落とし穴45堀:魔女の知らない世界
魔女の知らない世界
side:クリーナ
私は黙々と本を読んでいる。
まだ、学府ほど蔵書はないが、ここの本は1冊1冊に学府の蔵書約10冊分と言っていいほどの情報量が込められている。
しかし、だからと言って古臭さはなく、文字もとても読みやすく、わざわざ翻訳本を片手に読まなくてもいい。
「……改めて見ていると不思議」
そう、私の目に映るのは、祖国の文字ではない。
夫の、ユキの国の日本語と言われる言語だ。
ユキのスキル付与という能力で、即座に日本語を覚えたが、これがまた凄い。
ひらがな、カタカナ、漢字、古文、和製英語、簡単な英語と、日常で使われている文字の種類が私の祖国とは天と地ほど差があった。
ここまで複雑な言語を一瞬で習得するなど、神の所業だ。
いや、ユキは神の使いなのだが。
体感してみても、今一つ実感はわかないが、日本の本は読めているから習得しているのだが。
「……ユキに今一つ、自覚がないというとか、威厳がないというか……」
うん。たぶん実感が湧かないのは、ユキのそのあり方なのだろう。
自分を偉くというか、立場を理解してはいるのだろうが、どうも立ち位置を上に置こうとは思っていない。
なんというか、街にいる一般人と同じなのだ。
「……そこに不満を言うのは間違い。ユキはいい人」
そう、遥かに文明が進んだ世界から、こんな落ち目の自分たちで首を絞めているような世界にわざわざ来てくれた。
そのユキに、私たちが望むあり方を振るまえというのは、傲慢だ。
私を含めて、妻の全員はユキが世界の王になるべきという意見はある。
が、そんなことは面倒だし、時間がかかりすぎると一蹴されてしまった。
たしかに、表で堂々とそんなことをしても、世界統一にどれだけ時間がかかるかわからないし、ユキの方針通り、適当に世界の交流を増やして、自発的に魔力に関する問題を発見させる方が速いと思う。
「……なら、もっと勉強して、ユキの役に立つのが、私たちの役目」
ユキがのんびり過ごせる日が一日でも早く来るように、私たち妻は手伝う。
それが、ユキの隣にいるための最低条件。
まだ、私はウィードに来て日が浅く、これと言ってウィードの役に立てないが、魔術や魔力研究に関しては別だ。
魔術が普通に使用されている、この大陸でも私の知識はそれなりに役立つとユキに言われて、ザーギスという魔族と一緒の部署に配属された。
もっとも、私の一番の仕事はユキの護衛。彼を失うことは、この世界の破滅を意味する。
そんな、大事な仕事を私は任された。
でも、ユキは普段からドッペルでの行動しかしないし、ウィードの自宅から本体は出ることがない。
だから、こうやって私たちは、自由にやりたいことをやっている。
遊んでいるようで申し訳ないのだが、ユキいわく、発想なんてのはいろいろやって生まれるので、まずは自分の好きなことから始めるべし。
なんて言って、妻たちがいろいろやるのを止めはしない。
むしろ推奨している。
ここの図書館も、私が来たから、適当に本をそろえてくれたのだ。
一応、ウィードには学を教えるための学校という教鞭が振るわれるところに本はあるが、それは教育のための本であって、私が読んでいるような専門書は存在しない。
ま、面白い物語はあるが。
「……ん。今日は護衛はリーアだし、私はしっかり知識欲を満たす。それがユキは一番喜んでくれる」
ユキとの子供は欲しいが、今は他の妻たちの子育てが大変なので、妊娠は残念ながらまだ先だ。
でも、それでよかったと思う。
……絶対、色に溺れてたと思うから。
昨日、無事結婚したエオイドとアマンダはお互いしかいないから、朝から晩まで愛し合おうとするだろう。
だが、それだと他に手が回らなくなるし、それでもいいやと思ってしまうのだ。
それだけ、色とは自堕落に追い込むのに十分な力がある。
私の場合、妻たちが多いから、回数は必然的に減るし、他に興味のあることで色々やれるから、色に溺れてしまうことはない。
「おや、そこにいるのはクリーナですか?」
そんな声をかけられて、そちらを振り向くと、ラッツがシャンスを抱えてこちらを見ていた。
うん。ラッツの子供、シャンスはかわいい。
新大陸ではなにかと迫害されている亜人だが、私は特にそういう偏見はない。
むしろ、亜人特有の能力は得難いものだと思っている。
ま、ラッツに限ってはユキの妻の一人なだけあって、その能力は卓越している。
力だけでなく、商才がすさまじく、ウィードの最大手スーパーラッツを牛耳っている。
「あうー」
「こら、シャンス。図書館では静かにしないといけませんよ」
「う?」
そんなふうに、シャンスに言うが、まだ生まれて一年も経っていない子供がそんなことを理解できるわけがない。
「大丈夫。図書館は私たち専用。シャンスはいい子だから、なにも問題はない」
「う? あうー、あうー」
私がそう言うと、図書室に入って興味深々だった視線が私をとらえて、こちらに必死に手を伸ばす。
「あんまり甘やかしちゃだめですよ? はい」
「うん。わかってる。ダメなことをしたら叱る。でも、シャンスはそんなことしないよね」
「うー」
ラッツから受け取ったシャンスにそう聞いてみると、しっかり返事をする。
ま、意味は分かっていないだろうが、私に必死にしがみつくシャンスはかわいい。
小さいウサミミが嬉しそうにピコピコ揺れる。
「そういえば、ラッツは図書館に用事が?」
「ええ、そうですよ。ついでにシャンスにもいい絵本がないか調べにきまして」
「……なるほど。ならシャンスはまかせて。気に入る絵本を見つけてあげる」
「それはありがたいですが、調べ物の途中では?」
「……調べ物というより、勉強だからいい。こういうのはきりがない。あと、図書館は私が一番把握していると自負がある」
「なら、任せましたよ。シャンス、ママはちょっと本を見てきますけど、クリーナママのいうことをちゃんと聞くんですよ」
「うー」
わかっているように返事をするシャンス。
ラッツが本棚の陰に隠れると、こっちに振り返り期待のまなざしで見てくる。
「じゃ、シャンスが好きな絵本探そうか」
「あうっ」
そう言って、絵本コーナーに足を進める。
ここは、将来私たちの子供が自由に読めるように、子供たちの身長に合わせて、小さい本棚がならんでいて、その中に沢山の絵本がしまわれている。
ユキが子供たちのためにと、用意したものだ。
「どれを読みたい?」
「う?」
流石にまだわからないか。
適当に、本を取り出して、机に戻ってくる。
うーん、何かこの子に良さそうなのは……。
「……しまった。タイトルを見てもどんな内容かわからない」
「う?」
揃えてあるのはユキの国の絵本ばかり。
新大陸の子供に聞かせる物語なんて片手で数えられるぐらい。
聖剣使いのお話しを筆頭に、悪い魔物をやっつけたとか、困った村を救ったとかそれぐらい。
まったく、これで本が好きなんて聞いてあきれる。
子供に読ませる絵本ですら私は知らない。
結局、私は本が好きでも自分の興味があるものだけしか読んでいなかったのだ。
「あうー、あうー」
と、私がそんなことを考えていると、シャンスは絵本に手を伸ばそうとひっしに私の腕の中で暴れている。
「あ、ごめんね」
慌てて、近場の本をとって、シャンスの前で広げる。
仕方ない、子供と一緒に絵本の内容を理解するとしよう。
「えーっと、昔、昔、あるところに……」
そして私は、シャンスとともに、物語の世界へと入っていく。
しばらく経って、ラッツが本棚の奥から戻ってきた。
「すみません。思った以上に本を読んでいました。シャンスはいい子にしてましたか?」
「うん。寝てる」
シャンスは私の腕の中で静かに寝息を立てている。
「あらら、ご本の途中で寝ちゃいましたか」
「ん。子供は寝るのが仕事。いいこと」
絵本を3冊目にかかったぐらいで、シャンスは寝てしまった。
特に起こす理由もなかったので、そのまま寝かせておいたのだ。
「あと、このあたりが絵本。家に持って帰って子供たちに読み聞かせるといいと思う」
「なるほど。ありがとうございます。サクラやスミレ、エリア、ユーユ、シャエルも喜びますよ」
「ん。もう、いい時間。一緒に家に帰る」
「そうですね」
そう言って、ラッツが絵本をまとめて持つ。
なんでだろう?
ラッツはシャンスを抱っこしなければいけないのに、それでは抱っこできない。
「私が本を持つ」
「いいんですよ。シャンスはおねむしてますし、私が抱っこしても、クリーナが抱っこしても同じです。むしろ、シャンスを起こしてしまえば泣き出すかもしれません。そのままでお願いしていいですか?」
「ん。了解した」
そう言われれば、否はない。
シャンスを起こさないようにゆっくり席を立つ。
図書館を出れば、夕日で赤く染まっている。
「んー、外にでるとなぜか背伸びしたくなりますね」
「それは理解できる」
横でラッツが体をほぐすように背伸びをしている。
たぶん、本を読むために体を固定しているから、外に出たときにほぐすのだろう。
「さて、帰りましょうか。晩御飯も準備もできているでしょうし」
「ん」
2人でのんびり家路につく。
この図書館も、私たちの旅館も同じ場所、ダンジョンにあり旅館のすぐ隣のような配置になっている。
と言っても、それぐらいしかこの場所には建物がない。
ユキや私たちだけしか住んでいない場所なので、建物があっても管理ができないのが理由だ。
色々楽しみたければ、ウィードの街に行けばある。
「今日の晩御飯は何でしょうねー」
「楽しみ。でも、初めてここに来たときは驚いた」
「あはは、そうですよねー。お兄さんが料理作ってるんですから」
「ん。そして、美味しい」
ユキが作っていることも驚いたが、その料理がとても美味しいのだ。
私たちの国でも粗食として扱われるジャガイモも、具合を悪くすることなく食べる方法を知っていて、なおかつとても美味しいモノに変えてしまう。
バターや塩コショウだけであそこまで変わるのだ。
あの時の衝撃を私は忘れない。
美味しすぎて、サマンサと一緒にジャガイモにかぶりついて、そのままお腹一杯になって、他の料理が食べれなかったのだ。
「あ、帰ってきましたわ」
「あ、ほんとーだ。ラッツおねーちゃん。クリーナおねーちゃん」
旅館の玄関ではサマンサとアスリンが帰りを待っていたかのように、こちらに手を振ってきていた。
「おや? なにかありましたっけ?」
「いや、私は何も聞いていない」
玄関で帰りを待つというのは、結構重要なことがあったりするのだが、私もラッツも思い当たることがない。
「どうしたんですか?」
「何か問題でもあった?」
とりあえず、2人で小走りに玄関に駆け寄る。
「あ、いえ。問題ではないのですが……」
「えーっとね。もうすぐ晩御飯ができるから、サマンサお姉ちゃんと一緒に2人を迎えに行こうって話してたんだよ」
「なるほど」
「理解した」
私たち家族は、ご飯は一緒に食べるのが基本だ。
今まで私は一人でのんびり食べていたが、ユキ達とわいわいしながら食べるのもいい。
友達がいなかった私にとっては、とてもうれしいことだった。
「じゃ、早く入って晩御飯ですね」
「ん」
そして4人で玄関の中に入ると、ユキとリーア、ジェシカ、フィーリア、ラビリスが続々と料理を運んでいた。
旅館の構造上、こうやって調理場は玄関を通るようにしているらしい。
わざと玄関を通ることによって、他のお客も食欲を刺激しようとい考えがあるらしい。
理解できるというより、体感している。
この香りはお腹が空く。
「お、お帰り。今日の晩御飯は2人がジャガイモばっかりで、食べれなかった料理を作ってみたぞ」
「そうなのですわ。私たち2人のためにユキ様が作ってくれたので、呼びにいこうとおもったのです」
「……今日は同じ失敗はしない」
ユキが私のために作ってくれたのだ。この前の同じ二の舞はしない。
「と、シャンスが一緒なのか」
「ええ。図書館に行ってクリーナに絵本を見繕ってもらいました」
「ああ、なるほどな。ありがとう、クリーナ」
「ん。気にしないで、私も子供たちの母」
私たちがそんなふうに話していると、腕の中のシャンスが動く。
眼を覚ましたのかな?
「あう?」
「お、起きたか、シャンス。クリーナママに絵本読んでもらったか?」
「うー」
「そっか、よかったな。今からパパとママたちみんなでご飯だ」
「あう!!」
そして私は、はしゃぐシャンスを抱えて、皆と一緒に宴会場へ向かう。
「……ん。幸せ」
私はこの幸せが続くように、頑張っていこう。
ただ、魔術や本を読む世界から引っ張り上げてくれた、愛しい人たちのために。
今回の落とし穴はクリーナでした。
ま、見方によって世界が変わるというか、知らないことの方がおおいといいますか。
さてさて、ついに2巻発売まであと8日。
ついでに、連休もいよいよ終わりです。
遊び疲れてとか、夜更かしのし過ぎで体調崩さないように。
ではでは、また次回。




