ちゃんをキルエお姉ちゃんにかえして、朝ごはんを急いで食べます。
「ごちそうさまでした!!」
「ごちそうさまなのです!!」
すぐに食器を流しに持っていきます。
「食器は私が洗っておきますので、いってらっしゃい」
「ありがとう。いってきます」
「ありがとうなのです。いってきます」
キルエお姉ちゃんは優しいので、食器洗いを引き受けてくれました。
あとで、ちゃんとお礼しないと。
でも、今はお兄ちゃんに追いつかないと。
すぐに、お布団に戻って、ドッペルさんへ意識を移します。
すると、学府の寮の部屋が視界に映ります。
「うん。ちゃんと着替えててくれたんだね。ありがとう」
『いえいえ。マイマスター。準備はできておりますので、すぐにお出かけできます』
そうドッペルさんと会話をして、横にいるフィーリアちゃんを確認すると、向こうもこっちを見ていたので準備はできているみたいだ。
「じゃ、とりあえず、学長室にいこう」
「うん」
2人で、学生寮を出て、学長室へ走り出す。
「あ、アスリンちゃんおはよー」
「あれ、アマンダお姉ちゃん?」
「あ、本当なのです」
途中でアマンダお姉ちゃんと会って足を止めました。
「2人とも、そんなに慌ててどうしたの? 出発はお昼に変更になったでしょ?」
「え?」
「ふえ?」
そんなの聞いていません。
ああ、なるほど。
だからお兄ちゃんたちは私たちを寝かせたままにしたんですね?
「えっと、昨日、夜遅くまで会議になって、少し持っていくものが増えたとかで……。ああっ、2人ともその会議にいて、もしかして今まで寝てた?」
「……うん」
「お寝坊したのです……」
「あははっ、仕方ないよ。そこまで落ち込まなくても大丈夫。で、ユキさんたちは学長と準備をしているみたいだよ。だから、学長室にいると思うよ。私はワイバーンの世話があるから。また、あとでね」
「あ、ありがとう。アマンダお姉ちゃん」
「ありがとうなのです」
そういって、アマンダお姉ちゃんと別れて、廊下に立ち尽くします。
「アスリン、どうするのです?」
「どうしようか? 今行くと、お兄ちゃんたちの邪魔になるかもしれないね」
最初からいるならともかく、途中で入ると、お兄ちゃんたちの手を止めてしまう。
そういうのはいやだ。
お兄ちゃんのお手伝いをしたいのに、邪魔するなんてダメだ。
かと言って、今さら一階生の授業にでるもの時間が遅いし、あんまり意味ないし……。
「そうだ。アスリン。街を探検するのです。それならいい暇つぶしになって、すぐに学府にも戻れるのです」
「……うん。そうだね。少し街を探検してこよう」
ということで、2人で、学府の街へ足を向けた。
特に目的もなかったので、とりあえず、街中を歩いていると、霧華ちゃんがいた。
「霧華ちゃーん!!」
「霧華ー!!」
「あ、アスリンお姉さま。フィーリアお姉さま。こんなところでどうしたのですか?」
霧華ちゃんは、デュラハン・アサシンの女の子で、私たちより見た目は立派な大人の女性に見えるけど、私たちより年下なんだ。
私たちがお姉ちゃん。
「えーとね。お兄ちゃんたちのお話が終わるまで、ちょっと街で時間をつぶそうと思ったんだ」
「そうなのです」
「ああ、なるほど。でも、万が一がないとも限りませんから、危ないことがあればすぐ呼んでくださいね?」
「「はーい」」
「はい。お姉さまたちに何かあれば皆心配しますからね。と、すみません。私は仕事に戻りますね」
「うん。お仕事頑張ってね」
「頑張れー」
「お2人もお気をつけて」
そんな会話をして、霧華ちゃんと別れて、街をぶらぶら。
宿屋のおじさんのところに顔を出して、から揚げをもらったりした。
「はぐ。相変わらず。おじさんのから揚げは美味しいのです」
「もぐ。美味しいねー」
現在の時刻は10時15分になろうかというところ。
まだまだ、お昼には時間がある。
さあ、次はどこに行こうかなーと、から揚げを食べながら考えていると……。
『お母さん? お母さん? 大丈夫? お、お母さん!? ねえ、返事して!!』
「「?」」
何か、声が聞こえる。
横のフィーリアちゃんにも聞こえているみたいで、私と同じようにきょろきょろと辺りを見回している。
でも、周りにはそんな子供と母親らしき人は見当たらない。
『だれか、お母さんを助けて!!』
でも、必死な声は続いている。
……ん?
こんな感じ覚えがある。
「ねえ。アスリン。これって魔物さんじゃないですか?」
「うん。私もそう思った。ちょっとまってね。話かけてみる」
「お願いするのです」
ウィードにはしゃべれないけど、テレパシーでお話しする魔物さんは沢山います。
新大陸では全く見ないので、今の今まで忘れていました。
『ねえ。魔物さん? 声が聞こえたよ。どこにいるの? お母さんを助けるのを手伝えるかもしれない』
『あ、お、お母さんを助けて!! 穴に落ちて、お母さんも巻き込まれて、お母さんが起きないんだ!!』
『うん。わかったよ。でも、落ち着いて。そこはどこなの? 場所がわからないと助けにいけない』
『あ、えーと。……ごめんなさい。ここから動いたことがないから、ここがどこかわからない』
『そうか。なら、魔力をこう会話に流せるかな? そしたらこっちで場所を探せるから』
『どうやればいいの? 口から火炎を吐く感じ?』
『ドラゴンさんなの? なら、同じ感覚で、会話に力を集めるようにして』
『うん。やってみる』
すると、大きい魔力がこちらに流れてくるのがわかる。
フィーリアちゃんも感じているみたいで、同じ方向を見つめている。
「大体、街の外、あっちの方向へ40kmほどなのです」
「うん。私も同じに感じた」
『わ、わかった?』
『うん。今からそっちに行くからね。あ、お母さんの状態がわからないから、うかつに動かさないようにしてね』
『うん。わかった。早く来て、お母さんを助けて』
『大丈夫だよ。絶対、助けるから』
そういって、私とフィーリアちゃんは立ち上がります。
「お昼までは時間があるし、兄様の手を借りるにも、まずは相手の容体を見てからなのです」
「そうだね。魔物さんもお母さんのこと心配しているみたいだし、まずは、魔物さんの場所に行こう」
ここ一帯の魔物さんも、盗賊さんも、聖剣使いさんも、私たちの敵じゃないし、いざとなったら、たーちゃんたちを呼べばいいから大丈夫だろう。
お兄ちゃんもわかってくれる。
家族を助けるために、必死に呼びかけている子を無視なんてできない。
私たちも、お兄ちゃんに助けてもらったんだから、助けられる力があるなら、助けてあげないと。
お兄ちゃんは言ってたもん。
1人はみんなのために、みんなは1人のために。
「ふう。街のお外にでたのです」
「うん。これから全速力だね」
「久々なのです」
「間違っても、魔物さんや、動物さんを吹き飛ばさないようにしないとね」
「ですね。交通事故を起こすと相手が死んじゃうのです」
こっそり、壁を飛び越えて、軽く準備運動をします。
ドッペルさんの体で、性能が劣るといえ、ほぼ私たちと同じ。
迂闊に、ぶつかると相手が死んじゃう。
魔物さんを助けるつもりで、他の事故を起こしては意味が無い。
お兄ちゃんが言っていた。慌てたときこそ慎重に落ち着いていかないと、かえって時間がかかるって。
『早く来て……。お母さん、まだ動かないんだ』
『うん。待っててね。もうすぐだから』
そして、私とフィーリアちゃんは森を駆け抜けます。
よくウィードの森で全力の駆けっこをしたから、この程度の森はへっちゃら。
お兄ちゃんが用意した森はもっとすごかったもん。
罠が沢山あったり、魔物さんたちがステータス異常を引き起こして来たり、とても進みにくかった。
でも、この森はそんな罠もないし、魔物さんたちもいないから、凄い勢いで、進めていけた。
10分もしないうちに、魔物さんの魔力の位置まで近づく。
すると、魔物さんから声が届く。
『あ、お母さんが動いた』
『本当?』
『うん。お母さんは落ちたショックで気絶してたって言ってる』
『そっか、よかったね』
『うん』
『でも、一応、怪我がないかちゃんと見てみよう? もう、私たちもすぐ近くにいるから』
『ありがとう。お母さん、ちょっとそのままでいてね。助けが来たんだよ』
『……たす、け?』
綺麗な声だ。
この声が魔物さんのお母さんかな?
『私たち、魔物さんの呼ぶ声が聞こえて、お薬とか持ってきました。たぶん魔物さんにも効くと思うから、待っててください』
『……魔物さん? あなた、もしかしてテイマーかしら?』
『はい』
『……そう。私と同じね』
『うにゅ? もしかして、お母さんは人ですか?』
『ええ。ちょっと、足の骨が折れてるみたいだし、頼りにしていいかな?』
『任せてください』
『ありがとう。でも、何で、この子の呼びかけに答えてくれたのかしら?』
『魔物さんは、あなたのことを、お母さんって呼んでいました。私たちにはもう両親はいないです。でも、家族はいます。血はつながってないですけど、大事な家族です。姿形とか関係ないんです。家族っていえば、家族なんです。それは大切なモノなんです。だから、私たちは助ける!!』
『そうなのです!! 家族は一緒がいいにきまっているのです!!』
『……そうね。家族は一緒がいいわよね。ありがとう』
『あとちょっとで着くから、待っててください!!』
そう言って、森を駆け抜けていると、腰ミノを付けたゴブリンが出てくる。
……?
「スティーブ?」
「スティーブなのです?」
「疑問形はやめてくれっす!! と、今はそんなこと言ってる場合じゃないっす!! すぐにここから離れるっす!!」
「「?」」
スティーブの言っていることがよくわからない。
でも、スティーブなら、私たち以上にいろいろ役に立つと思うから、2人でスティーブを引っ張っていくことにする。
「ちょ、ちょっと!? アスリン姫!? フィーリア姫!? まって、お願いだから話きいて!?」
「スティーブついてきて、怪我をしている魔物さんがいるの」
「そうなのです。手伝うのです!! あと、兄様に家族を保護する話を通すのです!!」
「まって、それってこの状況から相手は1組しかないっすよ!? ひぃぃぃー!? 中間管理職はこれだからーーー!!」
何かよくわからないけど、いつものスティーブだし、とりあえず、連れていけばいいかな。
待っててね。
お母さんの怪我はちゃんと治すから。
私とフィーリアちゃんは、叫ぶスティーブを連れて、そのまま魔物さんの場所へ走るのでした。
ウィード人物伝
・スティーブ 男 種族ゴブリン 職業ウィード魔物軍大将
性格は温厚で、非常に優しい。独特のしゃべり方をする。
しかし、能力は群を抜いており、交渉技術、書類処理、個人戦闘、集団戦闘、軍団の指揮、すべてにおいて、非常に優れていた。
でも、彼はなぜか、この有り余る才能を持っていても、ダメゴブリンと言われることがしばしばあり。苦労人ともいわれる。
著:ウィード図書館館長 クリーナ・トリノ・ウィード
さて、話を読めばわかると思いますが、一概にアスリンたちが悪いというわけではありません。
ユキがテーブルに書置きを置いただけというのも問題で、他の皆も、勝手にユキの場所に行くと勘違いしていたのが原因です。
一番割をくっているのは、スティーブですがw
さあ、グラウンド・ゼロとの一件もそろそろ終が近づいてきています。
どうなるのでしょうか!!




