第214掘:忘れ去られそうな者たち
忘れ去られそうな者たち
side:ホースト・アーネス ベータン街の領主
私の目の前には、かなりの規模で崩落を起こしたと思われる大きな穴が広がっていた。
「本当なのですな……」
「ですね……」
横には、エナーリア軍12万が崩落に巻き込まれたと報告を受け、この地にやってきたミスト将軍も私と同じように唖然としていた。
「これでは、追い打ちをするのはかえって危険ですかな……」
「そうでしょうね。ユキさんたちの報告ではかなりの数が運よく生き残っていたと言っていましたが、今見える敵の遺体は僅か数百程度。残りはあの遺跡に逃げ込んだのでしょう」
万を超える人数が入る遺跡に、私たちが連れてきた5千程度で挑むのは無謀だという見解になった。
当初はゴブリンたちから報告を受け、ミスト様と連携をとり被害を受けたエナーリア軍を少しでも削ろうかと思っていたのだが……。
「まさか、遺跡に逃げ込む決断をするとは……」
「相手の魔剣使いの将軍も馬鹿ではないようです。上から一方的に叩ける状態にはしてくれそうにありません。見てください、遺跡の入口から敵の斥候が顔をのぞかせています」
「これでは、降りるのも危険ですな」
「降りる間にエナーリア軍が下で布陣するでしょう。多少は矢や火矢で削れるでしょうが……」
「構えられては、効果は低いでしょうな」
現状、効果が低いどころか、手痛い被害を被る可能性が高い。
相手には魔剣使いもいるのだから。
「さて、これからどういたしましょうか?」
「そうですね。……とりあえず、監視の部隊を置いて、私たちは街に戻りましょう。敵がすぐに来るとは思えませんが、遺跡がどこかに繋がっている可能性もあります。ここで私たちが見張っている間に、違う場所から街を攻め落される可能性も否定できません」
「確かに……」
ここだけが遺跡の出入り口とは限らない。
遺跡に逃げ込んだエナーリア軍が、ここからの脱出だけにこだわっていると思うのは、ちょっと都合がよすぎるだろう。
私でも、他に出入り口が無いか探す。
「ユキさんたちの報告で、崩落に巻き込まれなかった敵の補給部隊が撤退していますし、ほどなく、敵の援軍もくるでしょう。……崩落に巻き込まれた敵に構いすぎて後方を突かれるのは面白くありません。わざわざ、敵が来ることを想定して、かなりの防壁をつくったのですから、それを使えないこのような野戦は避けるべきでしょう」
「当然ですな……」
ミスト様の言う通りだ。
結局このままでは手出しのしようがない。
かといって、ここにずっと構えているのもよくない。
補給もひと手間がかかり、敵の援軍とも下手すれば戦うはめになる。
それなら、私もベータンの街で構築した鉄条網の威力を見てみたいこともあるから、街で待ち構える方がいい。
「そういえば、ユキさんたちはどうしましたか? あの人たちの意見はとても貴重なのですが……」
「ユキ殿はこの場をわずかな手勢で防衛していましたので、今はテントに戻って休まれておりますが、急用でなければ起きられるのを待っていただきたい。かれこれ5日ほど、この地にとどまって監視と登って来た兵士の排除をしておられましたので」
「……そうですか。なら、ユキさんたちが起きるまでは、この場に待機しましょう」
ほう、ミスト様はあのユキ殿の一応は上役であるはずですが、この態度はちゃんとユキ殿たちの能力を評価しているのですな。
戦に負けた相手にこうも素直に、信頼を置けると言うのは珍しい。
器の大きな方ですな。
「しかし、エナーリア軍は遺跡の中でどんな行動をとっているのでしょうか……」
「些細な情報でも欲しいところですな」
相手がどこまで遺跡を攻略しているか、などではなく、軍の損耗、補給物資の量、といった状態ですな。
敵の状態をよく知り、そして自分の状態を比べ、作戦を決める。
当然のことだが、それをおこなえるのはほとんどない。
逆にそれができれば、戦いは制したも同然となる。
情報こそ、一番大事なのだ。
「監視は兵に任せ、一旦陣に戻り、少し休みましょう」
「ええ」
ミスト様はそう言って、陣へと戻っていきます。
私も後を追うが、一度足を止めて、振り返り、遺跡を見る。
「あの中を監視できれば……。いや、そんな都合のいいことは考えず、現実的な方法を探すべきだな」
そう、領地の運営も代々地道な努力をしてここまでにしてきたのだ。
ここ一番の戦いで、楽をしようとは思ってはいけない。
さあ、ユキ殿たちが起きるまでに体を休めておこう。
きっと、あの方なら悪い方向へ流れるような判断はしないはずだ。
side:エージル エナーリア将軍 雷の魔剣使い
ガヤガヤ……、ガサガサ……。
んー。
なにかうるさいな。
気持ちよく寝てたってのに……。
僕は、快眠を邪魔されて、不快な気持ちで目を覚ました。
「おーい! 水を運んでくれ!!」
「わかった。どっちに運べばいい?」
「食料管理用の……」
おや?
僕は兵士たちが行きかう、道を外れた草原で横になって寝ていたらしい。
よくよく周りを見回すと、その兵士たちだけでなく、他の兵士も沢山行きかっている。
なにやら、宝箱を抱えたり、水ではなく食料を抱えたり、傷だらけの兵士もみえる。
「んー? というか、ここどこ?」
「なに寝ぼけてるの。ここはダンジョンの中でしょう」
お、後ろから知り合いの声がする。
僕は振り返ることはしないで、そのまま後ろに倒れ込む。
ボフッと草がいい感じにクッションになって気持ちいい。
「ああ、そういえばそうだった。この草って寝心地がいいからついウトウトしちゃってね」
「まったく、少し周りを見てくるって行ったきり戻ってこないから、探してたのに」
「いやー、ごめんごめん。でもさ、こんなにいい天気だしね」
そう言って、天井があるはずの上を見上げる。
そこには天井は無く、澄み切った青い空と少しの雲、そして僕達を照らしてくれる太陽がある。
「……そうね。なんで地下のはずなのに空があって雲や太陽があるのかは甚だ疑問だけど、いい天気なのは認めるわ」
「と、ごめん。僕を捜していたってことは、何か進展があったのかい?」
「あ、そうだったわ。とりあえず、テントにきてくれる?」
「いいよ」
昼寝してた僕が悪いんだし、さっと起きてプリズムについて行く。
しかし、初めてこの1階層に踏み込んだ時は全員で驚いたものだ。
いや、ちがうかな?
あの時は必死でスライムたちから撤退してたし、一呼吸置いておどろいたんだっけ?
というか、プリズムなんて外に出られたって勘違いしてたしね。
僕は歩きながら適当な小石を拾い、空へと投げる。
その小石は遥か上空へ……飛ばずに6メートルほど行って何かにぶつかり落下する。
そう、僕たちは紛れもなくダンジョンの中にいる。
この空は、どういう理屈かわからないが、天井がそう見えているだけなのだ。
まったく、楽しいね。
ダンジョンとはここまで面白いものだったなんて、研究者の血が騒ぐよ。
そんなことをしていると、すぐにテントの中へ入っていく。
さて、少しは真面目に頭を働かせるかね。
「適当に座って」
プリズムはそう言って、テント内にあった、椅子を適当に引っ張ってきて座る。
僕も近場の椅子に腰掛ける。
「とりあえず。報告書ってわけにはいかないから口頭での説明になるわ」
「そりゃ、物資補給の目途が立ってないからね。当然だよ」
あれから、5日。
とりあえず、敵の追撃はないようだけど、物資の約4分の1は崩落とスライムの捕食で喪失してしまった。
残った食料は思ったよりはあったけど、それでも切り詰めて3週間ってところだ。
水も幸いなことに、この1階層になぜか飲める綺麗な湖があったので苦労していない。
しかし、無くなってからでは遅いので、すぐに食料の探索に部隊を派遣した。
「食料の方は僅かだけど、この1階層に自生している果物や野草、湖の魚を取っているけど、そう長くは持たないわね」
「そりゃ、大人数だからね」
「ええ、だから、探索隊を行かせている2階層に本隊を進軍させて、大規模な探索をしようと思うの。上への階段だし、下へ行くよりはいいと思うのだけれど、どうかしら?」
食料確保隊とは別に探索隊のおかげで、上下への階段を発見している。
その発見した上への階段へと移動するつもりなのだろう。
プリズムの言っていることはわかる。
このままじゃ、食料不足で軍は形を保っていられなくなる。
だから解決案として、本隊を動かして、軍でダンジョンを移動して食料確保と探索を一気に進める気なのだろう。
「問題点は、1階層の警備が手薄になることだね」
「そうね。そろそろ敵の追撃が来てもおかしくないわ。だから、そこは馬を1階層に残して、伝令役に使おうと思うの」
「あー、なるほど。この草原だと馬の食糧は問題ないからね。逆に上層の普通の岩穴のダンジョンだと馬は使いづらいよね」
そう、2階層のダンジョンは普通の洞穴がずーっと続いているのだ。
幸い、岩自体が発光しているのか、松明を使わなくて済むので助かるんだけど。
「2階層自体の探索はそれなりにすすんでるんだっけ?」
「ええ、上への階段も、下への階段も、どちらも、更に次の階層への階段を発見して、その新しい階も先行して調べさているわ」
「ちょっと、急ぎすぎてないかい?」
「そうね。でも、安全に1つの階を探索しているわけにはいかないのよ。外への出口が見つけれればいいのだから」
「……僕たちの目的はこのダンジョンから崩落の穴の外へ出ることだからね」
「ええ、ダンジョンの探索が目的ではないわ」
「はぁー……」
僕はプリズムと話して少しがっかりした。
「どうしたの?」
「いや、ダンジョンの研究は一旦国へ戻ってからかなーって思ってね」
「それは当然よ!!」
怒らないでくれよ。
仕方ないじゃないか、こんな凄いダンジョンから離れなければいけないなんて!!
side:ユキ
「ねえ、あなた?」
「ん、どうしたセラリア?」
「いえ、私たちに構ってくれるのはいいのだけれど。仕事はどうしたのかしら?」
「あー、スティーブたちに任せてるから大丈夫」
あれ?
なにか間違ったか?
セラリアがサクラを抱えたまま、片手で目を覆う。
「まったく、こういうことろで、欠点を見つけるとは思わなかったわ」
「はい?」
「サクラにお父さんは働かない人って説明させたくなかったら、仕事に行ってきなさい」
「行ってきます!!」
子供に「お父さんはなんで働かないの?」なんて純真な目で聞かれたら自殺してしまいそうだ。
俺はそんな悪夢を振り切るために、スティーブたちの元へ走り出す。
「休みが必要な時には休もうとしないくせに、休みが必要でない時に休みたがるのってどうなのかしら?」
「うー?」
「サクラもお父さんが働いているほうがいいわよねー」
「あー、あー」
くそ、大体世の中そんなもんだろう!!
忙しい時こそ休みたいんだよ!!
みんなホーストに、エナーリア軍のこと忘れないでね!!
あと、誰だって忙しいときはさぼりたいよね!!




